第145話 小さなヒヨコ勇者と、元・魔王の魔王と……誘いのネコ
結界によって空間をねじ曲げられ、『場所の繋がり』が異常になっている小学校だったが……。
数度、一種の転移による移動を経験すると……以前、亜里奈の身体にいるときに元の学校の構造を把握していたお陰もあって、繋がりの法則性は思ったよりも容易く見出せた。
そうして、そこから導き出された通りに、無事、亜里奈たちがいるという第2応接室へと辿り着いたのだが……。
「しかし……これはいったいどういう状況だ? アーサー?」
窓にあたる部分から部屋に踏み入った余は、周囲を一瞥し……鳥人間のような格好をした少年に尋ねる。
「アア、アーサーって誰だよ!?
お、オレは……烈風鳥人ティエンオーだ!」
しどろもどろになりながら答える、ティエンオーとやら。
うむ……状況からしてそれしかあるまいと、カマをかけてみたわけだが……。
驚くほどモロバレだな。
此奴がアーサー……朝岡武尊で間違いない。
「そ、そーゆーアンタは何モンなんだよ!?」
「余か? 余は……クローナハト。
アーサー、キサマと会うのは初めて――では、ないのだがな?」
「へっ? んん〜……っ??」
分かるはずもないことを承知の上での、余の意地の悪い問いかけに、必死に首を傾げるアーサー。
そこへ……。
《――小僧、おぬしが分からんのもムリはないわい。
こやつは、瘴気に侵された儂を鎮める際……そこに寝ておる、おぬしがアリーナーと呼ぶ娘に同化して戦っていた輩じゃよ》
そう思念で助け船を出したのは――。
アーサーの頭上に、幻めいた姿で浮かび上がった『鳥』だ。
「えっ!? あのとき、アリーナーに…………ってことは。
あとで軍曹が、すっげーイヤそ〜な顔で『味方』って言ってたヤツ……?」
「そう、さもイヤそうに言ったであろうが――。
余は彼奴の……そして今は、キサマの味方だ」
「! そうだ、味方だって言うなら……軍曹は!? 軍曹はどうしたんだよ!
ずっと、メーソーのままだけど……大丈夫なんだよな!?」
「安心しろ。彼奴は彼奴の本分を果たしているだけ……そこの身体が目覚めぬのは、まさに仕事中だからというだけだ」
「そ、そっか……大丈夫なんだな。
へへ、それならいいんだ……!」
……胸をなで下ろすアーサー。
「――で、だ……アーサー」
話を変えながら腕を突き出した余は、アーサーの脇をかすめるように火球を連続で飛ばし――。
入り口のドアの方から現れていた〈呪疫〉どもを焼きつくす。
「うぉぉ……! すっげ……!」
「……いったい、今はどういう状況なのだ――と、改めて問おうと思ったのだが。
うむ――やはり必要ないな。あらかたは把握した」
言って、余は――『鳥』を見る。
「……キサマは、あのときの〈霊獣〉だな。
実際に聖剣を振るい、キサマに主たる力を示したのがこのアーサーだったゆえに、今こうして、こやつの危機に際して助力している……というわけか」
《……然り。ついでに言えば、あの聖霊の娘が、我が宝剣を置いていってくれたおかげもあるがのぅ》
……ふむ。
それは――『アイテム袋の奥で眠っていたナイフ』とやらのことか。
当の本人は、それを渡したのがとんだ下策だったのではないか――と、悄気返っていたがな。
しかし、この状況――恐らく、この霊獣の助力なくば、アーサーは相当危険だっただろう。
それはつまり、亜里奈や聖霊もまた然り――ということ。
結果として……聖霊が打ったのは、下策どころか、最上の一手だったわけだ。
まあ、計算とはかけ離れた、とんだ幸運だが――。
……いや、ただの幸運ではない、か。
アーサーが聖剣に認められたほどの人間である以上、むしろこれは――巡り合わせ、というようなものなのだろう。
「とにかく……誇り高き霊獣よ。改めて礼を言おう。
キサマの助力がなければ、事態はより悪化していたに違いない」
《……気高き者よ、礼には及ばぬ。
我が名はガルティエン、生命を運ぶ風の王――。
主たる者が望めば、力を貸すのは当然のことゆえな》
「そして……キサマにもな、アーサー。
よく今まで、一人で亜里奈たちを守り抜いてくれた。
――その勇気と功績に、敬意を」
余は、素直に小さく頭を下げる。
アーサーは……恥ずかしそうに、しかし笑って、何度もうなずいた。
「……お、おう! へへへ……。
まあ、軍曹に頼まれてたし……あぶねーのをほっとけるわけねーしな!
オレはほら、ヒーローだからさ!」
「フッ――そうだな」
合わせて、余も小さく笑い返す。
「……にしてもガルティエン、よくこの……えっと、クローナハトだっけ?
このにーちゃんのこと分かったよな――っと!」
霊獣――ガルティエンに話を振りながら……。
アーサーは余の背後に向かって、宝剣だというナイフを投げつける。
途中分裂したそれは、窓を乗り越えようとしていた2体の〈呪疫〉にそれぞれ見事に突き刺さり――。
続く、翼から放たれた光弾の追い打ちで、消滅させた。
……ほう……なかなかやるではないか。
さすが、聖剣と聖霊に認められたばかりか、霊獣の力を振るい、今まで戦い抜いただけはあるということか……。
《……ふん、そりゃそうじゃっつの。
これほどの気配の持ち主なら、むしろ分かって当然というものよ……。
なにせ、気配からして、イケメンというやつじゃもんな〜》
「イケメンて……。
声が若いだけのじーさんがなに言ってんだよ」
宝剣を手元に戻しながら、アーサーが呆れたように言うと……。
ガルティエンは心外だとばかりに、翼をバタバタ羽ばたかせた。
……うむ、まあ、そうであろうな……。
さすがに今の発言には、文句の一つも言いたかろうよ。
《言うに事欠いて、じーさんとはなんじゃ、じーさんとは!
……いいか、小僧!
儂、生まれてこの方ずっと『 女 子 』!!!
しかも、霊獣の中じゃむしろ若手じゃっつーの!》
「へ…………?
――え、うっそ、え……マジでぇっっ!!??
こ、子供みてーな声だなー……とは思ってたけど……ホントに?」
《その時点で気付かんかい、バカ者! 大マジじゃ!》
「だ、だって、そんなしゃべり方でワシワシ言うしさー……。
れ、霊獣の声って、そーゆーモンなのかなー、って……」
《ンなわけあるか、たわけ!
だいたい、声ならおぬしも、男子のわりに大概可愛らしかろうが!》
「う、うっせーな! かわいいとかゆーなよな!
――あ、あと、そうだ!
お前って、オレのカッコイイ名前のセンスもわかんねーみたいだしさ!」
《そりゃ単純に、おぬしのセンスがアレなだけじゃろが!》
「……さて、もう良いか?」
余は、アーサーの目の前に一瞬、細い火柱を立てて――
「うわっ!?」
《ふぉっ!?》
……1人と1匹の注意を引いた。
――仲良く漫才も結構だが、そこまでヒマな状況でもないからな。
* * *
……お店の地下……。
元・勇者のお父さんが自ら組み上げたっていう、オリジナルの魔術式で創り上げられた異空間――通称〈庭園〉は、異世界から迷い込んできた魔獣を匿っている、一種の保護区だ。
魔獣っていっても、体組成に魔力が大きく関わってるって以外は、基本的にこちらの世界の動物と変わらない。
もちろん、戦ったりすれば強いんだけど……そうじゃなかったら、普通の動物よりはるかに頭が良いコも多いし、むしろ扱いやすいぐらい。
「……おいで、トラ」
だから……わたしはこうして時々、ご飯のお世話とか以外にもここへ遊びに来る。
泉のほとりに座るわたしの呼びかけに応えてやってきた――本来の力を抑えて、中型犬くらいの大きさになっている虎型魔獣(こうなってるとデカいネコだけど)のトラを脇に抱え込むと、その柔らかい毛を存分にモフモフする。
「ん〜……よしよし、もーふもふ、っと!」
本来の姿になると、それ自体が刃のようになる毛も、この状態だとむしろ普通のネコより柔らかいんじゃないかってぐらい。触り心地はサイコーだ。
うーん……〈常春〉を〈魔獣モフりカフェ〉とかにしたら、売り上げ爆上がりかも……。
「……まあ、そうするならそれこそ、魔導団の目的が達成されなきゃ、なんだけどさ……」
わたしは苦笑しながら、トラをモフモフする。
……ネコっぽいけど、アゴの下をいじってもごろごろって言わないのは、虎としてのプライドみたいなもんなのかな。
「黒井くんと質草くん、大丈夫かなあ……」
今日はお父さんが用事で出てるから、2人が〈呪疫〉の退治に向かったんだけど……ハッキリ言って、いつもより遅い。
2人とも強いから、大丈夫だとは思いつつ……やっぱり心配になる。
「はあ……こういうときはホント、なんにも出来ないのがイヤになるよ。
ねえ、トラ……わたしだってお父さんの娘なんだし、普通の人より素質はあると思うんだけどね〜……。
わたしにも戦えるだけのチカラ、あればなあ……」
「ほっほう……それは重畳。
まさか、到着と同時に人材が見つかるとは……ワガハイ、ツキまくり」
「――――ッ!!??」
急に身近に聞こえた男の子の声に、わたしは思わず顔を上げて周りを見回す。
一瞬、トラがしゃべったのかと思ったけど……そうじゃなかった。
トラも、警戒を露わにするその方向――。
泉の水面の上に、いつの間にか……首輪の代わりにシックな蝶ネクタイを着けた、1匹の三毛猫がいたんだ。
一見すると、普通の三毛猫だけど……そのくりっとした眼の輝きも、まとっている雰囲気も……『普通』じゃない。
そもそも、普通のネコは――水の上を歩いたり出来ないし!
三毛猫は、驚いて言葉を失っているわたしの前まで来ると……普通に(水の上だけど)座り、ちょこんと――礼儀正しく頭を下げた。
「……というわけで、そこなお嬢。
ワガハイの世界を救うべく――〈勇者〉となってみないかな?」