第146話 その数的有利は、戦力差を覆せるか?
「……ったく、どーなってやがンだよ、このガッコは……!」
「魔術式による結界の一種で、空間を歪めているようですね……。
ヘタに単独行動はしないで下さいブラック、一旦離れると合流するのが難しそうです」
――廊下を進んでいたはずのオレたちが出たのは……体育館だった。
こんな事態に直面すりゃ、結界の中に魔術的な力が作用しているのは、質草に言われるまでもなく……そのテの知識がロクにないオレでも分かる。
……河川敷での戦いの後、急な出現を感知した、この小学校を覆う結界――。
あの『意思』を持っていたアヤしげな剣のことも気になるし……クローリヒトどもに続き、シルキーベルも向かったとなりゃムシ出来ねえってことで、オレたちも後を追ってきたわけだが……。
まさか、こんな胸クソ悪ィ状態になってるなんてな。
結界内の空気は邪悪に澱んでサイアクだし、多分あの剣のモンだろう、イヤな気配は段々と強くなってやがるしで――。
ハッキリ言って、気に入らねえ。
時間が時間ってことで、校内に人が残ってなさそうなところが、せめてもの救いってヤツか。
さすがに、何も知らねえガキが巻き込まれたりするのは見過ごせねえからな……。
「……あの剣が、このままチカラを高めて〈世壊呪〉になる――ってのも、ありえるよな」
「ええ……クローリヒトが言っていたように、確かな意思がありましたからね。
彼の言い分との齟齬が気になりますが……」
「アイツがウソをついてたのか、なんかの理由であの剣が変わっちまったのかは分からねえが……それについちゃ、どっちでもいいこったろ。
むしろ邪悪なモンでいてくれる方が、ブッ飛ばしてオレたちの〈楽園〉を築く礎にするのに、良心が痛まなくてイイってモンじゃねーか」
オレが手の平を拳で打ってそう言ってやると……質草のヤツは、呆れたようにタメ息をつきつつも、「そうですね」と同意する。
「――まあ、とにかくまずは、この迷宮を抜ける必要があるわけですけど」
「……こういうときにおやっさんがいねえってのは痛ェな。
おやっさんならこのテの魔術的な仕掛けに強そうだし、戦力的にも、この後〈世壊呪〉を相手にする可能性があるとなるとな……」
「おや、弱音ですか? 珍しい」
「違ぇっつんだよ。
けど、さすがに正念場となりゃオレだって――」
慎重にもなる、と言いかけたのを飲み込み――オレは。
さっきやって来た方向へ、戦闘態勢を取って向き直る。
そのただならない様子に――いちいち言わなくても、質草もとっさに身構えた。
「――ブラック? なにが――」
「……来る。
あの剣じゃねえが――とんでもねえ強さの気配が……!」
――全身の毛が、ぞわっと逆立つ。
なんだこりゃ……いったい何モンだ……!?
固唾を飲んで見守るオレたちの前に――歪んだ空間を抜けて、姿を現したのは。
頭のてっぺんから爪先まで、全身を黄金に輝く鎧に包み、マントを翻す――。
凧みたいな形の大きな盾と、異様なまでの存在感を放つ剣を手にした〈騎士〉だった。
「む……? キミたちは……〈救国魔導団〉か。
あの魔剣のチカラを手に入れようと、ここへやって来た……というところかな」
そう言う〈騎士〉の声は、やや高めで、男のような女のような、ガキっぽいモンだったが……。
オレの『鼻』はごまかせねえ。
コイツ……男だな。
「そういうあなたは何者です?
お目にかかるのは初めて……だと思うのですが?」
警戒を解くことなく問いかける質草。
それに対して答える、黄金の〈騎士〉は――口元に、余裕たっぷりの微笑を浮かべていやがった。
「……わたしはエクサリオ。
万難を排し、世界を守るのが役目の――〈勇者〉だ」
「〈勇者〉――だあ……?」
「一応、先を急いではいるのだけど……こうして出遭った以上、見逃すわけにもいかないか。
邪悪なるチカラに魅せられた、キミたちのような愚か者には――」
その、自称〈勇者〉――エクサリオは、剣の切っ先をオレたちに突きつけた。
「……早々に、退場してもらうとしよう」
* * *
霊獣ガルティエンとアーサーの漫才を打ち切った余は、ついでに、相も変わらず湧いてくる〈呪疫〉どもを、火球を放って焼却し――。
改めて、アーサーへと向き直った。
「……さて、アーサー……。
キサマには、このような危険に巻き込んでしまった詫びもある。こうなった以上は、改めて詳しい話をしてやるのが誠意なのだろうが……生憎と今は時間が無い。
そして、残念ながら、事態はまだ終息していない。
つまりキサマには、そのチカラをもって、今しばらく余とともに戦ってもらわねばならんわけだが……やれるか?」
「――ったりめーだろ!
この烈風鳥人ティエンオーが、こんな程度で弱音なんか吐くかよ!」
アーサーは気合いたっぷりに良い返事をしてみせる…………が。
それは、気力体力ともに充実、というよりは――。
「……空元気、か」
《おう、さすが鋭いのう、イケメン。
……やる気だけはあるんじゃが、こやつ、さすがに限界が近くてのう……》
「ンなことねーよ! まだやれるっての!」
「ふむ……やる気はあるのだな? 良かろう。
――どれ、その宝剣とやら、しばし余に預けてみろ」
言って、余が手を差し出すと……。
アーサーは、その手と余の顔を何度か見比べた後、思ったよりは素直に宝剣を渡してきた。
ふむ……なるほど。
こうして直に手に取ると分かるが……思った以上にチカラのある剣のようだ。
あるいは、今の……〈真の力〉を解放していないガヴァナードより強力かも知れん。
もっともそれも、チカラをすべて引き出せれば、の話で……。
いきおい、成り行きでひとまず使えるようになっただけのアーサーでは、さすがにまだまだムリというものだが。
さておき……この剣に、余の魔力を拒むような要素はないようだな。
ならば――。
「……………………」
「…………。
お、おい……クローナハト? おい?」
「ふむ……こんなところか」
余が宝剣を握ったまま押し黙っていたことで、不安になったらしいアーサーが声を掛けてきたところで……。
ちょうどやろうとしていたことが終わった余は、「そら」と宝剣をアーサーに返してやった。
「いったい何やった――って、おお? おおおおっ……!?
な、なんだコレ……!
持ってるだけで……スゲーっ! なんか、力が出てくる……ッ!」
宝剣を握ったアーサーは、さっきよりも明らかに元気にはしゃぎ始める。
《……体力活性の魔力付与――じゃな。
それも、これほどのものをこの短時間に、とは……恐るべきイケメンじゃのう》
……本来の力があれば、この倍以上の効果が出せたのだがな。
まあ、成長途中の子供の身体には、むしろこれぐらいの方がいいとも言えるか……。
「――ちなみにだが……アーサー」
「おう、なんだよっ?」
「その剣にかけた魔法は、生命力をムリヤリ引き出し、活性化するものだ。
決して、キサマの失った力を回復・補充するようなものではない。
つまり――」
「つ、つまり……?」
余は、唇を歪めてニヤリと笑ってやった。
「……明日は、覚悟しておけよ? 限界を超える以上、その反動が出る。
酷いカゼのような倦怠感に加え、全身、相当な筋肉痛に見舞われるぞ。
まあ……学校に行くどころではなくなるだろうな?」
「うっげ、マジかよ……っ!?
……あ〜、うん……でもまァ、いいや!
ガッコ休む理由が出来るだけだし、ゲームでもやってりゃいいもんな!
――そんなことより……。
これで、まだまだ戦えるようになった――そっちの方が大事だろ!」
「――フッ、結構。良い心がけだ」
まあ……ノベルゲームすらマトモに出来ん状態になると思うがな。
しかし……だ。
そもそもここからの戦いは、それぐらいやる気でなくては困るのだ。
なぜなら――。
――余は、いきなりアーサーの頭を掴みざま、後ろに放り投げる。
「うわっ!?」
何の説明もなくそんなことをされるなどとは、当然、まるで予想していなかったのだろう。
抵抗なく軽々と吹き飛び――しかしクルリと身軽に、受け身を取って着地した。
そう――『本番』は、これからなのだからな……!
「い、いきなりなにすんだ――よ……」
アーサーの口を突いて飛び出る、当然の文句が……途中でしぼんで消えていく。
――アーサーも、理解したのだ。
あそこで余が投げ飛ばさねば……。
その場に立ったままだったなら……。
今まさに、眼前の空間を割って姿を現しつつある、赤黒く輝く禍々しい大剣に――。
――その身を、容赦なく斬り裂かれていたであろうことを。
そして……その『剣』が。
〈呪疫〉などとは、まるで別格の存在であることを――。
《うぬぅっ……!? なんじゃ、この『剣』の禍々しさは……!》
「コイツ……なんだコレ、ヤベえ……!
ぜってーヤベえよ……!」
「これが、この事態を引き起こしている元凶……邪心剣グライファンだ。
――さて、どうする?
とても戦えない……と判断するなら、下がっていて構わんぞ。
分を弁え、敵わぬ相手との戦いを避けるのは、決して恥などでは無い」
「…………っ!」
余の問いかけに、アーサーは亜里奈たちの方を見、グライファンを見――。
それから、激しく頭を振った。
「……冗談じゃ――冗談じゃねーよっ!!!
元凶ってことは、アリーナーがあんなコトになってんのもコイツのせいってコトだろ!?
軍曹だって……よく分かんねーけど、コイツと戦ってるんだろ!?
なら……そんなヤツ、ほっとけるかよ!
オレが――烈風鳥人ティエンオーが、ブッ飛ばしてやらぁ!!!」
「フン……その恐れを知ってなお、守るべきもののため、踏み止まるか。
余の計算通りではある、が……。
その心意気はやはり見事。褒めてやろう――!」
「……クカカッ……!」
魔剣を携えた〈呪疫〉が――いや、グライファン自身が、耳障りなしわがれ声で笑う。
「…………」
余は、そのいちいちシャクに障る様子を見据えつつ一歩退き……。
苦しげに眠ったままの亜里奈に、顔を近付ける。
そして――
「――亜里奈。大丈夫だ。
その悪夢は、いかにつらくとも所詮は夢。お前を害することなど出来ぬ。
させはせぬ、余が――この名に誓い、決して。
ゆえに恐れることなく、心安らかにあれ――」
聞こえずとも、それが言霊として僅かでも力になれ――と、語りかけた。
あるいは――改めて、自らを奮い立たせんがために。
「――さて、では……覚悟は良いな? アーサー……いや、ティエンオー!
この『クソヤロー』に、身の程を思い知らせる――行くぞ!」
「おうッ!!!」
呼びかけると同時に、余は魔力を練る。
それに合わせて――余が指示を出すまでもなく。
光の剣と化した宝剣を振りかざし、アーサーはグライファンへ突撃した――!