第125話 かくして〈天の湯〉は、そうめん流れる天の川
「うん……やっぱり、これだけの人数が揃うとあっという間だったわね!」
――その日の夕方……。
下駄箱からすぐ横のイベントスペースだけでなく、外観にも笹やら吹き流しやらを飾り付け、すっかり七夕モードに変身した我らが〈天の湯〉を前に、母さんが満足そうにうなずいていた。
その後ろで、同じく作業を終えた達成感に包まれているのは――。
俺たち赤宮家の兄妹4人を含め、なんと総勢12人。
クラスで手伝いを買って出てくれた、鈴守、おキヌさん、沢口さんに衛と、一応イタダキ――だけじゃなく……。
亜里奈たち小学生の方からも、武尊に見晴ちゃん――。
さらに武尊の友達で、この間のキャンプのときは亜里奈たちと同じ班だったっていう、真殿凛太郎って子も手伝いに来てくれたからだ。
そもそもは、俺たち兄妹4人に母さんを含めた5人で準備するつもりだったのが、結局は倍の人数が集まったのだから……そりゃ、作業が終わるのも早いに決まってる。
まあ、数が増えただけなら、却って効率が悪くなったりする可能性もあったかも知れないが……。
うちの母さんと亜里奈はもちろん、さらにもう一人おキヌさんという、ハンパない統率力持った指揮官がいたからな。
作業工程を理解した上での、適材適所の采配に、それはもう作業がはかどることはかどること。
しかも、みんなやる気でいてくれたというのも大きい。
小学生の男子2人なんかは、アガシーがムリヤリ連れてきた感があったけど……結局はイヤがることもなく、むしろ任せとけと言わんばかりに働いてくれた。
うちのクラスのみんなは言わずもがなだ。
その上、鈴守はもちろん、沢口さんも衛も、なんだかんだでスペックが高いしな。
……イタダキも、ヤツにしては頑張ってくれた。
まあ、やると言ったことは決して手を抜いたりしないのが、ヤツの数少ない美徳の一つだからな…………二つめがあるかは知らんけど。
それに、今日は見晴ちゃんもいたからな。
みっともないところは見せられん――って、アニキとしての意地もあったのかもな。
「――さて、みんな、今日は本当にありがとうね!
おかげさまで、こうしてイベント準備を無事に終えることが出来ました!」
改まっての母さんの言葉を受け、みんな、思い思いに歓声を上げる。
「で……せっかくだから、早速このまま、プレイベントって形でみんなに参加してもらおうと思うけど、どうかな?」
「それはつまり、アタシたちがイベント一番乗り出来るってことですかっ?」
おキヌさんの問いに、母さんは大きくうなずいて……。
でも、次の瞬間には申し訳なさそうにはにかむ。
「……まあ、そう言っても、そもそもそんな大したことするわけじゃないけどね。
お願いごとの短冊書いてもらって……他には、流しそうめんやるぐらいかな?」
「「「 流しそうめん! 」」」
去年以前のことも当然知っている俺と亜里奈を除く全員が、すばやく反応した。
……そう。
さすがに銭湯の経営もあるので、ずっと、ってわけにはいかないが……。
イベント期間中の適当な時間に何度か、お客さんに流しそうめんを振る舞うのが〈天の湯〉の七夕の伝統なのだ。
七夕と言えば、そうめん食うのが慣わし――らしいからな。
ちなみに、そのための道具は、以前近所の竹細工職人さんに作ってもらったものがすでにあるので、倉庫から出してセッティングするだけでいい。
「……どう、みんな?
ちょっと中途半端な時間で、晩ご飯前の間食になっちゃうけど……イケる?」
「「「 全然イケます!! 」」」
これもまた、みんな揃って、迷いなく前のめりのお返事。
さすが、食べ盛りの年頃の人間が集まっているだけのことはある……って感じか。
「うーん、良い返事だね!
よし、じゃあ裕真、ハイリアくんと一緒にそうめん流しの樋、組み立てといて。
亜里奈とアガシーちゃんは、わたしと、そうめんとめんつゆの準備ね」
「――おっと! ママさん、アタシたちも手伝いますよー!」
母さんが俺たち兄妹4人に指示を出したところで、すばやくおキヌさんが手を挙げた。
そして――チラリと鈴守を見やる。
「なんせほら、赤宮家のキッチンに立ったことある人間もいますしー?」
「も、もうおキヌちゃん……!
――あ、でもホンマに、なんでも手伝いますから!」
鈴守がそう言うと、続けて、他のみんなも思い思いにうなずく。
母さんは、それを見て……。
ほぼ迷うことなく、笑顔でうなずき返した。
「そうだね、それじゃいっそみんなで全部やっちゃおうか!
うん、道具の準備と食材の準備、手伝えそうな方に参加してくれる?」
「「「 お~っ! 」」」
……かくして。
七夕飾り付け準備は、そのままプレイベントへと突入することになり……。
まずは外で、竹細工職人さんが気合いを入れて作ってくれた、螺旋を描くような形の樋を使っての、流しそうめん大会が開かれた。
――正直、これだけの数の濃いメンツが揃うと、流しそうめんなんて、すさまじいカオスになるんじゃないかって心配してたんだけど……。
意外や意外、そんなものはまさしく杞憂に終わり――。
多少ははっちゃけるヤツもいたものの(誰とは言わん、お察しだ)、なんだかんだとみんな行儀良く、和気あいあいと楽しんでいた。
まあ、考えてみれば……。
鈴守は優しく穏やかだし、おキヌさんは気遣い屋、沢口さんは常識人。
衛は付き合い上手で、ハイリアは紳士、イタダキは……ああ見えて長兄だけあって、特に年下への面倒見は悪くない。
小学生組も……。
亜里奈は言うまでもなく優等生、見晴ちゃんはナチュラル聖女だし、凛太郎(本人に呼び捨てでいいと言われたので)も無口だが意外に気を配るし、武尊も協調性が高い。
アガシーは……まあ、いつも通り『楽しい』が前に出すぎてるが、アイツの『楽しい』は、それを共有する他者(ハイリア除く)があってこそだしな。
……と、いうわけで。
場をわきまえずに暴走して、せっかくのイベントを台無しにするようなヤツはそもそもいなかったわけだ。
でも――――。
鈴守がそうめんをすくう電光石火の早業を見せてくれたり。
おキヌさんがイタダキを踏み台にしたり。
沢口さんが(いつの間に取ったのか)気付けば座って悠々とそうめんをすすっていたり……。
ハイリアが流しそうめんってもの自体にやたら感動していたり。
イタダキが連続ゲットして高笑いしていたら、それを衛がちゃっかりひっそり横取りしていたり……。
見晴ちゃんはニコニコしているだけで、ついみんな(俺含む)そうめんを譲ってしまったり。
武尊と凛太郎は、勝負と称して取り合いをしていると思ったら、結局引き分けなのか、並んで同じように食べていたり……。
ハイリアが取ろうとしていたそうめんを、樋を下から叩いて浮かせて横取り――という荒業で得意になっていたアガシーが、亜里奈にこっぴどく叱られたり……。
……などなど、などなど。
楽しい小イベントには、まったく事欠かなかったのだった。