第148話 畏怖を刻むは、魔剣か魔王か――剣か魔法か
「斬リ裂イ、テ、クレル――ッ!」
――極限まで神経を研ぎ澄まし。
目で見るのでなく、気配と――そこに乗るヤツの殺気だけを感じ取り。
それが形になる前に……刹那を先んじて、足を、手を、打ち出す。
「ヌ!? グ! グゥ――ッ!」
――激しい火花と金属音が、断続的に空を震わせる。
完全に斬りかかられてしまえば、今の余では、受けるかかわすかしか出来ない。
しかし……機先を制し続ければ、話は別だ。
徹底して速度を重視した拳と蹴りで――攻撃しようとするグライファンの出鼻を、挫き続ける。
「……す、すっげ……」
背後から、アーサーの感嘆の言葉が聞こえる。
……そうだな、見ようによっては、余がヤツを圧倒しているようにも思えるだろう。
だが――実際には、そう甘いものでもない。
これはあくまで牽制だ。決定打にはなりえない。
しかも、極限の集中を必要とする作業……そういつまでも続けてはいられない。
つまるところ……相手を倒そうと思うなら、効率が悪い。
それも、最悪なまでに。
しかし…………必要なことなのだ。
「……やはりキサマごとき、余の敵ではないな」
鼻で笑いながら、集中力が限界にきていた余は、最後にもう一度――グライファンを大きく蹴り飛ばして、距離を開ける。
さて、これで……賢しいヤツは『学習』してくれたことだろう。
「……オノレェ……ッ!」
「……アーサー」
いかにも苛立たしげな声をもらすグライファンを見据えたまま……余は、アーサーを呼ぶ。
「お、おうっ!」
「……どうだ? まだやれるか?」
「ったりめーだろ……! まだまだだってーの……っ!」
返答の雰囲気からして、強がりも相当に含まれているだろう。
だが……逆に言えば、強がれるのならまだ大丈夫ということだ。
「……結構。
ならばこの後は、先ほどまでのように前衛として、余が魔法を構築するだけの時間を稼げ。
ただし――2つ、注意しておく。
まず1つ……防御を重視して、決してムリに攻めようとするな。
そしてもう1つ……余の指示には、絶対に、かつ即座に従え。悩むな。
――以上だ、分かったか?」
「……分かった。言う通りにやる!」
「よし、ならば任せる。
――大丈夫だ、お前ならやれる。恐れず、冷静にいけ」
「――おうっ!!」
光の剣と化した宝剣を構え、突撃するアーサー。
位置を入れ替わるように、余は後方に跳ぶ。
そして、即座に……精神を集中し、魔法を構築するための魔力を体内で練り上げる。
「弱キ者、ガ――邪魔ヲ、スル、ナ……ッ!」
「へんっ、後でイタい目見んのは、そーゆーこと言ってるヤツの方だって知らねーのかよ!」
――アーサーは先の経験から、宝剣に込める力を高めたようだ。
今度の光の刃は容易く砕けることなく……さすがに純粋なパワー勝負では押されるようだが、なんとか上手く受け流し、さばいてみせている。
その合間を縫って、先と同じく、いわば中位の――アルタメアでは〈貴園の位〉と呼ばれるクラスの魔法を撃ち込むが……あまり効果は芳しくない。
ヤツめ……聖霊の話から、頑丈であることは分かっていたが……。
刀身の根元に埋め込まれた、大振りな〈魔石〉の影響であろうが――先ほどより感じていたことながら、魔法への耐性は殊更に高いようだ。
いきおい、余のチカラをもってしても、ベースが〈貴園の位〉の魔法では、ヤツには大したダメージにはならぬだろう。
やはり――〈帝宮の位〉まで高めねばならぬか……。
……はっきり言えば、それでも、ヤツを破壊するほどの威力は得られまい。
また、この馴染みきっていない〈人造生命〉の身体が、その魔力に耐えられるのかも不明瞭だ。
さらには、これでチカラを使い切ってしまえば、たとえグライファンを追い払ったとて、その後はタダの〈呪疫〉にさえ対抗出来なくなるかも知れん。
これこそまさに下策だ――――それだけを見れば。
そう、そもそも初めから、無謀と言えば無謀な挑戦ではあったわけだ。
かつてのアルタメアの〈勇者〉ですら、次元の狭間に送るしかなかったようなもの――それがさらにチカラを増しているというのに、全盛時に遠く及ばぬ今の余が破壊しようなどとは。
しかし――。
それは、一矢を報いることすら出来ぬというわけではない。
そして……ヤツの存在が即ち、そのまま亜里奈の苦しみであるならば――。
その研ぎ澄まし、狙い澄ました一矢を以て。
命までは届かずとも、ヤツの心胆を寒からしめてくれよう――。
決して許されぬ存在に手を出した愚行への……後悔とともに!
「……天の宮、星を褥に睡る王、遍く拘う珠の冠、稚き御子――」
これまでよりも精密に、かつ急激に、ひたすら大きく――己の内なる魔力を限界まで絞り出し、練り上げていく。
そうして、それを逃がさぬよう、指を、腕を使って――空に印を結び、陣を刻む。
「――ヌ――ッ!?」
グライファンを包むように、小さく強固な結界を張り巡らせ――。
その中央に、徹底して圧縮に圧縮を重ねた魔力で――小さな火を灯す。
「……其の名、太陽! 無慈悲無辜の號び、呱々の声――!」
右手を突き出し――
「下がれアーサー!」
呼びかけに素早く反応し、アーサーが動くのと同時に――
「――〈天宮ノ陽嗣〉ッ!」
その掌上、引き金となる魔力を――握り込む。
――刹那。
グライファンを包む小結界の中央……。
余が生み出した、小さな『太陽』が――炸裂した。
「――――ッ!?」
閃光、衝撃、熱量――。
あらゆる面において、圧倒的な威力を誇るそれはしかし……。
「……ク、クク……クカカカ……ッ!
ソノ程度、デハ……我、ハ、砕ケヌ……!」
「う、ウソだろ……。
すっげー強そうな魔法だったのに……!」
アーサーの力無い声が表すように――。
グライファンは、さしたるダメージを受けていないようだった。
だが……確認出来たこともある。
「……やはり――か……っ」
一気に、限界を超える魔力を行使したせいだろう。
ほんの一瞬、全身から力が抜け、意識が飛びそうになるが――唇を、血が滲むほどに噛み締めて堪える。
まだまだ…………ここからだ……!
残る魔力を掻き集めるようにして、再度身体の内で練り上げていく。
「アーサー、頼む!」
「……お、おうっ……でも――!」
《ただし、自分の身を守ることだけ考えろ。
それ以外、ヤツが何をしようと……決して手を出すな》
立て続けに、余が言葉では無く『思念』を使ってそう指示を出すと……。
アーサーはすぐさま、『何か考えがある』ように察したらしく――。
改めて、闘志を漲らせてグライファンに向かってくれた。
「……天の宮、星を褥に睡る王……」
ムリヤリの魔力行使に、精神から締め付けられるような、出所不明の激痛に襲われるが――そんなものに気を取られている場合ではない。
ひたすらに研ぎ澄ませた集中力で……決して違えぬよう、魔法を構築していく。
「……遍く拘う珠の冠……」
「――クカカッ! 甘イ、ワ――ッ!」
そこへ――。
防御に徹するアーサーを弾き飛ばし、そのままの勢いで……グライファンが肉薄してきた。
「終ワリ、ダ――!」
そして――凄まじい速度で、余の頭を目がけて落下してくる。
それはまさに、必殺の一撃――。
戦闘の指揮を執っているのが、余であることを学び。
その得意とする戦法が、魔法であることを学び。
その魔法の威力を学び。
その分、近接攻撃が弱いことを学び。
余が、腹立たしい相手であることを学び――。
真っ先に片付けるべき存在が余であると。
不意を突いて接近戦に持ち込めば圧倒出来ると――結論付けた。
それゆえの……奇襲。
……しかしそう、それは――――
余は、自ら踏み込んで距離を詰めながら、頭部だけを斬撃の軸から右に外し――左肩で、敢えてヤツの一撃を食らう。
「ぐっ……!」
そして左手で……逃げられないよう、肩に食い込んだその刀身を捕らえた。
……それは当然、余が導いた通りということだ……!
「――食らえ、『クソヤロー』が……ッ!」
そもそもの、二度目の〈帝宮の位〉の魔法詠唱はブラフでしかない。
その裏で、無詠唱で強化魔法を同時構築していたからだ。
そして、解き放たれたそれは――
重力魔法は、自分自身の質量を圧倒的に増大し。
防御魔法は、肉体の一点――『額』を、限界まで鋼化し。
攻撃強化魔法も同じく一点に集中し――威力を底上げ。
あとは――最も大事だという『気合い』をひたすらに乗せ……!
これまでの魔法攻撃により、もっとも装甲が弱いと判明した、刀身根元の〈魔石〉目がけ――
「仁王立ち――パチキカウンター(魔改造)ッ!!!」
ありったけの全力で……頭突きをブチかます!!
――ガギィン――――ッ!!!
……今の余の魔力では、物理衝撃を無効にする魔法までは手が回らない。
その分、徹底的に威力を高めた一撃は、こちらにもある程度返る。
それは、仮面越しでも余の鋼化した額を割り、血が飛び散るが……。
「ギイイイィィィィィ――――ッッッ!!??」
ヤツの絶叫が、すべてを物語っている。
……向こうの痛みは、それどころではないらしい――と。
もちろん、これでヤツがへし折れたりするわけではないが……。
間違いなく、想像以上の痛みだったことだろう。
そもそも攻撃を受けづらく――またヤツ自身も、受けないようにと意識していた箇所への、予想外の一撃なのだからな。
フン……〈魔石〉に、微かながらヒビを入れてやったわ……!
「いいぞ……その情けない悲鳴を聞きたかったのだ」
したたり落ちてきた血を舐め取り、余は、挑発的に笑ってやる。
「ギ、ギィィ――! キサ、マァァァ!!!」
「フン……いかにも三下らしい怒声を上げている場合か?
――行けアーサー、そこだ!」
察し良く、光の刃を構えて突っ込んできていたアーサーに――アゴで〈魔石〉を示してやる。
「っしゃあああっ!
烈風閃光ぉ――疾風けーーーんッ!!!」
アーサーは余の指した通り……突進の勢いを乗せた突きを、寸分違わず〈魔石〉に食らわせた。
それは、残念ながら弾かれはするものの――。
ピシリ――と。
〈魔石〉のヒビがほんの僅か、しかし確かに……広がる。
「ギイイィィィッ!!?? アアアァァァッッ!!!」
悲鳴を上げて暴れようとするグライファンを、食い込んだ左肩から解放する。
その際、満身創痍のこの身体は上手く動かず、一撃をもらいそうになったが……アーサーがそれをとっさに弾いてくれた。
「……すまぬ、助かった」
「へへっ……!」
「……オ、オノレ、オノレ、オノレェェ……ッ!」
一旦距離を取ったグライファンは、いかにもな怨嗟の声を上げるが……。
「フン……どうした? 先程までと違い、剣先がブレているぞ?
最も弱い部分に、予想を超える一撃を入れられるのは、さぞかし『痛かった』だろう?
さらに一撃をもらうような真似は『もう御免』だ……そう考えているのだろう?
キサマの予測を覆した余を、『危険』だと……そう判断しているのだろう?
その上で、『尻込み』しているのだろう?
――良かったな?
今、心など無いはずのキサマが感じているそれが……。
先に刻んでやると宣言した、余への『畏怖』だ。
亜里奈を苦しめるという愚行への――代償の一つだ……!」
「……ク……クク……クカ、クカカ……ッ!
ヌカ、セ……! 良イ、良イ、ワ……!
後、少シ、デ、我ハスベテ、ノ『チカラ』ヲ、得ル……!
キサマ、ラ、ニ……拘ル、必要モ、ナイ……!」
グライファンは、切っ先を翻したと思うと――。
そう捨て台詞を残し、空間を裂いて……その向こうへと、姿を消した。
「……アイツ、逃げた……のか?」
「そのようだな。
ひとまずは、なんとか生き延びた……と、いうわけだ。
もっとも――」
余は、左肩のケガを、初歩的な治療魔法で応急処置しつつ……。
また湧き出した〈呪疫〉どもをニラみ――アーサーに声を掛ける。
「……まだ、休ませてくれる気はないらしいが」
「どーせそんなこったろーと思ってたっての……!
でも……それよりアイツ、元凶なんだろ? 追っかけなくていいのかよ?」
「――それなら問題ない」
余は、ふん、と鼻を鳴らして笑ってみせた。
「ヤツに残る代償は……あとは、〈勇者〉が取り立てるであろうよ」