第136話 邪心剣なる存在、その本質と実力と
「……邪心剣グライファン……」
アガシーが告げたその名を、俺は口の中で繰り返した。
《……魔王と呼ばれた者の誰かが、聖剣に対するために創ったのか――。
それとも、むしろ人間が、聖剣が無くとも魔王に対抗出来るようにと創ったのか――。
その詳しい出自は分かりません。
ただ、確かなことは――》
魔剣について語るアガシーの口調は、いよいよもって厳しい。
《このクソヤローの頭ン中にあるのは、飽くなきチカラへの渇望と、それによる『破壊』のみだってことです。
……なんせ、悪意だけのカタマリですからね――サイテーです》
《……ツレナイ、ナ?
我ハ貴様ヲ、忘レハシナカッタ、ゾ……アガシオーヌ?》
《うっさい黙れ……!
テメーの記憶に残るとか、考えるだけで虫唾が走るってんですよ……!》
《聖霊と同意見というのも癪だが――》
少し離れて、生き残りの〈剣疫〉から俺の死角を守ってくれていたハイリアが、思念での会話に加わってきた。
《……余も気に入らぬな。聞いているだけで不快極まりない、実に見事過ぎる美声だ。
余が王であるときならば、このようなモノ、決して創らせはしなかったのだが》
アガシーほどじゃないが、ハイリアの声からも本気の嫌悪が感じられる。
……思念での会話は、まさに思念を直接やり取りするわけで、普通にしゃべるより、感情とかはダイレクトに伝わりやすいからな……。
しかしかく言う俺も、このグライファンって魔剣の思念に触れてると、じんわりとイヤな気分にさせられる。
そういうのに耐性がない人間なら、体調を崩したっておかしくない。
もはや呪詛レベルだ。
……まあ、アガシーの言う通りなら、コイツは悪意の集合体ってわけで……。
要は、存在自体が強烈な怨念みたいなもんだもんな……。
誰が創ったにせよ、ある意味、憐れと言えば憐れな存在ってやつだが……。
「……ククク……カカカッ!
サア、貴様ノちから……見セテ、ミヨ――強キ者!」
「――っ!」
少し思索に気を取られていると、今度は、その不快な思念をまんま形にしたような耳障り極まりない、しわがれ『声』を発して――。
グライファンを手にした〈呪疫〉は、俺に素早く斬り込んできた。
――その動きは、〈剣疫〉よりもさらに鋭く、力強い。
しかし、向こうは向こうで俺の力量を測っているのか……数合斬り結んだところで、潔く一度距離を取る。
……正直、何か不気味だ。
たとえるなら、感情のこもらない虫のような目で――じっくりと観察されているような……。
《……注意して下さい、勇者様。
グライファンは、ただ意思があるってだけじゃなく……高い学習能力を持っています。
己を手に取る剣士たちはもちろん、その相手の戦い方も学び――そして新たな持ち主に移るたび、それを思念を通じて身に付けさせては、さらに洗練させていく……。
己のチカラを増すために、そんな真似を続けていたようですから》
アガシーのその説明に、俺はふと引っかかりを覚えた。
(……ちょっと待て。
それじゃあまさか、この〈剣疫〉どもの人間めいた戦い方は――!)
《……はい。恐らく、ヤツらの能力の『コピー元』はコイツでしょう。
これはあくまで推測ですが……。
以前の勇者によって次元の狭間に叩き込まれたグライファンは、そのまま消滅しやがれば良かったのに、最悪なことに意地汚く生き延びて、どうにかしてこの世界へ流れ着いたのだと思います。
そして、その本質のせいか、〈霊脈〉の汚染と同化して……強いチカラと意思を持つがゆえに、こうして〈呪疫〉を統率するようなマネをしている――そういうことなのかも知れません》
……なるほどな。
で、いよいよもって、それで破壊欲求でも満たそうってわけか?
ホント、クッソ迷惑な……アガシーが毛嫌いするのも分かるってもんだ。
(……ちなみに、アレの所有者になったらどうなるんだ?)
《なんせ『魔剣』ですからね。
お察しの通り、ヤツ自身が強くなるために利用され、最終的には命を吸われてオシマイです。
まあ……ヤツを超えるチカラの持ち主なら、逆に支配下に置くことも出来るでしょうが……。
――って、まさか勇者様。
コレクター魂がうずいて欲しくなった、とか言わないでしょーね……?》
(言わねーよ! 一応、どういう性質の存在なのか聞いただけだって!)
《正直、勇者様ならヤツを抑え込むことも可能でしょうけど……。
アレが欲しいとか言い出したら、マジで絶交、即、契約破棄ですから!》
(だからいらねーって……。
武器まで呪いの装備にしてどーすんだよ俺……)
……それこそ、シルキーベルに浄化されるっての。
《とは言え……以前の勇者が『次元の狭間に送る』という手段を選んだことからもお分かりでしょうが、アレを破壊するのは容易ではありません。
たとえ勇者様でも、聖剣ガヴァナードが〈真の力〉を覚醒させていない以上、恐らく難しいでしょう――実に不愉快ですが》
(なら……どうする?)
俺の問いに、ハイリアが意見を差し挟んでくる。
《……一度弱らせて、あの〈封印具〉にでも押し込むのがよかろうな。
その後どうするにせよ、手間をかけずに抑え込むにはうってつけだ》
《同意するのはまったくもってシャクですが、ハイリアの言う通りですね。
次元の狭間に――っていう手段は、海への不法投棄ばりに、流れ着いた先で大迷惑になりかねないと判明したわけですから》
(……オーケー。
まあ、うまくいきゃ、ブッ壊せるかも知れないし――)
「とりあえず……やってみるか!」
「クク……カカカッ!
来イ、強者、ヨ……! 我ガ糧、ト――成レッ!」
実に耳障りな――黒板を爪でキーキー引っ掻くみたいな不快感満載のしわがれ声を上げるグライファンに、俺は……遠慮とかはバッサリかなぐり捨てて、叩き壊す気満々で距離を詰める。
《……勇者様、今、グライファンそのものを狙っても効果は薄いと思います!
ヤツのチカラを効果的に削ぎ落とすなら、ヤツを使っている〈呪疫〉を狙う方がいいです!
本来なら、支配下に置いた人間に自分を使わせるのがセオリーのヤツにとって、わざわざあれを創り出し、持続させるのに、間違いなく相応のチカラを消費しているハズですから!》
(――了解!)
アガシーのアドバイスを聞き入れ、俺は初手の一撃でグライファンを外に弾き――さらに踏み込んでの逆袈裟斬りで〈呪疫〉の方を狙う。
さすがに向こうも黙って食らうわけもなく、すんでのところで飛び退いたため、一刀両断とはいかないが……手応えはあった。
これが人間なら、充分に重傷のはずだが――。
〈呪疫〉はニヤリと笑むように口のあたりを裂き……何事もなかったように反撃してくる。
それは、アイツって実は大剣どころか短剣なんじゃないか――なんて思えるほどのスピードでの、巧みに切り返しながらの連撃。
なのに、受ければ見た目相応の重さが伴っているんだから、反則じみて腹立たしい。
受け、さばきながら――思わず舌打ちが出る。
「クカカカッ!」
ついでに、その不愉快な笑い声も頭に来る。
だが――。
「――おい、無機物」
圧倒的な速さと力強さがあれば、押し切れるとでも思ってやがるのか……。
次第に、ヤツのリズムはそれだけを重視したものになり――そしてそうなれば、速かろうが強かろうが、見切るのはたやすい。
そもそもアガシーの言うところからすれば、コイツは剣士の『技』を盗み取り、状況に応じて一番適切だと思われるものを『マネして』いるだけ。
コピー先の〈剣疫〉がそうであるように、どうしたって機械的、単調なところがある。
加えて――いかに速く、強いって言ったって……。
あの、金ピカ勇者ほどじゃねーんだからな……!
「あんまり――」
俺の防御が完璧なことに業を煮やしたんだろう――。
それを崩すべく、強烈な一撃を見舞おうと……ヤツが時間にしてほんのわずか、力を溜めるのを、俺は一手前から見抜いていた。
――だから。
その動きを視認するよりも先に、確信をもって大きく踏み込み――。
「――ナメるなよ……ッ!」
逆袈裟の一閃で腕を斬り飛ばし――『ほぼ同時に』返す刀で、〈呪疫〉本体も真っ二つにしてやる。
限界まで時間差を無くした、神速の二連斬り――。
その名も、〈迅剣・煌顎〉。
(……どうだ――?)
一応、すぐに再生して襲ってくる危険性も考慮して、構えは解かずに残心するも……。
〈呪疫〉はそのまま消滅し――。
グライファンは、〈呪疫〉が振り上げた勢いのままクルクルと宙を舞って――。
川の浅い場所に、ハデな水音としぶきをあげて落下したのだった。