第138話 信じろ! 聖剣が認めた者を、勇者が認めた者を!
魔剣グライファンを追うことになった俺たちは――。
柚景川の河川敷から、まっすぐに最短距離で小学校へと向かうべく、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら移動していた。
――こういうときばかりは、この荒れた天気が幸いした。
姿を隠すことにチカラを使わず、速さだけを追求して、これだけハデな動きをしていても、誰に見咎められることもないからだ。
それはともかく――。
《……どうしよう……わたしのせいで……!》
よほどショックだったらしく、今もまだ、アガシーはしおらしい。
さっき、アガシー自身から聞かされたことだが――。
どうやら、アガシーの身体と亜里奈の側には、武尊がついてくれていて……。
万が一のときのためにと、俺すら言われるまで存在を忘れていた――アイテム袋に残っていた〈風のナイフ〉を武器として預けたらしい。
そしてそれがまた、『悪手だった』と、アガシーは自責の念にかられているのだ。
ヘタに武器など渡したせいで、武尊まで犠牲になってしまうのでは――と。
余計なことを頼まなければ、武尊だけでも逃げられたかも知れないのに――と。
……確かに、もし武尊が、しぶしぶアガシーの頼みを聞き入れていたのだとしたら、それは『悪手』だったかも知れない。
だけど……武尊は子供でも、ガヴァナードが認めたほどの人間だ。
それこそ、武器なんて無くても、いざってときに自分だけでも逃げるだなんて、命令したところで聞かないに違いない。
……なら、〈呪疫〉に対抗出来る武器があることは、むしろ救いのハズだ。
それに武尊は、話を聞く限り、体育祭のときの〈呪疫〉と、キャンプのときの〈霊獣〉と……2度、実戦を経験していることになる。
そして、実戦経験の有無が、生き残る上で大きいことを……俺は良く知っている。
もちろん、それでも状況としてはとてつもなく厳しいし、武尊自身だって、一刻も早く助けてやらなきゃならないのは間違いない――が。
『悪手』どころか、むしろ俺は……。
アガシーのこの報告で、どうしようもないほど最悪と思われた事態に、か細くても、一筋の光明が見えたようにすら感じていた。
《……どうしよう、わたし……!》
「……ったく――。
いつまでもメソメソしてんな、鬱陶しい!!!」
なおも泣き言をつぶやくアガシーを、俺はハッキリと声に出して一喝した。
アガシーは……普段の姿からは想像しにくいが、実のところ、結構なさびしがりやで泣き虫だ。
かつて、聖剣が安置されていた〈聖なる泉〉で、剣の聖霊としての役目を果たすべく、人間の生活に憧れながらも永い時間を孤独に生きてきたからだろう――。
そこから解き放たれ、ようやく手に入れた――本当の幸せが。
人との繋がりが――大好きな人たちが。
今まさに、喪われるかも知れないことが……怖くて仕方ないに違いない。
だが――それなら、なおのこと……!
「……さっきからウジウジと、泣き言ばっかりでうつむいてんじゃねえ!
キサマ、それでも軍人かッ!!!」
《……ゆうしゃさま……》
「返事はイエスだ、もう忘れたのかクソ虫が!!!」
《い――イエシュ、シャーっ!》
俺には――その確かな幸せの中に、お前を連れてきた責任がある。
出来る限り幸せにしてやるって、約束がある。
だから、あの〈聖なる泉〉にいた頃みたいな……。
なにもかもを諦めたみたいな表情、させるわけにはいかねーんだよ!
「キサマは何だ、アガシオーヌ!
タダのか弱い小学生か!? 大したチカラも持たない下位聖霊か!?
――違うだろう!
キサマは、至高の聖剣ガヴァナードを司る、誇りある〈剣の聖霊〉だろうが!
なら――!
その聖剣が認めた、武尊を信じろ! きっと持ち堪えてくれる!
そして――!
聖剣の所有者たる、この俺を! お前の相棒を信じろ!
俺がいる限り……誰も犠牲になんてしない!
絶対に守り抜いてやる!
だから――顔を上げろ! 前を向け!
大切なものが奪われるのを、諦めて、ただ黙って見ているつもりか!!!」
《――――っ!
……い……いえしゅ……! いえしゅ! いえしゅいえしゅいえしゅっ!!
イエシュ、シャーーーッ!!!》
「……噛みまくりじゃねえか」
ヤケクソ気味に、相も変わらず噛みまくりなイエスを、ひたすら連呼するアガシー。
けどその雰囲気に、自分自身への叱咤というか……多少は吹っ切れたものを感じた俺は、ちょっとした安堵とともに、口元を緩めていた。
――そうだ。
状況は最低で最悪だが……諦めるには早すぎる。
だいたい、そんな物分かりが良かったら……。
俺なんて、とっくにどっかの世界でくたばってるってんだ。
そもそも今、こうしてここにいないってんだよ……!
「さて……気合いを入れ直したところ悪いが、勇者よ。
一つ進言させてもらおう」
……俺とアガシーのやり取りの区切りを見計らい、そう口を挟んできたのは、ともに移動中のハイリアだ。
「……ああ。なんだ?」
「ここからは、余が一人で先行する。
キサマは一旦、どこかで変身を解いて回復を図れ」
「――この非常事態にか?」
「だからこそ、だ。先の大技での消耗もあるだろう?
……残念ながら今の余では、あの魔剣を真正面から力でねじ伏せるのは難しい。
どうしても、勇者――キサマの力が、切り札として必要なのだ。
それが、肝心なときに『動けない』では困る」
「……む……」
《……シャクですけど……わたしも同意見です、勇者様。
クローリヒトのままだと、魔法による回復も出来ませんし……。
次こそ、あのクソ魔剣ヤローを確実に無力化するためにも……!》
「――――。分かった」
……2人にそうまで言われちゃ、聞かないわけにもいかないな。
俺は、通りがかったマンションの屋上で足を止めた。
そして――。
同じく、一瞬足を止めて振り返るハイリアに、うなずいてみせる。
「俺も回復次第、すぐに追うから――それまで亜里奈たちのこと、頼む」
《わたしからも……お願いします。
……っていうか、ええ、それぐらいは役に立ってもらわなきゃ困ります……!
仮にも、わたしの兄ってことになってる以上は!》
「……そうだな。泣き虫の妹に鼻声で願われては――な?」
《! だだ、誰が鼻声ですかっ!
泣いてなんかねーってんですよ! がるる!》
ふ、と鼻で笑うハイリア。
……コイツだって当然、心中穏やかじゃないだろうに……こういうときだからこそ、逆に余裕を見せているんだろう。
さすがというか……大したヤツだ。
「では……先に行くぞ。
――聖霊。
聖剣の所有者たる、その勇者を信じたのならば――。
其奴を認め、其奴が認めたこの魔王をも――信じるがいい」
そう言い置いて、ハイリアは――。
言葉通りに、圧倒的な速さで……その場から、影も残さず姿を消した。
* * *
「………………」
ウチが呼び止めるのも聞かずに、クローリヒトとクローナハトは、どこか慌てた様子で離脱していった。
その先を、何となく目で追ってると……。
「……アヤしいね」
能丸さんが、同じ方向に視線を向けながらつぶやく。
「あの大剣を持った〈呪疫〉は、『意思』を持ってるみたいだった。
クローリヒトの言ってた『意思』を。
ハッキリ言って、とても話し合いなんて出来そうにない、邪悪そのものの雰囲気を持ったヤツだったのに。
そして……そのことについて彼は、なんら弁明しないまま、姿を消した……」
「そう……ですね」
ウチは小さくうなずく。
……これまで、何度もクローリヒトと接してきたけど……。
ウチらを騙そうとしてる感じは、せえへんかったと思う。
でも……あの禍々しい剣は……。
――どうなんやろう……。
前に能丸さんが言うてたみたいに、ウチが甘すぎるんかな……。
それとも、あの剣も、もともとはクローリヒトの言うように、穏やかな性質やったのに……なんかのきっかけで、ああして邪悪な力に振り回されてる……とか?
でもそれやったら、確かにウチらを騙してるっていうわけちゃうけど……。
やっぱり〈世壊呪〉は危険やから、滅ぼすしかない――っていう結論になるわけで……。
………………。
ううん……考えてても、分からへんもんは分からへんし……。
正しいと思える道を選び取るためにも――まずは、ちゃんとクローリヒトに話を聞いてみな……!
「……どうなってやがる、あの〈呪疫〉……いや、剣の方か?
明らかに会話してたよな、アレ……」
「『意思』……ですか。
あるいは、クローリヒトの言がアレを指すとすれば……」
考えごとしてたら、少し離れた場所で、〈救国魔導団〉の人らが話してるのが聞こえた。
やっぱり……あの人らも、同じ疑問を持ったみたい。
あの人らはどうするつもりなんやろう、ってちょっと様子を見てたら――。
ヘルメットを通じて、急におばあちゃんから通信が入った。
『……千紗、聞こえるか!?
ついさっき、強力な〈呪〉による結界の発生が確認された!
すぐに向かってくれ!』
珍しく強張った調子のおばあちゃんの声と同時に、ヘルメットの視界の隅に地図が映る。
……この方角は……さっき、クローリヒトたちが向かった方……?
『おばあちゃん……ここ、なんかあるん?』
ウチは声には出さんと、口の動きだけで尋ねる。
このヘルメットは、それだけでちゃんと伝わるように出来てるから。
『……東祇小学校。亜里奈ちゃんたちが通ってる学校だ』
『――――!!??』
『もう5時過ぎ、普段なら生徒は下校してるはずだが……なにせこの嵐だ。
先生たちはもちろん、帰るに帰れなくなって、まだ校内に残っている子もいるかも知れん。
どういう状況か、詳しくは分からんが……結界を作りだしているのが〈呪〉となると、危険な事態に巻き込まれる可能性もある……!』
『……そんな――っ!』
それ自体大変なことやのに、さらにその中に、亜里奈ちゃんたちもおるかも知れへんって思ったら――。
ウチは……血の気が引くのをはっきりと感じた。
助けな――!
何としても、全員、無事に!
今がどういう状況なんにしても、それだけは絶対、確かなことやから――っ!
「――能丸さん!」
「ああ、行こう!」
能丸さんに呼びかけると、向こうもおばあちゃんからのメッセージを受け取ってたみたいで、即座に反応が返ってくる。
そうして、うなずき合ったウチらは――。
期せずして、クローリヒトたちの後を追うように……東祇小学校へ向かうことになった。




