第130話 晴れてても、逢ってることに気付かない織姫と彦星
「……あれ? 西浦さん」
閉店後の片付けも済ませたし、ちょっと店の前を掃除しておこうって、ホウキ片手に外に出ると――。
見知ったスーツ姿のおじさんが、こちらにやってくるところだった。
「やあ鳴ちゃん、こんばんは。
――お父さんはいるかい?」
「えっと、それが……今夜は『お仕事』に」
わたしは、一応周りを警戒して――当たり障りのない言葉で答える。
……どこで誰が聞いてるか分からないから。
「ン……そうか。間が悪かったな……」
「もうしばらくしたら帰ってくると思いますし、中で待ってて下さい」
「……いいのかい? もう閉めたんだろう?」
「大丈夫ですよ。
……お冷しか出せませんけどね?」
「――なら、ジョッキでお願い出来るかな。
この季節、スーツで歩き回るとさすがに暑くてね」
わたしの冗談に、そんな風に笑って返す西浦さんを連れて店に戻ると、カウンター席の電気だけ付け直して……。
座った西浦さんに、冷蔵庫に入れていたアイスコーヒーを、大きめのグラスに氷と一緒にたっぷりと注いで出す。
「お……ありがとう」
西浦さんは美味しそうに、コーヒーを一口飲んで……大きく息をついた。
そして、暗い店内を見渡して言う。
「それにしても……鳴ちゃん。
いくらお父さんが元は〈勇者〉とはいえ、こうして待っているのは……やっぱり心配だろう?」
「そうですね……。お父さん、〈勇者〉って言っても、魔法使い系だし。
なのに、シルキーベルは魔法少女でも前衛系みたいだし、クローリヒトも、お父さんの魔法のことを知ってるみたいだけど、基本は剣士みたいだし……。
そもそも、お父さんが〈勇者〉だったのはもう20年近く前の話だしで……。
今日は黒井くんが一緒ですけど、やっぱり……心配は心配です」
「まあ、そうだよなあ……」
西浦さんのグラスの中で、氷がカラン、と音を立てる。
……わたしにも、戦えるチカラがあったら……。
西浦さんの質問に答えるわたしは……改めて、そんなことを思わずにはいられなかった。
お父さんはイヤがるだろうけど……。
そうすれば、わたしももっと役に立てるのに……。
「……ああ、そうだ。
ちょうど鳴ちゃんに聞いておきたいことがあったんだけど……」
「――え? あ、はい、なんでしょう?」
西浦さんの言葉に、わたしは慌てて思考を引き戻す。
「鳴ちゃんの先輩の……赤宮裕真くんのこと。どう思う?」
「えっ!? ど、どう思う、って……!」
……ええ、えええ!?
なな、なんで西浦さんがそのこと知って――
――って、あれ……ちょっと待てよ……?
一瞬、『好きなのか?』って聞かれた気がしてうろたえちゃったけど……。
「……? どうしたんだい?」
「あ、いいえ、何でも!」
……やっぱり、っていうか……。
西浦さんの態度を見る限り、そっちのことを聞いたんじゃないみたい。
いや、でもまあ、考えてみれば当たり前だよね……。
いくらお父さんの友達だからって、西浦さんがそんなこと聞いてどうするんだって話だし。
「赤宮くんと、クローリヒトの関係性について、なんだけど……」
……そう、そっちだよね、そりゃあね!
あ〜、危なかったぁ……。
もしカン違いしたままだったら、余計なコト言っちゃうかも知れなかったよ……。
「実はね……鳴ちゃん。
明確な証拠があるわけじゃなくて、まだまだカンに近いものなんだけど……。
私としては、彼――赤宮くんが、クローリヒト本人である可能性も、決して低くないと見ているんだ」
「!――センパイ、が――?」
安心して緩んでいたわたしの気持ちが、一気に引き締まる。
「まあ、あくまで可能性だよ。言ったように、明確な証拠があるわけでもないからね。
――でも、ほら……。
この間の体育祭のときも、質草くんが事前に感じていた〈呪疫〉の気配が、後で黒井くんが確認にいくと、何者かに消されていたらしいし……」
「そ、その、〈呪疫〉の処理が、いつのことかは分かりませんけど……!
昼休みから午後にかけてなら、センパイ、結構競技に出てましたし……一番時間のかかる最後のリレーにも……!
それに、そうでなくてもクラスの人たちと一緒にいたみたいだから……センパイに、そんなヒマはなかったと思います……!」
なんだか反射的に、少し早口になってまくし立ててしまうわたし。
もしかしたら、すごい不審なんじゃないかって思ったけど……。
西浦さんはあまり気にした風でもなく、苦笑混じりにうなずいていた。
「まあ、そうだよなあ……。
そこで明確に怪しかったりしたら、とっくに鳴ちゃんが気付いてるか」
つい……。
つい、センパイがなにか、悪いことをしているみたいな――そんな風に疑われてるって感じがイヤで、かばうような言い方をしちゃったけど……。
でも――でももし、西浦さんの言う通りなら。
センパイが、クローリヒト本人なら――。
そうじゃない方が良いって思いと、同じぐらいの強さで……。
わたしは……。
そうであってくれたら、とも思っていた。
だって、もし、そうだったなら。
わたしは、鈴守センパイよりも、ずっとセンパイの近くにいける――。
……鈴守センパイに、勝てる見込みもあるのに――って。
* * *
「…………」
「…………」
――俺とシルキーベルは……何だかまだ、ビミョーな空気の中にいた。
2人してこの場に取り残されてから、まだ1分と経ってない――ハズなんだけど、もう何分もこうしてる気がする。
なんだろう……別に、もういっそのこと気にすることなく、さっさと引き上げちまえばいいのに、ヘンに名残惜しいような感じもするというか……うーん。
クローリヒト変身セットの呪いで、体力ガリガリ減少中なんだけどなー。
「…………」
「…………」
「「 えっと 」」
なんとなく、言葉を探して黙っていた俺たちは――。
まあ間の悪いことに、何か言おうと口を開くのも同時だった。
「……っと! すまん、なんだ?」
「――あ、いえ! どうぞ、あなたから……」
――ついでに譲り合ってしまう俺たち。
……うんまあ、このままだとラチが明かないのは明白だったので……。
俺は一つ咳払いして、男らしく(?)先陣を切ることにする。
「今日は、七夕で……星がキレイに見えて良かったな、と」
「…………」
「…………」
……あ、ヤベ。
なんか、つい、思いっ切り気安いこと言っちまって――。
また怒らせたかな、って後悔しかけたら。
「……そうですね。織姫も彦星も良く見えます。
この天気なら……2人が逢えない、ってことはなさそう」
思ったよりも穏やかな声で、シルキーベルは応えてくれた。
それが、ちょっと予想外で……俺は、思わず少し言葉に詰まる。
「あ、ああ……まあ……せっかくの1年に一度の機会なんだしな。
――で、えっと、あ~……どれがそうだったっけ?」
「……分からないんですか? あっちですよ……あれ。
一番明るいのが琴座のベガ、そう、織姫と……そこから、右下にずっと、結構大きく下がっていって……ベガほどじゃないけど、他よりは明るいのが、鷲座のアルタイル、彦星です」
俺の間の抜けた質問に、シルキーベルは東よりの空を指差し、律儀に一つずつ教えてくれる。
「まったく……夏の大三角って、学校で習ったでしょう?」
「……星座とか覚えるの、苦手なんだよ。
まあ、けど……ありがとな」
「……っていうか、こういう話は、その……。
か、彼女さんとデートしてすればいいんじゃないですかっ?
――そういう人がいるなら、ですけど……っ!」
「……そうだな。それが出来れば一番だったけどな」
俺は星空を見上げながら相づちを打つ。
そう……それが出来たら、鈴守も――。
きっと、さっきのシルキーベルみたいに、マヌケな俺に、星のことを優しく丁寧に教えてくれたんだろうなあ……。
「でも、それならお前も……彼氏と過ごしたかったんじゃないのか?」
「そ、それは……!
だけど、状況が状況、ですし……」
もごもごと答えるシルキーベル。
つい勢いで言っちまったけど……彼氏のことは否定しないんだな。
まあ、中学生ならいてもおかしくないか……。
いや――って言うか。
むしろなんかコレ、俺たちがデートしてるみたいじゃないか……?
……見た目が、黒ずくめの不審者と魔法少女っぽいコスプレだけど……。
――って、イヤイヤ!
俺が、鈴守を差し置いて他の女子とデートとかありえん!
ない! ないから!
「――ああ、そうだ!
それでシルキーベル、お前の方は……なんて言おうとしたんだ? さっき」
「……ふぇっ!?」
俺が話を振ると、なんかスゲえ素っ頓狂な声を上げて、ぴょん、とばかり跳ねるシルキーベル。
そして――
「なな、なんでもないです!
大したことじゃないです、もういいです!」
妙に慌てた様子で、両手をぶんぶん横に振っていた。
……え、この子、まさか……。
俺と同じこと言おうとしてた、とか……?
「あ! そそ、それじゃあ、そろそろわたしもこれで……!」
「ん、あ、ああ……」
これ以上の追求を逃れようとでもするように……。
くるんと勢いよくきびすを返し、ついに立ち去ろうとするシルキーベル。
しかし……何歩も行かないうちに立ち止まり、肩越しにこちらを振り返った。
「クローリヒト……。
以前も聞きましたけど……あなたに、考えを変えるつもりは……ないんですよね?」
「〈世壊呪〉のことか?」
「……はい」
「ああ……ないな。絶対にない。
お前と同じく、俺にも――大切な、守るべきものがある。そういうことだ」
「……そう……ですよね。
うん、なら……わたしも、改めて言っておきます。
――わたしが最終的に選ぶ、正しいと思う道は……やっぱり、〈世壊呪〉を滅ぼす道かも知れません。
そして、そうなったらわたしは、覚悟を決めて〈世壊呪〉を犠牲に――」
「ならねーよ」
「…………え?」
俺が、その発言に被せるように言い切ってやると、シルキーベルは目を丸くする。
「……ならない、って言った。
もし、お前が〈世壊呪〉を滅ぼす道を選ぶとしても――。
俺が、そうはさせない。決して。
〈世壊呪〉は守り抜くし――お前みたいな人間の手を、汚させもしない。
だから……誰も、犠牲になんてならない」
「………………。
クローリヒト、あなたは――」
「……?」
「わたしの良く知る人に……似ている気がします。ちょっとだけ」
「……奇遇だな。俺もそう思うことがある。
――ちょっとだけ、な」
少し弾んだ声のシルキーベルに、声で笑いかけてやると――。
向こうもまた、口もとに小さく、微かな笑みを浮かべて。
それじゃあ、と簡素な挨拶だけを残し……その場から、立ち去っていった。