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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
11章 凶魔が影差す〈世壊呪〉と、闇払う勇者たち (前編)
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第123話 夏に向けて、夏を迎えるために



「……ああ、帰って早々に悪いんだけど、千紗(ちさ)

 ちょっと、お茶の用意をしてもらっていいかい?」




 ――7月4日の木曜日。


 一学期の期末テストも明日で終わり……っていうその日。



 昼過ぎに帰ってきたウチに、いつもやったらトレーナーとしてジムの方におるはずのおばあちゃんが……珍しくちゃんとしたスーツ姿で、そんな頼み事をしてきた。



「ええけど……お客さんでも来るん?」


「そうなんだよ。まあ、ちょっとした打ち合わせをね」



 リビングのテーブルについたおばあちゃんは、改めてその打ち合わせの確認をするのか、ノートパソコンを開く。



「ふーん……格闘技の試合とかの?」



 何気なく尋ねながら、キッチンに入って、お客さん用のお茶を用意していくウチ。



 ……うーん……お茶出すだけでも、お客さんの前に出るんやったら、ヘタに部屋着に着替えたりせんと、このまま制服でおった方がええかなあ……。



「いや、そうじゃない。

 ……8月の夏祭りの準備の件でね」



「……夏祭り?」



「ああ。……ほら、だいたいどこでも、地区で夏祭りとかやるだろう?

 この辺りも例外じゃなくて、毎年やってるわけだ。

 まあ、こっちに来てまだ1年のアンタには、馴染みが薄いだろうけど……」



「あ――うん、地区の夏祭りは分かるよ。

 でも……なんでおばあちゃんが?」



「ああ……そのことなんだが。

 これまで祭りの設営やら何やらを取り纏めていた、工務店の棟梁が、先日、もういい歳だから――って現役を引退されてね。

 後任として、アタシが指名されたってわけなんだ。

 ……うちには若くて体力のある連中が揃ってるから、人手も確保出来るしねぇ」



「……練習生の人たちも巻き込むん?」



「巻き込むとは人聞きの悪い。

 基本的にはボランティアみたいなモンだし、もちろん強制はしないさ。

 ただ、日々のトレーニングも、それで鍛えられる筋肉も、人のために使ってこそだ。

 いざってときに人の役に立たない筋肉なんざ、タダのタンパク質でしかないよ。

 ――そして、うちの連中に、それが分からないバカはいないハズだ」



「もう……ホンマに、強制はしたらアカンからね?」



 棚から出したお茶菓子を器に並べながら、ウチはおばあちゃんに一応クギを刺す。



 ……そう、一応。


 なんで『一応』かって言うたら、おばあちゃんの言うように、うちに来る練習生の人らは、みんな気の良い人らやし、おばあちゃんのことをホンマに尊敬してくれてるから。


 この話を聞いたら多分、みんな自分から、楽しそうに、手伝うって言い出すと思う。



 うん……むしろクギを刺さなあかんのは、練習生の人らの方かも。


 ちゃんと、自分の仕事とか用事の方を優先して下さいね、って……。




 ――そんなことを考えながらお湯が沸くのを待ってたら……チャイムが鳴った。




 ちらっと時計を確認して、立ち上がるおばあちゃん。



「ふむ……約束した時間ピッタリだ。キッチリしてるね。

 ――千紗、お茶は地下の会議室の方に頼むよ。

 先方が2人だから、アタシを入れて3人分な」


「うん、分かった」



 ノートパソコンを手に、玄関に向かうおばあちゃんを見送って――。


 お茶を淹れたウチは、お茶菓子も載せたお盆を持って、ジムの地下に降りる。




 ――中間テストのとき、赤宮(あかみや)くんとかおキヌちゃんらとの勉強会で使った会議室……。



 ウチが、ノックしてからそこへ入ると……。


 ちょうどスーツ姿の男の人2人とおばあちゃんが、挨拶を交わしてるところやった。



 お客さんたちは、お茶を運んできたウチにも、愛想良く挨拶してくれる。


 ウチも、こんにちはって挨拶を返して――。



 …………?



 なんか……メガネをかけてる若い方の人……見覚えがあるような――?



鈴守(すずもり)さん、こちらのお嬢さんは……お孫さんの?」



 そのメガネの人も――なんやろ、ウチのことを確認するみたいに、落ち着いた声でおばあちゃんに尋ねてた。



 ――で、当のおばあちゃんはというと――。


 なんか面白そうに、いつもの調子でオトコ前に笑いながら何度かうなずく。



「ええ、そう。この子が、孫娘の千紗です――『赤宮さん』」



 イタズラっぽい目で、ウチをチラッと見て……ことさら名前を強調して答えるおばあちゃん。




 ……っていうか――。


 え、ちょっと待って? 今、『赤宮さん』って言うた……?




 そう、そういえば、誰に似てるって言うたら――!



「どうも初めまして、千紗さん」


「え、あ、え、あ、あの……ッ!?」



 とっさに答えが出なくて、頭が真っ白になるウチに――。


 『赤宮さん』は、優しく笑いかけてくれる。



「――赤宮裕真(ゆうま)の父です。

 いつも、息子がお世話になっています」


「! す、すす、鈴守千紗です……ッ!」



 上擦った声で、なんとか名前だけでも言うて、あわてて……でもお茶をひっくり返さへんように頭を下げるウチ。



 その視界の端っこで……。


 おばあちゃんはまだ、イタズラっ子みたいに楽しそうに笑ってた。











     *     *     *




「ほう……タナバタ、か」




 ――木曜日、午後。



 テスト最終日に向けて追い込みをするべく、部屋に戻った勇者を除き――。


 亜里奈(ありな)が淹れてくれた茶をすすりながら、聖霊も交えて、リビングでゆったりとしていたところ……。



 亜里奈がおもむろに切り出したのは、週末に〈(あま)()〉で催されるという、イベントについての話だった。



 ……7月7日の七夕という行事に合わせて、〈天の湯〉では2日前の金曜夜から、入り口脇のスペースを使ってイベントを行うらしい。



「……で、『棚ボタ』ってことは、なにかタダでもらえるんですか!」



 鼻息荒く、ベタなボケをナチュラルに繰り出す聖霊に、亜里奈はタメ息まじりにツッコミを入れる。



「――た・な・ば・た!

 だいたい、主催するのはうちなんだから、仮になにかをプレゼントするようなイベントだったとしても、もらえるわけないでしょ?」



「……ちぇー。

 『お菓子をくれなきゃ強奪するぞ!』みたいなのじゃないんですかー」


「そもそも、ハロウィンだってそんな山賊イベントじゃないから」



「……では、亜里奈。

 改めて聞くが、タナバタ――とは、どういうものなのだ?」



 それこそこの現代日本では、スマホなりパソコンなり使えば簡単に調べられる(ただし勇者除く)わけだが、そればかりでは味気ないというものだ。


 伝統行事という響きも手伝って興味をそそられた余は、素直に亜里奈に尋ねることにする。



「あ、えーっと……ですね……」




 ……そうして、亜里奈がざっと説明してくれたところによれば……。



 織姫と彦星という恋人でもある離ればなれの星が、再会の願い叶い、天の川を渡って1年に1度だけ会える日で……。


 それを記念して、笹を飾り、そこに願い事を書いて吊したりする行事らしい。



 ふむ……一種の星祭り、ということか。




 星祭り――――。




「なるほど……。

 こちらの世界は夜なお明るく、わざわざ星を見上げることなどせぬかと思ったが……。

 やはり、そうした祭は残っているものなのだな」


「うっわ~……なんっですか、そのジジくさいセリフー。

 ヒきますねー」


「うむ、すまんな――『年長者』」


「うっきぃーーーっ!」



 ポニーテールを振り回し、物理攻撃に切り換えてくる聖霊をいなしながら……熱いほうじ茶をすする。



 ……うむ、やはり亜里奈の淹れてくれた茶は美味い……。



「……では亜里奈。

 明日の夜から、〈天の湯〉でも笹を飾る……ということか?」



「はい。それに合わせて短冊も置いて、お客さんに願い事を書いてもらったり……。

 あと、基本的には七夕って芸事のお願いをするものらしいから、プロアマ問わず、広隅(ひろすみ)に住んでる色んなアーティストの人たちの作品を展示したりもします」



「ほう……それはなかなか面白そうだな。実に興味深い」



「――う、薄い本もありますかねッ!?」


「ない」



 亜里奈にキッパリと断じられて、聖霊はべたんとテーブルに突っ伏した。



「がっで〜む……」



「……えーと……それでですね、ハイリアさん。

 笹とか短冊なんかは業者さんにお願いしてるんですけど、他の細々とした物はうちで揃えることになってて……。

 ママから買い物メモを預かってるんで、この後、お買い物に付き合ってもらっていいですか?

 一応荷物持つのに人手が欲しいんですけど、お兄は……アレだし……」



 言って、亜里奈は2階を見上げる。



 まあ……勇者のことだ、亜里奈が頼めば断るまいが、そうするとテストの点は確実に下がるであろうしな……。


 そして、それは亜里奈にとっても望むものではあるまい。



 もっとも――



「うむ、無論構わぬとも。

 世話になっている身だ、いくらでも使ってくれ」



 ……こういうときのために余がいるのだ、何の問題もないがな。



「ちょちょちょ、ちょっと待ったぁ!

 ――い、行きます行きます、わたしも行きますよ!

 こんなケダモノとアリナを二人きりになんて出来ますかってんだ!」



 途端に跳ね起き、余を睨みながら、歯を剥き、うなり声をあげる聖霊。



「獣じみているのはキサマだがな、聖霊」


「うっさい! がるる!」



 再び長い尻尾をブンブンと振り回してくるのを、軽くいなしながら茶をすする。



 ……星祭り……。



「――ああもう、分かってるから!

 アガシー、あなたももちろんいっしょ!

 ちゃんと荷物持ってもらうから!」



「……あ、それは遠慮します。

 荷物なんて、全部この魔王に押し付けりゃいーじゃないですか」



「……おい、軍曹……。

 甘ったれたコト抜かしてると、営倉送るぞ……?」



「いい、イエシュ、マムっ!」



 ……聖霊と亜里奈のやり取りが――どこか、遠く聞こえた。




 …………そうか。


 星祭り――か…………。





 『……ハイリア、偉大な星……わたしの、星――』





「……そこまで昔でもないはずが……。

 妙に懐かしく感じる、な」




「?……ハイリアさん? どうかしました?」




 ふっ、と――。


 つい、かつての記憶に想いを馳せてしまっていたらしい。




 首を傾げて顔を覗き込んできた亜里奈に、なんでもないと答えて――余は席を立った。



 ……自然に生まれ出た、笑顔とともに。





「……よし、では早速行くとしようか。

 夕食の準備もあるのだろう?


 やるべきことは、迅速にこなさなければな」






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― 新着の感想 ―
[一言] >いざってときに人の役に立たない筋肉なんざ、タダのタンパク質でしかないよ 妖怪退治は武道家の務めってね(らんま(違 そしてハイリア。 いったい何があったんや(;゜Д゜)
[良い点] 『4度目も勇者!?』の章タイトルは、いつもストーリー性があってワクワクします! 本章のタイトルは、特に語調のリズムが抜群ですね!! 〈世壊呪〉に何が起こるのか気になるところですが、歌になっ…
[良い点] 不意討ち気味の鈴守さんと、柳のように聖霊をいなすハイリア(若干じじ臭い 笑) 今話は、何故か被災地ボランティアレスラーと、ハロウィン軽トラ横転事件とを連想してしまいましたね。 ハロ…
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