第137話 魔剣の狙い、聖霊の誤算
「――はぁっ!」
カネヒラが飛び回ってかく乱してくれている間に、聖なる力を込めた〈織舌〉の一撃を繰り出して――。
ウチは、赤い〈呪疫〉をなんとか討ち祓った。
「ふぅ……っ」
息を整えながら、まずは能丸さんも無事なんを確認して、それから……。
視線を、川べりで――なんか大きくて不気味な剣を持った、ボスっぽい雰囲気の〈呪疫〉と戦ってるクローリヒトの方に向ける。
かなり強そうな相手やったけど……ちょうど、その瞬間。
クローリヒトの、ホンマに剣を振ったんかどうか分からへんぐらいの――すごい速さの斬撃が、〈呪疫〉を斬り裂いて。
飛ばされた剣だけが――宙を舞って、川の中に落ちる。
「…………」
これまでよりも強いハズの〈呪疫〉たちを大量に、一気に殲滅した凄まじい剣技もやけど……さすがクローリヒト。
やっぱりって言うか、ウチと戦うときとか、ゼンゼン本気出してなかったみたい。
ウチも、初めて会ったときに比べたら、実戦経験も積んだし、おばあちゃんに変身セットをちょっとずつアップデートしてもらったりで、段違いに強くなったと思うんやけど……。
まだまだ、真っ正面から戦って勝つのは……なかなかに難しそう。
……うんまあ……戦わんで済むんやったら、それが一番ええんやけど……。
でも……。
――ウチには……さっきから、気になってることがあった。
あの、〈呪疫〉が持ってた、赤黒く輝く不気味な剣……。
〈呪疫〉なんか比べもんにならへんくらいの、すごく禍々しいチカラを感じた、あの剣。
あれは……間違いなく、言葉を話してた。
笑ってもいた。
その声の雰囲気は、人間のものとは根本的になんかが違う――それこそ呪いそのものみたいな感じやったけど……。
でも確かに、クローリヒトに向かって話しかけてた。
それは……〈呪疫〉ではありえへんかったことで――。
つまりあれは、『意思』を持ってるんちゃうかな、って……。
それで……もし、そうやとしたら――
――『〈世壊呪〉には、意思がある。心がある。
そしてそれは、決して破壊的なものなんかじゃない――』
……七夕の夜にも、クローリヒトはそんなことを言うてたけど……。
あれが――あの禍々しい剣が、もし〈世壊呪〉の末端のような存在やとしたら。
確かに『意思』はある、けど――。
それに、今まさに敵対して戦ってもいた、けど――。
「……クローリヒト……あなたは……」
クローリヒトのあの言葉を……。
どこまで信じてええんやろうか、って――。
* * *
「……王手、だな」
俺は、ゆっくりと慎重に、グライファンが沈んだ場所に近付く。
この大雨のせいで川の水が濁っていて、姿ははっきり見えないが……動いたりすればすぐ分かるはずだ。
逃がしはしない――。
《……なんか……おかしい……》
……何か気になることでもあるのか。
アガシーが、神妙な声でそうつぶやいた、その瞬間――。
《見事、ダ……強者、ヨ……。
ダガ――大イナル『チカラ』、ヲ、手ニスルハ、コノ我――。
……勝ッタハ、我、ダ――ッ!》
耳障りな思念が頭に響いてきたと思うと――。
同時に、水の中から、なにかが――すさまじい勢いで俺に向かって飛んできた!
「――――!」
だが……そんな不意打ちをむざむざ食らってやるほど、俺も甘くない。
特攻してきたグライファンを――俺は逆に、思い切り上空に打ち上げてやった。
「……言っただろーが……ナメんな無機物」
そして、落ちてくるところに強烈な一撃を加えてやろうと、力を溜め――。
《…………! 待って下さい勇者様!
それ……グライファンじゃありません!》
(……なに?)
アガシーの制止に従い、力を抜く。
……ややあって、目の前に落ちてきたのは――。
あの魔剣ではなく、ただの小さな〈呪疫〉だった。
(これは……逃げられた、ってことか……?)
目視はもちろん、気配が動くところも捉えられなかったが……。
今のを目くらましに、自分から〈霊脈〉に沈んだとすればありえる話だ。
《そうみたい、ですが……。
でも、それにしては、あのクソヤローの自信満々の言葉が妙に……。
『大いなるチカラ』って、なにを――》
何か考えをまとめているのか、ブツブツとつぶやくアガシー。
その答えを待ちながら、後方を振り返ると……。
ちょうど全滅したところなのか、グライファンが退くのに合わせて消えたのか……どちらにせよ、残っていた〈剣疫〉相手の戦闘も終了しているようだった。
(……どちらにしてもアガシー、今日は一度帰って――)
《――――ッ! まさか――ッ!!??》
撤収を持ちかけようとした俺の頭に、いきなりのアガシーの大声が突き刺さる。
(な、なんだよいきなり……)
《しまった……! まさか、そんな……ッ!》
アガシーらしくない、怯えたような声。
その思念に合わせて、聖剣も震えているように感じる。
(――いいから落ち着け! どうした!)
《ア……アリナが、今日、体調不良を訴えたとき――『チカラが流れ込んでる』感じはありませんでした……。
だから、関係ないんだと思ってました……!
でも違う――違ったんですよ勇者様……!
逆です……逆だったんです!
アイツは……グライファンはきっと、〈霊脈〉の流れの中で、闇のチカラが集まる、〈世壊呪〉としてのアリナの存在に気付いて、知覚して――。
そして、そのチカラを脇から奪い取っていたんです……!
――そう、アリナにチカラが流れ込んでくるわけがなかったんですよ……!
アイツは、命を、チカラを吸う魔剣としての性質を利用して……その流れを自分の方へと逆転させていたんですから!
……だから勇者様、アリナは今、アイツに――!
アイツに、闇のチカラどころか……〈世壊呪〉としての本質を、その命ごと根こそぎに奪われようとしてるんです!!!》
「「 何だと……ッ!!?? 」」
アガシーの必死の訴えを受けて、俺とハイリアの声が見事に重なった。
――ヤツの本当の狙いが、亜里奈だって……!?
(――くっそが……っ!
とにかくアガシー、俺のことはいい!
すぐに身体に戻って、亜里奈を――)
《……それが……!》
アガシーが、今にも泣きそうな悲痛な声を上げた。
《……戻れないんですっ!
この感じ――小学校に強力な結界が張られてるみたいで……!
恐らくは……グライファンのヤツが……!》
《彼奴め……自分の勝ちだとほざいていたな。
つまりは――亜里奈を逃がさぬよう囲い込む、そのための強固な結界を邪魔されることなく完成させるべく、わざわざ自ら陽動に出ていたというわけだ……。
――やってくれる……!》
――思念による会話は、その性質上、感情が伝わりやすい。
口調こそ冷静ながら……。
ハイリアもまたヤツには珍しく、激昂しているのがはっきりと分かった。
「……じゃあ、アイツは今……!」
《間違いありません……! 〈霊脈〉を使って東祇小学校へ……!
――今あそこにいるのは、アリナだけじゃないのに……っ!》
「――ッ!」
――俺は反射的に、小学校のある方角へ視線を向ける。
それほど遠いわけじゃないが、一足飛びって距離でもなく――。
どうしたって、遅れを取るのは間違いない……!
あるいはそれすらも、グライファンは計算していたのかも知れない。
だが――!
《……勇者!》
(ああ! 行くぞ!)
ハイリアの思念にうなずいて答えると、俺たちは揃って地を蹴る。
「――あ! 待ってください、クローリヒト! あなたには――」
瞬間、シルキーベルが俺を呼び止めようとしたようだが……残念ながら今、足を止めてやる余裕はない。
悪いとは思いつつ、振り切って――その場を離れる。
(……亜里奈……待ってろ……!)
――雨足は地を穿つほどに強まり、風は激しく吹き荒れる。
まだ夕暮れどきのはずの空は――。
ドス黒い雲の下、いよいよ嵐の様相を呈していた。