第153話 キズだらけの小さな勇者と、さびしがりやの聖霊と
……あのなんかヤベー剣が逃げてからも、黒いヤツとか赤いヤツが出てくるのは止まらなくて……。
オレとクローナハトは、もう、必死にソイツらをやっつけまくってたんだけど……。
――あるとき、いきなりそれがピッタリ止んだ。
同時に、壊れた窓の外も……紫みたいな黒みたいなヘンな色じゃなくって、普通に、いつもの景色が見えるようになってて。
いつの間にか、台風みたいだった天気も治まって、日が差してて……。
「……やったか、勇者め」
そんなクローナハトの一言で……。
何となくオレにも、終わったんだ――ってことが、分かった。
「……終わっ、た……? 終わった?
うひぃぃ〜……や、やぁぁーーっとかよぉ〜……!」
思わず、ペタンと座り込む。
それに合わせて……ティエンオーとしての装備が、光りながら消えていって……。
オレは、いつもの制服姿に戻ってた。
ただ……手の中にはちゃんと、宝剣ゼネアがある。
そんで、頭の中でも……。
《……小僧、よく頑張ったな。
儂の主としては……まあ、及第点をやってもいいぞ。ウム》
ガルティエンの、年寄りみたいなしゃべり方の……子供みたいな声が響いてた。
「ちぇ、エっラそーだなあ……。
――ん、でも、ガルティエンも……助けてくれてサンキューな」
……そうだ!
それで結局、アリーナーは大丈夫なのか……?
オレが顔を上げると――。
ちょうどクローナハトが、身体を折り曲げて、ソファで寝てるアリーナーを覗き込んでるところだった。
「クローナハト、アリーナーは……っ?」
「……ああ、大丈夫だ。
さすがに疲れはあるだろうから、熟睡しているが……もう苦しんではいない。
――本当に、よく頑張ったな……亜里奈」
クローナハトは、なんかスゲー優しい感じでアリーナーに声を掛けて……。
で、なにかを拾い上げたかと思うと……オレに近付いて、それを手渡してきた。
……オレの、ハンカチだ。
熱があるなら冷やした方がいいかな、って……そう思って、濡らしてアリーナーの額に乗っけてたやつ。
「お前の物だろう? 亜里奈に代わって、その気遣いに礼を言う」
「お、おう……別にいいけどさ」
――とりあえず、アリーナーが無事でホント良かった……。
思わずまた、大きなタメ息をつきながら……オレは立ち上がる。
「それで、軍曹の方は――」
「なに、そちらはすぐにでも目が覚めるだろう。
……ともあれ、次の問題は――この状況をどう理由付けするか、だが……」
言って、クローナハトは部屋の中を見回す。
――第2応接室は、はっきりいってメチャクチャだ。
窓は割れちまってるし、ドアも壊れてるし……それこそ、部屋ン中で台風が吹き荒れたみたいになってる。
……まさか、ヘンなバケモノが現れて、オレもヒーローに変身して戦った――なんて、先生とかに言えるわけねーし、どうすりゃいいんだろうって思ったら。
クローナハトは――多分魔法で、すぐ外、校庭の隅にある花壇のレンガを1つ、手もとに引き寄せると……床に転がす。
で、同じく魔法で、小さな水の球をいくつか作って……それを部屋の床とか壁にぶつけて、濡らしてしまった。
「……なにやってんだよ?」
「教師が迎えに来たとき、この惨状を、ある程度は合理的に説明する理由がいるだろう?」
「えーっと……つまり、スゲー風でこのレンガが飛んできて窓が割れて、風とか雨が吹き込んできたからこうなった……ってなことにすんの?」
「まあ、そういうことだな。
あとは、お前のケガも、そのとき亜里奈たちをかばったから、ということにしておけ。
聖霊――いや、軍曹にも協力させれば、『信じさせる』のは難しくない」
今の言い方……魔法とかも使って、うまくごまかすってことなのか?
まあ……どっちにしてもオレだけじゃ、そんな説明とか、ちゃんと出来そうにねーしなー……。
「さて……では、余は行くが――アーサー。
お前には、今一度礼を言いたい。
――ありがとう、最後までよく戦ってくれた」
「へへっ……まあ、いいってことさ!
オレだって、アンタが助けに来てくれなきゃヤバかったしさ!」
「フッ――そうか。
……ああ、礼と言えば、勇者もお前に直接礼を言いたがるだろうな」
「……そういや、さっきから何回も言ってるけど……勇者、って?」
オレが聞くと……クローナハトは、なんかイタズラっぽく笑った。
「いずれ分かる。お前にはまた後日、詳しい話をせねばならぬのだからな。
――そのときの楽しみにしておけ」
「お、おう……分かった」
「近いうちに連絡しよう……もっとも、明日だけは絶対にないが」
「……なんで?」
「もう忘れたのか?
――明日は覚悟しておけ、と、そう言ったであろう?」
あ、あぁ〜……アレかぁ。
ムリヤリ身体動かしたから、明日はヒデーことになるぞ、っていう……。
「まあ……余も同様だがな。
さすがに無茶をしすぎた、明日はグロッキーというやつだ」
そんなこと言ってるのに、なんでか楽しそうに笑いながら……。
クローナハトは、ひょいっと壊れた窓を飛び越える。
それで――
「……ではな。また会おう」
そう言い残して、風景に溶けていくみたいに……すぅっと姿を消した。
「……なんか……いろいろ、とんでもねーことになったなあ……」
《しかし、夢ではないぞ?》
「わーってるよ……」
ガルティエンに答えながらオレは、ちょっと顔でも洗ってスッキリしようと思って、隣の給湯室に行く。
それで、冷たい水で顔をバシャバシャやってると……なんか、妙にしみて痛い。
なんだろうって思って、鏡を確かめようとしたら――隣の部屋で声がした。
適当にソデで顔を拭いながら、応接室に戻ると……。
「……アリナ、アリナ、アリナぁ……!
良かった――良かったぁ……っ!」
――目を覚ました軍曹が……寝たままのアリーナーにしがみついてた。
もっと騒ぐかと思ったけど、いつもと違って、声が抑えてる感じなのは……。
多分、アリーナーを起こさないようにしてるんだろう。
でも――
メチャメチャ嬉しそうなのは、よく分かった。
で、そんな軍曹を見てると……。
――ああ……ちゃんと守れて、良かったな――って。
オレも、そんな風に思えた。
うん、まあ、めっちゃ頑張ったもんな――オレ!
――とか思いながら見てたオレに……軍曹が気が付いた。
「アーサー……」
軍曹は――なんか、ぼうっとした感じでオレを見てる。
……な、なんだよ、なんかいつもと違うなあ……。
「へへっ……どーだよ、軍曹!
ちゃーんと言われた通り、守ってやったぜ!」
――悪ガキのわりにはよくやったな!……って、そんな返しが来るって思ってたんだけど。
オレの方に、フラフラって近付いてくる軍曹は……。
なんか、初めて見る――今にも泣きそうな顔をしてた。
「なん……ですか、それ……。
ケガだらけじゃないですか……ボロボロじゃないですか……」
「え? ああ……」
軍曹に言われて、自分を見て、触って……確かにボロボロなことに気が付いた。
さっき顔洗ったときにしみたのも、ほっぺたが切れてたからだし……身体も、色んなところに、結構大きなキズが出来てて……制服のシャツも、破れたり切れたりしてるし、血もにじんで汚れてる。
なんか……こうやって気が付いちまうと、あらためて色んなところが痛くなってくるっていうか……。
いや、でも、ここで痛がるのはやっぱしカッコわりーよな……!
「で、でもほら、生きてるしさ! 大したケガじゃねーって!
……ま、まあ、『うおおヤベー!』ってときも、何回かあったけどな!」
オレは、ゼンゼン大丈夫だってことを、笑いながらポーズでアピールする。
今度は、『へっぽこ新兵が調子に乗るな!』って怒るかな……とか思ったら。
軍曹は……マジメな顔のまま、なんか、鼻をすすりあげて――
「……バ、バカですか……! アホですか、大バカですか、ド阿呆ですか……ッ!
なんでっ――なんで逃げなかったんですかっ!
こんなボロボロになって……! ヤバいってときもあって! なんで!
死ぬかも――っ、死ぬかも知れなかったのに……っ!」
「な、なんでって、そんなの……」
なんか……スゲーマジな軍曹の迫力に、押されそうになるけど――。
オレは――オレのやったことが、間違いなんかじゃないって信じてる。
だから……堂々と、言ってやった。
「そんなの――軍曹とアリーナーを守るために決まってんだろ」
「わたしが……そう頼んだから、ですか」
「それは……もちろんある、けど……。でも、それだけじゃねーよ。
お前らが襲われてるのを……黙って見てるとか、出来るわけねーだろ」
「……死んでたかも、知れないのに――」
「――死なねーよ」
軍曹が、なんか珍しくグズグズ言いやがるから……。
オレはつい、ハッキリそう言っちまってた。
「……死んでたまるかよ、こんなので。
だいたい、オレがやられちまったら、お前ら守れねーし……。
もし、守れても……ほら、こんな風に……軍曹、めっちゃ気にしちまうじゃねーか。
そんなの……なんつーか、その――イヤだからな。
だから…………死なねー。ゼッタイ、こんなので」
「アー……サー……っ……」
……え? あれ?
ちょっと……あれ、なんで?
軍曹、なんでそんな顔……って、ヤベ、まさか……泣く?
いやいや、なんで――!?
「…………ッ!?」
そんな風に混乱してたら。
軍曹は…………オレに、飛びついてきた。
「……ぐ、ぐぐ軍曹っ!?」
――え? は?
ななな、なに? なんだコレ!!??
オレ、今、女子に抱きつかれてんの? しかも、軍曹に!?
「……ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
あ、頭ン中が、真っ白になるぐらい大混乱してたオレだけど……。
軍曹が、ベソをかきながら繰り返すその言葉で……ふっと、冷静になった。
そっか……軍曹、オレが思ってたよりずっと、気にしてたのか。
オレが死んじまうんじゃねーかって、気にしてくれてたのか。
――心配、してくれてたのか……。
「……べ、別に、謝らなくていいだろ。軍曹のせいじゃねーし!
どっちにしてもほっとけなかった、って言ったじゃねーか」
「じゃあ、じゃあ……! ありがとうございます、アーサー……!
アリナを守ってくれて――わたしを守ってくれて……!
それで……それで……! それ、で……っ!
生き、て――生ぎていで、ぐれで……っ!」
オレの首に回った軍曹の腕が、ぎゅっと力を増して……。
かと思ったら、ついでになんか、思い切り鼻をすすりあげて……。
「……よ、よがっだぁ――よがっだよおお……!
生ぎでっ、生ぎででぐれで――っ!
ほんっ、ホンドに、よがっだよおぉぉ――ッ……!!!」
「――うわわ、そ、そんなに泣くなよ軍曹……」
「泣いでまぜん……! 泣いでなんがいまぜん……っ!
わたっ、わたじが、ごれぐらいで……!
ごれぐらいで、泣ぐわげないじゃないでずがああ……っ!!!」
オレに抱きついたまま……軍曹は大泣きし始めた。
こ、困った……。
だいたい、女子に泣かれるってだけでどーしよーもねーのに……!
こんなの、それこそどうすりゃいいのかゼンゼン分かんねーぞ……。
……うん、でも……なんつーか。
ヤバいことは何度もあったけど、あきらめないで良かったな、って……。
それに、これからも……。
どんなにヤバい状況でも、ゼッタイ、あきらめないでいようって。
――それだけは……実感した。
「……なあ、軍曹……」
「ずるずるずる〜、ちーん」
「……って、ぎゃあああ!!
なな、なにやってんだよ! 人のシャツでゴーカイに鼻かんでンじゃねー!」
「おや、おやぐぞぐ、じゃ、ないでずがぁ〜……!」
「いらねーよ、そんなお約束!
――って、言ってるそばからもう一回!?
ああもう、鼻をこすりつけんなぁ! はーなーせーーー!」
「へへ、えへへ……っ。ちーん」
「ぎゃあああ!! ベッタベタする〜ッ!!
やーめーろーーーー!!」




