第152話 激戦の後――やっぱり最後に残った2人は
――小学校を覆っていた結界が、ゆったりと解かれてゆく。
それに伴い、瘴気も霧散して薄れていき……。
季節柄、夕焼けにはまだ少し早い時間の――。
雲間から射す、傾きかけた陽の光が、まぶしく屋上を照らす。
気付けば、嵐のようだった風雨もまた……すっかりと、治まっていた。
「……エクサリオ。お前は――」
「――そこの2人。
残念ながら、あの剣は〈世壊呪〉ではないようだが?」
俺が、質問をしようとした矢先――。
エクサリオは、俺の背後、給水塔の方へ振り向きつつ声を投げかける。
すると……それに釣られるように。
給水塔の陰から、ブラック無刀とポーン参謀――〈救国魔導団〉の2人が姿を現した。
「ちっ……気付いてやがったか」
「大方、わたしやクローリヒトがあの剣と三つ巴で争っているところへ乱入して、漁夫の利を狙おうとでもしていたのだろう?」
「ええ、お察しの通りですよ。
もっとも……その必要もなかったようですが」
エクサリオの問いかけに、ポーンが答える。
……って言うか、コイツら知り合いだったんだな。
まあ、この険悪な雰囲気と、エクサリオの主義主張からすれば……俺の知らない間に一戦やり合ったとか、そんなレベルだと思うけど。
「しかし、だ…………おい、クローリヒト」
唐突に、ブラックが俺を呼んだ。
「あの剣が〈世壊呪〉そのものじゃなかったにしろ――だ。
あれほどのチカラが、まったくの無関係だとも思えねえ。
それに、そもそもあの剣はいったいなんだったのか――。
……クローリヒト。テメエはそこんトコ、どう説明するつもりだ?」
……難しいところを突いてきやがる。
完全にまったく無関係だ、知らない、と言い張りたいところだが……さすがにムチャか。
ヘタに強硬に否定すると、グライファンの存在自体、俺たちが関係あるんじゃないか――とか、邪推されかねないしな……。
「……無関係だ。
〈世壊呪〉が、あの魔剣にチカラを吸い上げられていた――という以外は。
それから、剣がどこからどうやって現れたかは俺たちも知らない。
……この世界のモノじゃないのは、確かなようだけどな」
……だから、ある意味、正直に答えるが……。
「それで『無関係』と言うのもムリがあると思うが?
――まあ、どちらにせよ……そして、あの剣が何であったにせよ。
やはり〈世壊呪〉のチカラは、それ自体が危険だということが証明されたわけだ」
予想した通りの反応を返してきたのは、エクサリオだ。
だが――当然、それを『ハイそうですね』と素直に肯定するわけにはいかない。
「真に危険で、正されるべきは、他者のチカラを奪い破壊を行おうとした――あの魔剣そのものだろう?
つまり、チカラだろうと奪われる側は被害者だろうに……それすら悪だと断罪するつもりか?」
「悪意を持った者に利用されれば、今回のように大きな被害を出しかねないというなら……そんなチカラは、やはり存在すべきではないと思わないか?」
「「 ………… 」」
――俺とエクサリオは、互いに視線をぶつけ合う。
このまま、場合によっては剣を交えることにもなるか――と、思ったら。
「フフッ……まあ、そうだろうな」
エクサリオは、あっさりと戦意を引っ込め、きびすを返した。
「……ひとまずの脅威は去ったようだし、今日のところは退こう。
どのみちクローリヒト、わたしとキミは――いずれ、来たるべきそのときに、剣を以て互いの正義を示すしかないのだから」
「…………エクサリオ」
「ああ、それから……〈救国魔導団〉の諸君。キミたちもこの場は見逃そう。
もし、自分たちに正義があると信じるのなら……せめてもう少し、それに見合うだけのチカラを身に付けておくことだ」
「あぁ?……ンだと、テメエ……!」
即座に反応したブラックを、脇にいたポーンが冷静に押し止める。
「そして、シルキーベル。
キミは……いい加減、覚悟を決めることだ。
――世界を守るのに、必要な覚悟を」
「…………」
シルキーベルは答えない。首も、縦にも横にも振らずに。
ただじっと、エクサリオを見据えていた。
……やがて、ヤツが屋上から飛び出し――その姿を消すまで。
「……チッ、いちいち鼻につくヤローだったな……。
――じゃあポーン、オレたちも行くか。さすがに疲れたぜ」
ブラックの呼びかけに、「そうですね」と答えて……ポーンは俺の方を向いた。
「クローリヒト。
たとえ正しいのがあなたであれ、エクサリオであれ――ボクらの取るべき道は変わりません。
……いずれ、〈世壊呪〉は頂戴しますので……そのつもりで」
「なにがあっても渡さねーから、そっちこそ、そのつもりでいろ」
鼻を鳴らして返す俺に、ポーンも微笑みとともに大ゲサな一礼で応え――その後すぐ、ブラックとともに屋上から姿を消した。
そうして、後に残ったのは……。
いつぞやのように、俺とシルキーベルの2人だけ。
今なら……話し合いもしやすいか……?
――っと、その前に……。
《……勇者様……!》
(ああ、アガシー。もういいぞ。
――先に、亜里奈たちのところに行ってやってくれ)
《――はいっ!》
答えるや否や、ガヴァナードからアガシーの気配が消え……ガヴァナード自体も、光となってアイテム袋に戻る。
……アイツ、よっぽど心配だったんだな……。
――さて、それはそれとして。
こっちはこっちで、シルキーベルと、立ち去られる前に話しておかなきゃいけないことがある――。
「……なあ、シルキーベル。
お前、まさか――」
改めて、俺がそう声を掛けると――。
どうやってコッソリ立ち去ろうか……とか考えてるところだったのか、シルキーベルはビクッとなった。
「……そのヘルメット、壊れてるんじゃないか?」
俺が、自分の頭を指でつつきながら聞くと……。
ややあってから、シルキーベルは無言でおずおずと、静かにうなずく。
……やっぱりな、だからか……。
「そうか。だから…………。
だからお前、関西弁になったりしてたんだな?」
俺がズバリ指摘してやると……。
……ん?
どうしてだか、一瞬、シルキーベルは怪訝そうに首を傾げて……?
「いや、だから……。
ヘルメットの、身バレ防止用の音声変換機能みたいなのが壊れて、意図しない形に――そう、今だったらまさに、なぜか関西弁に変換されるようになっちまってる……そういうことなんだろ?」
重ねて聞くと、シルキーベルは――。
なんか、わずかの間を置いてから……必死に、「そうそう!」と言わんばかりに、ブンブンと首を縦に振った。
……うん、やっぱりそうだよな。
ああ、もしかして……ヘルメットが壊れてるってことは、こっちの声を聞き取りづらくもなってるのかもな。
さっきから微妙に反応がニブかったのはそのせいか。なるほど。
しかし……それにしたって、そのおかしくなった変換機能の結果が、関西弁ってだけならともかく、鈴守そっくりの声とか、なんのイタズラだって感じだけど……。
――まあ、それは良い。そんなこともあるだろう。
それよりも、今は他に言っておかないといけないことがある。
「でもな……だったら、一つ言わせてくれ。
『関西弁はヘンに聞こえる』とか思うから、そうやって、なるべく話さないようにしよう、黙ってよう――ってしてるんだろうが、それは良くないぞ?
そりゃ、自分のしゃべり方とか、特にそういうところが気になるだろうけどな……中学生だと」
「ちゅっ!? 中学生違う――!
……あ、ううん……そんなことも、ないこともないこともない、ような……」
一瞬、猛烈な勢いで否定しかけたシルキーベルだが、次第に消え入りそうな声で、曖昧に濁してしまう。
……まさか、高校生とか言い張るつもりだったのか?
いやまあ、確かに、現役高校生ながら小学生級のおキヌさんだっているし、体型的には鈴守と同じぐらいなわけだから、おかしくはないけど……。
でも、そうやって背伸びしたがるあたり、いかにも中学生っぽいよな。
「……とにかく、だ。
方言とか、話し方が、標準と違うからおかしい――って、そういうところを否定的に考えるのはいただけねーな。
俺の知り合いの関西弁の女の子も、初めて会ったとき、そのことをからかわれてて……哀しそうだったからな」
「……関西弁を、からかわれて……。
それで、あなたは……その場で、どうした――ん、ですか?」
たどたどしい調子で、おずおずと聞いてくるシルキーベル。
「ムリに標準語にしようとしてたから……そんなことはしなくていいって言った。
もとのまんまでいい、ってな。
以来、その子はそのまんま。――自然な形で、自然に魅力的だ」
「………………。
わたしの、知り合いの男の子も……そんなこと、言うてました」
「ほう?……そいつとは、話が合いそうだな」
「……そうですね。
――ホンマ、そんなところも似てるやなんて……」
ぽつりと、小声でつぶやくシルキーベル。
そうしてから……彼女は俺に、ペコリと頭を下げる。
「……今のお説教は、素直に受け取ります。ごめんなさい」
「いや、分かってくれたならいい。
――こっちこそ、エラそうなことを言って悪かったな」
素直に謝られると、なんか急に恥ずかしくなってきたな……。
そんなことを考えていると、シルキーベルは小さくクスリと笑った。
「……ホンマに、ヘンな人ですね。
わたしたちは……一応、敵対してるのに」
「それだけ……その『敵対』ってのが、バカバカしい話だってことだろ」
「……そうですね……。
ホンマに、バカバカしいことやった、って……そうなれたら――」
シルキーベルは、改めてゆっくりと……俺に背中を向ける。
そして――
「わたしの、一番大事なあの人と、あなたは……きっと、良い友達になれるのに」
なんとか聞き取れるぐらいの声で、誰にともなくそう言って。
それじゃあ、と挨拶を残し――。
背中の翼のようなパーツを使って、飛び去っていった。