第109話 妹たちの帰還、土産話の時間
――〈諸事対応課〉という部署がある。
一応は、この国の役所の一部署、という位置付けなのだが……その存在については、国のトップレベルの人間か、当の部署で働く役人ぐらいしか知らないというようなものだ。
ちなみに、所属する省庁が時と場合によりあっちこっちへ移動するようになっているので、その部署名も相まって、たまたま目にする機会があった人間にも、トラブル対策のための臨時部署と思われがちだが……。
実際には、そのルーツをたどれば、遠く平安以前の〈陰陽寮〉まで遡るという。
……まあ、本当にそこまで行くのかは調べたことがないので分からないが……政治が朝廷によって行われていた時代から、名と姿は変えつつも残っていることは間違いない。
さて、そんな部署が『対応』する『諸事』とは何なのかというと……。
一口に言ってしまえば、『超常現象』だ。
バケモノやら亡霊やらに始まり、魔術妖術、果ては異世界から迷い込んだ存在まで――。
そうした、一般に流布している科学と常識で処理しきれない事態の対応にあたるのが、当部署の仕事――というわけである。
ただ、そうは言いつつも、基本的には私たち役人が直接、事にあたることはない。
その手の事態に対応出来るチカラを持つ人間などそうはいないし、国全体となると、到底私たちだけでは手が回るはずもないからだ。
そもそも、こうした事案は、本当に『そう』なのか、疑わしいものも多いしな。
――なので、いきおい、私たちの主な仕事は、そうした『諸事』への『対応』を専門としている人間や組織との、橋渡し役となる。
つまり、国を代表して、彼ら、国が存在を把握し、管理している『専門家』に、改めて仕事を割り振るのが仕事……と、言えるだろう。
逆に言えば、国の管理下にない組織、そしてその組織が影響力を持っている地域へは、手を出しづらいわけで……。
そして、その筆頭とも言えるのが――『広隅市』だった。
「……というわけで、西浦くん。
キミには改めて、広隅市に出向してもらうことになったよ」
朝イチで課長に呼び出され、何事かと思えば……。
似合わない口ヒゲを、いつものように大事そうに触る課長は、そう言って、書類の束を机上に投げて寄越した。
……ようやくか――と、私は悟られないよう、小さく鼻を鳴らす。
私が〈救国魔導団〉の認可の話も含め、活動を円滑に行うためにと、出向の希望を提出したのはもう一ヶ月近く前の話なんだが……。
役人の私が言うとまさに悪い冗談だが、これがいわゆる『お役所仕事』というやつか。
しかし、まあ……今回は、何かと特殊な『広隅市』という地域ゆえ、の可能性も高い。
広隅市は、いつの世にあっても国家におもねることなく、独自に守護を担ってきた――〈聖鈴の一族〉と呼ばれる組織の影響力が特に強い地域……らしい。
らしい、というのは、それだけ〈聖鈴の一族〉が秘密めいているからだ。
正式な名前も不明、規模も不明。
国や他組織との接触も必要最低限――。
ただただ、広隅市の安寧を守り続けてきたその組織は、しかし同時に、国に害を為すようなものでもなかったため……いわゆる暗黙の了解で、いわば広隅市の『諸事』の『対応』については、委任するような形になっている。
だから、国としても変に関係をこじらせたくないわけで……〈諸事対応課〉の人間が出向することに、慎重にならざるをえなかったのだろう。
まあ、向こうがどれだけこちらのことを気にしているのか……までは分からないが。
案外、私ごときのことなどハナから眼中に無い、という可能性も高い気もする。
相手のこともよく分からないというのに、ヘンに気を遣って腰が重い――というあたり、うちは特殊な部署ではあるが、同時に、やはり日本の組織なのだな、と思ってしまう。
「出向先は……広隅市役所の、地域振興課――ですか」
私は、渡された書類にざっと目を通しながらつぶやく。
「なんせ『広隅』だ……うちの出張所めいたものはないからな。
多少ムリヤリでも、そうしたところにねじ込むしかないんだよ。
……分かっていると思うが、ちゃんとそっちの仕事もしろよ?」
「分かってますよ。
……まあ、地元の人間でもないのに『地域振興』とは、また無茶を――とは思ってますが」
「だからだろう? 貴重な外からの視点――という形で貢献すればいいじゃないか。
地元の意見なら、将曹――ああ、今は白城か、アイツの話でも聞けばいいしな」
「まあ……そうなんですが」
白城――〈救国魔導団〉のまとめ役でもある白城将軍は、私の古い友人であるとともに、かつてこの〈諸事対応課〉で働いていた同僚で、課長とも面識がある。
同課でも数少ない、『チカラ』を持ち、自ら『諸事』に『対応』出来る人間だったが……。
今は、故郷で一人娘とともに、〈常春〉という喫茶店のマスターをしている。
「ちなみに、市役所でお前の面倒を見てくれる人間も、ちゃんと選定しておいたぞ。
お互いあまり気を遣わなくてすむように、同年代の人間だ。
……まあ、向こうはお前と違って妻子持ちだが」
それは仕方ないだろう。
私の年代ともなれば、白城のように、家族がある人間の方が多いだろうしな……。
「それならそれで、たとえ本人の人格に問題があったとしても、家庭のグチなり聞いてあげれば、親交も深めやすいというものですよ……」
課長みたいに、という言葉を飲み込み、書類をめくる私。
該当する箇所に、写真付きで記載されていたのは……。
よく老け顔と言われる私とは逆に、実年齢よりずいぶん若く見える――いかにも善人そうな男性だった。
「……広隅市地域振興課の、赤宮裕秋――か……」
* * *
――鈴守にカレー作ってもらったり、シルキーベルと共闘したり、エクサリオに負けたり、白城の言動に励まされたり……。
そんな、浮き沈みの激しい一日から、明けて翌土曜日。
朝っぱらから、昨夜の鈴守訪問イベントの詳細を嬉々として聞きに来たおキヌさんたち女子に、鈴守と二人して、なんでもないような話を(正直に)語って――。
「むしろ熟年夫婦だな落ち着きっぷりが!」と、ホメられてるのかけなされてるのか分からない評価をちょうだいしたり……。
その話に聞き耳を立て、挙げ句、血涙を流す勢いでハンカチを噛んでるイタダキたち男子に、さんざんに呪詛を浴びせられたりと……。
ある意味、いつも通りな学校生活を送った俺。
ただ、それ以外に、何よりも、朝からどこか元気が無さそうに見える鈴守の様子が気になったんだけど……。
祭事の練習に行くからと言われると、放課後に引き止めて話を聞くわけにもいかなくて……そこのところが少し心残りだ。
まあ、改めて、来週になっても何か沈んでるようだったら、学校で聞いてみよう――。
そう心に決めて、土曜だったので昼過ぎに家に帰ってくると……。
「お帰りなさい兄サマ!
不肖この赤宮シオン、前線より帰還いたしましたあっ!!」
元気いっぱいな金髪JSもどきが、ハイテンションに俺を出迎えたのだった。
――で、その1時間後。
「……負けたぁっ!? 勇者様がですか!?」
さすがに旅行疲れがあるらしく、ちょっと寝ると自室に戻っていた亜里奈は、お約束のように中身がハイリアにスイッチし、アガシーとともに情報交換のために俺の部屋にやって来たわけだが……。
「ほほう……? まったく、世界は広いな。
キサマを圧倒するとは、どれほどの強者か、実に興味深い……!」
エクサリオのことを話すと、二人が二人とも、いかにもな反応を返した。
「ぐぬぬぅ……!
わたしとガヴァナードがあれば、むざむざとは〜……っ!」
「落ち着け聖霊。
そうすると、余はあの〈霊獣〉を滅ぼすしかなかったのだぞ?」
なんか、俺以上に悔しそうなアガシーをなだめるハイリア。
そうしてから、今度は二人で、向こうであったことを話してくれたんだけど……。
「……ほっほ〜ぅ……?」
とりあえず一通り聞き終わってから俺は、アガシーにわりとマジのデコピンを一発食らわせた。
「ぷぎゃんっ!」
「今さら俺がどうこう言ってもどうしようもないことだしな、お仕置きはそれだけにしてやるよ。
――しっかしまさか、衛の従兄弟のあの武尊がねえ……」
――俺は、体育祭で出会った少年のことを思い出していた。
いかにもわんぱく坊主って感じで、気持ちの良いヤツだし、俺やイタダキとも結構気が合って仲良くなったが……。
まさか、ガヴァナードに認められるなんてな……。
けど、それならそれで、引き寄せられたとでも言えばいいのか、一種の運命みたいなものなのかもなー……。
まあ、だからって、俺たちのやってることに本格的に巻き込むわけにはいかないんだけど。
「……とりあえず、これ以上危険な目に遭わせたりしないように、責任持ってちゃんと注意してろよ?」
「わ、分かってますよぅ……」
「返事はイエスだ軍曹!」
「い、イエス、シャー!」
……マム、じゃないときはイエスってちゃんと言えるんだよなあ……サーはムリだけど。
「……で、霊とかが集まる原因になってた、その〈霊獣〉はどうなったんだ?」
「今はアイテム袋の中の〈巣〉で眠ってるみたいです。
まあ、詳しい事情は分かりませんが、別世界に飛ばされた上、瘴気に侵されてたわけですからねえ……しばらくそっとしておくしかないでしょう」
「……そっか。まあでも――」
俺は手を伸ばすと、テーブルの向こうにいるアガシーの頭を乱暴になで回してやった。
「成り行き任せの結果オーライって感じだが、ちゃんと助けたことはホメてやるよ。
――よくやったな」
「んっふっふ〜……」
「――ハイリアも。サンキュ」
「まあ、亜里奈の手を血で汚すわけにはいかぬしな」
そう言って、当の亜里奈が鼻を鳴らすその姿は、未だに違和感ありまくりだ。
――その後も、しばらくは、主にエクサリオと次に遭遇したときの対処とかを真面目に話し合っていたんだが……。
いつしかそれは、アガシーによるキャンプの思い出話に姿を変えていた。
頭が良いくせして、時系列もなにもあったもんじゃない、あっちへ行ったりこっちへ飛んだりと……。
考えずにしゃべってること丸わかりな、とにかく思い浮かんだ楽しい思い出を、ひたすら並べ立て、身体の動きも存分に使って語り倒すアガシー。
「……それでですねっ、そのときは、よーちゃんのあのお菓子、現代日本の技術力に驚嘆しきりの、あのお菓子をもらった恩に報いるためにもですねー……!」
一方ハイリアは、亜里奈が起きたときのためにって、アガシーの話を邪魔するでもなく、静かに俺のベッドに寝転がっている。
実際に亜里奈が起きて、自分の部屋で寝ていたはずが、いつの間にかこっちに来ていることについては……まあ、アガシーに頼まれて、起きてすぐみんなで話をするために俺が運んだ、ってことにでもすればいいだろう。
お兄のベッドとかサイアク!――とは、言われないだろうと思う。
……多分だけど。
――それはさておき、もうひたすらに夢中になって……。
アガシーは楽しいという思いを、これでもかと必死にまくし立ててくれる。
その様子は……本当に、ただの女の子って感じで――。
俺も思わず、顔をほころばせていた。
コイツを、あの『〈剣の聖霊〉としてのお役目』から強引に解き放ったこと――。
それは、やっぱり間違いじゃなかったんだな……って。
改めて、そう感じられて。
――エクサリオ……お前にも見せてやりたいよ。
「……で、で! それでそれで、ですねえ……っ!」
お前みたいなやり方じゃ、きっと手に入らなかったのが……この笑顔だ。
お前は俺に、『考えを改めろ』って言ったが――。
「……ちょっと勇者様、聞いてますかっ?
ここからが波瀾万丈の盛り上がりを見せるってのに、ボーッとしてんじゃないですよ!」
「聞いてるっての。
……ってか、波瀾万丈はさすがに盛り過ぎだろお前……」
俺の方こそ、絶対に――。
いずれ、お前のその軟弱な考え……叩き直してやるからな……!




