第118話 ゲーム番長は魔王、料理当番は勇者
――放課後、ファーストフードで軽く昼食を済ませ、手近なスーパーで食材やらお菓子やらを買い込んだ俺たちは……その足で衛の家に向かった。
亜里奈と同じ小学校に通う、従兄弟の武尊が近所に住んでるってだけあって、思ったよりもうちに近い。
徒歩じゃさすがにちょっと遠いけど、自転車があればわりとあっさり行き来出来るぐらいだ。
そんな場所にある、建てられて数年って感じの、まだまだ小綺麗でこじんまりとしたアパートの1階奥が、衛の部屋だった。
外見通り、部屋の中も広くはないけど……衛の性格のせいもあるんだろう、清潔感があって過ごしやすそうだ。
ちょっと飾りっ気というか、物が少なめにも見えるものの……まあ、実家はあるんだし、あんまりアレコレ物を置いても狭くなるだけだしな。
ちょうどいいって言えば、これぐらいがちょうどいいのかも知れない。
「おー、ロフトがある! オレ、これ憧れてたんだよなー!」
「なんとかと煙は高いところを好むからなあ……」
「あぁん? 誰がケムリだオイこら」
「なんとかの方だろお前は。煙に詫びろ」
荷物を置いて、早速テンションが高いイタダキのアホをあしらいながら……俺は玄関側にあるキッチンを確かめたりする。
「フム。狭い部屋だが……悪くない。
一人暮らしというのもなかなか楽しそうだな」
「とりあえずそういうことは、最低限の生活能力身に付けてから言ってくれ」
かつて大勢の人間にかしずかれていたせいか、魔王サマはこういう生活にも興味津々のご様子だ。
……まあ実際、コイツがその気になれば、生活能力程度すぐ身につくんだろうが。
「うーん、みんな、驚くほど速攻で馴染んでるねー……」
冷蔵庫から出した、2リットルペットボトルのお茶をテーブルに置く部屋の主の顔には、爽やかな苦笑が浮かんでいる。
合わせて並べられた容器が、グラス2つにマグカップに湯呑みと、統一性がないのは、そもそもあまり来客を想定してないからだろう。
「まあ、お前の人柄みたいなモンだろ、衛。
単純に、居心地がいいんだよ」
「だったらいいんだけど……住み着かれたらさすがに困るかも」
俺の言葉に、大の字になって寝転がり、早くも大いにくつろいでいるイタダキを見ながら答える衛。
「……まあ、入り浸りはするかもな。この先」
――俺も含めて、というのは飲み込んで、曖昧にうなずく。
やっぱり、いろいろと気兼ねしなくていい、一人暮らしの友達の部屋って貴重だからなあ……。
「んー……いっそ家賃取ろうかな」
「おう、いいぜ。イタダキからまとめて徴収しとけよ」
「うん、そうするよ。
一番入り浸りそうなのに、一番役にも立たなさそうだし」
「然り。余も同意だ」
「――ぅおいっ!? 聞こえてンぞ衛!
それに、しれっとうなずいてんじゃねーよ魔王!
お前もむしろこっち側だろーが!」
「ふむ……だが少なくとも今日は、余の歓迎会という名目だろう?
主賓はもてなされて当然ではないのか?」
「ぬうう……もっともらしいことを言いやがって、魔王め……!」
「そう、魔王だからな?」
「ぐっぞー……!」
衛の出してくれたお茶を、遠慮なくグラスに注いでガブ飲みするイタダキ。
それをニコニコと見守り、手を差し出す衛。
「ありがとう、100円ね」
「生々しく高えよ!
あ〜もう、ゲームでもしようぜゲーム! 時間もったいねえ!
……裕真、ゲーム機持ってきてるんだろ? レトロなやつ!」
「ああ、それなら余が預かっている。少し待て」
答えて、ハイリアがカバンから取り出したのは、うちの父さんから借りてきたゲーム機だ。
最近のレトロ復調の兆しに合わせて発売されたもので……。
レトロなゲーム機を模して小型化してあり、さらに当時のゲームが数十本内蔵されていて、現代のテレビの接続端子で使えるという……実に便利なアイテムである。
まあ、内蔵されたゲーム以外はプレイ出来ないという欠点もあるものの、それでも結構な数が揃っているんだし、こういう場で盛り上がるにはもってこいってやつだ。
……っていうか、勉強会って名目はどこ行った……。
いや、まあ、予想通りではあるけども。
「……よっしゃハイリア、まずはバルーンでファイトでもしようぜ!」
「ふむ……構わんが、キサマの残機はすべてサカナの腹に収まることになるぞ?」
この部屋に対してわりと大きめなテレビにさっさとゲーム機を接続し、ハイリアにもう一方のコントローラーを投げ渡すイタダキ。
よくよく見ると、テレビ台には最新のゲーム機とソフトもしまわれている。
そう言えば、衛も結構ゲームとかするんだったな。
……ちなみに、今イタダキたちがプレイしているような時代のレトロゲームは、2人同時プレイが、協力にも対戦にも、やり方次第でどちらにも成り得るものが結構多い。
純粋に助け合えば協力プレイになるし、潰し合えば対戦プレイになるってわけだ。
そして、まあ、当然と言うべきか……。
こうして野郎どもが集まれば、傾くのはもちろん対戦の方である。
「ぐおお〜っ!? まただ!
まだ風船残ってるのに、また絶妙のキックでサカナの胃袋に押し込められた〜!」
「ふ……屈辱的だろう?」
「……ええい! なら、次だ次!
今度は氷壁をクライマーするぞ!」
「ふむ……構わんが、キサマは一段とてクライム出来んぞ?」
ハイリアとの圧倒的なテクニックの差に、早くもリベンジを諦めたイタダキは、さっさと別のゲームに切り替える。
しかし……。
「ぬぐおお〜っ!?
上るのが速過ぎて、オレばっかり画面外に置いて行かれる〜っ!?」
「ふ……やるせなかろう?」
うーむ、初見のゲームならまだしも、この辺のレトロゲームは、ハイリアは父さんに付き合ってそこそこプレイしてるからなあ……。
それも、アガシーと同じく、圧倒的な適応力+運動神経で。
ぶっちゃけ、生半可な腕前で太刀打ち出来るモンじゃない。
「ま、まあ、さすがは魔王サマってところか……なかなかやるじゃねえか!
――ってわけで、なんかちょっと小腹空いたな!
裕真! なんか、ちょちょっと食えるモン作ってくれよ!」
衛にコントローラーを渡して交代しながら、イタダキがたわけたことを抜かしやがる。
「……ああ? さっきハンバーガー食ったトコだろうが」
「いやあ、控えめにしたからなー。でも、鍋始めるにはまだまだ時間あるだろ?
それに今日は土曜日、明日のことは気にしねーでぶっ通しで遊ぶとなりゃ、買い込んだお菓子は温存しときてーじゃねえか?
――ゆえに、ここはいっちょ、冷蔵庫の余りモンとかで何か頼む!」
……コイツ……今ついに、『ぶっ通しで遊ぶ』って明言しやがったな……。
つーか、だいたい、冷蔵庫の余りモンも何も、俺ん家じゃねーんだぞ?
「……あ、いいよ裕真、冷蔵庫の中のヤツ、何でも使ってくれて」
ハイリアと、微妙に協力、微妙に敵対……な感じで、配管工兄弟のゲームをやってる衛が、ありがたいんだかなんだかよく分からんお墨付きをくれる。
ああもう、わかりました、わかりましたよ……まったく。
俺は冷蔵庫を覗き込み……さっき突っ込んだ鍋の材料以外の、適当な食材を引っ張り出す。
……といっても、一人暮らしで、さらに近所の親戚からよくご飯の面倒を見てもらってるってだけあって、ホントに大したものはなかった。
しかし、万能食材のタマゴが無いのに、野沢菜の漬け物があるってどうなんだ衛……。
「……衛、棚にあるツナ缶ももらうぞ?」
「うん、どうぞー」
「あと、ホントにおつまみ程度のモンだからな、文句言うなよお前ら?」
「おう、マズいならマズいって言ってやる!」
このヤロー……。
鍋ンとき、ほぼほぼ練り辛子のつみれとか食わせてやろーか……。
……とりあえず、レトロゲームで盛り上がる3人をよそに、俺はおつまみ作りに。
少しだけ油を引いたフライパンで、一口大に切ったちくわを炒め……焼き目がついたあたりで醤油をかけてサッと混ぜ、それがちょっと焦げ付くぐらいで皿に移す。
あとは、わりとたっぷりめに七味をかけて……まずは1品。
続けて、そのフライパンにそのまま、水気を絞って切った野沢菜の漬け物とツナを投入。
ツナの油を利用して炒めつつ、先の焦がし醤油の香り付けだけじゃ味が弱いだろうから、もう一回、皿に移す少し前に、ほんのちょっと醤油を垂らす。
野沢菜の漬け物の塩気もあるので、かけ過ぎないのがポイントだ。
……これで2品。
どっちも主な味付けは醤油で濃いめ、さらに炒め物だが……いいだろ別に。
「おら、出来たぞー」
どーせ鍋の用意も、メインでやるのは俺だろうに、なにやってるんだか……。
そんな風に思いながら、おつまみ程度の2品を出したわけだが――。
「……あ、シンプルだけどおいしいねー、さっすが裕真!」
「ふむ。まあ……合格点をやろう」
「おう、フツーにうめーな! やるじゃねーか、料理上手!」
「……こんなの、料理ってもんでもないけどなー……」
そんな風に喜ばれると、悪い気はしないのだから……。
俺も、なんとも単純である。
……でもって、そのおだてがコイツらの計算だったのかどうかは知らないが……。
結局やっぱり、夜の鍋の準備は――。
ほとんど俺が、一人でこなすことになったのだった。