第108話 そして、黄金の輝きは夜闇にほどける
「………………」
テントの中では、男子たちはみんなまだ寝付かず、寝袋に入ったまま、他愛ない会話に花を咲かせていたが……。
朝岡武尊は珍しくそれに加わることなく、ただテントの天辺を見上げていた。
――結局、『肝試し』は若干の時間の遅れが出たものの、それ以外は何の問題もなく終了した。
そう……表向きは。
だが、武尊はもちろん覚えている。
アガシーや亜里奈(の身体を借りた誰か)と一緒に、大きな鳥の姿をした〈霊獣〉なるものと戦ったことを。
その後、改めてアガシーは、亜里奈には今は臨時に仲間(……と、言うときにすごくイヤそうな顔をした)が憑依しているだけなので、すぐに元に戻ることを念押しした。
そして……。
また聖剣をブン投げたお仕置きだと、どうしようもなくやたらとマズい謎の物質を武尊に食わせたあと。
そのあまりのマズさに悶絶する武尊に――。
実は自分が、別の世界から来た〈聖霊〉であることを……教えてくれた。
人と変わらない生活も出来るが、しかし厳密には人ではないのだと。
だから、ただの人間の武尊が、危険を冒してまで助けようなんてしてはダメだ、と。
自分は人のように死んだりしないから――と。
なるほど、人間でないというのもうなずける、神々しいまでに美しい少女は……。
しかし相変わらずの、乱暴な言葉で――そう教えてくれたのだ。
「…………軍曹…………」
けれど、そんなことを言われても、武尊の中でアガシーという存在について、何が変わるわけでもなかった。
今後、もし危ないところを見かけたりしたら、やはり助けに向かってしまうだろう――武尊はそう確信している。
なぜなら、〈聖霊〉だなんてよく分からないものより前に……。
赤宮シオンは彼にとって、クラスメイトで、友達で、良いヤツ――だからだ。
それに……。
「……武尊、軍曹のこと考えてた?」
隣の寝袋の真殿凛太郎が、いつもどおりの抑揚に欠ける口調で質問を向けてくる。
その唐突さも、しかし武尊にとってはいつもどおりなので、別に驚くこともなくうなずいた。
「……まーなー……」
「軍曹……良いヤツ」
「……おう。口はメチャクチャ悪いけどなー……」
「すごくカワイイ」
「……おう。口を開くとサイアクだけどなー……」
「……だから、好き?」
「…………は?」
凛太郎の問いの意味を改めて考え……一拍の間を置いて、武尊は勢いよく身を起こす。
「な、なーに言ってンだよ! ねーし!」
そして、周囲の他の男子に聞かれるとややこしいと思ったのか、また寝転ぶと、今度はなるべく小さな声で……しかし強い口調で繰り返す。
「オレが軍曹を好きとか、あるわけねーし……!」
「でも、仲良い」
「軍曹は誰とでも仲良いだろ!」
「だから、武尊、特に」
「気のせい! たまたま!」
「じゃあ……赤宮さん?」
「なんでそこで今度はアリーナーが出てくんだよ!?」
「寝る前はこういう会話するって、予習した」
「……女子はな! 多分、女子はそうだろうけど!」
「……へへ、それ、たまにはオレらもいいんじゃねっ?」
ふと武尊が気付くと、彼らの会話を聞きつけたのか、他の男子も寝袋ごと集まってきていた。
「お、お前ら……っ!」
「ほーい、んじゃ、この中で、軍曹のコトいいな~って思うヤツ!」
一人がそう言って手を挙げると、続いて、半数以上の男子が手を挙げる。
「やっぱカワイイもんなー、軍曹」
「あれ、オーディションとか行ったら、マジでアイドルなれるとか思わない?」
「いけるいける。ゼッタイいける!」
「……ま、サイアクに口悪ィけど」
「悪いなあ」「サイアクだよなー」
口々に、サイアク、などとは言いつつも、みんなして楽しそうに笑い合う。
「でも、だから逆に、あんまり女子って感じしなくて、付き合いやすい」
「だよな~。だいたいの女子だと『なにやってんの?』みたいな扱いされるよーなコトでも、軍曹だとわりとフツーに乗ってくれるもんなー」
「そうそう。ときどき、やたらオヤジっぽかったりするけど」
「……『スカートめくりしたいからスカートはいてこい』とか、いきなりヘーキな顔で言うもん」
そのときのことを思い出したのか、また、どっと一様に大笑い。
「なんだっけ? 女装した男子の恥ずかしがる姿があーだこーだ……って、やたらアツく語ってたよなー、そんとき」
「そうそう、ンで、アリーナーに思いッきりどつかれてた」
「でもメッチャ楽しそうだったよな」
「……てか、軍曹っていっつもメチャクチャ楽しそうにしてる」
「だよなー。やっぱあれか、日本の学校がめずらしいとか、そーゆーのかな」
友人たちの会話を聞いていて、武尊は改めてアガシーの言葉を思い出す。
――異世界から来た〈聖霊〉……。
外国どころか、別の世界から来た――だから色々ともの珍しくて、楽しいのか……?
(それだけじゃない……ような気もすンだけど)
武尊は小さく首を傾げる。
明確に言葉には出来なかったが、彼はアガシーが、もっと根本的なところから楽しんでいるように思えた。
それこそまるで、生きていることそのものが楽しくて仕方ないような……と。
「……で……そんな軍曹と、最近いっしょなコト多いよな武尊? いやアーサー?」
「アーサー言うなっての!……って、ンだよ、そのニヤけた顔」
「いや、やっぱそう呼んでいいのは軍曹だけなのかー、って」
「ちーがーうっての!
ありゃ何回言ってもやめねーから諦めただけだ!」
「じゃあ、よくいっしょにいるのは?」
「気のせいだっつってンだろ。
だいたい、時間、計りでもしたのかよ……ったく」
確かに、いっしょにいる時間は長くなったかも知れない。
前より――そして他の男子より、仲良くなったかも知れない。
だけどそれが、アガシーの秘密を知ったからだとは、言うわけにはいかず……。
また、ヘタに話し込むと、ボロが出そうで……武尊の答えは、ついつっけんどんになる。
「じゃあ、やっぱり……アリーナーか?」
「やっぱりってなんだよ! で、またアリーナーかよ!」
「いやだって、お前ら仲良いもん」
一人がそう断定すると、ほとんどの男子が揃ってうなずく。
「いや、イタズラやってしばかれるのがそうなら、お前らだって似たようなモンだろ?
……ねーよ! ない! どっちもない!」
ぶっきらぼうに言い放って武尊は、もう寝る、とばかりに、ぷいと注意を男子たちから外し……またテントの天辺を見上げた。
「ホントかよ〜? まァいいや、じゃ、次はアリーナーな。
――ほーい、こン中で、アリーナーのことをいいなって思うヤツ!」
そう言って男子が手を挙げると、また、半数以上がそれに続く。
それから、今度は亜里奈の魅力について語り始めた男子たちの話を聞くとはなしに聞きながら……武尊は、小さく鼻を鳴らしていた。
「…………ったく……」
* * *
人気のまるで無い夜の駐車場に、ふわりと、黄金の騎士が舞い降りる。
同時に、身を包む黄金の装備は、そのまま輝きとなって宙に溶け消え――。
あとには、一人の少年が残された。
「もう少し出来ると思ってたんだけどな……」
少年は、ほうっと一つ、残念そうにタメ息をつく。
――彼のポケットの中で、スマートフォンが呼び出しをかけたのは、ちょうどそのときだった。
ゆっくりと、余裕をもって電話に出る。
「……はい、僕です……今日はすいませんでした。
ええ、それが……ついさっき改めて試してみたら、ちゃんと変身出来て……。
はい、原因は僕にもよく分からないんですけど……。
――動作チェック……ですか? あ、そうですね、お願いします。
大丈夫だとは思うんですけど、僕のシロウト判断じゃ危ないですもんね。
でも、本当に今日は……すいませんでした。
あ、はい……ありがとうございます。
――大変なこと……ですか? 正体不明の黄金の騎士……?
え、シルキーベルは大丈夫なんですか?
はあ……味方かも――知れない? そうなんですか?
あ、はい、次に会ったときに、改めて詳しく……お願いします。
――え? ええ、はい、大丈夫です。
やるって決めた以上、ちゃんと頑張りますよ、ドクトルさん。
はい、ムリなんてしてませんって。
だって、せっかく選んでもらった〈魔法剣士〉ですからね、僕は。
――いいえ、とんでもないです!
はい、それじゃ……また。お休みなさい――」
電話を切り、少年は夜空を見上げる。
「さて……と。もうしばらくは、また様子見かな……」
天気はすこぶる良い。
煌々と輝く月が、その中性的で穏やかな表情を、優しく照らしていた。
「次こそは期待してるからね…………クローリヒト」