第128話 七夕〈呪疫〉殲滅共闘戦! ~その2~
――改めてサカン将軍の方を見やれば、相当な魔力が集中しているのが分かる。
戦闘開始当初はわりとハデに暴れていた〈救国魔導団〉の2人が、途中からあまり目立った動きを見せないと思っていたら……。
どうやらブラックが護衛に専念している間に、将軍が強力な魔法を完成させていたらしい。
一向に減る気配がない〈呪疫〉を、一気に吹っ飛ばそうってわけか。
しっかし……。
わざわざ、魔法の影響範囲に入るな――って、一応は敵対関係にあるはずの俺たちに注意喚起するあたり、あのオッサンも律儀だよなあ……。
「ほう? メガリエントとやらの高位魔法か!
これは見物だな……!」
妙に弾んだ声でそう言って、ハイリアは――。
土の下位魔法で地面を操って手のように変化させ、近くにいた〈呪疫〉を数体、ポイポイっとサカン将軍が指定した魔法の範囲内に放り込む。
ふーむ、しかし……詠唱内容までは聞こえないから確証はないけど……。
サカン将軍が扱うのが、メガリエントの魔法でも古式で……あの腕の動きと指定した範囲、それと、以前使っていた魔法から得意な系統を推測すると……。
〈メガリア術法マーシア定式F7型AF-A-15『燎原を成す炎風』〉
……辺り、かな? 使おうとしてるのは。
《……なにそれ長い!》
俺の心中のつぶやきに反応して、アガシーが素っ頓狂な声を上げる。
(まあ……それがあっちの世界の流儀だからなあ。
ん〜……でも一応、メガリア術法ってのはスタンダードだから、実際はわざわざ表記する必要はなくて……。
マーシア定式ってのもM式で略せるし、属性複合と強度を表すF7ってのも省いてもいいはずだから……。
結果としては、〈M式AFA15〉だけでもいけるんだが)
《……ぬう……! なんと、まさかそっちの方で略すとは!
しかしそうすると、なんか兵器っぽい感じでカッコイイじゃないですか!
やるなメガリエント……!》
……などと、アガシーがヘンなところに食いついている間に――。
「――消え去れ……〈穢れ〉よ!」
サカン将軍は、魔法を発動させていた。
両手を突き出すと同時に、高々と噴き上がった『光』そのものが、凄まじい勢いの津波のごとく――。
宣言通り、扇型に大きく広がりながら一気に――数多の〈呪疫〉たちを呑み込み、たちまちのうちに掻き消していく。
なんというか、超水圧で汚れを押し流したみたいで……。
まさしく、キレイさっぱりだ。
しかし、うーん……予想は外れたな。
実際は――
〈メガリア術法マーシア定式F8型LW-A-03『穢れ流す光の波濤』〉
……だったか。想像以上に気合い入れたな将軍。
《ふむ……それはつまり、〈M式LWA03〉ってわけですね!》
もう理解した、とばかり、得意気なアガシー。
だが……実は、そういうわけでもないんだなコレが。
(いや……それが、強度レベル8を超えるとだな、安定性において改良の可能性が高くなるってことで、略称にはXを付ける決まりが……。
しかも、古式のマーシア定式となると、また別の法則が適用されて――)
俺が丁寧に説明してやろうとすると……。
それをさえぎり、さっきとは打って変わって、アガシーは不満げに喚きだした。
《――なんなんですかもう、ややっこしいですねえ。
イヤがらせかってンですよ!》
その文句は、まさに小学生の頃、メガリエントで魔法を猛勉強させられていた俺が、幾度となくぼやいたことと同じだったので――。
つい、ふっとその頃を思い出して、小さくタメ息をついてしまっていた。
(……そのややっこしいのを徹底的に叩き込まれたんだよ、俺……)
一方、ハイリアはというと……。
「ふむ、ほう……! 属性の複合を、主と副ではなく、同位において行うか……!
しかも調整が難しいだろうそれを、術式において安定させている……?
実に興味深いな……!」
いかにも楽しげに、「あとで詳しく説明しろ」と言わんばかりに、期待に満ちた眼差しで俺を見てくるが……。
――すまん、ハッキリ言ってムリだ。
俺のは基本、教科書のテストに出るところだけ丸暗記したみたいなモンだからな……人に教えられるほど、論理的に深いところまで理解してるわけじゃない。
それこそ、マーシア定式なんてクソ難解な理論の生みの親だっていう、サカン将軍本人に聞いた方がいいだろう。
俺なんかよりよっぽど、きっちりかっちりと教えてくれるハズだ。
……ってか、この2人……。
実は魔法談義とかすると、すげー気が合うんじゃねーかなー……。
「……おら、お前ら! ぼーっとしてんな!
将軍のおかげで一気に片付いたんだ、残りもさっさと蹴散らすぞ!」
――そんなこんなで、俺たちが、魔法の効果を確認していると……ブラックが声を張り上げた。
そうした、なーんか調子に乗った三下っぽい言い方で急かされたせいか、俺たち(シルキーベル陣営含む)は、誰ともなく口々に――
『お前が言うな!』
……的な文句をブラックに向けて言い捨ててから、改めて、俺たちと距離が近かったおかげで難を逃れた、残りの〈呪疫〉の処理にかかっていく。
(……そういえばアガシー……。
お前、さっきこの赤っぽい〈呪疫〉のこと、なにか言おうとしてたよな?)
――そう、将軍がさっきの魔法の注意喚起をする直前のことだ。
アガシーがなにか気が付いた風だったのを思い出した俺が、再び、あの赤っぽい〈呪疫〉と真剣に斬り結びながら問うと……。
アガシーは、「ええ」と肯定した。
《今もこうして、動きを観察していて思うんですが……。
実は他の赤っぽいヤツもこれまで、同じような状況になると、ほぼ同じ動きをしているんですよね。
だから、なんて言いますかコイツら……。
人の魂を取り込んだ――じゃなくて、そう――。
『剣士としての動き』そのものをコピーして貼り付けた、みたいな……》
(それは、つまり……ロボットに動きをプログラムする、みたいな感じか?)
《そうですね……そんな感じ……でしょうか》
アガシーは曖昧に肯定する。
そう、あくまで『そんな感じ』――なんだ。
戦っていて思うが、コイツらの動きはとにかく機械的、ってわけでもない。
妙な人間臭さがある。
だがもちろん、完全に人間的でもなくて――。
言うなれば……『人間的な動作』を、『機械的に』おこなっている――というのが、一番近い表現だろうか。
(でも、それじゃあ、そのコピーの大元はどこから来たんだ?
これまではこんなヤツは出てこなかったのに?)
《……そんなの、わたしにだって分かりませんよ。
ただ、〈霊脈〉の汚染から生まれ出る〈呪疫〉に、これまでと明らかに違う大きな変化があった、ってことは――》
(……これまでと違う何かが、〈霊脈〉の汚染に関わっている……?)
《可能性の一つでしかありませんけどね。
少なくとも、アリナには目に見えるような影響は出ていませんでしたし……。
今のところ、ですけど……》
(………………)
アガシーの言葉に、そこはかとない不安を感じながら、俺は――。
袈裟懸けに必殺の一撃を見舞おうとする〈呪疫〉を――。
向こうの刃を打ち払いつつ、返す刀で――今度こそ真っ二つに斬り捨ててやった。
……他にも、残る連中の中にまだその赤っぽい〈呪疫〉――剣士みたいだから〈剣疫〉とでも呼ぼうか――はいたんだが……。
「……よし、シルキーベル!
僕が牽制するから、強烈な一撃、食らわせてやって!」
「――分かりました!
カネヒラ、能丸さんのサポートお願い!」
「いい、いえす、御意〜っ!」
……そんなこんなで、シルキーベルが能丸と協力して討ち祓う(実はひっそりハイリアが、下位魔法で敵の動きを抑制したりと手を貸していたが)と、戦況は一気にこちら側に傾いた。
さすがにそろそろ打ち止めってことなのか、川から新たに湧いてくる〈呪疫〉も徐々に減り……。
それからものの数分で、ようやく――。
俺たちは……共通の敵である〈呪疫〉の処理を、成し遂げたのだった。




