第117話 甘味処の彼女たち
――土曜日の昼下がり……。
ウチとおキヌちゃん、ウタちゃんの3人は、学校帰りに〈世夢庵〉に寄ってた。
ウチは今日も特訓せなあかんねんけど……それまでちょっとだけでも一緒に遊ぼう、って誘われて。
ちなみに今日は、お昼ご飯も兼ねてるから、定番の黒みつまめに加えて、磯辺餅も頼んだんやけど……。
その磯辺餅も、普通のお醤油のやつだけやなくて、バター醤油にチーズと、3種類の味が楽しめるようになってて……すっごいおいしかった。
……で、今は……。
季節的に暑くなってきたし、当然のようにアイスクリームを乗っけた黒みつまめを突っつきながら、みんなでのんびりお話中。
「……そう言や、この暑いのに、赤みゃんたちは鍋パーティーするんだっけか、今日」
リボンを緩めたおキヌちゃんが、開いた襟元に指引っ掛けてパタパタさせながら言う。
はしたないなあ……もう~。
「うん。勉強会にハイリアくんの歓迎会兼ねて――って言うてたね」
「ま、あのメンツが集まって勉強会はナイでしょ……」
「うん、ナイな。
――そしてナイと言えば、ウタちゃん!
キサマが、リボン外して襟のボタン外して――も、ナイ!
むしろどてらでも羽織れ!」
同じように、リボンを緩めようとしてたウタちゃんを、おキヌちゃんはビシッと指差す。
「なんでよ。暑いじゃない」
「キサマが薄着になればなるほど、その胸に引っさげた2つの脂肪の塊が存在感を増してムカつくのだ!
ブ厚いどてらでモコモコして覆い隠せ!」
「…………。
分かった分かった、じゃあ店長さん呼んでおモチ分けてもらってあげるから、アンタはそれでも詰めてなさいな」
「モチだろうが求肥だろうが、今さらその程度詰めたところでどーにかなるか!
幼児体型ナメんな!――なあ、おスズちゃん!」
「そこでウチに振る!?
気持ちは……うん、まあ、分かるけどね……うん」
ウチとおキヌちゃんは、揃って盛大にタメ息をついた。
「なにやってるんだか……いや、おスズは巻き込まれただけか。ご愁傷さま」
「うん……ありがとう……」
ウチは、恨めしそうにウタちゃんのごリッパな胸元を見つめながら……かくんと頭を下げた。
「ま、それはさておき……。
魔王サマの歓迎会、ちゃんとやった方がいいかしらね?」
改めて、ウタちゃんがそんな提案をすると……。
ヤケ気味に黒みつまめを頬張ってたおキヌちゃんが、スプーンを咥えたまま腕組みしてうなずく。
「ほーはへー。へも、へふとほはっへはふぁははー?」
「……おキヌちゃん、お行儀悪い。
ちゃんとごっくんしてからしゃべりなさい」
「はーひ」
ウチに怒られたおキヌちゃんは、改めて、口の中のものを飲み込んでから――
「って、スプーン咥えたままもあかん!」
「……んもう、厳しいなあ、おスズちゃんは~」
スプーンを器に戻して、腕を組み直すおキヌちゃん。
「――んじゃ、改めて。
うん、せっかくだし、夏休み入る前にクラスで有志募って歓迎会やろうとは思うけども……とりあえずテスト終わってからかな?」
「まあ、それはそうだね」
ウタちゃんと一緒に、ウチもうなずく。
「……にしても、歓迎会と言えば……。
あの男子どもは、ちゃんと食えるもの作れるのかねえ……」
ふと、おキヌちゃんがもらしたそんなつぶやきに、一瞬何のことかと思ったけど……。
ああそっか、今日の鍋パーティー……。
なんやかんやで、おキヌちゃん面倒見ええからなあ。
やっぱり心配になるんやね。
まあ……ウチもちょっと心配――っていうか、気にはなるけど。
「ま、大丈夫じゃない? 鍋ぐらいなら。
国東くんも、普段は一応自炊ぐらいしてるんだろうし……赤宮くん、結構料理出来るんでしょ?」
ウタちゃんの問いに、ウチはうなずく。
「亜里奈ちゃんも、もともとは料理は赤宮くんに教わった――って言うてたぐらいやから」
「うーん、まあ、そーなんだけどさ~。
あからさまにザンネンな阿呆が一匹混じってるからなあ」
「それだけ気になるならおキヌ、鍋だけでも仕切りに行ってあげたら?」
ウタちゃんがそんな風に提案すると、おキヌちゃんはウチをチラッと見て、首を横に振る。
……おキヌちゃん……ウチに気ぃ遣ってくれてるんや……。
「だーめだめだめ。
彼女持ちのヤローのところに、その彼女の同伴ナシで世話焼きに行くとか……ナイね。ナイ」
「ウチは……気にせえへんけど……」
こうやって言うてくれたし、おキヌちゃんやし、別に赤宮くんだけの場やないから大丈夫やねんけど……。
それでも、おキヌちゃんは頑として、首を縦には振れへんかった。
「だーめ。アタシが気にする」
「……ま、わたしとしてはどっちでもいいんだけどね。
とりあえずわたしは、魔王サマも含めたあの男子たちがどんな風に盛り上がるかは、ちょっと気になるかなー。
――ねえ、おスズ?」
「えっ!? あ、う、うん……そやね。
確かにちょっと……気になるかも」
ウチ、一人っ子やし、これまで男の子の集まりとか縁がなかったから……。
うん、ウタちゃんの言う通り……ちょっと興味ある……かな。
赤宮くん、どんな話したりするんやろ……とか。
「まー、あのメンツだと、おバカな話で大盛り上がり――とかじゃないかね。
あとは……やっぱりアレ?
思春期男子お約束の、エロスな動画の鑑賞会、とか?」
「! エ――エエ、エ――ッッ!!??」
――ガキッ!
おキヌちゃんの何気ない発言に……。
ウチは思わず、力一杯黒みつまめにスプーンを突き立ててもうた。
「やや、やっぱり、そそ、そーゆーもんなんっ!? お、男の子って……!」
「――お、おおう、どうどう、おスズちゃん、どうどう……。
とりあえず肩の力を抜こう、な?
そのままだと、みつまめの器が割れるか、スプーンが折れるかするから。な?」
「! う、うん、ゴメン……っ!」
ぎこちない動きで、スプーンを手放すウチ。
それでもやっぱりヘンな力が入ってたんか、器と擦れ合って耳障りな音が鳴った。
「いやまあ、アタシだってそんな場に首突っ込んだことあるわけじゃないけどもさ。
だいたい……そんなモンなんじゃないかい?」
「わたしンところに入ってくる情報だと、だいたいはそうだね。
――っていうか、女子でもあるよ、そういうの」
「! そ、そそ、そーなんや……!?」
思わず、ウチはまた力いっぱいスプーンを掴んでしまう。
あ……! ちょ、ちょっと曲がってもうた……かも……。
「まあ……単に延々、くだらない話でバカ騒ぎしてるだけ、って可能性も高そーだけど」
「しっかし、赤宮くんだってリッパな思春期男子だからねえ……。
彼女としてはその辺どーなの? おスズ」
「え! うううう、ウチぃっ!!??」
あ、赤宮くんが、そ、そーゆー動画で盛り上がってたら……?
そ、それは、男の子として興味がある言うんは……分かるし……。
うん、しゃあないこと……って、思う……けど……。
ああ〜……でも、なんやろ、ちょっと――。
うん、ちょっとだけやけど、モヤモヤするっていうか……!
「どう? 許してあげる?」
「う、うぅ〜ん……許すっていうか……しゃあないことなんかな、って思うし……。
ちょっと、なんか……モヤモヤはする……けど」
「んー、そっかそっか」
ウタちゃんは、なんか良い笑顔でウチの頭をなでてきた。
「……ま、それぐらいでいいんじゃない?
まったく気にしないのも、それはそれで男って調子に乗りそうだけど……。
ダメ!――って完全にシャットアウトするのも、かわいそう……っていうか、あんまり良くなさそうだし?」
「そ、そう……なんかな?」
ウチが曖昧に首を傾げてると、続けておキヌちゃんが大きくうなずいた。
「まあ……どのみち、赤みゃんなら問題ないだろーけどさ。
ありゃそれこそ、エロい動画どころか、女神サマとかに求愛されたとしても、ガン無視しておスズちゃんを一番に選ぶだろうからねー。もうゼッタイ」
「……おキヌちゃん……」
「フッ――。なーに、いいってことよおスズちゃん。
アタシゃ当然のことを言ったまでさ……」
「ううん、そうやなくて……。
今、さりげなくすくってったアイス、ウチのやねんけど」
「…………」
「…………」
「…………バレたか」
おキヌちゃんは、しょうがないって顔で寒天を1つ、こっちの器に移すけど……。
うん、釣り合い取れてないよ、コレ。
まあ、でも…………ええか。うん。
「もう……しゃあないねんから」
「へっへへ〜……だから好きだぜ、おスズちゃん!
さて、それじゃ……!
テスト終わったらどうするかとか、ちょっと予定立ててこーかね!」
「はいはい」「うん!」
そうして、ウチらは改めて……。
額を突き合わせて、この先の予定とかを話し合ったりすることになった。