第124話 今こそ、銭湯に集えよ勇士たち
「……いっやーーー、よーーやく終わったなぁ、オイ!」
いつもなら、ウザいと追い返すぐらいのテンションでそう声をかけてくるイタダキに……。
しかし今日の俺は、魂ごと抜け出そうな大きな大きなタメ息とともに、何度もうなずいてやった。
「お〜う……やぁーーっと、だな〜……」
いったい、何が終わったかと言えば……そう、期末テストである。
今日をもって、俺たちはようやく、テストという大いなる呪縛から解放されたのだ!
その開放感の前では、イタダキのウザさなど些末事……。
広く大きな心で相手をしてやれるってものだ。
「これで、あとは夏休みまでオレ様を妨げるモノはないってわけだな……!
シャバの空気のなんとウマいことよ……ッ!」
「点数いかんによっては、補習があるがな」
帰り支度をしたハイリアが、イタダキに非情極まりないツッコミを入れる。
「余計なコトは言わんでいいんだよ魔王!
……てか、そう言うテメーはどーなんだ!」
「……聞きたいか?」
「いや……いい。いらん! 余裕ぶっこきやがってコンチクショー……!
ま、まあ、万が一にも補習とか食らったところで、オレ様には仲間がいるからな!
――なあ、衛、裕真よ!」
自信満々に俺たちの方を向くイタダキ。
その期待に輝く視線から逸らした目を――。
ちらりと見交わす、俺と衛。
「僕、ハイリアほど良い自信はないけど、補習になるほどじゃないんだよねー」
「俺はそんな衛ほど良い自信もないが、やっぱり補習ってほどじゃないなー」
……今回は俺も、結構頑張って勉強したからな。
そもそも、ただでさえ鈴守が家業で忙しくって会える時間が減ってるってのに、補習なんぞに自由な時間を邪魔されてたまるかっての!
「な……んだと、テメーら……ッ!
オレ様と一緒に、補習組の頂点を極めるんじゃなかったのかよ!?」
「……どんだけ目標が低いんだお前……むしろそれ底辺だぞ」
「おーおー、男子どもよ!
テスト終わった途端、いつものおバカをさらしとるねえ!」
かかか、と魔女みたいに笑うおキヌさんを先頭に、鈴守、沢口さん――と、いつもの3人が近付いてくる。
3人とも、やはり表情が軽く見えるのは、同じくテストからの開放感があるからだろう。
「さらすほどのバカはソイツだけダッキー」
「「 だけダッキー 」」
俺に合わせて、衛にハイリアもイタダキを指差した。
「ダッキー言うな! 語尾にすんな!
……てか、なんでお前らそんなに息が合ってンだオイ!」
「この間の鍋パーティーで友情を深めたからじゃないかな?」
「お前らだけ!? オレもいたよな!?」
「何を言っている、当然だ。
主催者たるキサマを蔑ろにするはずがあるまい……なあ、ハテンコー」
「マ・テ・ン・ローな!!」
「…………すまん」
「マジに『しまった』って顔で謝ンな! そこは冗談だって言え!!」
机を叩いて抗議するイタダキに、ハイリアは堪えきれなくなったように大笑いしていた。
……イタダキのヤツ、いいオモチャにされてんなー……。
「――はいはい、コントはそれぐらいにしておくれ。話が進まんでしょーが」
ぱんぱんと手を打ちながら、俺たちの中に入り込んでくるおキヌさん。
「話、って?」
「――うむ。まあ、なんてことはない、テストも終わったことだし、みんなでこれからどーんと遊びに出ないかと、そういう話だねい」
俺の問いに答えて、おキヌさんは鈴守の方を見る。
「うん、ウチもウタちゃんも今日は特に用事ないし……赤宮くんたちも一緒にどうかなあ、って」
屈託なく笑う鈴守。
……多分、ヒマがあるなら俺と2人でデートでもしろ、とかおキヌさんは言ったと思うんだが……。
鈴守のことだ、せっかくテストも終わったところだし、どうせならみんなで……って譲らなかったんだろうなあ。
でもって、俺も――。
鈴守と2人っきりはもちろん嬉しいけど、こんな機会はやっぱりみんなで楽しくやりたいって、同じように思っちまうわけだ。
だけど……。
「あ〜……ゴメン。
俺とハイリアは、今日用事があるから参加出来ないんだよ……」
「……そういうことだ。
申し出はありがたいが……すまんな」
俺とハイリアは、揃ってカバンを手に席を立った。
「え、なに、勇者と魔王が連れ立って用事とか……最終決戦?」
沢口さんが、冷静な口調でとんでもないことを言ってくれる。
……いや、ゴメン、むしろそれ終わらせたから今があるんだけどねー……。
「――というか、むしろ共闘……だな」
余計なことを考えていた俺に代わって、ハイリアがみんなにざっと説明してくれた。
そう……明後日の七夕に向けて〈天の湯〉で行うイベントのために、今日はさっさと帰って準備を手伝わなければならないことを。
「「「 ……………… 」」」
ハイリアの説明を聞いたみんなは、なぜか、静かに顔を見合わせる。
そして……鈴守が先頭を切って口を開いた。
「それやったら……。な、おキヌちゃん?」
「うむ、それもまた楽しそうではないか。
のう、ウタちゃんや?」
「アンタ誰よ……。
まあ、いいんじゃない? わたしは賛成。男子は?」
「僕も乗るよ。せっかくだからねー。
……で、イタダキは?」
「しょーがねーなあ……。
揃いも揃って頼られれば、頂点に立つオトコに、否という選択肢は――」
「「「 頼ってないし 」」」
苦笑を浮かべる鈴守を除く3人の、至って冷静なツッコミが見事に重なった。
が……イタダキはスルーだ。
フ、いいってことよ……とか、自己完結しつつやり過ごしている……。
まあ、正面から受けるとイタそうなツッコミだったからな……気持ちは分かる。
――っていうか、いったい何の話だ?
「なんのこっちゃ、って顔してるね赤みゃん。
まあ、要するにだね――」
俺の疑問を察したおキヌさんが、ビシィッ、と指を突きつけてきた。
「そのイベントの準備、アタシらも手伝おうってことさ!
〈天の湯〉には、この間の打ち上げンときお世話になったわけだしね!」
* * *
「じゃ、みんな、もうすぐ夏休みだからって、浮かれてケガとかしたらダメだからね!」
……そんな、いかにもなセリフを残して教室を後にする喜多嶋先生。
途端、クラスはいつもの放課後の喧噪に覆われる。
「アガシー、今日、分かってるよね?」
さっさと帰り支度をしながら確認すると……。
早くもランドセルを背負っていたアガシーは、あたしの席まで小走りに駆けてきた。
「もっちろんですとも! この通り、準備は万端ってやつです!」
「……っていうか、張り切るのはいいけど、帰る準備早すぎない?
宿題のプリントとか、ちゃんと入れた?」
「ふっふっふ……甘いですねアリナ。
宿題が出た算数は、明日の2時間目――。
……つ・ま・り!
学校に来てから、朝の時間と、1時間目と2時間目の間の休憩時間に終わらせてしまえば、無事ミッションコンプリートなのですよ! ふはは!」
「………………」
――べちんっ!
あたしは無言で、得意満面のアガシーの額を思い切り指で弾いてあげた。
「のーーーうッ!!」
赤くなった額を押さえ、ぶんぶんヘッドバンギングするアガシー。
「……宿題はちゃんと持って帰れ。家でやれ」
「いい、イエシュ、マムッ!」
最敬礼とともにカカトを揃え、キレイに回れ右して自分の席に戻るアガシー。
……もう、まったく……。
あたしがタメ息まじりに、あらためて自分の支度を進めていると……。
真殿くんを連れた朝岡が、アガシーに話しかけているのが目に入った。
「よー、軍曹! この後、オレらといっしょにゲーセンいかねー?」
……それを聞いて、一瞬――。
朝岡が、アガシーをデートに誘ってるとか思っちゃったあたしだけど……。
うん……違った。
オレら、って言ってたし、少なくとも真殿くんもいっしょってことだろう。
……まったくもう。
なんでまた、そんなおバカなカン違いしちゃったんだか……。
「んん〜……? 亜里奈ちゃん、だいじょーぶぅ~?」
「……え? なにが?」
ふと気付くと、見晴ちゃんがあたしの顔を覗き込んでいた。
「ん~……なんか、ちょーっとだけぇ、顔色悪い気がしたから~」
「あ〜……うーん、大丈夫だよ。
多分、ちょっと寝不足なだけ」
……見晴ちゃんは、こういうトコ鋭い。
確かに、なんかちょっとダルい感じはするけど……寝不足で少し疲れてるだけ、って言えば、本当にそんなぐらいだ。
それに、今日はそんなこと言ってられないしね――。
アガシーの方はどうなってるだろうと思って、注意を向けると……。
ちゃんと、朝岡の誘いを断っているところだった。
「まあ、このアルティメットに超絶な美少女を誘いたくなる気持ちも分からなくはありませんが! ええ、よく分かりますが!
あいにくと、今日は用事があるのです!」
「自分で言うなって~の。
……まあ、それじゃしょーがねーな。今日は凛太郎と2人で――」
くるり、ときびすを返す朝岡。
その腕を――なにを思ったのか、アガシーはいきなりガシッとつかまえる。
「うお! ぐ、軍曹っ?」
「そう……用事があるのですよこちらは。
――それに対し、アーサーにマリーン、キサマらはヒマということだな?
ぃよーしよし……っ!」
そして――。
あたしに向かって、朝岡を捕まえたまま、ブンブン手を振ってきた。
「アリナー! 見て下さいー!
都合良く、今日の労働力が徴発出来ましたよー!」