第135話 小さくても、予備軍でも、勇者は決して諦めない
「……センセー、早く戻ってこねーかな……」
なんか台風でも来たみたいな、雨と風でスゲーことになってる窓の外を見てたオレは……。
何となく様子が気になって、ソファで横になってるアリーナーを振り返った。
軍曹が、メーソーだとかで、ソファに座ったまま動かなくなってすぐぐらいに、アリーナーは寝ちまったんだけど……。
寝たらちょっとはマシになるのかと思ったら、息も荒くて……。
だんだん、もっとツラそうになってきてた。
「おい、アリーナー、大丈夫か……?」
声かけても、返事はない。
フツーに寝てるからだと思うけど、オレは医者でも何でもないから、それ以上は分からない。
軍曹は、熱が出てるって言ってたし、確かにそんな感じだけど……。
「……ちょっと待ってろよ」
ズボンのポケットに、いらねーって言ってるのに、かーちゃんがいつもゴーインに押し込んでくるハンカチがあるのを確かめて……隣の給湯室の水道で濡らして戻ってくる。
それを、気休めかもしれないけど、アリーナーの額に乗せてやった。
あと、棚の中に膝掛けみたいなのを見つけたから、身体の上に掛けておく。
カゼ引いたときとかは、身体は冷やしちゃダメだって言われるしなー。
そこまでやって、オレも一つ息をつく。
で……ふと見えた、ズボンのベルトに挟んであるものに手をやった。
軍曹から預かった――〈風のチカラ〉があるとかいう、ナイフだ。
これが普通のナイフじゃない、っていうのは……オレでも、なんとなく分かった。
なんつーのかな、雰囲気……みたいなモンがあったから。
でも正直、もし、あの〈黒いヤツ〉と戦うことになったら、って考えると。
前に使わせてもらった『聖剣』に比べたら……。
「やっぱちょっと……頼りねーよなー……」
多分、メーソーとかしてる軍曹は、良く分かんねーけどきっと、なんか悪いヤツと戦ってて……あの『聖剣』は、今、そっちの方で使ってるんだろう。
だから、しょーがねーんだけど……。
ナイフを握って、なんとなくタメ息をつくと……。
なんか、ナイフがぼんやり光って……握る指にビリッて、静電気みたいなのが走った。
「うわわっ……!?」
……な、なんだよ今の?
まさかコイツ、頼りねーって言われて、怒ってンのか……?
「そ、そーだよな……コレ、魔法のアイテムなんだもんな……。
怒ったりしても、おかしくねー……のか?
――ンじゃ……。
おい、あれで怒るぐらいなんだ、なんかあったらちゃんと役に立てよっ?」
オレはナイフに向かって、一言言ってやる。
――『アリナとわたしを、守って下さい』……。
そう、軍曹に言われたことを思い出しながら。
答えるみたいに、ナイフはぼんやり光るけど……。
それが『はい』なのか『いいえ』なのかは分かんなかった。
まあ、なんとなく……『はい』のような気もすっけど。
「でも実際には、このまま何も起こらねーのが一番なんだよなー……」
オレは、アリーナーの向かいのソファに座ったままの――人形みたいな軍曹を見た。
「………………」
――ヘタにしゃべらなきゃ、アイドルなんかよりずっとカワイイ――。
軍曹のことをそんな風に言うヤツは、男子にも女子にもまあまあいる。
……で、そういうヤツらからしたら、今の軍曹なんて最高にカワイイってコトなんだと思う。
でも、オレは……なんか違うって思った。
軍曹は……何でもかんでも興味持って、バカみたいにやかましいのが……。
どんなコトでも、ホント楽しそうにしてるのが、一番……その……良くて。
だから、こんな人形みたいな軍曹見てるのは……カワイイとか言うよりも、なんか、あんまし良い気分じゃなかった。
「……って! ンだよもう、オレらしくねーなぁ……」
……ヘンなコト考えちまった。
このままジッとしてるのも性に合わねーし、ちょっと外の様子でも見てくるか……。
オレは頭をガシガシ掻きながら、廊下に出て、少し先――本校舎と繋がってる昇降口の方へ行ってみた。
――扉越しでも分かる……外はホントに、台風みたいに荒れまくりだ。
これ、センセーがクルマで近くまで来てくれても、ずぶ濡れになりそうだなー……。
ウンザリしながら、一応どんなもんか確認してみようって、扉に手をかけて――。
「――――っ!」
……オレは、違和感に気付いた。
扉が――鍵がかかってるとかじゃなく、まるで『動くように出来てない』みたいに、まったく動かない。
それに――。
窓から見える、扉一枚向こうの外は、これだけ天気が荒れてるのに――。
……いつの間にか、まったく音がしなくなっていて――。
「なんか――ヤバいっ!」
反射的に、扉の前から後ろに飛び退く。
その瞬間――。
あれだけ動く気配のなかった扉が、バンって、壊れそうなスゲー勢いで開いて……!
その向こう、渡り廊下に続いてるだけのはずなのに――どう見たっておかしい、全体的に黒っぽい紫色に変色した『外』から――。
あの、『影』そのものみたいな……〈黒いヤツ〉が現れた……!
「マジかよ……!? マジで……っ!」
……まさか、本当に出やがるなんて……!
とっさに、ベルトからナイフを抜いて構える。
あの『聖剣』なら、一撃で倒せたけど……!
このナイフは……実際、どれぐらい強いんだ?
……いや、軍曹が預けてくれた武器なんだ、効かねーわけない――!
でも……倒すのにどれぐらいかかる?
それに……アイツ確か、腕伸ばしたり出来るのに、こんなリーチ短いナイフだけで……?
オレの方は、一撃でもマトモに食らったらヤバいかも知れないのに……?
軍曹の助けもねーのに……?
……本当に、オレ…………戦うのか……?
一人で……?
初めて遭ったときは、アレが何だか分からなかったから、ムチャも出来た。
でも、アレがヤバいやつだって分かった今は――。
ヤバい、ってより……怖い、と思った。
「ああもう、くっそ! なんでだよ、なんで……!」
なんか、自然と文句が出た。
ムショーに腹が立った。言わずにいられなかった。
でも――。
――『アーサー、あなたに一つ、お願いをします』
――『アリナとわたしを、守って下さい』
「…………だよ、な…………。
ンなコト言われて――」
オレは――。
ナイフの柄をグッと、思いっ切り握り締めて――。
「……怖えからって、逃げられるかよッ!!!」
ビビらないよう、思いっ切り声を張り上げて――〈黒いヤツ〉に突撃した!
「ぅぅらああーーーっ!!!」
それで、ある程度近付いたところで……ナイフを思い切りブン投げる!
あの〈黒いヤツ〉が腕を伸ばしたりすんのは分かってるんだから――その前に先制攻撃だ!
ブン投げたナイフは、ちゃんと〈黒いヤツ〉に突き刺さって――しかも、しっかり効いてるみたいで……フラフラって、後ろに下がりやがった。
その間に、一気に近寄ってナイフを引き抜き――
「くらえぇっ! 疾風剣ッ!!」
昨日やったロープレに出て来た技名を叫びながら、もう一回……!
体当たりするみたいに、全力で突き刺す!
そうしたら――。
〈黒いヤツ〉は、チリがぶわっと舞い上がるみたいに散って……消え去った。
「――っしゃぁ……! 倒したあっ!」
……ゼンゼンやれる! 戦える!
手応えを感じて、嬉しくなったその瞬間――。
オレは――
「――ぅがっ……!?」
いきなり――ワケも分からず、廊下を何メートルも吹っ飛ばされていた。
「……い……ってぇ……!」
なんとかナイフは手放さずに済んだけど、身体中がメチャクチャ痛い。
でも、このままじゃヤバいと思って、必死に手と足に力を込めて立ち上がると……。
――オレが倒した〈黒いヤツ〉のあとから、新手が出てきているのが見えた。
多分、アイツの伸ばした腕にブッ飛ばされたんだな、オレ……。
「くっそ……! もう次は食らったりなんて――」
しない、って強がろうとしたオレは……けど、それを言い切れなかった。
……目の前の、サイアクの光景を見て。
新手は、1体だけじゃなくて――。
見ている間にも、2体、3体って……増えていたんだ。
しかも――。
「…………ウソだろ…………」
イヤな予感がして、第2応接室の方を振り返ったら……。
そのずっと向こう、廊下の反対側からも……〈黒いヤツ〉がやって来ているのが見えた。
こんなの……ヤバい。ヤバすぎる。
いくらなんでもムチャクチャだ。
バカのオレでも分かる、難易度ハードとかそんなレベルじゃねー……!
……………………。
…………でも…………でも――――!
――『アリナとわたしを、守って下さい』
「…………っ!
ぅぅらああああーーーっ!!!」
オレは、さっきと同じように、一番手近なヤツに、駆け寄りながらナイフを投げつけて――。
ひるんでる間にフトコロに潜り込んで、トドメの一撃を食らわせる。
それで、今度は……。
後ろのヤツが伸ばしてくる腕に当たらないよう、すぐに後ろに転がって――距離を開けてから、立ち上がった。
……そうだ、ムチャクチャだ、でも――!
ムリだって投げ出したら、ゼンブ終わりじゃねーか!
だから――――!
「あきらめて……たまるかぁっ!!!」
ビビりそうになるのを、思いっ切り歯を噛んで、声を出して……抑え込んで。
軍曹のことを、アリーナーのことを、考えて――やるしかないんだって、気合いを入れて……!
オレは……頼みの綱のナイフを、力を込めて握り直した……!