第144話 魔法少女シルキーベル、奮戦する!
――すごい勢いで振り回されるT字型定規を、職員室をぐるっと回って下がりながら……かわして、受け流して、さばき続ける。
それ自体は……そこまで難しいことやない。
人間離れした速さやし、当たるとかなり危なそうやけど……逆に言うたら、それだけやから。
それよりも、問題は……!
「――先生! 気をしっかり持って! 正気に戻って下さい!」
必死に呼びかけるけど、襲いかかってくる亜里奈ちゃんたちの担任の先生――喜多嶋先生には、何の反応もない。
やっぱり、〈呪疫〉に取り憑かれたってなったら、呼びかける程度やとあかんのかな……。
「ひひ、姫ェ! ここは一旦、戦略的撤退を計るべきでは〜っ!?」
「それじゃダメ!
時間をかけると、魂への侵食が深くなって……きっと悪影響が出ちゃう!」
……でもそれは、逆に言えば。
取り憑かれてすぐのところに遭遇出来たんは、無事に助け出すためにはむしろ幸運やった、いうわけなんやから……。
「……うん……!」
――覚悟を決めろ、鈴守千紗……!
ウチは……適性無くても、未熟でも、〈呪〉を祓う〈鈴守の巫女〉!
やらなあかんねん……!
「……カネヒラ、サポートして。
純化した〈聖〉の力で、先生を撃ち抜いて――〈呪疫〉だけを祓います!」
「しし、しかし、姫ェ……!」
……カネヒラが心配するんも分かる。
このやり方は、ヘタしたら先生に大ケガさせる危険があるんやから。
でも――。
この濃い〈呪〉に満ちた結界の中で、いつまでもこんな状態でおったら、それこそ危ない。
だから、今……ウチが、やるしかない!
「――カネヒラっ!」
「いい、いえす、御意〜ッ!」
ウチが強く言うと、その意を汲んでくれたカネヒラが、先生の牽制に向かう。
その間にウチは、聖具〈織舌〉に霊力を集中。
そして――
「――〈清鈴〉ッ!」
霊力だけをぶつけるイメージで、織舌を突き出し――寸止め!
……よし、うまくいった――!
人には基本、害が無い、純化した〈聖〉の力だけが先生を貫いて――
「〜〜〜ァァッ!!!」
……〈呪疫〉が消滅する――って思ったら。
声にならへん声を上げて、先生はいきなり定規を逆袈裟に振り上げてきた!
「――ッ!?」
虚を衝かれたウチは、かわしきれずにその一撃を――
「――あぅっ!」
ガヅン!――って、頭にスゴい音と衝撃が響く。
直撃やなかったけど……ヘルメットごと、思い切り頭が揺さぶられた。
「……う……ぁ……!」
目の奥で星がちらついて……耳がキーンってする……!
カネヒラが、棒立ちになったウチの周りを飛んで、必死に何か言うてるみたいやけど……それもはっきり見えへんし、聞き取られへん……!
――さらに、そこへ……!
「――あぐっ!?」
鈍い音といっしょに、今度は左肩をすごい衝撃が襲う。
上から、肩を殴られたみたい……!
でもちゃんと狙ってないせいか、これも直撃やなくて――。
脱臼したり、骨が折れたりってほどやなかったんは、ラッキーやった……!
肩はすごい痛いし、まだ目が回ってるし、耳もおかしいけど……ウチは必死に、反射的に距離を取って、何とかそれ以上の追撃から逃れる。
「……はあ、はあ……!」
一瞬……。
やっぱり、ウチなんかにはムリなんや――って。
そんな弱気が、脳裏を過ぎるけど――。
「……ッ、まだまだ……っ!」
ウチは、歯を食いしばって、織舌を――気持ちを、構え直す。
――そう。
ウチの大好きな人は……ホンマに心が強い人。
その人が、ウチにも同じ強さがあるって言うてくれたんやから……。
こんな程度で……弱気になんかなってられへんよ……っ!
「――カネヒラ、もう一回! お願いっ!」
まだ耳がおかしいけど、必死に声を張り上げる。
多分聞こえたんやろう、カネヒラはまた先生に立ち向かっていってくれた。
あきらめへん……っ!
一回でムリなんやったら、上手くいくまで、何回でもやるだけ……!
……さっきよりも強く、鋭く……純化した〈聖〉を練り上げて――。
でも、先生に被害が出えへんように、落ち着いて、集中して――!
「今度こそ……! 〈清鈴〉――ッ!」
もう一回、突き出した織舌を寸止めに――込めた〈聖〉の力だけで先生を撃ち抜く!
「……はあ、はあ……!」
一拍の……間を置いて。
先生の身体は、今度こそ動きを止めて、ヒザから崩れ落ちる……。
――やった、今度こそ……!
そう思った……瞬間。
最後の悪あがきみたいに振り回された定規が、ウチの織舌を弾き飛ばして――。
「――あっ……!?」
続けて、先生の身体から飛び出した〈呪疫〉が……そのまま、無防備なウチに襲いかかってきた!
「ひひ、姫ェ〜っ!?」
「っ! あんまり――」
ああ、カネヒラの声が聞こえるようになったなぁ……とか、ふと、とぼけたことを思いつつ。
ウチは、バク宙しながら――両足で、人に近い形をしたその〈呪疫〉の、首のあたりを挟み込む。
そんで……。
「――ナメんといてっ!」
そのまま、足に霊力を込めつつ、頭から床に叩き付ける!
――まずは1回!
続けて、足で首をロックしたまま、相手の身体を飛び越えるように勢いをつけてもう1回バク転――ムリヤリ持ち上げた相手を、再度頭から叩き付ける!
同じ動きを繰り返して……さらにもう1回!
「……〈マッド・フランケン――」
最後に、もう一度同じ動きで、今度は持ち上げた相手をそのまま上空に放り投げ――。
それを連続バク転で追いかけ、こっちも跳んでまた足でキャッチ。
空中で2回転3回転と目一杯に勢いをつけて――
「――エクスキューション〉ッッ!!!」
足にありったけの霊力を込めつつ、もう思いっっっ切り、ズドンと床に叩き付けた!!!
瞬間、部屋が揺れた……ような気もする。
「おおおお、ひひ、姫ェ〜……!
は、はしたなくも、お見事にござるぅ〜……!」
「ひ、一言……余計……」
ウチは、必死になりすぎて乱れた呼吸を整えながら、カネヒラに応える。
……〈呪疫〉は……。
足の、挟んでる感触がなくなったと思ったら、そのまますぐ……チリになって消滅した。
「……ふぅ〜……」
なんとか……なった……。
――にしても、夢中やったからって……ちょ、ちょっとやり過ぎたかな……。
おばあちゃんの現役時代の得意技、〈マッド・フランケン〉ファイナルバージョンのエクスキューション、勝手にアレンジしまくってもうたし……。
あ〜……でもおばあちゃんのことやから、この戦闘データ見たら、めっちゃ楽しそうにスーツのOSにコレの補助機能とか組み込みそうやなあ……。
魔法少女て言うてるのに、必殺技がプロレス技(っぽいの)とか、どーなんやろ……。
「……って、そんなことよりカネヒラ、先生は!?」
「おお、もちろん無事にござりますぞ〜。姫の、それはもう見事な冴えの技により!
今は気を失っておられまするが、おケガなどはまったくありませぬようで……」
「そう…………良かった」
ウチは、改めて思い切り息をつく。
……ホンマに、良かった……助けられた……!
ウチは、もうへたりこみそうになるぐらい、心底安堵するけど……。
でも、赤宮くんがこれを見てたらきっと……『出来るって分かってた』みたいに、余裕持って穏やかに笑ってくれるんやろうなあ。
ああ……ウチは、ホンマに。
ウチが、赤宮くんを守らなあかんのに……守ってるハズやのに。
その赤宮くんに、支えられて……守られてるんやなあ――。
「……して姫……この後は、いかがいたしまする?」
「うん……先生には悪いけど、気絶してはるんやったら、催眠術とかかける必要なくてちょうどええし、このまま、とりあえず襲われへんように結界だけ張って――」
弾き飛ばされた織舌を拾い直しながら、カネヒラに考えを伝えてたウチは……ふっと違和感に気付いて言葉を止めた。
……え……?
今のなに、どうなってるんっ?
「! まさか……」
思い至ったウチは……それを試すために、もう1回――ハッキリと口に出してしゃべってみる。
「――ヘルメットの自動変換機能、壊れてもうたんちゃう?」
「………………」
「………………」
ウチは、カネヒラと顔を見合わせる。
「やっぱり……」
……間違いない。
多分、さっきの先生の、ヘルメットに当たった強烈な一撃で……正体がバレへんように、ウチの関西弁と声を自動的に変換する機能が壊れたんやね……。
「ひひ、姫ェ……」
「うん……しゃあないよ。逆に言うたら、それだけで済んだわけやし……。
あんまりしゃべらんようにしたら大丈夫。
いざとなったら、自力で標準語変換するから!」
情けない声を出すカネヒラには、努めて明るくそう言うてあげる。
実際、困ったことなんは確かやけど……今はそんなん言うてる場合ちゃうしね。
……で、その後、ウチは……。
気絶してる先生をひとまず、隅の方に置いてあった小さなソファに運んでから――結界を張って、職員室を出た。
「……ほんならカネヒラ、しっかり道順とか覚えてな?」
「いい、いえす御意〜!」
そんで、カネヒラに改めてハッパをかけてから……。
小学校をこんなんにしてる元凶がおるハズの屋上を目指して、駆け出した。