第156話 晴れて翌日、ヤツらのいない朝の光景
「おはようございます、赤宮さん」
「ああ、西浦さん、おはようございます」
市役所に出勤した私は、すでにデスクに向かっていた赤宮さんに挨拶しつつ、自分の席に着く。
「すっかり晴れて良かったですね」
「ええ、本当に。昨日のあの荒天はなんだったのかと思いますね」
言葉通り晴れやかに笑う赤宮さんに、私も笑顔を返した。
……十中八九、昨日の荒天の原因は、夕方に小学校に出現したらしい強力な結界――そしてその主だったという、意志を持った謎の魔剣のせいだろう。
昨夜、〈救国魔導団〉に連絡した私は……実際に現場に赴いたという黒井・質草両名からもたらされた情報を手にしていた。
ただ、それ以外にも、彼らのところで何かがあったようだが……。
それについては、リーダーの白城自身から「後日話す」と重い口調で告げられたので、今のところは保留にしてある。
まあ、つまりは重要ではあっても、直接の関係はない――ということなのだろう。
ちなみに、件の小学校の方にも少し探りを入れてみたが、特に目立った異常事態というのは認識されていなかった。
あえて何かあったと言えば、激しい突風で飛ばされたレンガ片で、窓ガラスが割れ……部屋が一つ水浸しになったことと、その際のガラスで生徒が1人、ごく軽いケガをしたことぐらいのようだ。
「……それにしても、今日はいつもよりずっと身体の調子がいいですよ。
昨日、そちらのお風呂でゆっくりさせてもらったからでしょうね。
銭湯は久しぶりでしたが……いやあ、やっぱりいいものだ」
私は、肩をぐるりと回しながら、愛想良く赤宮さんに告げる。
……これは、会話を円滑に進めるための話題として――だけではない。事実だ。
銭湯の入浴料は、単に身体を洗うだけと思えば結構な値に見えるが……こうして心身ともにリフレッシュするためと考えると、却って安いぐらいだろう。
仕事とは関係なしに、また寄らせてもらおう――と、普通に思っている。
「それは良かった。またいつでもいらして下さい」
「ええ、それはもう。
……ああそうだ、そう言えば息子さんたちは大丈夫でしたか?
あの荒天の中出かけたと、奥さんとお話ししていましたが……」
――そう。本題はここだ。
黒井たちによると、昨日の戦いにもやはり、クローリヒトは仲間とともに現れたらしい。
もし、その正体が赤宮裕真で、仲間の方が最近やってきたという再従兄弟なら……あのヒドい天気の中、出かける理由になる。
それだけでは証拠にならなくても、手掛かりにはなるだろう。
「ああ、それなら……ちょうど西浦さんが入浴されるのと入れ違いぐらいに帰ってきていたようで。
ご存じのように、妻は仕事、僕もそれを手伝っていたので、いつの間にか……といった感じでしたが」
「そうでしたか……まあ、何にせよケガなど大事がなくて良かった。
――しかし、どうしてまたあんな天気の中を?」
私が重ねて問うと、赤宮さんはなにか気恥ずかしそうに苦笑する。
「それが、どうも……昨日発売日だったゲームソフトを買いに出ていたらしくて。
……いやあ、お恥ずかしい話ですが、僕が昔からゲームが趣味でしてね。
その影響で息子たちもまあ、わりとそのケがあると言いますか……」
「ゲーム……ですか」
「もちろん、後で注意はしたんですが……僕自身、あの子たちと同じ状況だったらやっぱり同じことをしたんじゃないかと思うと、あまり強くは叱れなくて。
……結局、僕もまとめて、妻に説教を食らうハメになりました」
「そ、そうですか……」
「……で、あの天気でズブ濡れになったのが祟ったのか、今日は息子たちは二人揃ってカゼで熱を出して、学校を休むみたいで……身に染みて反省してるんじゃないですかね、今頃。
小学生の妹たちにまで呆れられてましたから」
「はははっ、それはそれは……」
――ふむ……。
もう少し、明確に証拠に繋がりそうなことが聞けるかと思ったが……。
当の本人たちが上手く誤魔化したようでもあるが、そもそも私の見当違いのようにも感じられる……。
体調不良というのも、わざわざ偽装する理由が思い当たらんし――そうすると、超常的なチカラを備えていながら、雨に打たれた程度でカゼを引くというのも……。
む……結局のところ決定打はなし、まだまだ情報収集を要する――といったところか。
「――さて、と。
それじゃ仕事しましょうか、西浦さん」
「ええ、そうですね」
私は、赤宮さんの言葉にうなずきを返しながら……。
今後どうやって情報を集めるか――などとも考えを巡らせていた。
* * *
「おはようー」
登校したウチは、クラスのみんなにあいさつしながら、自分の席に向かう。
教室におるんは、いつものみんな……って言いたいところやけど、今日は間違いなく2人少ないことが分かってた。
「あ、おはよう、鈴守さん。
――裕真とハイリアがまだ来てないんだけど、何か聞いてる?」
ちょうどそのことを聞いてきたんは国東くん。
ウチはうなずいて、知ってることを答える。
「――うん。なんかね、2人揃ってカゼ引いたみたいで、今日は休むって」
……それは、今朝方聞いた話。
昨日の戦いは今までになく激しかったから、思ったより疲れてたみたいで……ちょっと寝坊してもうたウチは、お弁当作るんは諦めて、朝ご飯をカンタンにパンで済ませてたんやけど――。
そのときにかかってきたのが、亜里奈ちゃんからの電話。
それは……。
赤宮くんとハイリアくんが、揃ってカゼを引いて休むことになって――。
やから、時間があるなら赤宮くんのお見舞いをしてあげてほしい、っていう内容やった。
ウチも、昨日の今日で、いつもの訓練とかするんはいくらなんでもオーバーワークっておばあちゃんに言われてたし……。
何より、こないだウチがカゼ引いたとき赤宮くんに看病してもらった分、今度はウチが――って思ってたし。
それに、なにより……昨日、あれだけ厳しい戦いやったから。
なんか、いつも以上に……。
どうしても直に、赤宮くんの顔が見たくて――声が、聞きたくて。
ウチは、二つ返事で、むしろゼヒって亜里奈ちゃんに答えてた。
「なに? 赤みゃんとリャおーは今日休みかい?」
赤宮くんたちが休みっていうのが聞こえたんか、おキヌちゃんたちも集まってくる。
「うん。今朝、亜里奈ちゃんが電話で教えてくれて」
「……で、おスズは放課後、甲斐甲斐しくダンナの看病に行くってわけね?」
ニヤリとしながら、そう言うてきたんはウタちゃん。
「だ、ダンナて……! もう……!
――うん、でも、看病には……行く。行きます。亜里奈ちゃんにも頼まれたし……」
「うむうむ、行くがいい! 押しかけるがいい!
でもって、デキる嫁っぷりを存分に見せつけてくるのだ……!」
ウチの背中をバシバシ叩きながら、カカカと笑うおキヌちゃん。
「……にしても、同居中の勇者と魔王が揃ってダウンとか、何やってたんだかねー」
「そりゃ、最終決戦じゃない? 結果を見るに引き分けみたいだけど」
肩をすくめる国東くんに、なんか大マジメな顔で答えるウタちゃん。
ウタちゃん的には冗談なんやろうけど……なんせあのスゴい情報収集力があるから、もしかしたらホンマなんちゃうかな、とか思ってまうのがコワい。
「っくしょ〜……! 彼女の看病、とか……!
うらやましくねえ、うらやましくねえぞ……っ!」
「うむ、そうだな、マテンロー……。
将来的にマッタク見込みがないことに希望抱いててもツラいだけだからな……。
今のうちに、そうしてすべてを諦めておくのはいいと思うぞ?」
机に突っ伏してぶーぶー言うてるイタダキくんの肩を、おキヌちゃんが、なんかスゴい穏やかな笑顔で優しく叩く。
「……って、ぅおいコラ、おキヌ!
飛び降りを迷ってる人間を蹴り落とすようなことぬかしてんじゃねー!」
――ガバッと、イタダキくんはわりと元気に身を起こした。
「……あ、ゴメンゴメン。
そう、アンタの場合は遺産チラつかせりゃなんとかなるっけ」
「それはフォローじゃなくて追い打ちっつーんだよ!」
イタダキくんの反応に、ケラケラとおキヌちゃんは愉快そうに笑う。
……この2人、いつも思うけど、なんやかんやでわりと仲ええよね。
スキとかキライとか、そういうんが入る余地があるんかは分からへんけど……。
「……あ〜、でも……。
鈴守さんが、彼女としてお見舞いに行くんなら……僕らはお邪魔になりそうだし、やめておいた方がいいのかな?」
「あん? なに言ってんだよ衛、別にいいだろ。
裕真一人ならともかく、魔王のヤツもダウンしてるんだし。
いっそみんなで顔だけ出して、鈴守だけ置いて帰りゃいいじゃねーか」
国東くんの発言に対して、イタダキくんが口にした意見……。
そこに、おキヌちゃんも同意する。
「……お、マテンローにしちゃマトモなこと言ったね。
鍋パーティーんときもそうだったけど、そうやって転入生のリャおーのことをさりげなく気にかけるトコなんかは、なかなかいいぞ〜? 点数アップだ。
……うん、そうだな、これで天保山の頂点ぐらいには立てるんじゃないかい?」
「おっ、山の頂点――だと? マジかっ?」
「……でも天保山て、標高4.5メートルやけど」
思わず正直にツッコんでもうて……ウチは、ハッとなっておキヌちゃんを見る。
おキヌちゃんは、してやったりとばかりにニヤリと笑ってた。
じ、地元関西のネタやったせいで、つい反応してもうた……!
おキヌちゃん、狙ってたな……!
「え、えーと……。
ご、ゴメンな、イタダキくん……!」
「ぐっは……! あ、謝るな鈴守、余計イテぇ……!
――ってか、4メートルってなんだよ、ンなモン山じゃねーだろ!
山界のおキヌかっつーんだよ!」
「ああん!? だーれが最小だゴルァ!」
「……はいはい、もう……自分がしかけた地雷に巻き込まれてどーすんの」
シャー!……ってネコみたいに威嚇するおキヌちゃんの前に割って入ったウタちゃんが、目一杯伸ばした腕でおキヌちゃんの頭を押さえこむ。
おキヌちゃんは必死に、引っ掻くみたいに腕を振り回すけど……絶対的なリーチ差で、そのすべてが空を切ってた。
……っていうか、天保山は厳密には日本最小違うねんけどね……。
「……えーと。
それじゃ結局、いつものみんなで揃ってお見舞いに行くってことでいいのかな?」
「まあ、いいんじゃない?
――おスズもそれでいいんだよね?」
おキヌちゃんを抑えるんを早々にやめたウタちゃんも、こっちの会話に加わってくる。
――その後ろでは、おキヌちゃんとイタダキくんが、なんか別の話題でモメてた。
懲りへんなあ……もう。
「もちろん、当たり前やん。
赤宮くんたちも、みんなの顔見た方が元気になると思うし」
ウタちゃんに返事をしながら、ウチは……。
なんとなくホッとするような想いで、おキヌちゃんたちのやり取りを眺める。
昨日頑張ったから――それで、被害って言うほどの被害を出さずに済んだから。
だから、こういう光景を……。
いつも通りの、穏やかな気持ちで見てられるんやなあ、って。
そんな風に思って――。
「……えーい、アタシゃ進化前なだけだ、レベルアップして進化とかすりゃ、なんか色々デッカくなるんだ!
ナチュラルにちっちゃいおスズちゃんとは違うんだ!
つーわけでマテンロー、キサマは経験値となってアタシのレベルアップの肥やしとなりさらせー!
――食らえ、『豆腐の角に頭ぶつけて死にさらせ君』!」
――パカンッ!
「ンごぁ――っ! て、テメー……!
こんな至近距離でその謎の豆腐型危険マスコット投擲とか……っ!」
……そんな風に、思って……。
…………………………。
……誰が、ナチュラルに……。
将来にまったくゼンゼンこれっぽっちも希望がもたれへんほどどうしようもなく、アレコレちっちゃいって……?
「ふはは! マテンローは名前からしてレアキャラっぽくて、経験値だけはスゴそうだからな!
よし、うむ、さらなるレベルアップのため、豆腐だけにもう一丁食らわせ――」
「…………」
ウチは思わず、おキヌちゃんが振りかぶった豆腐型マスコット(妙に重い)をひょいと取り上げると……。
――べちんっ。
「ぶにゃあっ!?」
その額を、わりと強めに指で弾いてあげるのだった。