第155話 悪役っぽい勇者を除く、〈勇者〉たちの夜に
「ええ、はい、そうなんです……すいません。
――いえ、とんでもないです……はい、お願いします」
座椅子に座ったまま、ドクトルさんへの電話を終えて……僕は。
スマホを、ぞんざいにテーブルに放り出す。
……とりあえず、今日の小学校での戦いについては――。
『能丸は校舎内で〈呪疫〉と戦った際、スーツが壊れたので、一足先に離脱した』ということで報告しておいた。
後日、修理のために、ドクトルさんが一旦変身アイテムごとスーツを引き取ってくれるってことで……そのときにまた詳しく話を聞かれるかも知れないけど、まあ、問題は無いだろう。
僕がエクサリオであるという事実を示すような要素は、何も無いのだから。
「それにしても……失敗したなあ」
僕は、グラスに注いでいたコーラを一口含んで、大きくタメ息をついた。
クローリヒトが明言したことを信じるなら、やっぱりグライファンは〈世壊呪〉のチカラを奪い取っていたみたいだ。
つまりは、充分なチカラを得た〈世壊呪〉が世に現出する――そうなるまでの時間を、いたずらに引き延ばす結果になってしまった、というわけで……。
グライファンほどの呪物なら、〈世壊呪〉が得るチカラも増して、現出が早まるハズ――。
……なんて、そんな僕の考えは、まさに裏目に出たってことだ。
「まあ、でも……。
その間に、クローリヒトたちが少しでもチカラを付けてくれるなら……意味もある、かな」
そう――。
やっぱり、弱者をいたぶるのは〈勇者〉の所業にふさわしくないからね。
僕が〈勇者〉としての真の強さに至るためにも……戦うのは、相応の相手でないと。
そのための時間だと思えば……悪いことばかりでもないか。
「……まったく、しっかり僕の期待に応えてよ……? クローリヒト」
僕は、口の中で弾ける炭酸を楽しみながら……そういえば、と思い至る。
――彼は……クローリヒトは。
どうやら、アルタメアを救ったことがあるようだ。
かの世界に伝わる剣技……。
それも、最高位にあたる〈絶剣〉を、カンペキに使いこなしていたことからしても間違いない。
……と、いうことは……。
「じゃあ……彼のあの剣は――。
もしかして…………ガヴァナード……?」
――ピンポーン!
ピポピポピポピンポーン!
……そのとき。
いかにも考え事を邪魔するみたいに、部屋のチャイムが連打された。
まったく、この鳴らし方は……きっとアイツだね。
「まったくもう……はいはい、っと」
腰を上げた僕は、玄関口に出る。
予想通り、そこに立っていたのは――。
「おっす、兄ちゃん!
母ちゃんがコレ持ってけ、って!」
小さなお鍋を手にしてニカッと笑う、従弟の武尊だった。
「わざわざありがとう。
――で、それは嬉しいけど……武尊、チャイム連打しちゃダメだって言ったろ?
ヘタするとご近所さんに怒られるんだからな?」
「へへ、ゴメンゴメン!」
反省してるのかしてないのか、よく分からない武尊から、お鍋を受け取る。
「ロールキャベツだぜ! うちの晩メシのおすそ分け!」
「……あ〜……助かるよ。
ちょうど、晩ご飯どうしようかって思ってたところだったんだ」
――正直に、本心からのお礼を言う。
今日はあんまり自炊って気分でもないし、叔母さんの料理はおいしいしね……ホントに助かった。
ヘタにコンビニでお弁当とか買ってなくて良かったよ。
「叔母さんにもお礼を言っておいて。
――あと……武尊。
さっきから気になってるんだけど……それは? どうしたの?」
そう言って僕が視線を向けたのは……武尊の右肩だ。
そこには……多分、セキセイインコ――だと思うけど、青みがかったキレイな碧色をした鳥が、おすまししているみたいにチョンと乗っかっていた。
「――え? あ、コイツ?
ああ、うん、その〜……うん。
今日、学校の帰りに見つけて……なんか、妙に懐かれちゃったみたいでさ」
「へえ……珍しいこともあるもんだね。
――で、名前は?」
「え? 名前?」
キョトン、とした顔で繰り返して……武尊は肩のインコを見やる。
「…………え〜…………うーん…………『トリ』?」
――ココココココッ!
「いだだだだだぁっ!」
雑極まりない武尊の名付けが気に入らない――と言わんばかりに、インコは武尊のこめかみをクチバシで連打する。
……まさか、実はキツツキだった、ってことは……ないよね?
鳥の種類なんて、あんまり詳しくないけど。
「あ、じゃ、じゃあ、『ガル』とか!
……お、これならカッコ良くて――」
――ココココ! コココココッ!
「いだだ! いだだだだだっ! 穴、穴空く! 頭に穴っ!
……あぁ〜、もう! じゃあ……『テン』でどーだ!」
それじゃ別の動物だ……とか思ったけど。
インコは、武尊のこめかみをつっつこうとしつつ……でも、途中で止めた。
まるで、「まあいいか」って言わんばかりだ。
芸達者だなあ……。
もしかしたら、もとは誰かに飼われていて、芸とか仕込まれていたのかも。
あるいは――。
見た目通りのインコじゃなく、実は魔獣や精霊の類、という可能性もある――けど。
とりあえず今のところ、それらしい気配は感じないなあ。
まあ……そういうのってうまく隠されると、〈勇者〉と言ってももとが人間の僕じゃ、専用の道具でも使わない限り、なかなか察知しきれないんだけどね。
もし、ただのインコじゃなかったとしても……少なくとも、すぐにそれと分かるような邪悪なモノでもないわけだし――気にしすぎ、かな。
――その後、しばらく立ち話をして……。
晴れて『テン』と名付けられたインコを肩に乗せたまま、武尊は家に帰っていった。
それから部屋に戻り、飲みかけだったコーラのグラスを手に、キッチンに立った僕は。
せっかくのロールキャベツを早速いただこうと、鍋ごとコンロにかけてあたため直しながら……。
武尊の訪問で中断させられた思考に、再び頭をもっていく。
――そう……クローリヒト。
彼がアルタメアの勇者だったのなら、あれが聖剣ガヴァナードだった可能性はある。
けれど……5年前。
人生で初めて〈勇者〉となった僕が手にしたガヴァナードは……確か、あんな外見じゃなかった。
それに――あれは、アルタメアから『持ち出せなかった』ハズだ。
まあ……たまたま、僕のときがそうだったってだけかも知れない――けど。
僕自身、〈勇者〉をやるのが初めてで、勝手が分からなかったって面もあるし。
見た目が違うのも……そもそもガヴァナードは、世界創世に関わった――なんて話もあるぐらい古いものだったから、あらためて打ち直されたってことかも知れない。
「……ってことは、もしかしたら……」
ふっと、僕の脳裏に――。
蝶のような羽をもつ、妖精みたいに小さい……〈聖霊〉の姿が、おぼろげに蘇る。
「……打ち直し、となると……。
キミのお役目も、次の聖霊に受け継がれたってことなのかな――」
それは、長い金髪をなびかせた――
芸術品のように美しいけれど、人形のように無表情で、無感情の……
まさしく、聖剣のための『機能』の体現のような――〈聖霊〉。
「……ずいぶんと久しぶりに、キミのことを思い出したな――」
僕はコンロを止め、コーラの残りを一気にあおる。
すっかりぬるくなって、炭酸も抜けたそれは……ただただ、甘かった。
「…………アガシオーヌ…………」
* * *
――カランカラン……。
ドアに取り付けられたベルの、いつも通りの軽やかな音に……帰ってきたな、という実感が込み上げる。
「お嬢……悪ィ、遅くなっちまった」
少し大きめの声で呼びかけながら、質草とともに、臨時休業中の〈常春〉店内に足を踏み入れる。
……今回、エクサリオとの遭遇なんかで、力不足を思い知らされたオレたちは……バツが悪いってーか、すぐに帰る気にもならねえで。
なんとなく、外でダラダラ晩メシを済ませたりと、夜まで時間を潰してやっと帰ってきたわけだが……。
てっきり、「遅い!」と――。
開口一番、説教に入るお嬢に遭遇すると覚悟してた……にも、かかわらず。
――店内には、誰の姿もなかった。
「……連絡も無しにこの時間まで遅れたのは、さすがにヤバかったかも知れませんね」
「まさか、ガチにキレて部屋に戻った――とか、か?
うっわ……そうなるとマジでヤベえな……。質草、そンときゃ頼む」
「ボクだって、ボロクソに言われるのはカンベンですよ……。
キミの方がお嬢との付き合いは長いんですから、そっちこそ頼みますよ」
「長いからこそ、遠慮が無くて怖えンじゃねえか――って、ん?」
オレの『鼻』が、多分普通の人間じゃ気付かない、店内の残り香を嗅ぎ分ける。
これは……。
「……どうやら、ついさっきおやっさんも帰ってきたみたいだな」
「そうなんですか?
じゃあ、〈庭園〉の子たちに、夕食でも運んであげているのかも知れませんね」
――なるほど、質草の言う通りかも知れねえ。
オレは、そうだったらお嬢に説教されずにすむな……とか考えながら、質草とともに地下の〈庭園〉に向かう。
すると――
ラッキーなことに、って言えばいいのか。
予想通り、そこには……おやっさんがいた。
だが……。
一緒にいると思っていた、お嬢の姿が無い。
ヤベえ、やっぱ部屋に戻ったのか……? なんて考えが、一瞬再浮上するも――
「……黒井くん、質草くん――」
オレたちに気付いて振り返ったおやっさんの、その真剣な顔に――そんな平和な思考はすぐさま吹き飛ぶ。
「どうしたんですか、おやっさん?
――まさか、お嬢に何か……?」
質草が尋ねる間に、オレは感覚を総動員して周囲の気配を探る。
……こいつは……どういうこった?
〈庭園〉の連中は、大なり小なり誰もが落ち着きがなくて――『何か』があったことがすぐに分かった。
それに、なんつーか……奇妙な『匂い』が残ってる。
その『匂い』は……。
そう――言っちまえば、『この世界のものじゃない』ような……。
オレが困惑して顔をしかめていると……おやっさんが、重々しく口を開いた。
「……この〈庭園〉は、君たちも周知の通り、限りなくこの世界と近いものの、一種の異世界だ。
つまり、他の世界と次元的に『近く』て、『繋がりやすい』ということでもある。
……それは、ここの魔獣たちのように、異世界からの迷い子をいち早く保護するためでもあったわけだが――」
話しながら、おやっさんはスマホを取り出した。
「……失念していたよ。
それはつまり、こういう事態を引き寄せる可能性もあったということを……」
そして――スマホの画面を見せてくれる。
そこに表示されているのは……お嬢からの、短いメッセージだった。
『わたしも、異世界で勇者になってきます。
お父さんみたいな――
お父さんたちを助けられる、勇者に』




