第121話 絹と白の小中少女恋愛談義
――ぱちゃん、と。
一度、お湯をすくって顔に叩き付ける。
そして、湯気の立ち上る先を見送るように天井を仰いで、タメ息を一つ。
そのまま……絹漉センパイに聞き返す。
「……そんなにミエミエでした? わたし」
「いんや、そこまでじゃないよ。
……でもまあ、ホレ、アタシにゃ、超地獄耳の相棒がついてっからさー」
「あ〜……沢口センパイかあ……」
国家機密すら握ってるとかウワサされる、『モブこそ至福』が座右の銘の、堅隅高校一の情報通……沢口唄音センパイ。
特に、こと恋バナについては、全学年を通じて逃れる方法は皆無だとかいう……。
「――ま、それだけじゃないけどさー」
「…………?」
ぽつんと呟いたセンパイの一言が、他と調子が違う感じがして……。
わたしは思わず、目を向けていた。
「……単純にさ、分かるんだよ――同じだからね」
わたしと視線を交わして、ニッと苦笑するセンパイ。
裸眼だからぼやけてるけど……多分。
――って、ちょっと待った……!
同じ……ってのは、え、つまり……そういうこと!?
「あ〜……いや、『同じだった』かな。アタシの場合」
「え、じゃ、じゃあ、絹漉センパイも――」
「うん――わりと好きだったんだよ、赤みゃんのこと」
さらりと――。
本当になんでもないことみたいに、センパイは言ってのけた。
「だからまあ……後輩ちゃんのこともなんとなく、ね。
ほれ、こんなナリだが一応アタシも女だから、女のカンってやつかなー」
「告白、とかは……」
「うんにゃ。そこまでいってない。
その前に……だね。赤みゃんがおスズちゃんに告白しちまった。
――ああ、でも、未練があるとかじゃないんだよ。
こりゃしょうがないや……って、そんな感じだったからね。
幸いにして……と言うか、本気でホレ込んじゃう前だったし――あきらめたよ、スッパリと」
センパイは、さっきわたしがしたように、天井を仰いで語ってくれる。
「――だって、アタシゃおスズちゃんだって大好きだし……。
どうしようもないぐらいお似合いだな、って……認めちまったからね」
「それじゃ……センパイは、わたしを、その……。
止める、っていうか……あきらめさせる、っていうか……」
思わず反射的に……身構えるというか、身をすくめる。
いや、このセンパイに物理的に攻撃されたところで、ダメージになるはずもないんだけど……。
なんて言うか、つい、反射的に――そうしてしまった。
「アタシにとっちゃ、おスズちゃんも赤みゃんも、どっちも大事な友達だ。
そう…………だから。
だから、後輩ちゃんのやり口によっちゃ、そうしたかもねー」
言って、センパイは手を組んで水鉄砲を作り、びゅっと水を撃ち出した。
……つもりだったんだろうけど、組み方がヘタなのか、暴発してモロに自分の顔にかかっていた。
「――ぶみゃっ!
ま、まあ……だけど? アタシも人を見る目には自信があってさ。
後輩ちゃんは、おスズちゃんを貶めたり、陥れたりするようなゲスいマネはしないだろうから……。
うん、なんて言うか…………いいか、って」
「い、いいか、って……!
わたしが自分で言うのも何ですけど、わたし、センパイの友達の彼氏を好き――なんですよ? それを……」
わたしが……ホント、自分で言うことじゃないとか思いつつそんな風に言い募ると――。
センパイは、なんだか楽しそうに笑った。
「ほらほら、そーゆートコだよ、後輩ちゃん!
――お前さんは、律儀で真っ直ぐだ。
だから、ヘタに止めないことにしたんだよ。
だってさ――」
「…………」
「止められたからって、止まるモンでもない――。
そーゆーモンだろ? アタシはそこまでいかなかったけど……。
――乙女のコイゴコロってのは、さ?」
……颯爽と、カッコイイ――あるいは恥ずかしい台詞を、センパイはニシシ、と白い歯を見せて笑いながら言う。
「赤みゃんを振り向かせようと、正々堂々、オンナ磨いて勝負するっていうなら……。
止めるのはむしろ野暮かな、って。
……まあ、味方もしないけどね」
「……絹漉センパイ……」
――あ〜……。
なんて言うか、この人が、こんな見た目なのにリーダーシップがスゴいの、分かった気がする……。
「じゃあ、センパイ……一つ、聞いていいですか?」
「質問によりけり、だな」
「わたしに……勝ち目って、あると思います?」
わたしが、チラリとセンパイを見ると……。
センパイもまた、チラリとこちらを見返していた。
「こりゃまた……答えにくい質問だにゃあ……」
「……でしょうね」
「ん…………ま、自分で分かってるってことか。
……そうだね、どうしようもないほど限りなく、ゼロに近い――か」
「でしょうねー……」
……改めて、第三者の口からハッキリと言われたからか。
わたしは、なんだか却って清々しいような気分で……浴槽の縁にもたれかかる。
――うん……分かってる。
分かってるんだよね、そもそも、初めからほぼ負け戦だってことは。
でも…………。
「……アタシが言うのもなんだけどさ……」
「…………?」
「ホンっト、厄介な相手にホレたモンだね、お互いに」
「……そう――。
そう、ですよね……ホント」
「ああ。……なんせあの鈍感ヤロー、ただの堅物どころか、オリハルコン級にカっっっっタぁぁ~い信念の持ち主だ。
アイドルやモデルやらはもちろん、それこそサキュバスみたいな人外の誘惑だって、おスズちゃんのためと思えば、ガチではね除けちまいそうなヤツだ。
でも――」
ゆらゆらと立ち上る湯気を追いかけるように、ゆったり視線を上げるセンパイ。
「それこそが、赤宮裕真ってオトコだ。
で、だからこそ――」
「……ホレちゃうんですよ。困ったことに」
「だなあ……困ったことに」
わたしたちは、なんとなく可笑しくなって――。
顔を見合わせて、笑い合った。
「――センパイ」
「おう」
「わたし……あきらめませんから。
どんなに勝ち目が無くっても……ゼロじゃないなら」
「……ああ。この絹漉あかねに二言はない。
明確におスズちゃんの邪魔をするようなことさえなきゃ……何も言わないよ。
まあ、もちろん……。
早いトコ納得してあきらめてくれるのが、一番なんだけどさ」
「でも、センパイ……。
わたしって障害が入ることで、二人の仲が進展するかも……とか、考えてるでしょ?」
「………………」
「………………」
「……鋭いな、後輩ちゃん」
はっきり見えないけど、多分、イタズラっ子な顔をしてるセンパイに……。
わたしは、にこやかに笑いかけてあげる。
「……じゃ、ある意味噛ませ犬みたいな役回りのわたしを憐れんで、フルーツ牛乳おごってくれますか?」
「むぅ……仕方あるまい」
「2本」
「むむう……是非もなし」
「じゃ、3本」
「ええ〜……? どんだけ好きなんだよ……」
「じゃ、もう一声!」
「――やめとけって! ヤケフルーツ牛乳とかやめとけって!
アタシ体育祭の打ち上げで5本いってエラいことになったんだから!
お腹、たっぷたぷのコロっコロだぞ!?」
お湯をばちゃばちゃ叩いて訴えるセンパイに、わたしは――。
「じゃ、やっぱり2本! センパイとわたしで!
同じ厄介なヤローにホレちゃった者同士、乾杯しましょう!」
カッコ良く、ビッと指を2本立てて見せる――つもりが。
なんせ距離感が掴めないんで……。
センパイのほっぺを突っついてしまっていた。
「こ、こりゃ、にゃにを……!」
「! ぷ、ぷにぷに!……子供ほっぺ……ッ!」
だ、ダメだ……コレやっぱり気持ち良い……!
と、止まらない……。
「にゃにゃにゃ…………って、ぅおいコラ! 誰が子供ほっぺだ!
テメー、恍惚としやがって……ケンカ売ってんのか!
こっちも揉んでやるぞ! うがー!」
……結果、わたしは――。
センパイの反撃は、片手で頭を押さえて無効化し――ぷにぷにほっぺを存分に堪能したものの。
フルーツ牛乳については、素直に自腹を切ることになったのだった。