第114話 全然似てないのに、でも似てる
――そして、時間は再び水曜日の朝……。
「あ、おはよ〜、亜里奈ちゃん」
「うん、おはよ」
先に教室にいた見晴ちゃんとあいさつを交わして、あたしは席に着く。
いっしょに登校したアガシーはと言うと、教室前で男子たちの一団と遭遇するや、そのままレトロゲームの攻略法について話し込んでいた。
今じゃ、あの子のゲームの腕前は男子の間で有名だからなー……。
いずれは、軍曹じゃなくて名人とか呼ばれたりして。
そうして……。
廊下から聞こえてくるその会話の中に、『魔王』って単語を聞きつけたあたしは。
それが指してるのが、まったく別のことだって分かってはいても。
――さすがに……昨日のことを思い出さずには、いられなかった。
「えー……っと……」
『余は、亜里奈――お前に、心を奪われたのだ』
魔王――ハイリアさんから、多分、告白だと思うそんなセリフを告げられたあたしは……お兄とアガシーを交互に見やった。
「……で、コレなんの罰ゲーム?」
「「 ! そ、そう、これ罰ゲー……! 」」
「――ではないな」
お兄とアガシーが高速で首を縦に振るも、キッパリと当のハイリアさんが否定する。
「……冗談でもない?」
「冗談でもないな」
「もしかして――」
「そっちの趣味、というやつでもない」
「………………」
うーん………………困った。
この際、相手が元・魔王だっていうのは(それも重要だけど)置いとくとして……。
初対面で、いきなりこうもはっきり想いを告げられたあたしは、一体どうすればいいんだろう。
いや、でも……考えてみたら、告白って、割と初対面だったりするのかな?
うーん、でもそれならそれで、学校が同じとか、接点がありそうなものだし……?
いやいや、ナンパとかだと完全初対面だったりも……。
それに、世の中には確かに、一目惚れって言葉もあるわけで……。
うーん…………困った。
「困らせてしまったか?」
穏やかな微笑を浮かべたままのハイリアさんの言葉に、あたしは素直にうなずく。
「はい、困ってます」
「これまではどうだったのだ?」
「どうもなにも……告白されたのなんて初めてです。
だから余計に困ってます」
……そう。
あたしは、男の人にこうして告白されたのなんて初めてだ。
まあ、まだ小学生だし、当たり前かも知れないけど……。
それでなくてもあたしは、自分がそんなことをされるタイプだなんて思ってなかった。
……だって、ツリ目だしクセっ毛だし、だからかわいい服とかも似合わないし……。
それに、そう、そのツリ目のせいでキツい性格って思われるだろうし、うんまあ、実際ほかの女の子と比べたら、シビアでキツい方だと思うし……。
とにかく、女の子らしくなくて……かわいくなくて……。
ぶっちゃけ、モテない方だと思ってたから。
だからなのか、とにかく実感がない。
こういうのって、もっとドキドキすると思ってたんだけど……驚くほど冷静だ。
そういうところがまた……あたしの、かわいくないところなのかも知れないけど。
「ふむ……困るばかりでなく、イヤか?」
「え? あ、いいえ、イヤ――って感じは、ないんですけど」
……これも正直な気持ちだ。
困ってはいるけど、イヤとは思わない。
きっとそれは……ハイリアさんが、真剣だって分かるからだ。
初対面でも、真摯にまっすぐ想いを告げられて……イヤなはずがない。
だけど、だからこそ……困るんだ。どうしたらいいか。
そもそも、あたしは……まだ子供だし。
「あの……これ、一目惚れ、ってやつなんですか?」
なんとなく聞いてみると、ハイリアさんはちょっと考えてから、首を横に振る。
「予感のようなものはあったかも知れないが……そう、封印具の中から度々お前を見ていて……人間としての赤宮亜里奈に惹かれた。そんなところだ」
「人間として……って、あたしなんて、まだ子供ですけど……」
「……そうだな、お前はまだ幼い。
ゆえに、これから成長する中で、変わっていく面もあるだろう。
だが――奥底にある魂の輝きまでは、変わるものではない。
そして、余が惹かれたのは……まさに、そういうところなのだ」
「………………」
その、ハイリアさんの言葉は……なんていうか、胸に響いた。
静かに、静かに……小さく広がる、波紋みたいに。
かすかに、わずかに……ほんの、少し。
「まあ、そんなわけなのでな――」
なおもあたしが、どうしたらいいかって困惑してると……。
いきなりハイリアさんは姿勢を崩し、リラックスした調子になった。
「先に否定したように、余は、子供のお前が好きだなどと言うわけではない。
今すぐ、この求愛を受けろと言うわけではない――」
そうして、どこか子供みたいな顔で、清々しく笑う。
「ただ、余の気持ちを知っておいてほしかった――それだけだ」
「それって……」
「うむ。この先、お前が余を好くも嫌うも、自由ということだ。
どちらを選ぼうとも、その選択を尊重しよう。
どちらであろうと……お前に捧げた余の心は、変わりはせぬ」
「じゃあ……あたしが、誰か他の男の人を好きになってもいいってことですか?
あなたの想いに応えないとしても?」
「言った通り、お前の自由だ。構わんとも。
もっとも――」
まさしく、ニヤリ、って言葉がピッタリな笑みを、ハイリアさんは口元に浮かべた。
「……それほどの人物が他にいれば、だが」
「……はあ……」
なんだか、気が付けばすっかりあたしもリラックスしていて……。
思わず、そんなハイリアさんの発言に、呆れ顔を返してしまう。
「なんか、大した自信……ですね」
「無論だ、余は――」
対してハイリアさんは、得意気に――。
そしてどこか……なぜか、優しく。
フン――と、鼻を鳴らした。
「魔王だからな」
「……んん〜? 亜里奈ちゃん、どうかしたのぉ~?」
ふと気が付くと、見晴ちゃんがあたしの顔を覗き込んでいた。
――いけないいけない、ぼーっとしてたみたい。
「んーん、なんでも。
……そうだ、見晴ちゃんって、男子に告白とかされたこと、ある?」
「わたし~? ううん、ないよぉ~」
ゆるゆると首を振る見晴ちゃん。
うーん……そっかぁ。
見晴ちゃん、あたしよりよっぽどかわいいけど……なんかいろいろハードル高そう、ってイメージあるのかなあ……。
とりあえず、参考になる話は聞けなさそう……。
まあ、でもそうだよね……。
あたしの友達からじゃ、年齢的にさすがにほとんどいないかも。
……ってことは……もう少し範囲を広げて……。
うん、知り合いってなれば……確実に一人は思い浮かぶよね、告白された経験がある女子。
今度、機会があったらお話、聞いてみようかなあ……。
「……ふぃ〜……。
まーったく、デキの悪い部下を持つと苦労しますねマッタク!」
気が付けば、男子との話は終わったのか、アガシーがこちらへやって来ていた。
見晴ちゃんとハイタッチしながらのあいさつを交わして、あたしの前の席にドスンと座る。
「――で、で、二人でなんのお話してたんですかっ?」
「うん。あなたの『お兄さん』、ちゃんと転入のあいさつ出来てるかなー、って」
あえてあたしがその話を振ると……。
上機嫌だったアガシーの顔が、一気に引きつった。
「あ〜……いましたねえ、そんなヤツ」
声のトーンも、一段どころか二段ぐらい下がってる気がする。
「ええ~?
アガシーちゃんのお兄ちゃんって、なに~?」
見晴ちゃんが興味津々といった感じで目を輝かせるから、改めて、アガシーの『お兄ちゃん』がうちにやって来たことを教えてあげた。
……どうせ、イタダキさん経由で明日には知られてることだからね。
「ふわあ、そうなんだねえ~……!
それで、そのお兄ちゃんは、どんな人なのぉ~?」
「敵です」
拳の骨をパキパキと鳴らしながら即答するアガシーを、ひとまず追いやりながら……。
さて、どんな人、となるとどう言ったらいいかな、と考えて――あたしの口を突いて出たのは。
「うちのお兄に似てる――かな」
……そんな言葉だった。
「――はああっ!?」
またも即座に、アガシーが思い切り顔をしかめる。
「ゆ――兄サマとアイツが、ですかあ?
ゼンッゼン、似てないと思いますけど!」
「え? ああ、うん、そっか。そうだよね……。
あれ……? じゃ、なんであたし、そんな風に思ったんだろ?」
アガシーの言う通りだ。
よくよく考えれば、見た目はもちろん、性格だって似てるって感じじゃない。
でも……なんだろ。なんでだろ……?
似てないんだけど、似てるっていうか……。
「ふ~ん……なんだか、面白そうな人なんだねえ~。
そりゃそっかぁ~、アガシーちゃんのお兄ちゃんだもんね~」
「敵です」
なおも即答するアガシーを、またぐいと脇にどける。
「うん、まあ……また、なにかと大変そうではあるかな。
ややこしそうな人っていうか……」
「でも~、賑やかになっていいねえ~?
亜里奈ちゃんも、なんか楽しそうだし~」
「…………え?」
見晴ちゃんの指摘を受けて、あたしは思わず自分の顔に手をやる。
いや、うん、さすがに今まさに笑顔ってわけじゃないけど……。
……楽しい? あたしが?
ああ……うん、そう……そうなのかも。
――いきなりの告白とか、はっきり言ってビックリしたけど……。
あたしへのその気持ちが、イヤってわけじゃないし……。
別に、今すぐ答えを決めろって言われたわけじゃないし……。
だからそういうの、いったん脇に置いて考えたら――。
アガシーのときみたいに、普通に、賑やかになって……楽しいんだ。
ちょっと変わった、新しい友達が出来たみたいで――。
それなら……今は、それでいいよね。
正直に言ったら、ハイリアさんなら……。
笑って「それでいい」ってうなずいてくれそうで――。
「……そうだね。
うん……楽しいかな……!」
あたしも、何だか……自然と笑ってしまっていた。