第127話 七夕〈呪疫〉殲滅共闘戦! ~その1~
――広隅市を貫く一級河川、柚景川の河川敷にて。
雲一つ無い、晴れ渡った星空の下――。
俺たち、シルキーベル、そして〈救国魔導団〉……〈世壊呪〉を巡って争う三者は。
こればかりは共通の敵であるらしい〈呪疫〉の大群を前に――互いに期せずして、肩を並べる形になっていた。
「……まったく、無粋だよなあ……」
思わず、俺の口からはそんな不満がこぼれる。
――なにせ今日は7月7日。
ばっちり七夕当日の、日曜の夜である。
まあ別に、鈴守とデートの約束をしてたとか、そういうわけじゃないけど……。
なにもこんな日に、しかもこんな大発生しなくても――とか、やっぱり思ってしまう。
「……エクサリオとやらはいないようだな」
俺と背中合わせに、漆黒のローブに仮面という〈クローナハト〉としての装いで立つハイリアが、さっと周囲を見渡して小声で告げた。
〈救国魔導団〉は、サカン将軍とブラック無糖……もとい無刀。
そしてシルキーベルの仲間は、あのカネヒラって武者ロボ使い魔の他は、いつものように能丸一人。
……確かに、この場にあの黄金勇者はいない。
まあ、もしいれば、わざわざ確認するまでもなく、すぐにそれと気付くだろう……たとえ面識なんてなくても。
金ピカ具合はもちろんだが……威圧感がケタ違いだからな。
「で……それはともかくハイリア、お前、戦えるのか?」
俺も小声で質問を返す。
――どうもハイリアは、本人によると、〈人造生命〉による身体に移ったばかりのため、魔力が予想以上に落ち込んでいるようなのだ。
〈人造生命〉の身体が、言うなればハイリアの魔力に『慣れていない』とのこと。
それは、そもそも高い魔力を持つ亜里奈の身体にいた頃の方が、はるかに強い力を振るえた――ってぐらいらしい。
「ふむ――はっきり言って、今はまだ上位の魔法はまずムリだな。
中位ですら、複数同時展開は難しいだろう。
つまり、圧倒的な力による蹂躙は不可能――というわけだ。
だがまあ……だからこそ、前回仕掛けたハッタリが活きるというもの。
――立ち回りで強者を演出すれば、勝手に周りが勘違いして、必要以上に警戒してくれるであろうよ。
〈呪疫〉が相手では、そこはあまり関係もないやも知れぬが……要は戦い方一つ。
……案ずるな勇者、キサマの足を引っ張るような真似はせぬとも」
ハッタリって……ああ、アレか、初めて〈クローナハト〉を名乗ったときの……。
確かにあのとき、ハデに魔力は使わず、そのくせスゲー実力者っぽく振る舞ってたな。
しかし、それはともかく、相当な実力低下は事実なハズだけど……。
ハイリアは気にした風もなく、余裕の笑みすら口元に浮かべていた。
一瞬、もう強者な演技をしているのかと思ったら……どうも本気で笑っているようだ。
「……なんか楽しそうだなオイ……。
でも、そういう事情なら――身体が適応するまで、ムリに戦いに出たりしないで、引っ込んでた方が良かったんじゃないのか?」
「――いや、逆だ。
なればこそ戦場に出た方が、この身体がより早く余の力に『慣れて』くれる。
……もっとも……。
最終的にそうして、余の力が本来の状態まで戻るのかと言えば――否、だろうが」
「…………」
まあ、『本当の身体』は喪われたわけだしな……。
いわば仮初めの身体じゃ、どうしたって限度があるってことか……。
――なんとなく、かける言葉を見失う俺。
するとハイリアのヤツは……。
そんな俺の態度がいかにもバカらしいとばかり、せせら笑った。
「――なにをつまらぬことを気にしている?
そもそも勇者、キサマも余も……願いは、こちらの世界で『チカラ』を振るうことではないハズだ。
ゆえに、本来の力が取り戻せぬとて、それはほんの些末事……そうであろう?」
――――そうだった。
今は確かに、〈世壊呪〉を――亜里奈を守るために、ある程度のチカラが必要ではある。
けど逆に言えば、その必要以上のチカラがあったからと言って、それだけでこの状況をどうにか出来るってものでもない。
そして――。
本当に大事なものが、単なるチカラじゃないってことは……。
誰より、俺とハイリアだからこそ、身に染みて分かっていることだもんな。
「…………だな」
俺も、ふふんと笑い返してやると――。
背中合わせのまま、ハイリアと拳の背を軽く打ち合わせた。
――そうこうしている間にも、川から湧き出すように、〈呪疫〉がどんどんと数を増して迫ってくる。
俺たちも含めた3陣営は、それぞれの動向を警戒するように注意を払いつつ――。
誰からともなく、雄叫びを上げ――。
群がる〈呪疫〉を相手に、戦いの火蓋を切った!
「……しっかし……今日はまたしつこいっつーか……!」
――正確に数えていたわけじゃないけど、おそらく20体近くを斬り伏せたところで……俺は思わずぼやいてしまう。
俺が20体なら、その間に他の面々が倒した分も含めれば、間違いなく50を超えていることだろう。
……だけど、今日の〈呪疫〉は減る気配を見せない。
バケツの底が抜けたよう……とは言うが、まさにそんなレベルで、次から次へと川から――もう川の水がそのまま打ち寄せるかのような勢いで湧いてくる。
しかも――だ。
そのほとんどが、これまでと変わり映えしない、いかにもな〈呪疫〉なんだが――。
《――勇者様、左後方!》
(分かってる――!)
頭に響くアガシーの声――その示す方を振り向きざま、聖剣を薙ぎ払う。
普通なら、それで充分一刀両断出来るはずが――。
そちらにいた、どこか赤みがかって見える〈呪疫〉は……。
剣のように鋭く変化した腕で俺の一撃を受け流し、さらに勢いを殺すためか飛び退いてみせる。
……そう。
今回は、群れの中にときどき、こうした明らかに強力な個体が混じってるんだ……!
見た目も、いかにも〈澱み〉の具現化といった感じの不定形をしている基本型に比べて……ソイツらは、きちんと四肢がある、極めて人間に近い姿をしていた。
(……どう思う? アガシー)
《……そうですね……人間の魂を取り込んだとか、そんな感じはしません。
それに、明確に知性があるわけでもないようです。
そういう意味では、なるほど〈呪疫〉なんですけど……》
アガシーの推察を聞きながら俺は、目の前の強い〈呪疫〉が振り下ろす、剣のような腕を打ち払い、ガラ空きの土手っ腹に蹴りを入れて吹き飛ばし――。
そのスキに、ちょうど逆方向から、2体ほどを長杖で貫きながら突進してきたシルキーベル……その背後を狙っていたヤツらを、まとめて斬り捨ててやる。
ありがとうございます、と小さく俺に礼を言いながら……。
シルキーベルはシルキーベルで、改めて、俺の背後をカバーするような位置に陣取ってくれた。
さらに、ハイリアが、そして能丸が……。
邪魔をする〈呪疫〉を蹴散らしながら、互いのパートナーの横手の死角を消すように回り込む。
(しかし、この赤っぽいヤツの動き……。
人間の、それもかなり熟練の剣士を相手にしてるみたいだぞ……?)
体勢を整えて斬りかかってくる赤っぽい〈呪疫〉の一撃をいなし、返す刃で一気に斬り捨てようとするも――。
向こうもそれを承知していたと言わんばかりに、ギリギリで身を翻して退がり、致命傷を避ける。
……いかにも『らしくない』動きだ。
《……今の動き……さっきも……?》
「――諸君! これより私の前方、扇型を広範囲魔法で一気に殲滅する!
ケガをしたくなければ、影響範囲に入ってくるなよ!」
アガシーのつぶやきに、どういうことかと問い直そうとしたその瞬間――。
戦場に、サカン将軍のシブくてイイ声が響き渡った。