第126話 星に(あれやこれやと十人十色で雑多な)願いを
そして――流しそうめん大会のあと。
やっぱり、これ無くして七夕は語れない、短冊への願い事。
みんな、思い思いに短冊を書いて、笹に吊して……。
「「「 ……………… 」」」
……で、結局、みんなして――。
お互い、何を書いたかって検分しあうわけなんだよなー……。
・『 目立ちませんように 』
……という願い事そのものを、さらに小さーい字で目立たなーく書いてあるのは……沢口さんの短冊だ。
みんなして、一様にうなずく。
いかにも、というか……らしい。
納得という以外にない。
・『 彼女が出来ますように 』
「「「 普通だな 」」」
イタダキ、おキヌさん、沢口さん、ハイリア、武尊、アガシーの無情な感想がキレイに重なった。
「い、いいでしょ別に!」
必死に手を振り回して抗議する衛。
そこへ――
「でも衛さんなら、普通に大丈夫そうなんだけど……」
「うん~、彼女さんとか普通にいそう〜」
「ウチも、国東くんは普通にモテると思うねんけど」
「そうだよなー、衛なら普通になんとかなりそうだよなー」
「――普通で」
亜里奈、見晴ちゃん、鈴守、俺、凛太郎が立て続けに激励を送ってやる。
しかしなぜか――。
衛が抗議に振り回す手は、却ってその勢いを増すのだった。
「……みんなわざと言ってるでしょ!?」
・『 身長がぐんぐん伸びて、
ナイスバデーになる未来が、
予定よりちょ~っとだけ早く来ますように! 』
「「「 ……………… 」」」
俺たちは、何とも言えない気分で……ただ静かに、ニコニコしているおキヌさんを見やった。
「ん? どうしたね皆の衆。
まあ、当然来たるべき予定調和であっても、少しでもそれが早いに越したことはないと思ってだねー……」
「「「 ……………… 」」」
「おーい、なんか言えよー?
みんなして、なんか視線が湿っぽいぞー?」
「……うっ……不憫な……」
「言うに事欠いて、チョイスした単語がそれか沢口唄音ッ!!
――てか、テメーに言われるとリアルに腹立たしいわッ!! うがー!!」
――おキヌさんの突進は、腕を伸ばして頭を抑えた沢口さんの絶対的なリーチ差によって、無慈悲にも無効化されるのだった。
・『 甘いものがい~っぱい食べられますように~ 』
可愛らしい丸文字で書かれたその短冊を見るや……。
「「「 いっしょに食べに行こう! 」」」
うちのクラスの女子たちが、鼻息荒くいっせいに見晴ちゃん――と、さらに亜里奈&アガシーの手を取る。
――そうして、おキヌさんがチラリとイタダキに目をやって一言。
「……マテンローのサイフで」
「いや、なんでだよ!?」
・『 軍そうゲームでかてますように! 』
「……ほほう?
しかし、ふふーん……ン千年早いってもんですよ!」
実は何気にリアルな数字を持ち出して、せせら笑うアガシー。
「――っていうか、『勝つ』ぐらい漢字使え朝岡。
あと、軍曹『に』! 『に』が抜けてる!
それと、字はもうちょっと丁寧に!」
「アリーナーは細けーんだよなー。……ハゲるぞ?」
「……むしるぞ?」
「う、うわ、手ェ、ぐっぱーしながら近付くんじゃねーよ!
わ、わわ、悪かったって!」
・『 書道上達 』
「……って書いてるこの字がすでに、おっそろしく上手いな!?
いや、そもそもペン立てに筆ペンなんてなかったよな!?」
俺が振り返ると……。
張本人の凛太郎は、無表情にポケットから筆ペンを取り出してみせた。
……そもそも持ち歩いてたのか……。
しかし、真殿凛太郎……なんとも計り知れん小学生よ……。
・『 夏休みまでに、肝試しっていうムダ極まりない――
(中略)
――おバカなイベントが消えてなくなりますように! 』
「……亜里奈……」
「な、なにお兄? あ、あたしはね、別に怖いとかじゃなくってね!
世の中の人たちが、もっと時間を有効的に使えればいいなって、そう思ってね!
ムダで害悪なだけのイベントなんて――」
途端に饒舌になる亜里奈の肩に、なるべく優しく手を置く。
「……諦めろ」
「いや。亜里奈がどうしてもと言うなら、余が全力を以て根絶を――」
「やめろ! お前が言うとシャレにならん!」
・『 頂 点 』
笹のてっぺんにムリヤリくくりつけられた短冊。
そこに書かれているのは、ただ、その一言だった。
「オレにふさわしいのは、これ以外にないよな……」
そして……書いたザンネンな張本人は、なぜか得意気なツラで、やっちまったぜ……とか言わんばかりに鼻の下を擦ったりしてやがる。
そんな、なんか正直イラッとする姿に、俺を含めほとんどの人間が冷たい視線とともに言い捨てた。
「「「 小学生以下だな 」」」
……ちなみに、見晴ちゃんだけは朗らかに笑って手を叩いていた。
・『 カネに糸目はつけん!
泳げるようにしてくれ! てか、しろ! 』
「……札束でほっぺた張るような物言いするな。
あと、これはお願いじゃなくて命令。そもそも努力しなさい」
「しーてーまーすーよぅー」
亜里奈に怒られたアガシーが頬を膨らませる。
……そう。
この短冊を書いたのはアガシーだ。
意外や意外、なんでもこなす高位聖霊サマだが、最近授業でプールが始まるや、なんと泳げないことが発覚したのだった。
どうも、そもそも蝶みたいな羽が背中に生えてるし、空を飛ぶのが普通だったせいか、水を『泳ぐ』という感覚そのものが理解出来ないらしい。
「まあ、夏休みになっても、プール解放日とかあるし……イヤがらずに何回も水に入って、慣れていくしかないんじゃない?
……あたしも付き合ってあげるから」
「うん~、わたしもあんまり泳げないし~、いっしょにがんばろーねぇ~」
「アリナ、ミハルぅ……っ!
おお、まさに、持つべきは見目麗しき小学生女児の友……ッ!」
「……言い方」
ペシッ、と亜里奈がタメ息まじりにアガシーの額をはたく。
「しょーがねーなー。ま、オレらもきょーりょくしてやっか!
……な、凛太郎!」
「……ん」
「アーサー、マリーン……! キサマらまで……!
――あ、でもアーサー、キサマに言われるのは何かちょっとムカつくな」
「なんでだよ!」
「へっへっへ……でもありがとよ!」
アガシーは武尊の手を取り、ぶんぶん上下に振りまくる。
「――お、おう!
ま、まあ、プール入りに行くついでだしなっ」
・『『 世界が平和でありますように 』』
「「「 ……………… 」」」
「……え、な、なんだよ?」
俺と鈴守を除く全員の……何とも言えない視線が、俺たち2人に注がれる。
……そうなのだ。
もちろん、示し合わせたりしたわけじゃないんだけど――俺と鈴守は揃って、まったく同じことを書いていたのだった。
いや、でも……なんだってんだよ?
俺たち、そんなヘンなこと書いたか?
――てか、わりと真面目だぞ?
「あ〜あ〜、まったく、勇者とその嫁はこんなトコまでマジメで仲良しかよ!
――ツッコミどころの無さにツッコむわ!」
やっとられん、とふんぞり返って鼻を鳴らすおキヌさん。
合わせて、一様にうなずく皆さん。
……ひ、ヒデえ……。
・『 〜〜〜〜〜〜 』
「「「 ????? 」」」
その短冊を見たみんなの頭上に、いっせいに疑問符が浮かんだ。
……まあ、理由は分かる。
スゲえ達筆の筆記体で書かれた外国語――って以外、誰も意味が分からないだろうからだ。
そう、書いた本人と……その『言語』を知っている俺とアガシー以外は。
「ハイリアくん、これ……フランス語? とも、なんかちょっと違うみたいやけど……」
「……方言混じりの古語のようなものだからな」
鈴守の問いに、しれっと大ウソをつく当のご本人。
「で、リャおー、結局これってなんて書いてあるのさ?」
「世界征服だ」
さらにしれっと大ウソを塗り重ねるご本人。
「……魔王だねえ〜」
「魔王だからな」
……良く言うよ。
ちなみに、書いてあるのは……。
俺も、魔族の言葉なんてちょっとかじったぐらいだからな……えーと……?
「……『彼の星の願いが、永遠に遍く照らし続けるように』……?」
「――え……?」
俺、アガシー、ハイリアの3人は、揃って1人に視線を集める。
囁くような小声で、その短冊を正確に読み上げたのは、俺ではなく――。
「……亜里奈、お前……」
「――え、あ、あれ?
なんか、ふわっと意味が分かったような、読めたような気がして……。
あ、あはは、ゴメンお兄、寝不足のせいかなー」
目元を何度か擦って、あらためて短冊を見て……。
やっぱり知らない言葉だと、再確認する亜里奈。
「……おい、ハイリア、これって……」
俺が小声で確かめると、ハイリアは小さくうなずいた。
「ああ。余の憑依の影響が残っていた……のだろう。
早いうちに、こうして分離しておいたのは正解だったな」
「あ、あなたの影響って……!
アリナがふりょーになったらどーーしてくれるんですかっ」
「むしろそのテの悪影響の源はキサマだろうに。
……とはいえ、これはこれで放っておくと、却って混乱させるやも知れん。
こういうときは――」
ハイリアは、首を傾げている亜里奈に近付くと、そっと話しかけた。
「……亜里奈。実は、この短冊に書いたのは一種の魔法文字でな。
素養を持つ人間なら、波長が合えば読めることもあるのだ」
「え? でも、あたし……」
「聖霊から聞いているであろう? お前は生まれついて魔力が高い、素養は充分だ。
加えて、本来は精神体である聖霊とそれなりの時間一緒に過ごしてきたことで、無意識のうちに、そうした不可視のものを捉える感覚が磨かれていたのだろう。
……つまり、余の書いた短冊をお前が読めたことは、不思議でも何でもないのだ」
……よくまあコイツ、これだけサラリと説得力のあるウソがつけるよなー……とか、思わなくもないが……。
しかし逆に言えば、冗談はともかく、そういう『誰かのためになる』ウソしかつかない。
思いやる心そのものにウソはないから……ハイリアなりに誠実なのだ。
「そう……なんですか。
あ、じゃあ、短冊に書いてあったのは――」
「お前が読んだ通りだ。間違いない」
「意味とか、聞いても――」
上目遣いに尋ねる亜里奈の頭に、ぽん、と手を置き――。
ハイリアは、儚いような優しいような……微かな笑みを浮かべた。
「……いずれ機会があれば、な」