第140話 それは、生命をもたらし、生命を育み、生命を還す風
「……そういや、その姿のお前を見るのも久しぶりだな」
蝶の羽を持ち、甲冑をまとった妖精――。
そんな見た目の本来の姿に戻ったアガシーに、体力を活性化させる魔法をかけてもらいながら……俺は、人気の無い屋根付き駐輪場の隅で、座り込んで身体を休めていた。
「わたし自身、なーんか妙な感じがするくらいですしね」
「それだけ、赤宮シオンとしてのお前が定着してきたってことだろ。
……いいんじゃないか? それならそれで」
「でも、本体というか、本質はやっぱりこっちなわけですから……。
それを知らないアーサーが、わたしの身体をムリに守ろうとして、ムチャしないといいんですけど……」
「……どうかな。教えられてても変わらないんじゃないか?
死ぬわけじゃないって言われても、それが、友達としてのお前の帰る場所なら……さ。
ほっとけねーだろ、きっと」
「そ、それは……そうかも知れません、けど……」
小さくうなずいたアガシーは、大きなタメ息をついた。
「……やっぱり、あの由来不明のナイフだけってのは……。
ダメ元で、エアガンも預けとくべきでした……」
「……でもアレ、お前専用だって言ってなかったか?」
「うーん……厳密には違うんです。そこまで厳しい制約はかけてなくて……。
実は、いざというときアリナぐらいは使えるようにと、わたしのチカラと波長が合う――ざっくり言えば、わたしを認め、わたしに認められるぐらいの人間なら大丈夫なようにしてあるんです。
だから、アリナはもちろん、勇者様も使えるんですよ。
――ハイリアのヤツは知ったこっちゃありませんが」
「なら……武尊もいけるんじゃないか?」
「……それについては……まあ、ありえます。
ですが、一番の問題は――」
アガシーは困ったように首を振る。
「アレが、一定以上の魔力によってチカラを発揮する武器だってことです。
アリナはそもそもの膨大な潜在魔力がありますから、大丈夫なんですが……。
アーサーはそのへん、一般人ですから……」
「……どのみちムリってことか?」
「いえ――だからダメ元で、なんです。
もしアーサーが、〈呪疫〉に襲われていたら……そして、その中で戦い抜いていたなら。
アーサーの魂は、成長を遂げているかも知れません。
それが、魔力を含む潜在能力を向上させているなら――。
あるいは、わずかでも、無意識でも、チカラの使い方に慣れてくれていたら――」
「……使えたかも知れない、か」
――しかし、グライファンが現れたら、あのエアガンが使えたところでどうなるものでもないだろう。
ともかく、ハイリアが間に合ってくれるのを願いながら、俺は……駐輪場出口の方から覗く、真っ黒な空を見やる。
……そこのあたりを、強い気配が2つずつ、2回に分けてスゴい速さで通り過ぎていくのを感じたのは……数分前のことだ。
恐らくあれは、シルキーベルたちと、〈救国魔導団〉の2人だろう。
俺たちを追いかけて――というよりは、きっと、小学校に発生した、強力な結界の反応へ向かっているのに違いない。
……つまり、結果として、最初に飛び出た俺がビリになっちまったわけだが……。
「……だからって、あんまりのんびりもしてられねーしな……」
……魔法で結構ムチャな体力の活性化をしてるから、明日の学校は、反動が出て爆睡モードまっしぐらだろうけど……。
とりあえず――そろそろ、改めてクローリヒトとしてしばらく活動するのに、問題ないぐらいには回復したはずだ。
「さて……じゃあ行くか、アガシー!」
「――はいっ!」
* * *
「……よっし、これで……!」
オレはヒザを突いた格好で、もう1体の黒いヤツを、エアガンを連射して倒しながら……。
倒れた軍曹の身体を引き摺って、アリーナーの近くまで移動させた。
いっしょにいてくれた方が、まだ守りやすいもんな。
あと、軍曹のリュックから、もう1丁のエアガンも取り出して、ベルトに挟んでおく。
替えの弾は……確か軍曹、髪の毛の、くくってシッポみてーにしてるトコから出してた気がするけど……。
軍曹の髪を触ってみても、サラサラするばっかりで、それっぽいものに手が当たらない。
「…………」
……っていうか、なんか、勝手に女子の髪の毛に手ェ入れてゴソゴソするとか――。
リュック探る以上にヘンタイっぽいような、スゲー悪いコトしてるような気がして……すぐ止めた。
うん……きっとここには無い。無いに決まってる。うん。
でもそうなると……このエアガン、多分そんなに弾数多くないし、これだけに頼るのってムリだよなあ。
そもそもオレ、ガンシュー苦手だから、ケッコー外すと思うし。
やっぱり、あのナイフ使うしかねーよな……。
新しく扉の方から入ってきたヤツをエアガンで倒して、その間に、床に落ちていたナイフを拾いに行こうとしたら――。
――ガシャアアアン!!!
後ろからスゴい音が。
あわてて振り返ったら――窓を破って、部屋に入ってくる黒いヤツがいて……!
「クッソ!!!」
――完っ全にウラかかれた!
ソッコーで引き返して、エアガン連射しながら、アリーナーと軍曹をかばって前に出る!
でもそこで――
「!……弾切れっ!!??」
もうちょっとでやっつけられると思ったら、エアガンの弾が切れた!
すぐにベルトの2丁めを抜いて構えようとするけど、その間に――
「――がっ!!!」
あのムチみたいな腕をモロに食らっちまった。
本当に、言葉通りに吹っ飛ばされて――反対側の壁にぶつかって、床に落ちて転がる。
「い……でぇ……」
メッチャクチャ…………痛い。
身体中、バラバラになりそうに…………痛い。
マトモに、息が…………出来ない。
涙が、ガマンしようとしても……勝手に出る。
ヤバい……これ、マジで……ヤバい……っ。
「ぐ……ぞ……っ……!」
起き上がろうとしても、身体が動かない。
それでも、なんとかしようと必死にもがいたら……。
――指が、なんかに当たった。
ナイフ……だ。
軍曹が、オレに預けてくれた……武器。
でも……もう、投げるだけの力も……。
《……聞け。小僧……!
儂の声を……聞けッ!》
(…………え…………?)
その瞬間……オレの頭に、はっきりと子供みたいな声が聞こえた。
これは……気のせいだって思ってた、あの声……?
黒いヤツが話してるんじゃなくて――これ?
このナイフ……だったのか?
(……お前……話せたの……か?)
オレが心の中で聞き返すと……頭に、なんか、映像が浮かんだ。
それは、なんか、でっけー鳥で――。
……ああ、そう。そうだ。
キャンプのとき、軍曹たちといっしょに戦った、確か〈霊獣〉とかいう……。
《ようやく……ようやく、儂の声を拾えるほどになったな。
間に合って安堵したわ》
(お前は……あのとき、あの聖剣で、えーと、浄化? した……?)
《……然り。おぬしはあのとき、瘴気に侵されていた儂を救ってくれたな。
その恩、儂は忘れてはおらん。
そして、これも運命の導きというものじゃろう――おぬしの手には今、我が宝剣〈ゼネア〉がある。そう、その短剣じゃ。
それがあれば……おぬしが望むなら、儂はこのチカラを貸してやれる。
今こそおぬしに、あのときの恩を返そう――どうじゃ?》
(お前の…………ちから……?)
《……さよう。
――ってゆーか、今さらイヤって選択肢はないじゃろ?
もうどう考えたって、おぬし、詰んどるじゃろが。
さっさと『うん』と言わんかい、死ぬぞ?》
(……言い方……なんか、ムカつく……)
《ぬう……この状況下でまあ、ナマイキな小僧め。よう言うわ。
じゃが、なおのこと気に入った。
――儂のチカラを使え、小僧!
我が宝剣に選ばれし者!
そして、〈創世の剣〉に認められし……我が主たる者よ!》
「……わーかったよ……!」
《――さあ、我が真名を呼べ! 我は〈ガルティエン〉!
生命をもたらし、生命を育み、生命を還す――大いなる風の王なり!》
「……ガルティエン……! オレに、チカラを……っ!」
苦しい息の中、なんとかありったけの力でそう叫ぶと――。
《――今こそ。生命運ぶ風のチカラを、我が主に――!》
〈霊獣〉の声が、頭に響いて――。
すごく、さわやかな風が……ひゅぅっと吹き抜けた。
オレの側を――いや、オレの中を。
その風はそのまま、オレを包むみたいに、流れ、流れて……ついには激しく渦を巻いて――!
それに合わせるみたいに、どうしようもなく痛くて、まるで動かなかった身体に――身体中に、なんか、すげーチカラがみなぎってきた……!
「ぅぅぅ……らああああっ!!!」
多分、実際にはほんの一瞬だったと思う、その風。
それが治まると同時に、手足に力を込めて、身体を起こそうとすると――ビックリするぐらいカンタンに、言葉通りに跳ね起きれた。
信じられねーぐらい、身体が軽い……!
痛みも……ゼンゼン、マシになってる!
でも、なんか違和感があって、手とか、自分の身体を確かめたら……。
「うぅわわっ、なんだコレぇ!!??」
ついでに、壁にあった鏡も見る。
そこに映ってたのは……。
鳥の頭の形をした仮面を着けて、翼もある……なんて言うか、『鳥人間』な感じの、変身ヒーローっぽいヤツだった。
キラキラした、鎧ってか防具を身に付けて、手足も、ちゃんとカギ爪っぽくなってて……腰の周りには、後ろに向かって孔雀の羽みたいなのが広がってて――。
なんだ……なんだコレ……!
なんなんだよコレぇ……っ!
「か――かか、かぁぁぁっっけぇぇーーー!!!
なにコレ、オレ!? オレだよな!!??
すっげ、かっけーーー!!!
メぇっっチャメチャかっけえええーーーー!!!」
《はしゃいどる場合か、バカ者! 娘どもが危ないと言うに!》
「――ぅわわ、分かってるよっ!」
オレは、手の中の、今までと違ってスゲえ光ってるナイフ――〈宝剣ゼネア〉を握り直すと――。
「――らあああっ!」
アリーナーの間近まで迫ってきてた黒いヤツに向かって投げつける。
そして――。
どうしてだか、『それ』が不思議と分かるオレが、意識を集中すると……!
宝剣は、空中で3つに分かれて――。
さらに、壊れた窓を乗り越えてきてたヤツらも含めて、3体の黒いヤツに、誘導弾みたいに軌道を変えて突き刺さった。
そう――どうしてだか、分かるんだ。
どうすれば『戦える』のか。
だから、次にどうするのかも――!
手を突き出して集中すれば、背中の翼から、いくつもいくつも光が放たれる。
そして――
「いっけええっ! 必殺、ライトニングバレットっ!!!」
オレが意識を向けると、その光は宝剣が突き刺さったヤツらを狙って、ビームみたいに次々に襲いかかり――。
あっという間に、全員ハチの巣にして消滅させた。
あとは、戻れって念じると――また1つになった宝剣は、風そのものに変化して、ひゅっと俺の手の中に帰ってくる。
「すげえ……! これなら……!」
いける――! これなら戦える!
コイツらがどれだけ群がってきても……これなら!
――アリーナーと軍曹を、守れる!!!
入り口の方から、窓の方から……。
まだまだ湧いてきやがる、黒いヤツらをニラみつけると、オレは――。
「……来い! もう負けねー……!
この――〈烈風鳥人・ティエンオー〉が相手だぁっ!!!」
今思いついたばっかりの、最高にかっけー名前を、思いっ切り叫んでやった!




