第111話 人それを、焼いても食えないモチという
――俺なんかの言葉が、実際どれだけ、悩む鈴守の助けになれたかは分からない。
でも、まあ、多少なりとは効果があってくれたみたいで……。
中庭から戻るときには、鈴守は、少なくともはた目には、いつもの調子を取り戻して見えた。
……よかった、ホントに。
俺が見ていたいのは、この子の、こういう何気ない笑顔なんだからな……うん。
「でも、なんか、ホンマに……。
ウチ、赤宮くんには助けられてばっかりの気がする」
廊下を歩きながら、ぽつりとつぶやく鈴守。
「え……そう? 俺、なんかしたっけ……?」
「あ! えっと、その……う、ウチの中で勝手に、って感じやねんけど……。
『家業』でしんどいとき、赤宮くんがおってくれるからとか、赤宮くんたちのためにも頑張ろうとかって……自分を励ましてるから……。
それがなかったら、ウチ、とっくに投げ出してたかも知らんし……やから……。
ウチが頑張れてるんは、ホンマに、赤宮くんのおかげなんやなあ、って……」
ちょっと恥ずかしそうに、うつむき気味に、鈴守はそんなことを言ってくれる。
「……鈴守……」
――正直に言おう。
大好きな女の子に、こんなことを言われて嬉しくない男がいるか!?
いやいや、いるわけねーだろ!
……ってわけで、ヤバい、めちゃくちゃ嬉しいぞ……!!
「……いや、それを言うなら、俺だって……。
鈴守がいなかったら……その、きっと、戻ってこれなかっただろうし……!」
で、あまりの嬉しさについ――。
俺は考えなしに、そんなことを口走ってしまっていた。
「…………?」
きょとんとした顔で、俺を見上げてくる鈴守……。
――い、いかん、やっちまった……!
なんだよ、『戻ってくる』って!?
まさか、異世界で勇者やってて……とか言うわけにいかないし、このままだと何言ってるんだかワケ分かんないぞ……!
……と、ヘンなヤツ認定されるんじゃないかと、内心冷や汗を流していると……。
鈴守は、くすっと可愛らしく吹き出した。
「――なんなん、それ?
なんか、どっか遠いトコ行ってたみたい」
どうやら……優しい鈴守は、ヘタな冗談の一種と受け取ってくれたらしい。
よ、良かった……助かった……。
「え、ああ、な、なんて言うか、精神的にね!
こうして鈴守が側にいてくれなかったら、俺なんて落ち込みまくってもう戻ってこれないだろうなあ、って! うん!」
「……もう、大ゲサやねんから」
さっきまで沈んでた反動か、そうして快活に笑ってくれる鈴守が、すげー可愛い。
「あ、そうや……!
――ゴメン赤宮くん、教室戻る前に購買部寄ってってええかな?
赤のペン買わなあかんの忘れてた」
「ん? あ、ああ、もちろん。
そうだなー、じゃ、俺もついでになんか、パンでも買おっかな」
俺たちは、まっすぐ階段を目指していた足を返して、食堂脇にある購買部の方へと向かう。
「……え? さっき、お弁当食べたばっかりやのに?」
「んー……ビミョーに足りないんだよなー……」
「ふふ、男の子やなあ。
今日は、お弁当、作ってくれたんは亜里奈ちゃん?」
「そう。まあ、ちょっと量が物足りないのは、だから……かな。
……まさか、アガシーがつまみ食いしまくったから、ってのはさすがにナイと……思いたい」
「あはは……! アガシーちゃん、やりそう。
――でも、亜里奈ちゃんスゴいなあ。
自分のお弁当作るついで、とかやったらまだしも……小学校って、給食やんな? せやのに、わざわざお兄ちゃんの――あ、お父さんのもかな? お弁当用意するとか……」
「……まあね。
朝食の当番だったりするときだけだし、残り物とか冷凍のやつとか詰めるだけだから大したことない――って、本人は言うけど……感謝してるよ。手間は手間だもんな」
「……ん〜……でもそっか、赤宮くんも結構しっかり食べるんやから……。
今度また、ウチがお弁当作るときは……量は多めにするな?」
「――え! マジで!? また作ってくれるの!?」
「う、うん、出来るときは……やけど。
あ、でも、亜里奈ちゃんのとカブったりしたら申し訳ないかな……」
「問題ない! ちゃんと両方食うから!」
「……もう……」
可愛らしい苦笑を残し、鈴守は購買のおばちゃんのところへ行った。
一方俺は俺で、併設されてるパン販売コーナーで、すっかりガラガラになったケースの中に、珍しく残ったマヨコーンを見つけて、ソッコーで買い求める。
うん、大体この時間になると、残ってるのはほぼ菓子パンだからな……。
総菜パンが手に入るとは、なかなかの幸運と言えよう……!
ほくほく顔で鈴守と合流し、さあ教室に戻ろうと思ったら――。
「――センパイっ」
……聞き覚えのある声が、背後から投げかけられた。
鈴守と2人、振り返ると……そこにいたのは、案の定、笑顔の白城だ。
友達らしい女の子と一緒にいる。
「よう、白城。……パンか?
総菜パンなら、今日は珍しく、ピザパンも残ってたぞ?」
「違いますって。わたし、そんな大食いに見えます?」
「いや、そこは見かけじゃ分からんしな……。
それに、ご飯をおいしそうにいっぱい食べる女の子って、俺はいいと思うぞ?」
「そ、そうなんですか?
……あれ、それじゃセンパイって、実はぽっちゃり系が好みとか……?」
「いや、好みも何も、俺は一択だからな」
言って、俺は……。
なんだろう、いつもよりも近くに寄ってきてる感じがする、鈴守を見やる。
「…………!」
目が合った鈴守は、なんか恥ずかしそうにちょっとうつむき……。
気付けば、白城の隣の友達らしい子は、やたら大ゲサに、やれやれとばかりに肩をすくめていた。
白城は……まあ、変わらない感じ……だけど……。
――え、なに俺、そんな恥ずかしいこと言った……?
ヤバいな……あの体育祭でいっぺんはっちゃけたせいか、どーもその辺の線引きがユルくなっちまってる気がする……。
まあ、イタダキなんかには昔から、『ちょくちょく赤面級のセリフを真顔で吐く』とか言われ続けてるわけだけど……。
「あー……あはは……お昼のデザートごちそうさまでした~、と。
ところで――センパイ、ケガは大丈夫ですか?」
「……ケガ――って?」
白城の言葉に、一番に反応した鈴守が俺を見上げる。
俺より先に――白城がその疑問に答えた。
「あ、はい、そうなんです、鈴守センパイ。
――赤宮センパイ、金曜の夜、ケンカに巻き込まれたとかでケガしてて……」
「……金曜の、夜……?」
「はい。それでわたし、センパイの家で手当てを手伝って……」
「あ~……すまん、あのときは迷惑かけた。
キズなら大丈夫だ、もともと、そんな大したものじゃなかったし――」
――ガシッ。
心配無用、と振ろうとした手を――気付けば、鈴守に掴まえられていた。
「……鈴守?」
「ご……ゴメンな、白城さん!
ウチと赤宮くん、教室に用があるん忘れてた!
――ほ、ほら、赤宮くん! はよ戻らなおキヌちゃんに怒られるよ!」
そして――結構な力で、階段の方へ引っ張って行かれることに。
え? これって……まさか……。
「あ、じゃ、じゃーな、白城!」
一応、白城に挨拶を送ると、俺は自分から……。
大股、かつ足早に、ズンズン購買部から離れていく鈴守に歩調を合わせる。
その足は……角を折れて階段を上り、踊り場まで来たところで、ようやく止まった。
そして――うつむき、押し黙る鈴守。
「え、えーっと……」
「ケガは……ホンマに大丈夫なん?」
俺が、何を言えばいいのか……謝った方がいいのか……とか、考えてると。
鈴守が真剣な顔を上げる。
「あ、ああ……それは大丈夫。ホントに、大したことじゃないから」
「そっか……」
そして、今度は大きなタメ息をつきながら……。
鈴守は、ガックリと肩を落とした。
……その後、また黙することしばし……。
「うう……ゴメンな。ウチ、つい、なんか……モヤモヤして。
赤宮くんが、やましいことするわけないって信じてるし……。
白城さんも、何より赤宮くんのケガを心配して手当てしてくれたって、そんなん分かってるのに……。
こういうの、イヤやったのに……ウチは――」
あー……やっぱりか。
やっぱり鈴守、ヤキモチ妬いてくれたのか。
でも……それで俺たちに怒るんじゃなく、こうして自己嫌悪の方にいくってのがまた……らしいよな。
俺は……実を言うと、ちょっと嬉しかったんだけど――な。
鈴守が、妬いてくれて。
「ううう〜………………あああ〜、もおっ!!」
「うぉッ!?」
沈んでた……ハズの鈴守が、いきなりガバッと顔を上げた。
そして、宣言。
「ウチ、今日はもうサボるっ!!」
「……へ?」
「とっく――ううん、祭事の練習! サボる! サボってパーッと遊ぶ!
甘いモンとか食べる! もお、めっちゃ食べる!
――やから、付き合って、赤宮くん!」
鼻息荒い、鈴守の……初めて見るそんな姿に、一瞬、呆気に取られたものの……。
俺はすぐさま、顔がほころぶのを感じながら――思い切り、うなずいていた。
「――もちろん、どこへなりと!」
* * *
「はぁ〜…………やっちゃったー……」
赤宮センパイと、それを引きずる鈴守センパイが、視界から消えて……。
わたしが最初にしたことは、自己嫌悪に思いっ切りタメ息をつくことだった。
「なんで? ナイスファイトってヤツだったんじゃないの?」
いつの間にか購買部で買っていたジャムパンをパクつきながら、美汐は首を傾げる。
「いや、だから、あんまりこういう……あの2人の仲をこじらせるようなことはしたくなかったんだって、わたしは」
「じゃ、なんでまたあんなこと言ったわけ?」
「それは…………一択って……一択って言われて」
わたしは、赤宮センパイの言動を思い出す。
そうして――。
「――つい、メラっときちゃって……」
もう一回、大きなタメ息をついた。
一方美汐は、そんなわたしの肩を、ぽんぽんと叩くと――。
「…………カツ丼、食うか?」
「ハイ、痴情のもつれで、つい……じゃないっての! ネタが古い!
取調室にカツ丼とか、ないから!」
「……ほい」
「しかもジャムパンだしこれ!」
ヤケクソ気味に――。
わたしは、差し出されたジャムパンに大口でかぶり付いてやった。




