第132話 テストは晴天、空は曇天、予感は……
「うっひょー……! 見ろよ裕真、コレ!
結局、全部赤点免れたぜ! 補習もナシだ!」
「……全部、ギリっっギリだけどな」
「いや〜、もう、さっすがオレ! やっぱ頂点に立つオトコは違うわ〜!
なにこの土壇場力! 思わずホレちまうな! な!?」
「……あ〜、ホレるホレる。ホレるわー。
いやー、俺が男で、しかもすでにカワイイ彼女がいてザンネンだわー」
「ンだテメー、さりげなく自慢してんじゃねーぞ!
まあ、オレ様の土壇場力がスゴすぎて、つい対抗したくなる気持ちも分かるがな、ふっははは!」
テストの答案用紙を振りかざして浮かれまくるイタダキが、俺の背中をバシバシと叩く。
……いやもう、たいっっっっへんに、ウザい。
――七夕も終わって、数日。
結局……今までにないほどの数が、一度に現れたせいか――。
七夕の夜以来、〈呪疫〉は発生していなかった。
亜里奈に流れ込む闇のチカラも、ここのところむしろ減少傾向にあるようだし……。
打ち止めとはいかないまでも、それなりに〈霊脈〉の汚染が沈静化した、ってことなのかも知れない。
このまま亜里奈の〈世壊呪〉としてのチカラ(そう表現していいのかはまだよく分からないが……)も消えてくれればいいんだけど……。
まあ、さすがにそれは楽観が過ぎるよなあ……。
〈救国魔導団〉は引き続き魔獣を使った汚染を進めるはずだし……。
〈霊脈〉の汚染と言えば、七夕の夜に現れた、これまでにないあの剣士みたいな〈呪疫〉――〈剣疫〉について、アガシーが魔導団以外の『何か』による影響の可能性を示唆していたからな……。
……で、それはさておき。
ようやく今日、期末テストが全部返ってきたわけだが……。
とりあえず俺も、赤点で補習、って事態は避けられた。
……いやむしろ、全体的に60〜70点代とか、俺にしちゃ頑張ったと思う。
まあ……夏休み、少しでも多く鈴守と過ごすためにって、必死だったからな!
「――ほれ、お前も見てみろよハイリア!
どーよ、この頂点に立つべく選ばれたオトコの底力……。
いやさ、むしろ『頂点力』は!」
――俺の次は、ハイリアに絡んでいるイタダキ。
……そう。
テスト中はさんっざんに青い顔してやがったから、てっきり補習確定と思われたんだが……。
なんとコイツ、全教科において赤点スレスレで、地獄からの生還を果たしやがったのである。
まあ、それはいいんだが……。
その喜びようのウザいことウザいこと……。
「……ほう? なかなかに見事ではないか。
ところで……一ついいか、フケンコー?」
「マ・テ・ン・ローな! あと、オレ様は健康優良児だ!」
「……バカはカゼ引かねーからなあ……」
「うっせーぞ裕真! テメーも似たようなモンだろが!
――ンで、なんだよハイリア?」
「うむ。この英語のテストだが……」
ハイリアは、イタダキの答案用紙を一枚、机の上に置く。
……さて、そう言えばそのハイリアだが……。
週明けの月曜日から、あのサラッサラの腰まである長い銀髪を、肩の下あたりから三つ編みにするようになっている。
で、これがまたうちのクラスに限らず、多くの女子からカッコイイと好評だ。
……いやまあ、この超絶イケメン野郎だと、なにをやっても大体そうなる気もするけど。
しかし、急に何を色気づいたのかと思ったら……。
どうやら、亜里奈が関わっていたらしい。いつの間にか。
今朝は自分で編んだみたいだけど……それまでの3日ほどは、朝、亜里奈が鏡の前で教えながら編んでやってたからな。
……ちなみに、その様子を……。
アガシーが壁の縁をガジガジ囓りつつ、怨念を込めてニラみつけていたことを付け加えておく。
……まあ、それはともかく。
ハイリアが抜き出したイタダキの答案は、英語のテストのものだ。
点数は30点。
ぴったりギリギリの赤点回避、赤道直下である。
これがどうしたのかと思ったら……ハイリアは解答欄の一つを指差した。
「――これだな。ここの記述問題。aがeになっているのに丸がついている。
マテンロー、キサマの悪筆のせいだろうが……採点ミス、というわけだ」
「ンな、なぁにぃぃ~っ――!?」
近くにいた俺たちは、揃って答案を覗き込む。
「あー……ホントだ。これは明らかに間違いだね」
衛がうんうんうなずいた。
……え。
と、いうことは……。
「さて……どうするマテンロー?
ここでバカ正直に採点ミスを先生に報告にいけば、キサマは補習決定だ。
……黙っておくか?
まあ、所詮は1点、軽微なミスでしかないしな?」
答案用紙を前に硬直しているイタダキに……。
ハイリアは、ニヤリと悪い笑顔を浮かべながら囁く。
「ぬ、ぬぐぐぐぐ…………ううおおおおッ!!!!
オレ様を見損なうんじゃねぇ~っ!
補習が怖くて間違いを見て見ぬフリとか、頂点に立つオトコの品位にかかわらあ~っ!
素直にセンセに首差し出してくるぜ、コンチクショォォーーー……ッ!!!」
案の定、と言うか……。
血涙でも流しそうな勢いでそう言い切って、答案用紙に手を伸ばすイタダキ。
しかし、それを――指摘した当のハイリアが遮った。
「ンだよハイリア! 今さらオレの決心は変わらねーぞ!?」
「……安心しろ、キサマは処刑台に上がる必要はない」
言って、ハイリアは答案の別の場所を指差す。
そこは、ちょんとハネられているが……。
「……あ。それ、ホントは正解だね。1点プラスだ」
「そういうことだ。
――おめでとう、マテンロー。どのみちお前は補習を免れた、ということだ」
「……ンな……っ!」
絶句するイタダキを前に、ハイリアは愉快そうに笑った。
「くっそ、テメー、オレを試しやがったな!?
この魔王め……!」
「まあ、その通り、魔王だからな。
――しかし、さすがは『頂点に立つオトコ』。
実に見事な心意気であった……まこと、感心したぞ?」
「……お? お、おう――まあな! そりゃあな!
ンだよ、さっすが、お前も王ってだけあって、良く分かってるじゃねえか!」
憎々しげな表情を一転。
機嫌良くハイリアの肩を叩くイタダキを見て……。
「……チョロいな」
「……チョロいね」
俺と衛は、ごくごく自然に、揃ってうなずいてしまっていた。
「ふーむ……まあマテンローのヤツも補習は免れたみたいで……一応は良かったって言ってやるべきなのかねー」
……そうして、ハイリアに絡んでいるイタダキを生温かい目で見ながら近付いてきたのは、毎度のごとくおキヌさんだ。
「おキヌさんたちはどうだった――って、聞くまでもないか」
おキヌさんはなんやかんやで頭も成績も良いし、鈴守はマジメに勉強してるし、沢口さんは目立たないように『狙って』中の中の成績を取るようなタイプだし……。
いつもの女子3人については、補習なんてまあ有り得ないって話だ。
「……おうとも、カンペキだぜ~!」
ニンマリとVサインのおキヌさん。
「……おっ? おキヌ、お前らも大丈夫だったか! 良かったじゃねーか!」
そして一番危なかったヤツが、一番余裕だったみたいな顔で手を挙げている。
「よっしゃ、祝いだ!
ファミレス行こーぜ、今日はオレ様がドリンクバーをおごってやるよ!」
「えー……?
そこは〈龍乃進〉の肉盛りそば、とか剛気なこと言おうよー」
「アホか衛! オレにそんなカネがあるわけねーだろ!」
「お金のないお金持ちキャラとか、ホントにザンネンダッキー……」
「……ザンネン言うな! ダッキー言うな!」
また始まった、イタダキと衛のいつも通りのやり取りを見ていた俺は――。
「…………?」
ふと、話の輪から外れた鈴守が、窓際で空を見上げていることに気が付いた。
――席を立って近寄る。
「……鈴守、どうかした?」
「うん……。
今日はあんまり寄り道せんと、はよ帰った方がええんちゃうかな、って……」
真剣な表情をした鈴守に言われて、外を見て――。
いや、わざわざそうしなくても、その言わんとしていることはすぐ分かった。
朝には普通に晴れていた空が……いつの間にか、真っ黒で重苦しい雲に厚く覆われている。
合わせて、外は急速に暗くなり始めていた。
――まだ午後、しかも初夏だってのに、もう日が落ちたみたいなレベルだ。
これは……一雨来そうだな。
しかもこの感じからすると、いったん降り出せば、一気にバケツをひっくり返したような土砂降りになるだろう。
いや……それどころか。
この黒雲を見ていると、何か――。
「台風が来てる、なんて話はなかったよな……?」
「うん。それどころか、朝の天気予報やと、関東一帯は今日は晴れやったはず……」
鈴守は不安げに、胸元に当てた手を握り締めていた。
「まあ……天気予報だって万能じゃないし、ゲリラ豪雨とかだってあるしな。
どっちにしろ、朝の様子じゃ誰も傘なんて持ってきてないだろうし……降り出す前にさっさと帰った方が良さそうだ」
鈴守を安心させようと、努めて明るく言ってのけるも……。
そうやね、と返してくれる笑顔には、やはり陰りが差したままだ。
天気が大きく崩れそうなこと――。
それ以上に何か、別の……もっと大きな不安を感じているかのように。
そして、それは――俺も同じだった。
この黒雲を見ていると……妙な胸騒ぎを覚えるのだ。
「……勇者。どうにも……イヤな空気になってきたな」
同じように、窓際へ……俺の傍らにやってきたハイリアが、そっと囁く。
それに、「ああ」と答え――。
俺は、まだなにか賑やかにやり合っているイタダキたちの方に、平静を装って表情を作りつつ振り返る。
そして――
「……夜を待たずに湧きやがるかもな……〈呪疫〉が」
ハイリアにだけ聞こえるよう、小声でつぶやいた。
あるいは、もしかすると。
〈呪疫〉だけじゃすまないんじゃないか――。
――そんな、イヤな予感を乗せて。