第150話 折れぬ聖剣、砕けぬ魔剣――激突の先
聖剣ガヴァナードを突きつけた俺に対抗するように――。
グライファンもまた、ゆっくりと……自らの切っ先を持ち上げた。
「……ク、クク……クカカ……!
……良カロウ……! アガシオーヌ――キサマ、ハ、コノ場デ……!
キサマ、ノ、主ト共ニ……破壊シテ、クレル、ワ……ッ!」
《……デカい口叩いてンじゃねーってんですよ。
ちょっとばっかり大事なトコロにキズつけられたからって、泣いて逃げ出した腰抜けのクセしやがって……。
とっととアリナを解放しやがれ――こンのクソヤローが!》
耳障りなしわがれ声で宣言するグライファンに、アガシーが念話で噛み付く。
……ただ、そんなアガシーには、焦りのようなものも垣間見える。
けど、それも仕方ないことだろう。
少し前、ハイリアから送られてきた念話は……本人の消耗と、強固な結界内という悪条件もあってか、必要最低限の情報を伝えるに留まっていたからだ。
結果として俺たちが受け取ったのは、グライファンを追いこむための情報と、ハイリアを始め、武尊も亜里奈も、アガシーの身体も無事であるという報告……ただそれだけ。
つまりは、みんな無事とはいえ、実際どういう状況なのか詳細は不明なわけで……一刻も早く直に様子を見に行きたい、というのがアガシーの本音に違いない。
……俺だって、もちろんそうだ。
だけど――アガシーが、念話が可能ならと、身体に戻ろうとしたとき……強い調子でそれを止めたのは、当のハイリアだった。
『なすべきことを履き違えるな』――と。
――そう。
何よりも今、最優先にすべきなのは、一刻も早くグライファンを破壊し――ヤツと亜里奈の繋がりを断つこと。
心配だからって、いちいち様子を見に行ってる場合じゃないんだ。
そしてアガシーもバカじゃない、言われてすぐその通りだと納得したけど……それはあくまで思考の話。
心となると、そうカンタンにはいかないってわけで……。
だから、1秒でも早くグライファンをなんとかして、亜里奈たちのところへ駆け付けたい……そんな気持ちが焦りになっているのが、まざまざと感じられた。
(……落ち着け、アガシー。
こんなときだからこそ、焦りは禁物ってやつだろ)
《わ、分かってます……!
だいじょーぶです――やるべきことはキチンとやるってんですよ!》
(――ならいい。正念場だ……行くぞ!)
《……イエス、シャあーーーッ!!!》
今こそ、とばかりに気合いを入れるアガシー。
同時に――
「――オオオオッ!!!」
切っ先を真っ直ぐ俺に向けたグライファンが――突進してくる。
亜里奈の〈世壊呪〉としてのチカラってやつを、どれだけ吸い上げていたんだか――。
その動きは、ほんの少し前、河川敷で戦ったときとは比べものにならない。
油断すれば、俺だって、あっという間に斬り裂かれてもおかしくない。
――だが。
そのまま稲妻のような速さで斬りかかってくるグライファンを、俺は――
「――ナメんな」
真っ向からの斬撃で受け止め、そればかりか……思いっ切り弾き返してやった。
「ヌゥゥ……ッ!
――ナラ、バァ……ッ!」
グライファンは切っ先を下に向け、一瞬、その動きを止める。
……かと思うと、ヤツの纏う闘気が、いきなり爆発的に膨れあがり――。
「……これは――」
「クカカッ! 受ケ、ヨ!
――〈迅剣・群狼狩羅〉ァッ!!!」
残像を残す――どころか、まさしく分身したかのように。
ヤツは、とてつもないスピードで、あらゆる方向から……ほぼ同時の斬撃を繰り出してくる!
「――――!」
……学習能力が高いってのはアガシーが言ってたし、チカラを得るため、数多の剣士の手を渡り歩いたんだろうが……。
まさか、秘剣まで身に付けてやがったなんてな……!
――5体の分身による、斬撃の雨が降り注いでくる。
火花が、周囲に咲き乱れ――重なりまくった甲高い金属音が、耳をつんざく。
「…………!!??」
……剣だから、顔色は分かんねーけど……。
多分……今、『信じられない』って顔、してやがるんだろうな。
まあ、そりゃそうだろうよ。
必殺の気合いで繰り出した技が――その斬撃の雨が。
――同じく、5体の分身による斬撃でことごとく止められ……。
その上……逆に自分が、さらに5体の分身に囲まれてるってなったら――な。
「だから――ナメんなってンだよ!」
そのまま5体同時に、時計回りに五角形を描いて――グライファンに一太刀入れつつ斬り抜ける。
五条の閃光が交錯し――
「ギィ――ッ!?」
きりもみするように跳ね上げられたグライファンは……。
宙で踏ん張ることも出来ず、そのまま、床に叩き付けられる。
「――〈迅剣・天狼荒截〉」
元の位置に戻った俺は、剣を引き――そのまま残心。
「ヌ、グゥゥ……ッ!
オノレ…………オノレ、オノレェ!!!」
怒り心頭――とばかりに喚きながら、再び浮かび上がるグライファン。
対する俺は……聖剣の切っ先でヤツを見据えたまま。
たった一つ、呼気を整えるだけにとどめた。
「……先に言ったろ。容赦はしない――ってな」
しかし……なるほど。
確かに、普通にブッ叩いてもそうそう壊れそうにないな、コイツは。
――はっきり言って、カタい。
やはり、狙うべきは――。
ハイリアがキズを付けたっていう、刀身根元の〈魔石〉――か。
そもそもが、ちゃんとした一撃を叩き込むには難しい場所だし、向こうも警戒してるだろうから、相当に厄介だが……。
《でも……ここまでチカラが高まっているとなると、あのクソヤロー、普通に攻撃して壊すなんてほとんどムリだと思います。
仮にやれたとしても、時間がかかって……その間にアリナが……!》
(――分かってる)
「邪魔ハ、サセヌ、ゾ……!
我ハ――我ハ、『チカラ』……大イナル『チカラ』、ヲォ――ッ!」
「……本当に――つくづく憐れなヤローだな、お前は……!」
まるで衰える様子もなく、強烈な斬撃そのものとなって襲いかかってくるグライファン。
それを何合も、打ち払いつつ、打ち合いつつ、〈魔石〉を狙うが――。
当然と言えばいいのか、なかなかに機会は訪れない。
……まったく……ハイリアのヤツ、よくヒビ入れるほどの一撃をブチかませたな。
お得意の魔法は効かないって話なのに……どうやったんだか。
「――――!」
――打ち合いの最中の、一瞬。
向こうの斬り上げを払ったところでわずかなスキを見出した俺は、ここぞとばかり〈魔石〉目がけて最短距離での突きを繰り出すが――。
あちらさんも必死なんだろう。
刀身に埋め込まれ、どちらの面にも露出している〈魔石〉を守るべく――剣自体を回転させて、刃というわずかな点だけで、こちらの突きを受け流した。
さすがに、点と点で完全に受け止めるほどの神業めいた技量はないみたいだが……突きは軸を外され、狙いが逸れてしまう。
そうなると、今度は身体が流れたこちらが不利になるが――。
そこを狙って振り下ろされる一撃を、強引に身体を反転させながら、思いっ切り打ち返してやる。
クルクルと激しく回転しながら、大きく吹っ飛ぶグライファン。
対して俺も、ひたすら無茶な体勢になっていたのを、ヘタに踏ん張らず――。
むしろそのまま跳んで、宙で身体を2回転ほどして体勢を整え……着地と同時に構え直す。
そこへ――
「……死ネ――!」
遠く離れたグライファンが、その場で自らを一閃――闘気をそのまま衝撃波として飛ばしてきた。
空間が歪んで見えるほどだ、食らえば相当なダメージになるだろうが――
「――ふっ!」
こちらも呼気とともにガヴァナードを一閃、同じく衝撃波を放ってぶつけ、相殺する。
――その激しい余波は、小さな爆発でも起こったように空を震わせた。
まさかこれがそのまま俺に通用するとは、ヤツも思ってないだろう。
目くらましに利用して、どんな攻撃に繋げるのかと警戒していたら――
《……しまった! 勇者様、アイツ――!》
「――――!」
アガシーの慌てた声が脳内に響く。
グライファンは、こちらに攻撃してくる代わりに――。
いつの間に用意していたのか……床に浮かび上がる魔法陣のようなものの中に、己の身を沈めようとしていて……!
《マズい――あのクソヤロー、逃げる気ですよ!
このまま〈霊脈〉の中に逃げ込まれたら……追えなくなる!》
「――っ……!」
アイツがこの場を離れれば、亜里奈の負担は減り、状態はひとまず安定するだろう。
だが、一見それで助かったように見えても、繋がりは残ったままだ。
負担が減っても、チカラを吸い上げられる状況自体は変わらない。
それに、そもそも……。
ヤツを逃がすってことは、広隅のどこからでも、〈霊脈〉を利用して襲ってこれる危険な存在を、野放しにしちまうってことで――。
ここで逃がすわけにはいかない……! 絶対に!
「……くっそ、間に合え――っ!」
考えるそばから、俺は地を蹴っていた。
だけど……相手の攻撃を警戒していたせいで、明らかに出遅れて……!
このままじゃ間に合わない――と、歯噛みした……そのとき。
あたりに――この屋上に。
濃い瘴気が充満するこの空間に。
およそ不釣り合いな――。
清浄で、厳かな雰囲気の……美しい鐘の音が、響き渡った。
そしてそれは、瞬く間に。
いくつもの鐘が共鳴するように、重なり合い、響き合い――!
「グ、ギ、ギィィ……ッ!!??」
魔法陣に、半ばまで沈み込んでいたグライファンを――。
その聖なる響きをもって、宙に縛り付ける……!
「これは……!」
覚えが……ありすぎるぐらいにある。
なぜならこれは、誰でもない、俺自身が、この身でしっかり味わったもので……!
つまり――。
当たりをつけた俺が、反対側の暗がりに視線を向けた、その瞬間――
「……〈千織の聖鐘――!」
澱む闇を引き裂いて、白く輝く魔法少女が――すさまじいスピードで、グライファン目がけて突っ込んできた。
そして――まぶしい光を放つ長杖とともに、身体ごとブチ当たり――
「――突進撞き〉ッ!!!」
そのまま、恐ろしいほどに高まったベクトルすべてを叩き付ける!
「ギ――――イィ――――ッ!!??」
クルマにはねられでもしたように、とんでもない勢いで――文字通りに吹っ飛んだグライファンは……。
結界の端――恐らく壁のようになっているのだろうそこに、ブチ当たり、跳ね返って、屋上の床の上にハデに転がった。
「シルキーベル……! すまん、助かった!」
礼を言う俺に、シルキーベルは長杖を構えたまま応じる。
「でも、まだ――まだ、終わってへんっ!」
そして――。
なんか、いかにも「しまった」とばかりに……あわてた様子で、口元を手で覆うのだった。