第149話 暗がりより、現れ出でたるその者は
「ブラック……! 生きてますか、ブラック!」
……ああ……?
うっせーな、生きてるか、って何だよ……。
「――ブラック!」
「ンだよテメー……何をそんなに慌てて――って!」
意識がハッキリしたオレは、思わず跳ね起きようとして――。
――そうだ、あのエクサリオとかいうヤローが……!
オレは戦っていて、ヤツの一撃で――!
「い――っづ……!」
……受け身も取れず、ブザマにまた倒れ込んじまう。
全身にはビリビリとした痺れがまだ残っててマトモに動かねえし、両腕は……なんとか骨は無事みたいだが、ひたすらに痛ェ。
何とか頭だけもたげて、視線を走らせつつ気配を探るが……。
あれだけ強いエクサリオの気配は――キレイさっぱり、この場からは消えていた。
代わりに視界に入ったのは、オレと同じく、床に這いつくばった質草の姿。
「これは……お前もやられた、ってことか?」
「……ええ、不甲斐ないことに、キミが気絶してすぐに。
こちらの攻撃なんてまるで通用しなくて……まさに赤子の手を捻るかのように、一撃で行動不能にされましたよ」
大きくタメ息をつきながら、質草はゴロリと寝返りを打って仰向けになる。
満足に動けないオレよりはダメージが少ないみたいだな……いや、回復力の問題か。
〈人狼〉のオレも、しぶとさには自信があるが……さすがは〈夜の子〉。
実際は違うらしいが、『不死』とまで言われるだけのことはあるってわけだ。
「で……ヤツはどうした?」
「さっさと先に行きましたよ……そもそもボクらなんて眼中に無いみたいに、トドメを刺すまでもない――みたいなことを言い捨ててね」
「チッ……ナメやがって……!」
ハッキリ言ってアタマに来る。
アタマに来るが……命拾いした、っつったら事実そうだろう。
「しっかし、アイツ……本当にいったい、なんだったんだ……?」
「〈勇者〉、と言っていましたね……。
そしてあの装備、あの強さ――。
本当に、おやっさんのように異世界から帰ってきた〈勇者〉なのかも知れません」
「クローリヒトもそうかも知れねえって話だったのに、そこへさらに1人増えたわけかよ……ったく、メンドくせえ。
しかも、あの主張からすると……」
「……そうですね。
実際に繋がりがあるかは分かりませんが……味方をするなら、シルキーベルたちの側へつくでしょうね」
やれやれ、とでも言いたげに首を振りつつ、質草は立ち上がった。
「さて……どうします? この後は」
「どう……って」
「このまま、あの剣……〈世壊呪〉かも知れない存在のもとを目指すかどうか、ってことです。
あのエクサリオとやらも向かっているでしょうし……おやっさんがいないボクらは、どうしたって戦力的に不利なわけですが」
「チッ……やっぱ、ここに突入する前に、おやっさんに連絡しとくんだったか……」
まだ痺れてる手足に必死に力を込めて、オレもなんとか立ち上がった。
「……けどよ……ここで退くって選択はねえだろ?
あれがもし、マジに〈世壊呪〉で……オレたちが逃げてる間に破壊されちまったりしたら。
〈救国魔導団〉の目的はどうなるんだ、って話じゃねえか」
「……まあ、キミのことですから、そう言うだろうと思ってましたけどね」
質草は、大ゲサに肩をすくめてみせる。
「そういうテメーはどうなんだよ?」
「……そうですね……。
まず、あれが本当に〈世壊呪〉なのかどうかを見極める必要があります。
そして、もしアタリなら……。
あくまで本人の言を信じるならですが、クローリヒトはそれを守る側、シルキーベルやエクサリオは破壊する側となります、つまり――」
「……つまり?」
「姑息な話ですが、上手くすれば、潰し合いの間に漁夫の利が狙えるかも知れないわけですよ。
そしてもちろんそのためには、ボクらも近くにいる必要があるでしょう――」
「要は結局、オレにあんな質問しときながら、テメーも退く気なんざさらさらなかったってことじゃねーか。
しかも……漁夫の利狙いとか、マジで姑息だな」
正直、オレみたいな人間からすりゃ、気に入らねえ話だが……。
何より重要なのは――目的を遂げること、だからな。
卑怯だろうが姑息だろうが……この際、ちっぽけなオレのプライドなんざ気にしてられねえ。
「まあ、この状況じゃそれも仕方ねえが……いかにもテメーらしい考えだぜ」
「いや、実力行使でいけるならそれでもいいんですけどね?
……ほら、前衛を張る特攻隊長が、速攻で撃沈する可能性もあるわけですし?」
「あ、ありゃちょっと油断しただけだってンだよ!
次はあんな醜態はさらさねえ……っつーか、次は負けねえ……!」
オレは無意識に、拳の骨をゴキッと鳴らしていた。
――そう、油断してたのが一番悪ィんだ。
アイツは確かに強えが……ハナからそのつもりでやれば、もっと食らいつけるハズだ……!
「……エクサリオ……!」
絶好の機会に、オレをナメて見逃しやがったこと――。
次に戦るときゃ、ゼッタイに後悔させてやるからな……!
* * *
――東祇小学校、校舎屋上。
影さえ生み出すほどの一際濃い瘴気に覆われ、風雨さえ届かぬそこに。
床から染み出すようにして、姿を現した魔剣は――。
まるで、大きく肩で息をしているかのように……呼吸を整えているかのように。
ゆらゆらと、その威容に似合わない頼りなげな動きで、宙に揺れる。
……計画に狂いはない。勝利は揺るぎない。
問題など、なにも無い――。
自らに言い聞かせるように……落ち着かせるかのように。
〈世壊呪〉という名こそ知らないものの、その大いなるチカラの『根源』と未だに繋がりが残っていることを――。
そのチカラが、まだ自らに流れてきていることを。
魔剣は、確認し直す。……何度も、何度も。
そう――この繋がりがあり、チカラを吸い上げ続けている以上、大勢は変わらないと。
それが分かっているからこそ、邪魔者の排除も適当に切り上げただけなのだと。
遊びは遊び、そう割り切っただけなのだと。
決して――クローナハトと呼ばれた男の言うように、『畏怖』などを感じたわけではないのだと。
ましてや、逃げたわけではないのだと――。
「ク、カカ……ッ!」
――そう、そうだ。
思ったよりも厄介な連中ではあったが、ただそれだけ。
後は慌てずとも当初の予定通り、ここで時が満ちるのを待つだけ。
今少しの時間、待つだけで――
「待つだけでいい……そんな風に考えてるのか?」
「――――ッ!」
突然投げかけられた声に、『彼』はそちら――瘴気に覆われた屋上、その端にあった、暗がりの方へ意識を向ける。
そこにはいつの間にか……熾火のような赤い光が灯っていた。
それはゆっくりと、尾を引いて暗がりから外へと流れ動き――。
陰から滲み出、分かたれるように形を取る漆黒の人影……その真紅に輝く眼としての正体を見せる。
「――キサ、マ――!?」
『彼』はその、漆黒の人影に見覚えがあった。
まして、それが手にする――〈聖剣〉は。
長い間、ひとときとして、『彼』が忘れたりはしなかったものだ。
「……ナゼ、ココ、ニ……!」
「……結界内に入りさえすれば、思念も何とか通じてくれてな」
人影は、こめかみの辺りを指でコツコツと叩く。
「泣いて逃げたお前を追え、と……。
イジワルなアイツに、この迷宮の解法ごと指示を受けたってわけだ」
「……オノレ……! ヤツ、メ、ガ……!
悉ク、我ヲ、虚仮ニ、シテクレ、ル……ッ!」
苦虫を噛みつぶしたような声を吐き出す『彼』に対し――。
人影は、小さく鼻で笑ったようだった。
「ヤツは――魔王、だからな?
その『大事なもの』に手を出して……タダで済むわけないだろ」
「オノレ……巫山戯タ、真似ヲ……!」
「――フザケたマネやらかしてるのはお前だろうが?」
その、物静かながら恐ろしいまでの圧を放つ一言に――。
『彼』は、それと意識する間もなく言葉を失う。
「だけどな……グライファン。
正直、俺は――お前に、同情する面もないわけじゃない」
落ち着き払った様子で、続けてそうつぶやく人影。
「お前がこんなことをやらかしてるのは――そうならざるを得なかったのは。
そもそもが、そういう風に創られちまったせいだ、って……そのことはな。
だが――」
切っ先が――『彼』にとって因縁深い聖剣が。
言葉通り、刺すような敵意をもって――突きつけられる。
まさに今、このとき――因縁に決着をつけるべく。
「……だからこそ、容赦はしない。
お前の憐れな存在理由は――ここで俺が、終わらせてやる」