第134話 其は聖霊宿る聖剣、彼は闇纏う凶魔の邪剣
――『強力な〈呪疫〉の気配が現れた』。
ハイリアが俺にそう告げたのは――。
天気が荒れそうだからと、放課後の集まりは取り止め、みんなと別れて家に帰りついたちょうどそのときだった。
「……くれぐれも油断するなよ勇者。
これまでとは明確な『違い』を感じる」
降り出した雨、強まる風の中、変身してその気配を追った俺たちが辿り着いたのは――4日前の夜と同じ場所、柚景川の河川敷だった。
「……ああ。この間より、明らかに難易度上げてきてやがるもんな」
ハイリアの言葉を受けて、俺は指の骨をパキンと鳴らして拳を握る。
川から〈呪疫〉が湧いてきているような構図こそ変わらず……いやむしろ、数で言えば明らかに前回より少ないんだが……。
今日は、色合いがもう明らかに『赤い』。
そう……現れた〈呪疫〉のほぼすべてが、あの〈剣疫〉なのだ。
しかも――今回は。
それら〈剣疫〉の群れの向こうに、まったくの別物がいた。
人型は人型だが、自らの腕を刃のように変えている〈剣疫〉とも違い……。
濃密な闇のチカラがそのまま形を成したような――真っ黒な大剣を携えた〈呪疫〉が。
《………………。
なにか、アイツ……妙な気配がするような……?》
遠目に観察していると、頭の中でアガシーがぽつりとつぶやく。
(……妙な気配?)
《あ〜……すいません、近寄ればもう少し分かるのかも知れませんけど》
(……そうか。なら、そのことは後回しだな。
――それよりもアガシー、小学生のお前たちの方が先に帰ってると思ったんだが……家にいなかったな?
まだ学校か? なにかあったのか?)
《あ、えっと、それはですね――》
アガシーは、亜里奈と一緒に、担任の先生の手伝いをしていて遅くなったこと――。
そして天気が崩れたので、その先生が車で送ってくれることを簡潔に説明した。
《あと……アリナが、この間の七夕のイベント準備とかで疲れが溜まってたんでしょう、体調を崩しちゃって……》
(! 大丈夫なのか?)
俺は思わず、〈呪疫〉どもをニラみ付ける。
まさか、〈世壊呪〉として、コイツらの影響が出てるってことは……。
《わたしもその辺は警戒しましたけど……。
アリナには闇のチカラの流入なんてゼンゼンなかったので、単なる過労だと思います》
(……そうか)
ひとまず胸をなで下ろす。
まあ……でも、体調が悪いのは確かなんだろうし。
帰ったら、また、おかゆでも作ってやるか……。
「そうなると、今日は初めから飛ばして――ちゃっちゃと片付けないとな……!」
「ああ……行くぞ」
俺はハイリアとうなずき合うと、〈呪疫〉どもへと突撃していく。
その動きに呼応するように、結界内には――。
シルキーベルと能丸、それに〈救国魔導団〉のブラック無刀と、道化師姿のポーン参謀が続けて飛び込んできて――。
まさに4日前の再現のごとく、俺たちは誰言うともなく自然と、対〈呪疫〉共闘戦へとなだれ込むのだった。
「――1体でも厄介な赤いヤツが、こんなに来る、なんて……!
いきなり、いくら何でもハードだよ……ねッ!」
「っ! 能丸さんっ!」
「ひひ、姫ぇ〜っ!」
〈剣疫〉と斬り結ぶ能丸、その死角をカバーするように回り込むシルキーベル、それをさらにフォローしようと飛ぶ武者ロボのカネヒラ――。
しかし、サポートが主な役目だろうカネヒラには、明らかに〈剣疫〉の相手は荷が重い。
防御に徹してもさばききれず、2体の〈剣疫〉から、一気に押し込まれるところを――。
「貸しだぞ、武者ロボ!」
俺は脇を駆け抜けざま、まず1体を斬り捨てる。
続いて、反応した2体目の斬撃を、蹴りで弾き――その反動を利用した回転斬りで、胴から真っ二つにしてやった。
「かか、かたじけのうござるぅ〜!」
「お前は小さくて素早いんだ、防御に回るぐらいならかく乱に徹しろ!
それが結局は主を守ることにもなる!」
アドバイスついでに、側にいたもう1体を突きで消滅させ……俺は一番奥のボスキャラっぽいのに向かって、群れの中心へと突っ込んでいく。
その背中に、さらにシルキーベルの律儀なお礼の言葉も飛んできたが……それには手を振って応じるに留めた。
一方、〈救国魔導団〉の面々は……。
「ハッ、単なる澱み風情が……ナメてンじゃねーぞ!!」
「いいですよブラック、そのまま猪突猛進でお願いします……!」
「――おいコラ、誰がブタだ!」
「……イノシシですって。
まったく、ウマとシカなんですから」
「ああ? ウマとシカとか何のキメラだっつーんだよ……!」
「まさしくキミのことですよ……」
……なんか、思い切り漫才やらかしてる気もするが……。
そのくせ、戦闘行動そのものは、恐ろしく息が合っていて堅実だ。
ブラックが、まさしく獣のごとき素早さで、1対1にこだわらず〈剣疫〉どもを翻弄しながら、縦横無尽に拳による一撃を加えていき――。
同じく身軽な動きで適度に距離を保ちつつ、ポーンが火炎弾や短剣を使い分けて、弱った〈剣疫〉に確実にトドメを刺していく。
しかも、確かハイリアによれば、ブラックは〈人狼〉で……ポーンは〈夜の子〉って話だったな。
どちらも、ただの人間に比べれば圧倒的に生命力が高いわけで……多少のダメージはものともせず動けるから、こういう乱戦にはめっぽう強いみたいだ。
「さて……それでは余も、今出せる微力を尽くすとするか……!」
――本来のチカラが出し切れない今の状態では、それが最善だからだろう。
俺のサポートをするような形の立ち回りをしていたハイリアだが――。
次の俺の動きを計算してやがるらしく、群れの中心に近付いたところで前に出た。
「……火の園、才にて災断つ師、厄灼きて遣らう――」
そして、呪文の詠唱とともに、手と指で印を描き、魔力を集積させていく。
それは、本来のハイリアなら、そんな準備行動すら必要としないばかりか、複数同時展開すら可能だった中位の魔法だ。
けど今の状態だと、安定して発動させるには正式な手順を踏む必要があるんだろう。
それでも……さすが、って言うべきか。
俺が同じレベルのものを使うときよりも圧倒的に早く――魔法を完成させる。
「其の名、聳焔! 燔燎の塞、炮烙の顎、藩の啖……!
――〈火園ノ焚城〉!」
バッと右手を突き出すハイリア。
合わせて、業火の柱が幾つも噴き上がり、連なり、壁となって広がり――。
逃げ遅れた〈剣疫〉たちを灼き尽くしながら、群れを後退させて空所を作り出す。
「――今だ、やれクローリヒト!」
「ああ――!」
呼びかけに応えて、俺は生み出された空所に文字通り跳び込み――。
地面に、聖剣を突き立てる。
そして――。
「ぉぉおおおおお…………ッ!」
大地のものと、自らのものと……その二つのチカラが溶け合うようなイメージで、内なる闘気を爆発的に練り上げていき……。
それが頂点に達したところで――。
「閃剣――」
天をも両断する勢いで、一気に聖剣を振り上げる!
「臥竜冥逆咆ッ!!!」
ただの剣風ではなく、大地をそのまま引っこ抜いて振りかざすように、噴き上がる膨大なエネルギーをまとった聖剣の一閃は――。
降りしきる雨を止め。
空を覆う黒雲に一条を裂き。
刹那、前方に群れていた〈剣疫〉たちを、その逆巻き天に昇るエネルギーの奔流に巻き込んで――文字通りに消し飛ばした。
「ふぅー……っ」
大きく息を吐き出しつつ、剣を引き戻し――残心。
《……ひっさびさに、勇者らしい本気を出しましたね》
(ま……こういうときぐらいはな。
――しっかし、たまには技名とか思いっ切り叫んでみるもんだなあ。
ちょっとこっぱずかしいけど、スカッとした)
さて……まだザコも多少残ってるが、これでボス(っぽいヤツ)への道は開けた。
俺はあらためて、一気にボスへと距離を詰める。
近寄るとよく分かるが、ボスは色こそ〈呪疫〉らしく黒いものの……。
〈剣疫〉よりも大柄で、さらにはっきりとした人型をしている。
そして、その手には――闇そのもののような、一振りの漆黒の大剣があった。
〈呪疫〉には意思がなくても、集まって巨大化したりと、学習能力みたいなものはありそうだってハイリアも言ってたしな……。
この剣も、俺たちと戦う中で学んだものなのか……。
それとも、この間アガシーが危惧していたように、〈霊脈〉の汚染に、これまでとは違う何かが関わっているってことなのか……。
「どちらにせよ……これ以上おイタはさせられないんでな!」
様子見を兼ねて、速度重視で袈裟懸けに斬りかかる。
当然というか、ボスは――常識的に考えれば鈍重そうな大剣を軽々と振るい、俺の一撃を打ち払った。
まあ、剣の形をしただけの〈闇のチカラ〉だっていうなら、質量なんてロクにないだろうしなあ……。
そのわりには、受けた聖剣を通して、しっかりと重みを感じるところが卑怯というかなんというか――。
そんなことを考えていると、俺の頭の中で……アガシーが声を漏らした。
それも――コイツにしては珍しい、本気で驚愕しているらしい声を。
《……!? ウソ、これ……この感覚……!》
(? どうしたアガシー、何か分かったのか?)
俺が尋ねるも……。
その答えを聞く前に、今度はボスの方から仕掛けてくる。
舌打ち混じりにその連撃を受け止め、さばき……合間に蹴りを入れて、強引に一旦仕切り直した。
《――!! やっぱり……やっぱりだ! 間違いない……!》
(おい、アガシー! 一体何が――)
俺の質問に答える代わりに、聖剣ガヴァナードは勝手に動き――その切っ先を、相手の大剣の方へと向けた。
そして――
《……テメぇぇ……ッ!
生きてやがったか、グライファン――ッ!!》
アガシーは相手に、怒鳴るような思念を叩き付ける。
すると――。
意思などないはずの〈呪疫〉の顔、その口元のあたりが……。
明らかな嘲笑の形に、ニヤリと裂けた。
そして……まとわりついていたものが剥がれ落ちていくように。
闇そのものだと思っていた大剣の、外を覆う闇の部分だけが滴り、消え落ちていき――。
あとには、美しくも禍々しい装飾に飾り立てられた……。
明らかに〈呪疫〉などとは一線を画す、確かな実体としての――赤黒く不気味に輝く大剣が姿を現した。
《……久シイ、ナ……アガシオーヌ……》
「――――ッ!?」
コイツ……しゃべった!? 〈呪疫〉が!?
《……しゃべったのは〈呪疫〉じゃないですよ、勇者様――》
アガシーの意思で、聖剣の切っ先は大剣を指し続ける。
――え、つまり……この〈剣〉……なのか?
《……そうです。ヤツは〈邪心剣・グライファン〉……。
勇者様より数代前の勇者が、次元の狭間に叩き落としてやったハズの――》
そう答えるアガシーの声は――。
ハイリア相手に憎まれ口を叩くときとは、まるで別物の――。
《……膨大な数の人の悪意・邪念を徹底的に凝縮して創られた――》
明確なまでの嫌悪に、彩られていた。
《……最低最悪最凶の、『意思持つ魔剣』です……!》