第143話 戦いの最中へ……今こそ出陣、ついに参戦
――まさか、こんなことになるなんて……予想外だったな。
結界の影響で迷宮のようになっている小学校の廊下を進みながら、僕は口の中でつぶやく。
……正直、グライファンという存在を甘く見過ぎたかも知れない。
とある異世界で遭遇した魔剣、邪心剣グライファン――。
――もしかしたら、神剣や聖剣と呼ばれるほどの業物を鍛える鍛冶師や魔術師なら、有用な武器に作り替えたり出来るかも知れない……。
そんな風に考えて、討伐したあとも破壊せずに所有していたそれを、先日、〈霊脈〉に沈めたのは、当然〈霊脈〉の汚染のためだった。
……でもそれは、僕が〈勇者〉だからといって、別に矛盾した行動でもない。
〈勇者〉なら、時として、今回のように真の敵を暴くためだったり、あるいは道を切り開くためだったり――大いなる目的の達成のために、呪われたアイテムの力を利用することもあるのだから。
そして――この現代日本において、僕が〈勇者〉として果たすべき役割は、世界をも滅ぼすという災厄、〈世壊呪〉を逆に滅ぼすことだ。
だからこそ、その〈世壊呪〉を現出させるための手段だという〈霊脈〉の汚染に、〈救国魔導団〉とは別に、僕も、これまで異世界の冒険で得た呪いの武具を使って関わっていたわけだけど……。
なかなか〈世壊呪〉が姿を現さないから、これまでとは毛色が違うものを汚染に使ってみたらどうだろう、って、『意志を持つ魔剣』を選んだら……。
「……まさか、こんなことになっちゃうなんてね……」
あらためて僕は、一つタメ息をついた。
……本当に、まさか、だった。
グライファンが〈霊脈〉を汚染するどころか――逆にそこに流れる闇のチカラを吸い上げて、自らを強化するなんて。
あるいはそのチカラこそ、〈世壊呪〉のもので……グライファンは、〈世壊呪〉に取って代わろうとしているのかも知れないけど……。
僕はそれを、見過ごすわけにはいかない。
そもそも、まず本当にグライファンが〈世壊呪〉のチカラを狙っているのかも分からないし、それで元の〈世壊呪〉の方が消滅するのかもはっきりしないのだから。
〈世壊呪〉にチカラを与え、世に現出したところを狙って、完全に消滅させる――。
それを目的としている僕にとって、中途半端に〈世壊呪〉のチカラを削ったりするような行為は、その達成を遠ざける邪魔でしかない。
……そして、見過ごせない理由はもう一つ。
単純に、あの魔剣がチカラを得て、それによって被害が出ることは……僕としても決して良しとはしないからだ。
しかも、ここは従弟の武尊や、裕真の妹たちの通う学校だ。
時間的にも、まさか武尊たちが残っているとも思えないけど……万が一ってこともある。
……こうなった以上、グライファンは、早々に破壊しなきゃならない――。
「……さて……」
僕は……まず、能丸として行動する上でちょうどいい強さになるよう、自分にかけていた、強力な〈弱体化魔法〉を解除する。
そして、『能丸はダメージを負ったので途中離脱した』ということにするため、スーツの一部を自ら破壊しておいた。
「シルキーベルと別れたのは正解だったね……やっぱり」
この小学校が空間を歪めた迷宮になっているって知った時点で、僕ははぐれたように見せかけて、シルキーベルから離れていた。
だからこれで、彼女の存在を気にすることなく……本気を出せる。
「……あとは……」
――誰もいない教室の前を通りかかる。
するとそのとき、不意を突いたつもりなのか……あの赤い〈呪疫〉が2体、中からいきなり躍りかかってきた。
「――邪魔」
……鬱陶しいなあ……とか、そんな風に思うよりも早く、手が動いて。
僕は通り過ぎざま、ソイツらを二刀で千々に斬り捨ててやった。
そうして――歩みは止めず、刀を納めると、そのまま右手を伸ばし――。
手の平に、意識を集中する。
「……来たれ、神剣エクシア――。
我こそ、『其の資格を持つ者』なり……」
僕の呼びかけに応えて、まずは手の中に〈神剣エクシア〉が――。
続いて、黄金の装備が――光とともに現れて、僕を包み込んだ。
* * *
……両腕が剣みたいになってる、赤いヤツは……。
速さとか力強さとかはもちろん、その動きからして、黒いヤツとはまるで別モンだった。
「――うわっ! ――わっ!」
光で伸ばした宝剣を使って、必死に攻撃を受け流す。
何度も何度も何度も何度も……!
向こうとこっちの刃がぶつかり合って、目の前で火花が散りまくった。
黒いヤツが、力は強いけど、動きがのんびりしてる動物みたいだとしたら……。
この赤いヤツは、メチャメチャ強い人間の剣士みたいだ。
スキとか、そういうのがゼンゼン無い。
――まあ、そもそも剣術のスキとか、そーゆーのよく分かんねーんだけどさ……!
あ〜、くっそー……!
こんなことなら、衛兄ちゃんに剣道のこととか、もっと良く聞いとけば良かった……!
――ってゆーか、オレもじーちゃんに習っとけば良かった! 剣道!
「ちっ! くっ! しょっ――!」
それにしても、コレ……。
ホント、オレ、ティエンオーに変身してなかったら、完全に詰んでたよな……!
「くっそ……! おい、ガルティエン!
なんか、新必殺技伝授とか、そーゆーのねーのかよ……!」
《……そんなもんが、便利にほいほい出てくるわけないじゃろが。
それよりも、とにかく落ち着け、冷静に……!
そして、相手の動きを良く見ろ。
――いやいや、目を凝らせというわけではないわ。
一つの所を注視するのは逆効果じゃ。
……良いか、遠くを見るようにして、相手の全体を把握するんじゃ》
「……遠くを、見るように……」
……そう言えば、衛兄ちゃんもそんなようなこと言ってたな……。
「――! 見えた! ここだっ!」
《なんと……!? もう適応したというのか……!?》
「いや、何となく」
――だって、ンなもん、言われてすぐ出来るわけねーっての!
オレは、なんとなーくで、それっぽく防御の合間に突きを交えたりしてみる……!
……とーぜん、あっさり弾かれた。
「やっぱダメかー……」
《焦らせるでないわ……。
もしかしたらとんでもない天才だったのかと、期待したではないか……》
でも……必死になって防御ばっかりしてるよりは、意味があったかも知れない。
この赤いヤツ……さっきまでより、ビミョーに反応が鈍ってる気がする。
オレの反撃を警戒してるのか……?
「はっはーん……?」
それなら……と、オレはニヤッと笑ってしまう。
――いいイタズラを思いついた。
さっき突きを出したときの動きを思い出しながら、斬り合いの中で、何度かそれっぽい構えをしてみせる……と。
やっぱり、赤いヤツはそれに反応するのが分かった。
そこで、オレは――
「――今だ、くらえっ!」
気合いを入れて叫びながら、突きの構えを取って――
……で、そのまま後ろに飛び退く。
案の定、拍子抜けしたみたいに動きがギクシャクする赤いヤツ。
そこへ――宝剣を投げつけてやる!
「こっちだっつーの!」
でも……赤いヤツはしっかり反応して、宝剣を弾き飛ばしやがった!
でもでも……オレも、すぐに次の攻撃に入る。
さっきオレが落としたままだった、まだ弾が入ってる方の軍曹のエアガンを、足でひょいと蹴り上げて――キャッチと同時に、思いっ切り超連射!
しかも、オレが変身したせいか、エアガンは前よりも威力が上がってる感じだったけど――。
赤いヤツはすぐに腕で防御したから、大ダメージって感じじゃなくて……しかも、飛び道具攻撃で頭に来たのか、そのまま突進してくる。
対抗してさらにエアガンを連射しても――トドメを刺す前に、弾が切れちまった。
《――小僧っ!》
「……かかった」
あわてたみたいな声を出すガルティエンとは真逆に――。
『イタズラ』が成功したオレは、つい笑っちまってた。
「――戻れっ!!」
赤いヤツが、剣みたいな腕を振り上げた瞬間――弾き飛ばされたまんまだった宝剣ゼネアが、オレの声に反応して飛んでくる。
……つまり、赤いヤツの背中に向かって。
「!!??」
――赤いヤツの動きが止まる。
いきなり背中に何かブッ刺さったんだから、そりゃ驚くよな。
でも――
「もう……おせーっての!
食らえ、ライトニングバレット!!!」
背中の翼から放たれた光の弾を、雨あられってばかりに撃ち込んでやる。
そして――
「……かぁらぁのぉ〜……!」
ヒザを突いた赤いヤツを踏みつけて、天井近くまで飛び上がり――あらためて、オレの手の中に戻った宝剣を振りかぶって――。
「超~必殺っ!
烈風閃光剣・一刀両だぁぁーーーんッッ!!!」
生み出した光の刃を、思いっっっ切り、大上段から叩き付ける!!!
《……やりおったわ……。
ネーミングの方はともかく、戦闘のセンスについては大したものよの……》
そうして、オレのクリティカルな一撃を食らった赤いヤツは……。
黒いヤツと同じように、チリみたいになって――完全に消滅した。
「……っしゃああっ! ボス撃破ぁぁーっ!」
やったぜ、大勝利だ!
ぐっと拳を握って、なんか、とりあえずカッコ良さそうなポーズをキメて――って。
「……ウソだろ……」
……せっかくの、勝利のポーズ――そんな気が一瞬でどっかに吹っ飛ぶ。
だって、さっきのと同じ、赤いヤツが……今度は、窓の方から入ってきていたんだ。
今の1体だけで、あんだけ苦戦したってのに……!
しかも――
「くっそ……!」
……身体が、ガクンと一気に重くなった気がする。
まさか……ガルティエンが言ってた、エネルギー切れ……?
「いやいやいーや、まだだっての……!
こんなの根性だろ、チクショー……!
烈風鳥人ティエンオーをナメんなっつーんだよ……ッ!」
必死に気合いを入れて――。
アリーナーに襲いかかろうとする、新しい赤いヤツに立ち向かおうとしたら。
「――下郎が、身の程をわきまえろ。
その娘は、貴様ごときが触れて良いものではない――」
――いきなり。
赤いヤツは、目に見えない力にぎゅっと押しつぶされたみたいに……一瞬で、野球のボールみたいに小さくなる。
そして、それを――。
「――消えろ」
……って、あっさりカンタンに、握りつぶしちまったのは。
赤いヤツの後から現れた――
真っ黒なマントっぽいのを着て、黒い仮面で顔を隠す、銀色の髪のオトコだった。