第110話 悩み迷う彼女に、勇者の応援
――月曜日のお昼休み。
教室で、いつものみんなとお昼ご飯を食べた後……。
ウチは赤宮くんと2人、自販機でジュースを買って中庭に出てた。
せっかく二人でおるのに、なんか、会話も特に思いつかへんくて……。
力が抜けたみたいに、すとんと手近なベンチに腰を下ろすと、赤宮くんも、無言でその隣に腰掛ける。
別にムリに会話せんでも、赤宮くんと2人でおるのは、それだけで楽しくて、ホッとする――はずやねんけど。
今のウチは……何か、そういう気分になれへんかった。
それで、多分、赤宮くんもそんなウチに気付いてると思う。
教室とか、授業中はわりと取り繕ってられたんやけど……赤宮くんとこうやって2人になったりすると……なんやろう、甘えてるんかな……。
なんていうか、モヤモヤしてるっていうか、悩んでるっていうか……すっきりせえへん心の内を、ウチは、そのまま表に出してしまってた。
でも……赤宮くんは、イヤそうな顔とかはゼンゼンせえへんくて……。
なんか沈んでるっていうか、あからさまに暗いウチとおって、気分良いハズもないのに……ムリに盛り上げようとするでもなく、無視するでもなく……。
ただ、いつも通りに、ウチの側におってくれた。
それだけで……改めて、ウチは……恵まれてるな、って。
ゲンキンにも……なんかちょっと、気が楽になってた。
「……そう言えばさ、この間作ってくれたカレーだけど……」
まるでそのタイミングを見計らったみたいに……。
赤宮くんが、なんでもない調子でそう切り出す。
「――あ、うん」
「俺……全部食べちゃっただろ?」
「うん。ちゃんと出来てるか、やっぱり不安やったから……おいしいって全部食べてくれたんは……嬉しかった」
「そうなんだよ……そりゃもう、俺としては完食して当然、だったんだけどさ――。
……なんか、めっちゃ怒られたんだ」
「え……ええっ?」
どういうことやろう、って顔を見上げると……赤宮くんは、困ったみたいに笑う。
「――食べたかったのに!……だってさ。
亜里奈にアガシー、あげく母さんまで。
しかも、『一日おいてたら、さらにおいしくなってたのに!』――だよ。
助けを求めようにも父さんは笑って我関せずだし、女傑3人に包囲されて、『独り占めした!』って責められて……俺、もう生きた心地しなかったよ……」
「そ、そうなんや……」
そんな風に言うてもらえてたとか……ちょっと緊張もするけど、なんか嬉しい。
「――ってわけだからさ。
えっと……また時間が出来たら、うちに料理しに来てくれる……かな。
亜里奈とアガシー……まあ、特に亜里奈が――だけど、鈴守と料理するの、楽しみにしてるからさ」
「あ――う、うん、もちろん……!」
赤宮くんの笑顔に、ウチも自然と笑顔になってうなずく。
「……よかった、ありがとう。
えっと……俺も、その、鈴守の手料理なら、いつでも、いくらでも食べたいぐらいだからさ、うん!」
「も、もう、調子ええねんから……!」
ストレートにそんなことを言うてもらえて、嬉しくて、気恥ずかしくて……。
ウチは思わずうつむき加減に、手の中のリンゴジュースを一心に吸い上げる。
そうして、一息ついて……。
ちょっと、気分が落ち着いたら……。
「赤宮くん……。あの……あのな……」
ウチは……金曜日の夜からモヤモヤして、悩んでることを……。
赤宮くんに相談してみようか――って、考え始めてた。
――あの日。
ウチらの前に現れた、〈勇者〉を名乗った黄金の騎士エクサリオ。
彼とクローリヒトの会話は、全部が聞き取れたわけやないけど……。
それでも、彼らが、それこそゲームとかみたいに、別の世界を救ったっていう〈勇者〉らしい……っていうのは分かった。
ありえへんような話やけど、あの2人のとんでもない強さを実際に見てるから……信じるしかない。
それがホンマに、正義の味方としての〈勇者〉なんか、一種の比喩みたいなもんなんかは、はっきりせえへんけど……。
とりあえずその事実については、ウチが考えたところでどうなるもんでもないし、おばあちゃんも「調べてみる」て言うてたから、ひとまず置いとくとして……。
ウチが、今悩んでるんは――。
ウチは、どうしたらええんやろう……っていうこと。
ウチの、〈鈴守の巫女〉としての使命からしたら、エクサリオの言うてたことが正しい。
邪悪なチカラは、断固たる意志をもって根絶する――。
そうすれば、そのチカラが原因で起こる悪いことは、全部食い止められる。
それは間違いないし、そうせなあかん、って――ウチも信じてきた。
でも……。
ウチは、それを語るエクサリオの言葉に、不安とか怖さとか……そんなんを感じた。
ホンマやったら、向こうはこっちを味方て認めてくれたわけやし、その主張に同意せなあかんはずやのに……。
ウチが真っ先に感じたんは、多分……なんかが違うっていう、違和感やった。
それは、おばあちゃんも同じみたいで――。
エクサリオを、戦力としては認めつつも……結局、完全に味方って言い切ったりはせえへんかった。
……それに、むしろ……。
ウチがあのとき、主張に共感出来たんはむしろ……クローリヒトの方やった。
でも……ウチの役目は、〈世壊呪〉がたとえ人やったとしても滅ぼすことで……。
そしてそれは、エクサリオの主張の通りで……。
でも……ウチ自身の思いとしては、出来るなら無為な争いはしたくなくて……。
そしてそれは、クローリヒトが言い続けてきたことで……。
でも……クローリヒトの言うことが、どこまで正しいかは保証がなくて……。
万が一のことを考えたら――赤宮くんたちが被害に巻き込まれる可能性を考えたら。
みんなを守るために一番なんは、やっぱり〈世壊呪〉を滅ぼすことで。
でも……改めて、それがすごく傲慢で身勝手なんちゃうか、って思えてきて……。
それでウチは――どうしたらええんやろう、って……。
いっそ、何もかも全部打ち明けられたら、楽になるんかも知れへん。
赤宮くんやったらきっと、全部受け止めてくれる……そんな気もする。
でも……それは、投げ出すだけ。
自分がしんどいからって、そのしんどいのを、赤宮くんが良い人なんにかこつけて、全部押し付けるみたいな……。
そんな、どうしようもない……最低の行為。
そう思い至って、ウチは……。
やっぱりあかん、ヘタに相談とかするんはやめようって思ったら――。
「俺だって……悩むよ」
「……え?」
赤宮くんの方から、そんな言葉がかけられた。
「鈴守、『家業』のことで悩んでるんだろ……違う?」
「う、ううん、そう、やけど……でもなんで?」
「あ〜……まあ、まず思いついたのがそれ、ってだけなんだけど」
照れたように、赤宮くんはさっぱりと笑った。
それで、すぐに……真面目に顔を引き締める。
「そもそもが俺は部外者だから、簡単には相談出来ないってところはあるんだろうけど……。
でも、それは仕方ないにしても……俺に負担をかけたくない、みたいな理由で言い淀むのはやめてほしいかな――今みたいに」
「あ……わかってもう――たん?」
「まあ、それぐらいはニブい俺でも。鈴守、優しいから」
赤宮くんは、ちょっと表情を崩す。
「でも、俺はいつだって鈴守の味方だし、力になりたいって思ってるから。
だから……負担とか迷惑とか思わず、頼れるようなことなら……頼ってほしいんだ」
「あ、うん、その……ゴメン……」
なんか、ホンマに悪いことをした気になって、謝ったら……。
赤宮くんは、「いいよ」と、優しく首を振ってくれた。
「――で、さ。
なにが言いたいかって……俺だって悩むよ、ってことなんだけど」
「……でも、赤宮くんはウチなんかより、考えも、心も、しっかりしてて……。
ホンマに大事なことを、これ、ってちゃんと選べる強さ、っていうか……」
……そう。
ウチは赤宮くんにはずっと、そんな強さを感じてた。
持ちたくても、そうそう持てるもんやない……本当の、心の強さ。
それは、ウチなんかとは違う――
「――あるよ。
それを強さっていうなら、その強さは、鈴守にも」
「…………え……?」
ウチの心を見透かしたように言うて――。
赤宮くんは、真っ直ぐに……ホンマに真っ直ぐに、ウチを見てくれた。
「……どんなに悩んでも、迷ってもいい。
大切なのは、本当に大事なときにこそ、どうしても譲れない、曲げられない、手放せない――これしかないって道を選び取ることで……。
そして、鈴守なら、きっとそれが出来る。
だって、俺は……鈴守にそんな強さを――まっすぐな心を見て……。
きっとそれで――うん、その……好きに、なったんだからさ」
「……赤宮、くん……」
「それに……誰よりも、俺が。
鈴守のこと、ちゃんと見守ってるから」
「あ……うん。うん……!」
「……って、今改めて考えたら、俺、もしかして見当違いのこと言ってない?
あ〜、ゴメン、俺こういうのヘタクソで――」
「ううん、そんなことない、そんなことないよ……!」
――嬉しかった。この人に認められてるってことが。
――心強かった。この人が見てくれてるってことが。
だから、ウチなんかでも――。
「……ありがとう。励ましてもらって……うん、元気出たよ……!」
単にどうしよう、って悩むばっかりやなくて……。
ちゃんと、正しいって言える道を選べるようになろう、って――。
ううん、なれる、って――。
――そう、自分を信じられそうやった。




