第142話 迷宮小学校、戦闘激化警報発令中!
――東祇小学校、本校舎屋上。
降りしきる雨すら避けているのか――特別濃い瘴気にのみ覆われたそこに、赤黒く禍々しく輝く、一振りの大剣が浮かんでいた。
邪心剣グライファン――人の悪意のみを凝縮して創られた、意思持つ魔剣。
かつて、生まれた世界から次元の狭間に追放され……辿り着いた別の世界で、〈黄金の勇者〉に屈し、その所有物となった存在。
そして現在、また新たな世界で、なにを思ったか当の黄金の勇者より〈霊脈〉に解き放たれた『彼』は、そこに生まれる〈呪〉を食らって己の力とし……。
さらに、その〈呪〉が、恐ろしく大きな『根源』へと流れていることに気付くと、そこに寄生し、流れを逆に辿り、根源のチカラをも取り込まんとしている。
『彼』を『彼』たらしめるのは、チカラへの渇望と、それによる破壊――だからだ。
そのための準備は整い――。
あとは、最も効率良くチカラを奪えるこの〈霊脈〉上のポイントで、結界にて捕らえた『根源』たる人間より、命を含む、残るすべてを吸い上げるのみ。
今しばらく時間はかかるが、かつて次元の狭間に送られた際の経験を活かした強固な次元迷宮の結界は、邪魔をしようとやって来る侵入者を惑わせ……すべてを成し遂げるための、充分な時間を稼いでくれるだろう――。
「……アガシオーヌ……! マズ、ハ、貴様ヲ……!」
――大いなるチカラを得た暁には、まず、かつて散々に自分の邪魔をしてくれた『聖剣』を破壊してやろう。
そして次は、屈辱を受けた、黄金の勇者に復讐するのだ――。
己が為さんとする暗い欲望、その達成を思い描き――顔があったなら、さぞ満足げな笑みを浮かべただろう魔剣だが……。
「……ヌ……?」
――ふと、違和感に気が付く。
『彼』の手足となって働く〈澱み〉が、チカラの根源たる人間に未だ取り憑けていないどころか……チカラを吸い上げる勢いそのものが弱まっているのだ。
まるで――何者かに、邪魔をされているように。
もちろん、その程度で『勝利』は揺らぎはしない――。
そう確信している『彼』だったが、そのあまりにちっぽけな抵抗をする存在に興味を抱き……
「……クカカッ……!」
様子見がてら、遊んでやるのもまた一興とばかりに。
しわがれた笑い声を残し、屋上の床へと沈み込んで姿を消した――。
* * *
「うぅ〜……なにこれ、どうなってるの……?」
――ヘルメットの音声自動変換機能で、何気ないつぶやきが標準語になってることが……こんなときやからか、妙に気になった。
さっき、階段を上ったはずやのに……気付けば、おるのは窓の外の景色からして、1階の廊下。
小学校の敷地――〈呪〉による結界の中に入ってからは、ずっとこんな調子で……。
どんどん強まっていく禍々しいチカラの反応は、上の方にあるから……多分屋上とか、そんなところに元凶がおるんやと思うけど……。
この結界、空間をおかしくしてヘンな繋げ方してるみたいで、マトモに進まれへん……!
おばあちゃんの助言が欲しくても、通信は繋がれへんし……。
能丸さんと相談しようにも、ヘタに手分けしようとしたせいで、はぐれてもうたし……。
亜里奈ちゃんたちがおるかどうかは分からへんけど、少しでも早く何とかせなあかんのに……ウチ、こういうパズルみたいなん、苦手やから……。
「ひひ、姫ェ! このカネヒラ、非力どころか無力で矮小なる身なれど、せめて、かようなときぐらいは役に立ってみせますゆえに〜!」
「うん……ホント、頼りにしてるからね……!」
周りを飛んで励ましてくれるカネヒラに、ウチは心の底からそう告げる。
なんやかんや言うても高性能AIやもん、こういうときは、法則性――でええんかな、そういうの見つけるのに、ウチなんかよりずっと役に立ってくれるはず……!
でも、その分析にはデータが必要やろうし……そのためにも、とりあえずは動いてみな。
運が良かったら、すぐに元凶のところに辿り着けるかも知れへんし。
そう考えて、足を踏み出そうとしたところで、ウチは――。
「……きゃああーーっ!!??」
「――ッ!」
逆方向から聞こえた、女の人の悲鳴に反応して、すぐに取って返す!
――廊下に出てる、部屋のプレートをちらっと確認すれば、そこは職員室やった。
急いで中に飛び込んで、視線を走らせると――。
隅の方で、〈呪疫〉に追い詰められてる若い女性の先生がおった!
「――カネヒラっ!」
「いい、いえす、御意〜っ!」
ウチの指示に素早く反応して、〈呪疫〉に奇襲を仕掛けるカネヒラ。
それだけで倒せるわけやないけど……〈呪疫〉の注意はこっちに向いてくれた。
その間に、聖具〈織舌〉に力を込めて――突き出す!
「――〈涼鐘〉!」
……普通の〈呪疫〉やったんはまだ幸いやった。
ウチの一撃は、その身体を撃ち抜いて、霧散させ――確実に祓い切る。
ふう……間に合って良かった……。
「……大丈夫ですか……?」
壁際で、立ち尽くしたままうなだれる先生に声をかける。
そうしてから……ウチは、今の自分のカッコに思い至った。
……あ、コレ――もしかせんでも、あかんやつちゃう!?
めっちゃコスプレやん! そもそもウチが不審者やん!
――や、ヤバいかも……!
「え、ええっと、これは、ですね〜……」
一応、こういうとき、騒ぎにならんよう事態を収めるために、一族に伝わるちょっとした催眠術的なワザは身に付けてるけど……。
それに頼るにせよ、まずは無事かどうかを確認してから……と、思ってたら。
「――――ッ!!!」
その先生は、声にならん声を上げて――
立てかけてあったT字型の定規で、いきなりウチに殴りかかってきた!
「ふぇっ!!??」
完全に虚を突かれたけど――なんとかギリギリで、飛び退いてかわす。
定規が空を切る風音は……人間ワザとは思われへん、ゾッとするもんやった。
これ――これって、まさか……!
「ひひ、姫ェ! うう、うら若き乙女でありながら、こちら、とんでもない体罰教師のようですぞ〜……!?
嗚呼、聖職たる教師がこれでは、拙者、これからの日本の教育に、引いては未来に希望を見出せませぬぅ〜……! かか、かくなる上はぁ〜……!」
「え、そっち!? そっちでも運命見切っちゃうの!?
――って言うか、そうじゃないでしょ!」
喚きながら刀を自分に向けるカネヒラ、その頭をはたいてツッコミを入れながら……ウチはじっと、定規を握ってゆらりと立つ先生を見つめる。
生気のない表情、全身から滲み出る邪気……。
これは、やっぱり……!
「……〈呪疫〉に、取り憑かれてる……!」
ウチはあらためて距離を取り、織舌を構え直す。
――今、先生を観察してて、もう一つ気付いたことがあった。
この先生……見覚えがある。
そう――こないだの七夕のとき、亜里奈ちゃんとアガシーちゃんに見せてもらった、林間キャンプの写真に映ってた人で……!
「うん、間違いない――!」
記憶を確認したウチは、思わず唇を噛む。
――この人、亜里奈ちゃんたちの、担任の先生や……!
* * *
「……これで……いいのか?」
アリーナーと軍曹がいる場所を囲むようにオレは、天井と床に、変身スーツ(?)の羽を撃ち込んだ。
オレが2人を守って戦う上で、まずはそうした方がいいって、霊獣ガルティエンに言われたからだ。
《うむ、上出来じゃ。これで守護の結界を張れる。
――あくまで簡易的なものじゃが、おぬしのスキを突いて娘たちが直接襲われても、少しは持ち堪えるし……あの寝ている娘の状態も少しはマシになるじゃろう》
ガルティエンが答えるのと同時に、撃ち込んだ羽が光り出した。
それに合わせて、アリーナーたちの周りが、うっすら明るくなった気がする。
しかも……ガルティエンの言う通り、アリーナーの呼吸も、ちょっとラクになったみたいだ。
「おぉ〜……! スゲー……!
さっすが、ティエンオーバリアー……!」
《……また……ビミョー過ぎるネーミングじゃのう……。
だいたい、〈ティエンオー〉っつーのはなんなんじゃ……。
ティエンが、儂の名から取ったことぐらいはわかるが……なぜに『オー』?》
「? だって、『なんとかオー』って『オー』が付いたら、スッゲー強そうじゃん!」
《…………そうか〜…………》
ガルティエンは、なんか弱っちい声でぽそっとつぶやいた。
まあ、ワシワシ言ってっからケッコー年寄りなんだろーし、霊獣ってヤツだしで、この名前のカッコ良さが分かんねーのかもな……。
うん、ならしょーがねーか……。うん。
《……儂がセンス無いみたいに言わんでほしいもんじゃが……まぁ良いわ。
小僧、おぬしに注意しておかねばならんことがある》
「……なんだよ?」
部屋の入り口から、壊れた窓の向こうから――また新しく現れた黒いヤツに注意を向けながら、オレはガルティエンに聞き返した。
《今のおぬしなら、あの闇の澱み――黒い影を相手に遅れを取ることはないじゃろう。
しかし、そもそもおぬしは訓練した戦士でもなんでもない。
間違いなく才覚はあるが、基礎的なチカラが足りておらん。その上、子供じゃ》
「おう……だから?」
《ゆえに、おぬしの、その……うむ、〈ティエンオー〉?……としてのチカラは、そう長く使い続けられるものではない。
調子に乗ってハデに立ち回りすぎると、あっという間に動けなくなる――ということを、意識しておけ》
「……つまり、エネルギーが少ねー、ってこと?」
《まあ、そんな感じじゃ。くれぐれも気を付けろよ?
――なんつーか、おぬし、どーーーも調子に乗りやすそうじゃからなあ……》
「わ、悪かったな! わーったよ!」
……ンな器用なことが出来るかはわかんねーけど!
オレは、まず窓側の黒いヤツらに向かって宝剣を投げつけてロックオン、翼からの光の弾、必殺ライトニングバレットで3体を一気にやっつける。
続けて、逆の入り口側から来たヤツらは……。
そのままじゃナイフだから短い宝剣の刃を、光で伸ばして、一閃――!
いっぺんにまとめて叩っ斬ってやった!
うん、今のいいな! かっけー!
いかにもヒーローっぽいこの必殺技は――!
「どうだ! 必殺、烈風閃光剣!」
……よし、これでいくぜ!
《…………。もはやネーミングについては何も言わんが……。
儂が注意したこと、忘れるでないぞ?》
「わーってるよ! でもさ――」
――言いながらオレは、反射的にヤバいと感じて後ろに飛び退く。
その次の瞬間――。
オレが立っていた場所を、なにかがスゴい速さで斬り裂いていった。
「相手もつえーなら……ヘタに手ェ抜くとかしてらんねーだろ……?」
頑張って強がってみたけど……冷や汗が出る。
オレが倒した、黒いヤツらの陰から新しく現れたのは――。
両腕が剣みたいな形になってる、黒いヤツよりもっと人間っぽい……赤い影だった。