第122話 信念からの勇者と、勇者たらんとする者と
「ふぅ……」
――深夜か早朝か……。
ふと目が覚めた俺は、身体を起こし、枕元に置いていたペットボトルのスポーツドリンクで喉を潤す。
まあ、枕……と言っても、正確には二つ折りにしたただのクッションだ。
なんせ、ここは俺の部屋じゃなく、衛の家……だからな。
ベランダに面した大きな窓、そこにかけられた薄手のカーテンからは、月の光が透けて部屋に射し込んでいる。
そこに目を凝らせば……そのまま、今日の記憶が映り込むような気がした。
――結論から言ってしまえば、俺たちはテスト勉強なんてカケラもしなかった。
遊んで、遊んで(その間に俺が鍋を用意する)、鍋食って(店売りの寄せ鍋ダシ使用)、遊んで(その間に俺が鍋を片付ける)、バカな話で盛り上がって――。
コンビニに買い出しに行って、遊んで、(俺が)夜食作って、バカな話で盛り上がって……で、眠くなったから寝る――。
どうしようもなくバカ丸出しな時間の過ごし方だ。
しっかり者なおキヌさんやら亜里奈やらに知られたら……いやまあ、知られるんだろうけど……お小言食らうのは間違いないだろう。
鈴守は……まあ、悪くて苦笑ぐらいかな、多分。
だけど…………楽しかった。
死ぬほどの思いをして、異世界救って帰ってきた甲斐があったってモンだ。
そして今も、クローリヒトなんて悪役もどきやりながら戦う価値もあるってモンだ。
――この、どうしようもなく最高の、何気ない時間のためなら。
「……あ、裕真、もしかして起こしちゃった?」
ふっと、投げかけられた声に導かれて、そちらを見やると……。
窓際、陰になったところに、衛が膝を立てて座り込んでいた。
その手には……学校からの帰り際、スーパーでお安く買い込んだ炭酸の缶。
どうやら、一人、窓の外を眺めながら呑んでいたらしい……コーラだけど。
ふむ、しかし……。
線が細い、わりと美少年然としたコイツが、このポーズで、この暗がりで、炭酸の缶(残念ながらコーラ)を片手に、儚げ(雰囲気)に外を見やるとか……なかなか絵になるな。
ショートカットの美女みたいでもある。
――ってなことをアガシーとかが聞きつけると、ヘンな方向に暴走して鼻息荒くしそうだが……あいにく、俺にそっちの趣味はない。
「……いや、大丈夫、自然に起きただけだよ。
で、今何時……って、3時半か……」
ポケットのスマホで時間を確認する。
……ちなみに、俺のスマホの一番の仕事はコレだ。
えーと、確か……。
2時頃、『もー眠い、寝るわー』とか最初に抜かしたのがイタダキで……。
その後、思い思いにバタバタ寝ちまったから……。
結局、寝たのは1時間ちょっとってトコか……。
……俺は、ついと視線を上げてロフトの方を見る。
もともとそこは衛が寝床として使っているらしいが、今はイタダキが占拠して高イビキだ。
ロフトが憧れだったというアホに、衛が場所を譲ってやったのである。
ちなみに、魔王サマはというと……。
雑魚寝とかイヤがるかと思いきや、なんか嬉々として率先して床に寝転がり……今もクッションに組んだ両手を枕にして、気持ちよさそうに寝息を立てている。
……いや、まあ……コイツのことだし、こう見えて起きてるかも知れないが。
「……ハイリア、楽しんでたみたいで良かったね」
俺の視線を追ったのだろう衛のその一言に、素直にうなずく。
「……ああ。ホントにな」
……謎の上から目線に、人を喰ったような態度。
頭は切れる、運動も出来る、加えて高身長、超絶美形。
――なのに、自己紹介で小学生にガチの求婚という、トンデモな変人。
だが……なんだかんだで、わりと普通に、俺たちと同じく高校生している。
いや――出来ている。みんなのおかげで。
そして、今日もコイツは……。
ただの悪友まっしぐらに、俺たちの中で、いかにも楽しげに遊んでいた。
それは……コイツをこっちの世界に連れてきた俺としても、嬉しいことだった。
アガシーのときと同じように――。
正しいと信じる道を選んで良かったって、素直にそう思えたから。
「……でも、僕も楽しかったなあ。
こんな風に、家に友達呼んでみんなで盛り上がるとか、今までなかったからさ」
そんなことを言いながら衛は立ち上がり、冷蔵庫の方へ行って……。
新しいコーラの缶を手に戻ってくる。
「……そうなのか?」
「ん――まあ、ね」
答えて、さっきと同じ場所に戻る道すがら、俺に、取ってきたコーラを渡してくれた。
ちょうど冷えた炭酸が欲しかった俺は、ありがたく受け取る。
「――さんきゅ。
でもま……俺だって、こんな風に夜通しとかってなると、そうは無いけど――」
……アルタメアにいるとき、酒場で、朝までコースの宴会に付き合わされたことは何度かあるけどな……。
「衛、お前は色んなヤツと仲が良いから……正直、そんな機会はもっと多いと思ってた」
コーラを開けて、早速一口。
これが、持ってきたのがイタダキなら、振りまくったりしやがったんじゃないかとまず警戒するところだが……衛なのでその辺の心配はない。
「んー……確かに、仲が悪いってことはないけど……。
逆に、僕の場合八方美人っていうか……。
あんまり、深い付き合いはないから……かな」
どことなく自嘲気味に、窓の向こうを眺めつつ……衛はぽつりと言う。
「まあ……確かにそういうところあるよな、お前って」
それを……俺は、あえて肯定してやった。
「物事に対しての見切りが早いし……愛想の良さも、自分なりの距離を慎重に計ってる感じがする。
良く言えば冷静、悪く言えば……微妙に冷めてる――ってところか?」
「そうだね……そんな感じかも」
「でも……別にいいだろ、それで」
あっけらかんと続けて、驚く様子の衛を尻目に、俺はまたコーラをぐびり。
「少なくとも、俺たちとバカやってるときは心底楽しかったんだろ?
それならいいじゃないか。
微妙に距離を置いた、冷静な付き合いをする――そういう面もあるにせよ、それがお前のすべてじゃないんだ。
俺たちだって、お前といると楽しいんだ……表面だけのお付き合いからじゃなく、ただ単純に、楽しいんだ。だからつるんでる。
――なら、それが本質なんじゃないか?」
「……裕真……」
俺の顔を見返して……。
そして、衛はプッと小さく吹き出した。
「――イタダキがいつも言ってる通りだよね。
キミってば、まあ、恥ずかしい台詞を臆面無く言ってのけてくれるよ」
「……悪かったな。
しゃーねーよ、それが俺だ」
「ん……そうだね。
キミは……本当に、『勇者』なんだなあ……」
なんか、まるで憧れのような……感慨深げな調子で言う衛。
いや……でも基本、それって、呼び名としてはネタだからな?
憧れるようなモンじゃないと思うぞ?
「ほら、アニメとかゲームみたいにさ、キミが異世界とか行ったら……。
きっと――本物の〈勇者〉になるんだろうね」
「ええ〜……勇者ぁ?
なんか、メチャクチャ大変そうだからイヤだ」
俺は渋面を作って答える。
……あんなモン、1回でも充分なのに、3回もやったんだぞ?
さすがにもうヤダ。カンベンだ。
――って、そういや……あのエクサリオのヤツは5回なんだっけ……。
俺と違って、毎度チカラを引き継いでたんだと思うが……それでもまあ、よく5回もやったもんだ。
……で、今はこの現代日本で6回目やるのに熱をあげてるって……そんなにも〈勇者〉ってヤツにこだわりたいのかねえ……。
「……そうなの? イヤかい? ヒーローになれるのに?」
「ヒーローなんて……そもそも、必要ないのが一番だろ?」
言って、コーラをあおる。弾ける炭酸が、ちょっと痛い。
「ん……そうだね……うん。そうかも知れない。
でも……現実として必要だし、大事な役割だとも思うよ?」
「まあ……誰もやらないこと、やろうとしないこと――でもやらなきゃいけないこと。
それをやるヤツってのは……確かに、必要なときだってあるだろうな。
でも、それはただのきっかけで……一歩目だってだけで。
本当にヒーローって呼ばれるべきなのは、そのきっかけに続いて、それを『当たり前のこと』にしていく、普通の人たちだと……俺は思う」
「んー…………そっかー…………」
「……おう――俺は、な」
――それから、俺たちはしばらく無言で、コーラをチビチビと飲んで……。
そして、ややあって顔を見合わせ、互いに笑った。
「……て言うか僕ら、マジになって何の話してたんだろうね?」
「ホントになー。
ほとんど寝てねーし、いわゆる徹夜明けテンションってやつかねえ……」
「いや、僕はともかく、裕真は通常運転だったんじゃない?
恥ずかしい台詞をフツーに力説してたし」
「……お前な〜……。
勇者だなんだって、話フッたのはそっちだろーが……」
口を尖らせる俺に、衛は楽しげに笑いながら……立ち上がる。
「さて……ちょっと僕、散歩がてらコンビニ行ってくるよ。
なんか欲しい物ある?」
「ん? なんか買い出しか? 俺も行こうか?」
「大丈夫だよ、ホントにただの散歩だから」
「そっか……分かった。
――いや、別にいいよ、それなら俺ももう一眠りしとくわ」
「おっけー」
俺は玄関に向かう衛に手を振ると、もう一度ごろりと床に寝転がる。
そうして、あくび一つ――。
睡魔は、すぐにやって来た。
* * *
――深夜3時過ぎの住宅街は、それは静かなものだった。
大通りに向かう道を真っ直ぐに行けば、コンビニへはせいぜい2、3分といったところだが……衛は途中で道を折れる。
そして静寂の中、ゆったりと歩くこと数分――。
向かった先は、背の高い木がまばらに生えた、林のようになっている場所だ。
そこは、神社……というほどではないが、昔ながらの小さな社が残された、近所の子供たちにとっての絶好の遊び場所でもある。
だがそれは、日中であれば、だ。
こんな時間だと、街灯の明かりもロクに届かない……それこそ『何かが出そう』な暗闇に覆われるばかり。
しかし衛に、恐れなど微塵も無く……。
裕真に告げたように、本当にただの散歩のような気安さで、奥へ進む。
そうして――
「今日は……この辺り、かな」
ある程度進んだところで立ち止まると、いったん膝を折り。
何かを確かめるように、地面に手をかざした衛は……。
すぐさまうなずいて立ち上がると、今度は手を大きく掲げた。
すると――その手の前で、夜の林の深い闇が裂け、さらに昏い闇の中から、一振りの……赤黒く輝く、見るからに禍々しい巨大な剣が姿を現した。
それは……まるで何かを訴えかけるかのように、宙に浮いたまま、不規則に、小刻みに、その身を揺らす。
「さて……意思持つ魔剣、グライファン……これならどうかな……」
剣に、黙れと言わんばかりに……衛は、その柄を強く握り締め、大地に突き立てると――。
まるでそこは水面であるかのように、剣は周囲に波紋さえ広げながら……土の中へと沈んでしまう。
その様子を最後まで見届け……衛は、何事もなかったかのようにきびすを返した。
「本当に、裕真……。
キミほど、勇者にふさわしい人間もいないだろうけど……」
そうして、元来た道を戻りながら、木立の合間から覗く空を見上げる。
「残念ながら……。
キミも含めたみんなを、この世界を――。
災厄から守る〈勇者〉は――僕なんだ」