第112話 アレでソレならコレしかない
――6月26日、水曜日。
今週は……。
月曜日には、鈴守を励まし、ヤキモチ妬かれて、その後サボりに存分に付き合って。
火曜日には、その辺の話(白城にケガの手当てしてもらったこととか)を聞きつけたおキヌさんたちに、迂闊だとか色々ボロクソに怒られて。
さあ、今日水曜日はトラブルなく平和に過ごしたい――ところだったけど。
そうもいかないことを……俺は、今日が始まる前から理解していたのだった。
「えー……と。こういうのは大ニュース、とか言えばいいのかな?
今日はみんなに、このクラスへの転入生を紹介することになりましたー」
――朝のHR。
マサシン先生の、いつもながらやる気があるんだかないんだかよく分からない調子の……でも実際にビッグなニュースであるその言葉に、クラスは色めき立った。
まあ……俺を除いて、だけど。
「マサシンセンセー!
どんなタイプの、オレに相応しい美少女っすか!」
さっそく、鼻息荒く元気に手を挙げたイタダキが、ザンネンな質問をする。
……そんな、お前のためだけにピンポイントにドストライクな転入生が現れるのはゲームの中ぐらいだ、いい加減気が付け。
「んー、悪いな摩天楼、そんなどんな検索サイトでも引っかからない条件は……。
あ、いや――遺産狙いとかならイケるか?」
「ぐはっ――!」
遠回しに、お前の魅力は家の財力だけ――と言わんばかりの、マサシンセンセ必殺の毒の刃をブッ刺されて……イタダキが即死した。
しかし、誰もその屍を顧みようとはしない。
まあ、何せイタダキだからな。30秒とかからず蘇生するだろう。
「ま、ここでアレコレと問答するより、さっさと本人にご登場いただいた方が話が早いか。
――どうぞ、入ってきて」
百聞は一見に如かず……というと聞こえはいいが、多分、説明するのが面倒くさくなったんだろう、マサシンセンセは早々に廊下の方へ呼びかける。
まあ、でも……その気持ちも分からなくはない。
実際、アレはヘタに第三者が説明するより、本人に投げっぱなしの方がゼッタイ楽だもんなあ……。
クラスのみんなが、興味深げにドアの方へ視線を集める中――ただ一人俺は、複雑な思いで小さくタメ息をつく。
――果たして。
ドアを開けて教室に入ってきた『アイツ』を見た途端――。
クラスは、想像通りのざわめきに包まれた。
180を超えるスラリとした長身に、プラチナブロンド……だっけか、金と銀のいいとこ取りをしたような、それ自体が光ってるんじゃないのかって感じの、サラッサラの長い銀髪。
さらに新雪みたいな白い肌に……男か女か分からない――じゃなく、『どちらでもアリ』なレベルの、まさしく美形そのものな顔立ち――。
そしてトドメは……その所作だ。
さすがというか、何気ない動きでも、その一つ一つに、やたらと(ムダに)気品がある。
それがまあ、その超絶美形っぷりを引き立てること引き立てること……!
――そう。
今まさに、うちの学校の制服を着て、マサシンセンセの隣に立った少年(一応)は――。
「――赤宮サインだ。よろしく頼む」
かつての俺の宿敵。
異世界アルタメアの元・魔王――。
新しく〈人造生命〉の身体を得た、ハイリア=サインその人だった。
「え? 今、赤宮って……!」
誰かのつぶやきに反応して、みんなが俺の方に視線を向ける。
うん……こうなると思ってた。
聞くところによると、アガシーが編入したときもそうだったみたいだからなー……。
「ああ、そうなんだ。
こちらのサイン君は、そこの赤宮の……えーと、再従兄弟にあたるらしいよ。
フランスの親元を離れて、勉強のために日本に来たんだそうだ」
「――あっ!
じゃあまさか……アガシーちゃんのお兄ちゃんってことじゃ!」
ハイリアと俺を交互に見やりながらのおキヌさんの疑問に、俺はうなずく。
「ん、まあ……そういうこと」
アガシーのことは、この間の体育祭でみんな見知っているからだろう――。
あの美少女の兄ならさもありなん、とばかりに、妙に納得した様子で落ち着いていく。
……ちなみに、俺的に一番怖いのは、鈴守の反応だったわけだが……。
「さすが、アガシーちゃんのお兄さんってだけあって、スっゴい美形なんやねー……」
隣の席から、そう俺に囁きかけてくる鈴守の表情には、驚きはあるものの、『恋する女の子』的な感じは(多分)ない。
ああ……良かった。
いや、もちろん鈴守のことは信じてるけど……ハイリアのヤツの美形っぷりはマジの魔性だからなあ……。
正直、ルックスに自信なんてロクにない俺みたいな人間からすると、やっぱりちょっぴり不安だったりしたのだ。
「……さて、じゃあちょっと自己紹介でもしてもらえるかな?」
マサシンセンセが促すと、ハイリアは改めて教室をぐるりと見回し……。
その外見にピッタリな、良く通るイイ声を発した。
「先ほど紹介を受けたように、我が名はサインなのだが……育った場所の風習のようなものでな。
余は幼い頃より『ハイリア』と呼ばれてきた。
ゆえにそちらの方が馴染みが深いので……皆も、余のことはそう呼ぶがいい」
ハイリアのセリフに、落ち着いていた教室内がまたざわつく。
……まあ、それも当然だよな……。
『ハイリア』って呼び名については、外国の風習とか言われると「そういうもんか」で済むかも知れないけど……。
なんせ……自分を指して「余」だもんなあ……。
それに、謎の上から目線だもんなあ……。
どこの妄想逞しい中学生だ、って話だよなあ……。
……ああもう、だからその話し方はやめとけって、さんざん忠告してやったのに……!
「質問! ハイリアってのは、やっぱりその超絶な美形っぷりで、『ハイパーにリア充』な時間を過ごしてきたからなのか!?」
唐突に、挙手しつつ立ち上がったイタダキが、そんな、いかにもヤツらしい質問を浴びせる。
……いやお前、フランス(設定上)に住んでたって人間が、『ハイパーにリア充』はどう考えてもナイだろ……。
まあ……あの容姿を前にして、そう言いたくなる気も分からなくはないが。
さて、このザンネン丸出しの質問にハイリアがどう答えるのかと思ったら――。
「実は……『ハイグレードなリア充』だ」
「――ンなにぃッ!?」
……ボケやがった。
「いや、『廃位されたリア王』だ」
「え? は、はい……りあおう?」
「――シェークスピアでしょーよ、おバカマテンロー。
うん、確かに廃位されてるねえ、リア王」
思い切り疑問符を浮かべるイタダキに、おキヌさんが助け船を出すと……。
ハイリアは優雅な動きで小さく首を振った。
「うむ……許せよ、マテンローとやら。
キサマの知識の程度を見誤った、余が悪かった」
「ぐはっ――!」
イタダキ、本日2度目の即死。
……っていうか、ハイリアのヤツ、狙ったな……。
「まあ、果敢に討ち死にしたマテンローに免じて、真面目に答えると――だ。
ハイリア、とは……故郷の古い言葉で〈王たる星〉という意味なのだ。
残念ながら、ハイパーでもリア充でもないな」
今度は、ちゃんと正直に答えやがった。
しかも……麗しく微笑したりしながら。
けど……〈王たる星〉って……。
こんな場所でそんなこと言ったらお前、まさしく厨二判定まっしぐらに――とか思ったら。
「うん、王だ」「王サマ……!」
「王だよ!」「王だね!」
なんか……口々にみんな、そんなことを言い出していた。
……え、いいの? アリなの?
認められたところで、せいぜい美形御用達の『王子』止まりと思ってたら……突き抜けた!?
超絶美形、恐るべし……!
いやむしろ、恐れるべきは、うちのクラスのこの懐の深さか……?
「――では、王! 王には彼女とかいるんでありますか!」
FPSゲームのリスポン並みの早さで復活したイタダキが、また懲りずにヘンな敬語で質問する。
しかし、これは……。
みんな――特に女子の面々が興味津々なようで、さっきみたいな『またイタダキがザンネンなことを……』といった空気はない。
むしろ、その瞳のギラつきようからすると、『よく聞いた!』って感じだろうか。
「……ふむ……心に決めた相手ならいるな」
「――――ッ!?」
俺は思わず顔を上げる。
視線が、ハイリアのそれと交わった。
……え、まさか、コイツ――!?
「そこの勇者の妹……赤宮亜里奈だ。
将来は我が妻にと、勇者からも許しを得てある――」
「「「「「 !!!!!!!! 」」」」」
まさかの爆弾発言に、教室内、絶句。
「――ぅおい!! まだやるとは言ってないだろ! 捏造すんなっ!」
そんな、ある意味騒がしすぎる沈黙を破り――思わず、椅子を蹴立てて立ち上がる俺。
……しかしハイリアは、余裕の微笑を浮かべて見返してくるのみだった。
「だが、絶対に許さんとも言っていない――そうよな?」
「そ、そりゃ、亜里奈の意志が一番大事だからで……!」
「そうだ。もちろんだ。
そして、ならば亜里奈が同意してくれたなら良い、ということだ……そうだな?」
「そ、それはな!
そうなったら、俺がどうこう言うことじゃ……!」
「うむ、なら間違いではあるまい。キサマは許したということだ」
「なんでそうなる!
だーかーら、まだンな話は早いってだなぁ――!」
――その後……。
勇者の俺と、『お姫さま(亜里奈)』を巡って争っていることと……。
その、狙うお姫さまのお歳がまだ少々お若過ぎるということとか……。
それを堂々と宣言するところとか、なんか諸々が加味されて……。
その日のうちに早くも、ハイリアには――。
『王』すら通り越して、『魔王』という……。
どうしようもなく相応しすぎる呼び名が、与えられたのだった。