第129話 共闘後――三陣営会談とその行方
――場には、緊張を伴った妙な沈黙が降りていた。
それもそのはず……。
共通の敵である〈呪疫〉を殲滅した今、俺たちは三つ巴の状況に戻ったからだ。
……とはいえ、あれだけ大群の〈呪疫〉を相手にしたばかりで、それぞれ消耗しているからだろう――。
互いに警戒しているものの、さすがに、今からさらにもう一戦――なんて空気じゃない。
なので……良い機会だと、俺は改めて問いかけることにした。
「お前たち……〈世壊呪〉から手を引く気はないか?」
〈救国魔導団〉、そしてシルキーベルたち……。
2つの陣営を見渡して、俺はさらに思いを述べる。
「〈世壊呪〉には、意思がある。心がある。
そしてそれは、決して破壊的なものなんかじゃない。
ごく普通の、日々を懸命に生きる人々となんら変わりのないものだ。
それを、その宿してしまったチカラが危険だから、と滅ぼす――。
あるいは、自分たちにとって必要だから、と犠牲にする――。
……本当に、それでいいのか?
他の道を模索する気はないのか?」
「「 ……………… 」」
俺の言葉に、両陣営の4人は、それぞれ考えをまとめているのか、しばらく押し黙っていたが……。
やがて、ブラックが一番に口を開いた。
「あいにくだがオレは、見知らぬヤツのために目的を捨てるようなお人好しじゃねえ。
……そりゃあな、わざわざこうやって〈呪疫〉を処理して回ってるぐらいだ、関係ねえヤツを巻き込むなんざ真っ平ゴメンだし、犠牲を増やしたいわけでもねえ。
だが、それが『必要』なら――。
オレは、まずオレの守るべきヤツらのために、〈世壊呪〉を犠牲にするだろうよ」
そうして、ブラックが視線を向けると……。
サカン将軍も、うなずき返す。
「そもそもが、我らが欲するのは世界を滅ぼすという『チカラ』そのものだ。
それは、仮に意思の疎通が出来、そして対話で平和的にチカラを分けてもらえたとて……その程度で足りるものではない。
チカラとは、存在の根幹を成す――いわば命そのものこそが、最も強大だからだ。
……私とて、それを得る以外の方法はないかと考えてはみたがね……残念ながらどうしても、〈世壊呪〉が必要という結論に変わりはないのだよ。
――多くの命を守り、さらに、今後の無為な争いを避けるためにも」
「……まずその言い分が、どこまで信用出来るかわからないけどね」
小さく首を振りながら口を挟んできたのは、能丸だ。
「別世界から迷い込んできた者たちを保護するための異空間を築く……だったっけ、アナタたちの目的。
それがそもそも本当に平和的に利用されるものかも分からないし、だいたい、そのために〈世壊呪〉なんて危険なものを欲するところがまたアヤしいよね」
「あぁ? テメー、ケンカ売ってンのか……?」
能丸の挑発的な発言に、ブラックが一歩踏み出すが……。
即座に、将軍が手を伸ばしてそれを制する。
続いて、能丸がその言葉の矛先を向けたのは俺だ。
「……それにクローリヒト。
そもそもキミの言い分が正しいって証拠が何もない。
〈救国魔導団〉が、〈世壊呪〉のチカラを利用して良からぬことを企んでいる可能性もあれば――キミだってそうかも知れないわけだ。
そして、万が一、キミの言う通りだったとしても――〈世壊呪〉と話し合って和解するようなことが出来たとしても、だよ?
世界を滅ぼすっていう、危険なチカラそのものが消えるわけじゃない。
なにかのきっかけで、〈世壊呪〉自身の意思とは別に、そのチカラが暴走したりするかも知れない。
それなら……やっぱり一番確実なのは、〈世壊呪〉を祓ってしまうことだ。
――そうだろ? シルキーベル」
「……わたしは……」
能丸に話を振られたシルキーベルは、一度そこで続く言葉を呑み込んでから……改めて、意を決したように口を開く。
「能丸さんが言うように、そんなチカラを放ってはおけないと思ってます。
わたしの……大切な人たちを、守るために。
だけど――」
シルキーベルは、俺の方に顔を向けた。
「クローリヒト、あなたの言うことにも共感しています。
わたしも……出来るなら、無益な争いはしたくないし――犠牲が出ないなら、それに越したことはないから」
「……シルキーベル」
「だから、わたしは……見極めてみるつもりです。
わたし自身の目で見て、心で感じて――そうして、本当に正しいと思える道を。選ぶべき道を。
大切な人が……わたしならそれが出来ると、背中を押してくれたから」
「シルキーベルは優しいね。でも――」
能丸が、俺に刀の切っ先を突きつけながら、間に割って入ってきた。
「それなら、クローリヒト。
ここまで言ってくれるシルキーベルの信用を得るためにも、〈世壊呪〉でもキミ自身でも……正体を明かすべきじゃないか?
それが出来ないのは、後ろ暗いところがあるから……じゃないの?」
「…………」
正体――か。
確かに、それを隠して信用しろと言うのも難しい話なのかも知れないが……。
《……早まるなよ勇者》
どう答えたものかと考えていると――。
近付いてきたハイリアが、アガシーがやるように、口には出さず思念で俺に忠告してくる。
《ことがお前や余だけの問題ならばまだしも、中心にいるのは亜里奈だ。
このまま亜里奈に〈世壊呪〉の秘密を明かさず、余計な気負いもさせることなく、守り抜くには――》
(……分かってる)
俺が小さくうなずくと、ハイリアも満足げにうなずき返し――。
半歩、俺の前に進み出た。
そして……フン、と能丸に向かって鼻を鳴らす。
「――片腹痛いな、能丸。
滅ぼすと言い切り、刃を向けられて……わざわざ身を晒すバカがどこにいる?
信用うんぬんといった話を出すのなら、まずはそれを納めよ。
そして――正義と信を問うなら、まずは己がそれを示せ」
「そんな邪悪な力をまとって、信を示せないような相手に、自分をさらすバカもいない――。
そう答えておくよ」
ハイリアに真っ向から反論しながらも、能丸は素直に刀を納めた。
そして――
「……これ以上は時間のムダだね。
――シルキーベル、キミのその優しさ……くれぐれも、利用されないように気を付けた方がいいと思うよ」
「……能丸さん……」
くるりと背を向けると、そのまま、闇の中へと立ち去っていく。
さらに――
「……つまり、結局は……。
やはり我らの主張は互いに平行線、というわけだ――残念ながら」
「ふん、オレはハナからこうなると思ってたぜ、クローリヒト。
――喉を食い破られたくなけりゃ、次までに〈世壊呪〉を差し出す準備をしとくんだな」
続けて、〈救国魔導団〉の2人も――。
話し合いの余地はないことを念押しした上で、将軍の転移魔法によって姿を消した。
「………………」
……やっぱり……訴えかけるだけじゃ無理があるか。
なにか、具体的な手段を講じたりしないことには、説得も――。
将軍たちが消えた後を見つめながら……。
小さくタメ息混じりにそんなことを考えていると。
なにか、焦った感じのする思念が2人分、いきなり俺の頭に飛び込んできた。
《――ところで勇者。余は、ばば殿に頼まれた手伝いがあってな……。
もういい時間だ、先に戻るぞ》
《むおっ!? そう言えば、わたしもママさんのお手伝いをしなければです!
おこづかいのためにも、遅れるわけには〜っ!》
(……え? あ、おい――っ!?)
そうして……呼び止める間もなく、さっさと――。
ハイリアは、大きく後方に跳んで、そのまま夜の闇に紛れ……。
アガシーも、勝手に聖剣をアイテム袋に戻し、本来の身体へ帰ってしまった。
「………………マジか」
ま、まあ、今日は七夕で、〈天の湯〉もいつもより忙しいからな!
手伝いを亜里奈一人に押し付けるわけにもいかないし、急ぐのも分かる。
分かるけど……。
それを言うなら、実の長男の俺こそ、さっさと帰って手伝わなきゃいけないんじゃないか?
なのに――。
「…………」
「…………」
……立て続けにみんなして帰りやがるから。
最後の2人になった俺とシルキーベルは、ふとお互い向き合って……。
そして多分、向こうもだと思うが……。
「…………」
「…………」
タイミングを逸した、とでも言えばいいのか。
なんとなーく……「それじゃあ」と気軽に別れづらい――。
実にビミョーな空気の中に、取り残されてしまったのだった。




