第151話 チカラを求め、破壊を望んだ、その果てに
……まだ、終わって――『へん』?
確かに、そう言ったよな……?
俺は思わず、口元を覆うシルキーベルに目を向ける。
対するシルキーベルは、むしろ俺から目を背けてる気がする。
今の――。
イントネーションからしても……なんか、すっごいナチュラルに関西弁だった。
そう、声の調子も――それこそ、鈴守みたいで……。
……って、まさか――
「――ォオノレ……オノレ、オノレェェェッ!!!」
俺の思考をさえぎるように……。
怨嗟に充ち満ちた叫びを上げて、グライファンが再び浮かび上がる。
放たれる鬼気は、これまでにないほど高まっていて……もはや形振り構わないつもりなのは明白だ。
……とりあえず、今は余計なコトを考えてる場合じゃないな……!
「――シルキーベル! まだ戦えるか!?」
俺の問いかけに、シルキーベルは声を出さず、コクコクとうなずいて応える。
けれど……。
構えは取り続けているものの、疲労が濃いのか、肩で息をしているような感じだし……。
さっきのような強烈な一撃を期待するのは難しいだろう。
いや、それどころか、今のグライファンが相手じゃ、身を守ることも――。
「小癪ナ者、ドモ、ガ……ッ!
消エ失セ、ヨ――ッ!!!」
声を上げたグライファンは、切っ先を自ら床に突き刺す。
そうしてそのまま、大地の気を吸い上げ同化するかのように、闘気を爆発的に練り上げていき――
……って、これは……!
まさか、河川敷で俺が見せた剣技を――あの一度でコピーしやがったのか!?
――マズい!
あれは効果範囲が広い上に、結構な大技だ!
技として完全にコピー出来なかったとしても、今のアイツのチカラなら相当な威力になる……!
俺はともかく、シルキーベルがヤバい!
――俺はとっさに、シルキーベルの前に飛び出る。
「俺の後ろにいろ! 動くな!」
ヘタに範囲外に逃げるように言うより、かばった方が確実だ――。
そう考えた俺は、返事も聞かず、防御に意識を集中する。
シルキーベルは……事情を察してくれたんだろう、何も言わないが、動く気配も見せない。
「――閃剣ッ……臥竜冥ゲキ――!」
練りに練った闘気を、大地より噴き上げる膨大なエネルギーとして放とうと――
まさに、グライファンが振り上げられようとする――まさにその瞬間。
「……そこまでだ」
涼やかな声とともに――
天から真っ直ぐに落ちる、巨大な稲妻が……グライファンを直撃した!
「ギイイィィィ――ッ!!??」
いや、違う……あれは!
稲妻をまとって、上空からの斬り下ろしを叩き込んだのは――!
《!……勇者様、まさか――アイツが……!》
(……ああ、そうだ……!)
吹き飛んだグライファンを追うこともなく、その場で余裕を持って体勢を整えるのは、黄金の騎士――。
「エクサリオ――!」
まさか、こんなときに、こんな場所で、また遭遇するなんてな……!
「……そう身構えるな、クローリヒト。
今のわたしの目的は、あの邪剣を破壊すること……それだけだ」
「キ、キサ――キサマァァァァッ!!!」
再び浮き上がったグライファンは――。
剣技の邪魔をされた……それだけが理由とは思えないほどの、まさしく烈火のごとき激しい怒りをエクサリオに向ける。
「しかし……大した固さだな。
あれでもロクに傷が付かないか……」
激昂も露わなグライファンを見据えたまま、つぶやくエクサリオ。
その声は涼やかだが、同時に、攻め手を考えている風でもあった。
だから――
「……なら――俺に手を貸せ、エクサリオ」
「……ほう?」
エクサリオは、わずかに、こちらに首を向ける。
「わたしに、キミの手伝いをしろと?」
「そこのシルキーベルも含めて、単なる利害の一致だ」
そのとき――。
「許サヌ――許サヌ、ゾ……キサマ、ラァァァ……ッ!!!
破壊――破壊! 破壊、シ尽クシ、テ、クレル――――ッ!!!」
今までにないほどに歪んだ声で、大きく吼えたかと思うと――。
グライファンの中で、とてつもないほどのチカラが膨らみ始めた。
それに圧され、地震のように、結界そのものが震え……。
漂う瘴気までも、グライファンへと渦を巻いて吸い寄せられていく……!
《あ、あンのクソヤロー……! どこまでもハタ迷惑なマネを……!
もう破れかぶれですよアレ!
自爆覚悟でありったけのチカラを解放して、この結界ごと、中のものをゼンブ吹っ飛ばす気ですっ!》
アガシーが、心底腹立たしげに吐き捨てる。
クソったれが、冗談じゃない……!
そんなマネをされたら、俺たちなんかはなんとか耐えられたとしても、校舎に残っている人たちは――!
(……止めるには――)
《ええ――!
こうなれば、膨れあがるチカラが臨界に達する前に、ヤツを破壊するしかありません……!》
「……いいだろう、クローリヒト。
どうやら、状況が状況だ……キミの提案を飲もうじゃないか」
「そうか。……助かる」
「単なる優先順位の問題だ。
――それで? ヤツを破壊するのにアテはあるのか?」
エクサリオの問いに、俺は聖剣の切っ先で、グライファンの刀身根元に埋め込まれた――巨大な〈魔石〉を指し示す。
「狙いは一点。あの〈魔石〉――あれがヤツの唯一の弱点だ。
――シルキーベル!」
続けて、俺は首だけで後ろを振り返る。
呼ばれたシルキーベルは、一瞬何かを言いそうになるも、やっぱり口をつぐみ……必死に「聞いている」とばかりにコクコクと首を振った。
「お前の必殺技……攻撃まではしなくていい、その分、鐘の音による拘束力が増したものを……アイツにぶつけてやることは出来るか?
わずかの間でいいから、アイツの動きを完全に抑え込んでほしい」
俺の問いに……。
シルキーベルは、考えるのも一瞬――大きく、しっかりとうなずいて応えた。
「よし、頼む。出来たら合図してくれ。
――エクサリオ、俺たちは――」
「その合図で、左右から同時に〈魔石〉に一撃を叩き込む――だな?」
「ああ。……手、抜くなよ?」
「キミの方は抜いても構わないが?」
「……ぬかせ」
一瞬、視線を交わらせた俺たちは、自然と、俺が左、ヤツが右に分かれる。
そして――まったくの同時に、床を蹴り出した!
視界の隅では、シルキーベルが姿勢良く長杖を回すのが見え――合わせて、澄んだ鐘の音が、グライファンの放つチカラを押し返すように大きく響き渡る。
「グゥゥ……! 邪魔、ヲ、スル、ナァァァ……ッ!」
自らに絡みついてくる、目に見えない聖音の網を斬り裂こうとするように、グライファンが悶えるも――。
シルキーベルはそれを許さない。
その小さな身体がまとう聖なる力はいや増し……。
それにつれて鐘の音は幾つも重なって、響き合い、共鳴して――。
さらに強力に、何重にも、グライファンを縛り付けていく。
そして――
「――〈静鐘〉ッ!」
すべての鐘の音を結び上げるように――シルキーベルが長杖で床を打った。
同時に――。
グライファンの側面に回り込んでいた俺とエクサリオは、一気に距離を詰める!
「サセヌ、ワァァッ!!!」
そこへ――俺たちの目の前へ。
自らが動けないのならとばかり、グライファンは〈呪疫〉を湧き出させる。
だが――
「「 ……だと思った 」」
それを予見していた俺は――エクサリオは。
襲い来る〈呪疫〉のムチのような腕をかいくぐりつつ。
その陰に隠れた〈魔石〉を、見えずとも見据え――
「「 〈絶剣―― 」」
渾身にして必殺の一撃を……繰り出す!
「「 星貫〉ッ!!! 」」
……たった一点。
剣の切っ先だけに――その一点だけに。
己のチカラを、勢いを、闘気のすべてを集約・集中させ――ただ、対象を貫き通す。
『突き』――あらゆるムダを削ぎ落とし、それだけに特化した、秘奥義の一つ。
それは、立ちはだかる〈呪疫〉を貫き。
その向こう、グライファンの〈魔石〉を貫き――。
さらに先、エクサリオの……そして俺の首を、互いにかすめて――止まる。
「……ギ――イイ――イィィィィ――ッ!!??」
一拍の間を置いて。
けたたましい断末魔とともに、〈魔石〉からヒビが広がり、グライファンの全身を覆い――
「アアアァァァァァ――――ッッ!!!」
閃光とともに、内側から爆発するようにして……。
〈邪心剣〉は、木っ端微塵に砕け散り――今度こそ、そしてようやく。
その憐れな存在理由から、解き放たれた。
そのさまを、互いの首元に刃を突きつけたまま、微動だにせず見送った俺とエクサリオは――。
「「 ………… 」」
やがて、どちらからともなく剣を退く。
「まさか……キミが、この技を使いこなすとはな」
「それはこっちのセリフだ――」
俺は、チラリと一瞬、ガヴァナードに目を落とす。
アガシーも……あまりの驚きに絶句している感じだった。
「エクサリオ、お前がまさか……アルタメアに縁があったなんてな」