第133話 整理整頓より簡単な残業……何もなければ
――事の発端は……。
廊下の隅で人知れず頭を抱える、我らが担任喜多嶋夏子――なっつん先生を見つけたことでした。
どーしたのかと聞けば、以前調子に乗って教頭先生から引き受けた仕事を、すっかり忘れてしまっていたそうで。
本来なら、ちょっとずつ進めておいて、夏休みまでに余裕を持って終わらせるハズが……。
そもそも引き受けたこと自体忘れていたおかげで、夏休みまで一週間というこの時期になっても、まったくもって手つかずなのだとか。
「……まあね、直接みんなの授業とか学校行事に影響するようなことじゃないから、出来なくてもそんなに問題じゃないんだけど……。
『やります!』って自分から言っちゃったからなあ……」
……で、肝心の仕事ってのがなんなのかを聞いてみますと……。
一言で言ってしまえば、『書庫の整理』とのこと。
実は、本校舎にある図書室と、それに隣接する書庫以外に、今ではあんまり使われてない東校舎の方に『第2書庫』というのがあるらしく――。
なっつん先生が引き受けたのは、そちらの方の整理だったのです。
――で……。
「うう……みんな、今日はホントにありがとね……!
今度、コンビニスイーツでもおごらせてもらうから……!」
「――え、マジで!?
よっしゃ、じゃオレ、〈ムキムキ君〉のラムネ味!」
「……せっかくのコンビニスイーツなのに、わざわざ駄菓子屋さんで事足りるヤツを選ぶとか、安上がりだね朝岡……」
「えーっとね~……じゃ~あ~……。
厳選ロールケーキと、厳選ミルクレープと、厳選チーズケーキとぉ〜……!」
「うん、見晴ちゃん、数で攻めるなら『厳選』からは離れてあげて……?」
「……〈龍乃進〉監修・限定肉味噌そば」
「真殿くん、スイーツの意味知ってる!?」
――なっつん先生の申し出を受け、思い思いの希望を述べるメンバーに……いちいちツッコむのは苦労性のアリナ。
……そう。
なっつん先生の窮状を知ってしまった以上、わたしは、その大いなる慈悲の心を以て、日頃の恩返しも兼ねて助けとなるべく……!
いつものメンツを集めて、みんなでお手伝いすることにしたのです――!
「あ、それじゃわたしは、ミラクルプレミアムフルーツタルトを――」
「それ、コンビニにあるまじき値段のヤツでしょーが!
慈悲の心どこいった! ちょっとは遠慮しろ!」
「……ちぇー」
――さて、肝心のお仕事の内容と言うと……。
数年前、今使われている図書室をリニューアルしたのに合わせ、特に古い本をこちらに移したそうなのですが……。
とりあえず本棚に押し込んだだけ――みたいにゴチャゴチャになってるそれらの本を、一旦抜き出し、あらためて、背表紙に貼られた識別番号を頼りに整理していく……というものです。
ただ、そもそもこの東祇小学校自体、歴史が結構古いらしく……。
その『古い本』の数が相当なものになってるのが、まあ問題だったりします。
「……にしても、ホントに古い本ばっかりですねえ。
せめて、薄い本とかあればいいのにー……」
「――う、薄い本っ!? あったの!?」
「…………」
わたしは――。
作業しながら何気なくつぶやいた独り言に、それはもう、ものすンごい早さで反応した人を、ゆっくりと首を回して見やります。
「…………」
「…………」
「あ、な、なんでもないよー?
そうだよねえ、薄っぺらい本ばっかりだったらもっと楽なのにねー、あははー!」
取って付けたような愛想笑いを浮かべて、本棚の向こうへぴゅっと姿を消したのは……なっつん先生。
……ほほう、そーですかー。
なっつん先生、実はそっちに造詣の深いお人でしたかー……。
………………。
……思いも寄らない収穫でした。
これはこれで大っ変興味深いので、後日詳しく教えを乞うとしましょう。
もしかしたら、お子さまお断りの薄い本とか見せてもらえるかも知れませんしね。
そう……いったい何がどう『お子さまお断り』なのかを知る良い機会というものです!
――で、その後。
マリーンとミハルが、用事があるらしく先に帰ってからも、わたしとアリナ、そしてアーサーの三人で、さらに1時間ほど整理を手伝っていたのですが……。
さすがにまだまだ終わりそうにないし、いい加減遅くなるから――と、今日のところは切り上げて、続きはまた後日、になりました。
「……でもみんな、ホントにありがとね!
おかげで、なんとか期日までに終わりそうだよ〜……感謝感謝」
「いつも入れない部屋に入れたし、なんか探検みたいでけっこー面白かったぜ!」
「うむうむ、まったくいい生徒に恵まれたよな? なっつん!」
「こらアガシー、調子に乗るな……っ!」
いつもの調子でわたしの頭をはたこうとするアリナ――でしたが。
「あっ、とと……?」
豪快に空振りした……と思ったら、そのままペタンと。
力無く、床にヒザを突いてしまいました。
「……アリナっ?」
わたしも姿勢を下げて、即座にその身体を支えます。
……いつの間にかアリナの顔は赤らんで、呼吸も荒く……目もぼうっとしていて……。
額に手をやれば……この間のカゼのときと同じ感じが。
「アリナ……熱がありますね。
七夕のイベント準備とか頑張ってましたし、疲れが出たんじゃないですか?」
不安がらせないよう、少し冗談めいた調子でそんなことを言いつつ……精神を集中して、アリナに流れる『チカラ』を探ってみます。
もしかしたら、闇のチカラが大量に流れ込んできていて、その影響が出た――とかかも知れないと警戒したのですが……。
不幸中の幸いというか、その兆候はありませんでした。
どうやら本当に、カゼか過労か……普通の体調悪化で、少なくとも、〈世壊呪〉としての悪影響ってわけではなさそうで、ひとまず安心。
「おい、大丈夫かよ、アリーナー?」
「あ……うん、だいじょうぶ……。
あ〜……アガシーが言うみたいに、疲れが出ちゃったのかなあ……」
「とりあえず、保健室に行こっか? 歩ける?」
なっつん先生が手を貸して、アリナを支えながら書庫を出ます。
わたしとアーサーもそれに続きますが……。
「「「 ……うわー…… 」」」
廊下に出た途端――。
みんなして、いっせいにそんな声をもらさずにはいられませんでした。
第2書庫は、窓は天井近くに採光窓がある程度の造りだったので、外の様子がまるで分からなかったわけですが……。
なんとまあ、いつの間にか外は雨になっていて……。
しかも時間に見合わない異様なほどの暗さから、これからさらに降りがキツくなっていくだろうことは、誰の目にも明らかって状態でした。
「……これじゃ、保健室行こうとしても渡り廊下で濡れちゃいそうだね……。
みんな、今日は傘とか持ってきてないよね?」
なっつん先生の質問に、各々うなずくわたしたち。
まあ、朝はからりと晴れてましたから……。
――と、言いますか……。
この空模様……なんか、気に食わないですね――。
「だよね……。うん……それにこの天気じゃ、傘があっても危なそうだし……。
そもそも先生の手伝いがなかったら、降り出す前に帰れたんだし……。
――よし、先生の車でみんなを家まで送っていくよ!
その方が、みんなのお家の人に連絡して迎えに来てもらうより早そうだしね」
なっつん先生のその提案は、願ってもないものでした。
熱が出てるアリナを、どしゃ降りの雨の中帰らせるのも忍びないですからね。
まあ……最悪、魔法使えば雨除けぐらい何とかなりますけど……。
――ともかく、そんな感じに話がまとまったので……。
なっつん先生が一旦職員室に戻ってアレコレと帰る準備を済ませ、この東校舎の一番近いところへ車で迎えに来るまでの間、わたしたちは待っていることになりました。
……で、なっつん先生が「ここなら」とわたしたちを案内したのが、1階にある広めの『第2応接室』。
今では応接室としては使われてないそうですが、給湯室と隣接しているので、先生たちがたまに休憩場所として利用しているようで……。
ソファも適度に掃除されていて、熱でツラそうなアリナを待ってる間寝かせておくにはちょうど良さそうでした。
あとは、ここでしばらく待っていれば良かったんですが……。
――やっぱり、というか、そうもいかなくて。
「……アーサー、ちょっと来い」
わたしは、ソファにアリナを寝かせると、小声でアーサーを廊下に連れ出します。
「?……どうしたよ軍曹」
――『ハイリアが、強力な〈呪疫〉の発生を感知した』
つい今し方、勇者様から入ったばかりの連絡を思い返しながら、わたしは――。
すべてを丁寧に説明している余裕はないので、自分がしばらくちょっとした瞑想のような状態になって、あまり動けなくなることをアーサーに告げます。
その上で――。
以前、ハイリアの話によれば、わたしが勇者様の『剣』である間、アリナが〈呪疫〉に狙われたこともあるそうなので……。
わたしは、一つ、決心をしていました。
正直を言えば、色んな意味で気は進みませんが……。
「……そういうわけで、わたしはしばらく戦ったり出来なくなります。
だから……アーサー、あなたに一つお願いをします」
そう言ってわたしは、手の平の上に――アイテム袋の底の方に眠っていたものを現出させます。
それは……かつて、勇者様がアルタメアで冒険を始めたばかりの頃、わたしですら名も知らない、古びた遺跡で見つけた――というもの。
ちょっとした〈風のチカラ〉が宿っているけれど、それ以上のものでもなく、骨董品としての値も付かなかったので、思い出の品としてアイテム袋にしまわれていたナイフ――。
「もしも――。
もしも万が一、わたしが戻るまでの間に、あの〈黒いヤツ〉が現れたら――」
その風のナイフを、わたしは……アーサーに託しました。
「……アリナと、わたしを――守って下さい」