第157話 そのうら若き乙女は、しかし鳥系
――生命をもたらし、生命を育み、生命を還す、大いなる風の王……。
それが何者かと言えば、この儂、〈霊獣〉ガルティエンである。
かつてアルタメアという世界で霊獣として生まれた儂は、あるとき、何の因果か、こちらの世界に迷い込むハメになってしまい――。
……で、まあ、しばらく世界を観察した結果、「こりゃどうしようもない」という結論に至り。
それからは、ひっそりとフテ寝しておったのじゃが――そのうちに瘴気に蝕まれてしまったらしく、いつしか我を失っておって……。
そして先日、朝岡武尊……通称アーサーなる小僧に救われたことをきっかけに、その守護を担うことになった――。
……そんな数奇な運命を辿ってきた、麗しき鳥系乙女である。
じーさんはもちろん、ばーさんでもない。乙女である。
そう――繰り返すが、『うら若き乙女』である。鳥系の。
……さて。
そのように運命に翻弄されつつも、霊獣じゃからって傲岸不遜になることもなく、キチンと助けられた恩は返し――。
アーサーのことも、小僧だからと侮ることもなく、主として認めてやったり、その戦いにチカラを貸してやったりと、いろいろと頑張った、実にエラい儂は――。
今は正体がバレぬよう、小さな鳥(インコと呼ばれる種に似ているらしい)に擬態して、当の主、アーサーの家に居候しておるのだった。
ちなみに……儂の愛称は、実にテキトーに、主によって『テン』と名付けられた。
まあ、女子に対しての愛称なのに、まず『カッコイイ名前』とか考えやがるガキんちょにしては、まだマシな方じゃろう……と、寛大に妥協してやった結果じゃけどな。
「ぐ、おお〜……! う、動けねえぇ〜……!」
――でもって、今、ベッドの上で引きつった声を上げているのは、一応は我が主である、件のアーサーその人。
……そう、ここはアーサーの部屋なんである。
ちなみに、マンガやらゲームやら各種ボールやら文房具やらなんやらかやらで、散らかりほーだいだ。
よー分からんが、多分男子の部屋っつーのはそういうモンなんじゃろ。
ま、どっちゃにしろ、儂にとってはどーでもいいことである。鳥じゃもん。
《……まったく、ヒマがあったらギャーギャーと……ガマンせんか。
あのイケメンが、『明日は覚悟しろ』と言うておったじゃろが》
ベッド側のラックの上に陣取った儂は、小僧の苦悶を聞き流しつつ……小僧の母君が儂のためにと、小さな皿に用意してくれた食事をいただく。
メニューは、食べやすく細切れにしたカボチャと、軽く炒られたその種である。
……そう。カボチャとその種。
ぶっちゃけ、『なんじゃこりゃ、儂は鳥系じゃが単なる鳥ではないのだぞ……』とか最初は思ったんじゃが。
今、ハッキリと言おう――。
――美味い! 美味いぞ〜!
やっぱカボチャは最高じゃな〜!
なんせ女子じゃもん、儂!
「ぐぎぎ……。ち、ちくしょ……ぉ……!
せ、せっかく休み、なんだから……ゲーム、しまくろうと、思ってたのにィ……!」
《……ま、世の中はそんなに甘くないっちゅーことじゃなあ》
小僧のグチに、話半分に答える儂。
それも当然、儂の意識は今、クチバシでカボチャの種の殻を剥き、中身を食べることに集中しているのじゃから。
……これがまた、美味しいばかりでなく楽しいんじゃよな〜。
そう言えば、小僧の母君によると、インコは種の殻や皮を剥くのが好きで、それがストレス発散にもなるとかいう話じゃったな……。
………………。
いや、儂、今はこんなナリじゃけど、インコではないからな?
そう、その本質は……生命を運ぶ、大いなる風の――。
…………っと、お、おお……?
おおう、やったぞ儂! めっちゃキレイに剥けた――ッ!
ウム〜、大満足……! ポリポリ。
――ハッ!?
い、いかんいかん……つい我を忘れて夢中に……!
うむむぅ、恐るべしはカボチャの魅力……さすがは女子御用達の食材よな……!
……むきむき、ポリポリ。
《……しかし、さすがに朝よりはだいぶマシになってきたんじゃろ?》
「ま、まあな……。アタマがガンガンに痛えのと、気持ちワリーのは治まってくれたからなー……。
でも、まだ腕とか足がバキバキに痛ぇーし……マトモに動かねえー……」
《……ま、それぐらいで済んでラッキーと思っておくんじゃな》
これは本音でもある。
儂がチカラを貸したとは言え、昨日、こやつの置かれた状況は非常に厳しいものじゃったからな。
結果として、無事に生きながらえたばかりか、負ったダメージもこの程度で済んだのは、本当に僥倖と言わざるを得ん。――むきむき。
……そう言えば、あのイケメンによれば、後日詳しい話をしてくれるということじゃったが……。
はてさて、いったい、儂と我が主はなにに巻き込まれておるのやら……。
――などと、ちょいとマジメなことを考えつつ、カボチャの種の殻を剥いていた儂は……この家のチャイムが鳴るのを聞いて、クチバシを止める。
さらに続けて、訪問者への対応に出たらしい母君の声と、応えるいくつもの元気な声がしたかと思うと――。
多くの足音が、階段を上がり、この部屋へと近付いてきた。
むむ、これは――
「ヘイ、アーサー! 軟弱なキサマのお見舞いに来てやりましたよ!」
威勢の良い声とともに、ドアを開けてなだれ込んできたのは……。
儂にも見覚えのある聖霊を先頭に、昨日寝込んでいた娘と……他にはなんかぽやんとした娘に、無表情っぽいメガネの小僧という……。
アーサーと同年代の、少年少女4人組であった。
……こやつらの目的は、その言葉通り、今日は学校を休んだアーサーの見舞いであったらしい。
しかし、こやつらが思っていたよりずっと、アーサーの体調が良いということもあって……今は母君が出してくれたジュースとお菓子をお供に、フツーに談笑中である。
ちなみに儂も、母君が小さな器に入れてきてくれた新鮮な水を楽しんでおる。
――まあ本音を言えば、同じくジュースがいいんじゃけども。
メロンソーダとかベストな。儂みたいな色でキレーじゃし。
「……にしても朝岡、部屋、散らかりすぎ。
もーちょっと片付けなよ、もう……」
眉をひそめてそんなことを言うのは……アーサーがアリーナーと呼んでいた、赤宮亜里奈という名らしい、あの寝込んでいた娘。
この中では抜きん出てしっかり者らしく――最初、とても4人もの人間が座る場所などなかった部屋を、慣れた調子でささっと片付けて空間を確保していた。
うむ……こーゆーのを、女子力が高い、とか言うんじゃろか。
――まあ、女子は女子でも鳥系じゃから関係無いけど儂。
「ん〜、でも、うちのイタダキお兄ちゃんの部屋と同じぐらいじゃないかなぁ〜?
……あ、わたしもいっしょかも〜」
ほんわかとした、もンのスゴい清らかな笑顔を浮かべて……しかしなんかそのわりにダメな発言をしておる癒やし系の娘は、摩天楼見晴というようじゃ。
そして――。
「………………」
そもそも見舞いに来たはずじゃろうに、なんか、儂の存在に気付いてから、アーサーはそっちのけで儂をじーっと見つめる小僧が一人。
確か……真殿凛太郎、とか言ったか。
アーサーとはまた違ったタイプの、メガネの似合うなかなかに美々しい少年じゃが……いかんせん、表情が読めん……!
な、なんじゃろこやつ、まさか儂のことをウマそう、とか思っとるんじゃなかろーなー……。
いきなり噛み付いてこんじゃろーなー……。
目を逸らしたら負けの気がして、こちらも必死に見返していると――。
「――お手」
……ひょい。
《――ンなぁ……っ!?》
なんと、唐突に差し出してきた凛太郎の手の平に、儂は反射的に片足をちょんと乗っけてしまっておった……!
な、なんたる屈辱……ッ!
こやつ……タダ者ではない……!
「…………ん」
あんまし表情変わっとらんが、さっきと比べて、どことなく満足そーなところもなんかムカつくぞ……!
儂はこやつを天敵と判断した!
……おのれ〜……! いつか泣かしてくれる……!
――うむまあ、それはさておき……その後。
見舞いというか、一方的に小僧が(そして儂も凛太郎に)からかわれるような形で時間は過ぎ……。
結局4人がここにおったのは、一時間ほどだったじゃろうか。
やがて、来たときと同じようにぞろぞろと騒がしく帰って行った――と、思ったら。
数分後――。
「忘れ物をした」とかで、1人、戻ってきた者があった。
「……ちょっと、マリーンやミハルには聞かせられない話がありましたからね」
それは……小僧が軍曹とか呼んでおる聖霊の娘、アガシーだ。
「お、おう……」
んむ? なんか、小僧の方は……ちょっと緊張気味な感じじゃな。
……ああ、やっぱアレか。
昨日この娘に、抱きつかれるわ泣かれるわ――だったのが、まだ尾を引いていて、こうして1対1になると気恥ずかしいっつーことか……。
まあ、ガキんちょじゃからのう。
とりあえず、凛太郎めの邪魔で中断していた、カボチャの種の殻むきに取りかかると……聖霊は、儂の方についと視線を向けてくる。
「で……あなたが、霊獣ガルティエン――ですね。
わたしはアガシオーヌ……聖剣ガヴァナードを司る、剣の聖霊です」
《儂は……我が主から、『テン』という愛称を賜った。そう呼んでくれて構わんぞ。
で、儂のことは――ああ、あの銀髪イケメンから聞いていたか》
「まあ、そーゆーことです。
……あなたの助力がなければ、あの場の誰もが危なかった――と、聞きました。
あらためて、お礼を言わせてください」
《なあに……そもそも儂も、瘴気に侵されていたところを、お前さんらに助けられたわけじゃからな。
それに、我らはアルタメアの同胞……水臭いことは言いっこなしってやつじゃろ》
儂は、キレイに殻が剥けた種を、クチバシでひょいと宙に放り……ぱっくん。
《……で、まあ、儂としても、いろいろと聞きたいことがあるわけじゃが……そのあたりはまた後日改めて――っつーことじゃったな?》
「そうですね。当事者が直に顔を合わせた方がいいと思いますし。
とりあえず今日は、あなたにちゃんと挨拶しておきたかったんですよ……『ガルガル』」
《うぉい、その法則でいくならむしろ『テンテン』じゃろ……ガルガルってなんじゃい、ケモノか――って、いやまあ、霊『獣』じゃけどもね、儂!》
「………………」
《………………》
「……フッ、なかなかやるじゃないですか、テンテン……」
《……なんの、おぬしのパスが良かったのよ、聖霊……》
互いを認め合い、不敵に笑い合う儂と聖霊。
「…………。
うっわ〜……なに、なんかこの2人、ウザい……」
「《 ジャリがウザい言うな 》」
クッソ生意気なことをぬかす小僧を、儂らは揃ってニラみつけてやった。
「……あ〜……それから……アーサー?
え〜……その――あれです。
き、昨日のわたしの行動は、超突発性一日限定花粉症にやられていたせいですので、あんまし気にしないよーに!」
「昨日の、って……。
あの、えっと……軍曹が大泣きした――」
「泣いてねーって言ったでしょーが! ありゃ花粉! 花粉のせいです!
――ったく、つまんねーコトにこだわってやがると、も一回、今度はキサマの布団で鼻かむぞ! がるる!」
「う、うわ、やめろって! 今オレ、マトモに動けねーんだからな!
――ち、近付くな、悪い顔して近付いてくるな……っ!
わ、わかった、わーかったから――!」
……ポリポリ。
儂は残り少なくなったカボチャの種をマイペースに味わいながら、2人のやり取りをのんびりと鑑賞する。
……ま、なんつーか……どっちもガキんちょっつーわけじゃな〜。うむ。
あ、いや、かく言う儂もうら若き乙女じゃけどね?
《……しかし……》
……ポリン。
カボチャの種を噛み締めながら……儂は、ふと抱いた疑問に首を傾げる。
この聖霊の娘、自らを『ガヴァナードを司る剣の聖霊』と称したが……。
〈創世の剣〉たるガヴァナードに……。
そのチカラを司る聖霊なぞ、存在しなかったハズなんじゃがなあ……?