第107話 キャンプの夜、テントの中の少女たち
「うぅべえぇ……! マぁズぅいぃでぇずぅ……っ!」
「因果応報。自業自得」
何て言うか、ミステリードラマとかで毒を飲んだ人みたいに、寝袋に入ったままゴロゴロ転がって悶絶するアガシー。
けれど、隣でその様子を観察するあたしの目は、きっととっても冷ややかだ。
だって――犯人だからね。
――結局、肝試しというムダイベントの最中、あたしは……。
アガシーの、イタズラっていうには度が過ぎるおどかし方のせいで、転んで頭を打っちゃって――。
そう、もちろん、ビックリし過ぎて気絶した――とかじゃなく。
フツーに驚いて、足を滑らせて、頭を打っちゃったせいで……うん、そのせいで、ずっと気を失ってたらしい。
……で、目が覚めたときには、肝試しは全部終わった後だった。
まあ……ハッキリ言って、子供だましっていうか、時間のムダでしかないイベントなんだから、いつの間にか終わってたって別に構わないんだけど。
うん、どーせ、ただ歩いて終わりだったんだし?
でも、アガシーが、あたしが思わず転んで頭を打つぐらいに、やりすぎなおどかし方をしたのは事実だから……。
お仕置きとして、今、あの子謹製の〈レーション〉を『味わうの刑』に処しているのだ。
そう……。
ただ食べるだけじゃなく、アメみたいに口の中でなめ転がして『味わう』の刑に……!
「亜里奈ちゃん亜里奈ちゃん~。
そろそろなんかアガシーちゃんがぁ~、全体的に色がヘンになってきてるよぉ〜?」
「うん、外宇宙の深淵みたいな、名状しがたいイイ色になったねー。
……じゃ、もういっか」
見晴ちゃんの報告に、状況を確認したあたしは……。
そろそろ許してあげようと、お茶の入った水筒をアガシーに差し出した。
「反省した? なら……はい、もうごっくんしていいよ」
「――っ! ――ッ!!」
スゴい速さで首を上下に振りながら、あたしから水筒をもぎ取ると……。
ゴキュゴキュと喉を鳴らして、口の中のモノを一気に洗い、流し込むアガシー。
だけどそれだけじゃ足りないみたいで、青い顔のまま――
「もっかい歯磨きしてきます……」
……って、愛用のピーチ味の歯磨き粉を持ってフラフラとテントを出て行った。
ホント、あのレーションもどき、どれだけマズいんだか……。
「――ね、ね……それで、亜里奈はどうなのっ?」
アガシーを見送ってゴロッと横になったあたしに……。
下半身は寝袋に突っ込んだまま、ほふく全身するみたいに近付いてきて……そんなよく分からない質問を向けてきたのは、コンちゃんだ。
「……どう、って……なにが?」
あたしが首を傾げていると、同じテントの他のみんなも、ずりずりとあたしの方に近付いてくる。
「みんな、好きな男の子の話してたんだよぉ〜。
で、次はぁ~、亜里奈ちゃんたちの番〜」
見晴ちゃんが、のんびりとした調子で解説してくれる。
ああ……そう言えば、何組の誰それがカッコイイとか、あの子とあの子がもう付き合ってるらしいだとか、そんな話が漏れ聞こえてたっけ……。
お約束っていうか、みんな好きだなあ、こういう話……。
「んー、でも、あたしは別に――」
「――それなら、わたしがお答えしましょう!……とうっ!」
もう復活したのか、颯爽とテントに戻ってきたアガシーが、スライディングで自分の寝袋に収まりつつ、嬉々とした調子で会話の輪に加わる。
うーん、元気を取り戻した途端のこのウザさ……。
やっぱり、まだ慈悲をかけるべきじゃなかったか……。
……っていうか、なにを言うつもりだろう――とか思ってたら。
「アリナの理想のタイプは、ズバリ! 兄サマみたいな人です!」
――また、とんでもないことを言い出した。
「――こ、こら、アガシー、いきなりなに言って……!」
あたしは、アガシーにお仕置きのデコピンでも食らわせてやろうとして――。
周りのみんなが、妙に静かなことに気が付いた。
……え?
ちょっと、なにこの……『やっぱりか』みたいな空気……!
「まーねー……亜里奈はそうだと思ってた」
「ブラコンだからなー……」
「だよねー」
「でも、ちょっと分かる。亜里奈のお兄ちゃんて、結構イイよね」
「あたし会ったことないんだけど……そうなの?」
「わたしも会ったことないけど、お姉ちゃんが同じ高校で……『あれは女装すれば化ける!』とか言ってた」
「あ、それ分かるかも! やっぱり亜里奈と兄妹だからかなー」
「え、そうなの? じゃあ、結構キレイな顔してたりっ?」
「てか、その前に、もう彼女いるよ?
お姉ちゃんに動画見せてもらったけど、体育祭でさ――」
……ゴニョゴニョゴニョ……。
「……え? なにそれホント!? マンガみたい!
ヤバい、カッコイイかも……!」
「んー……ちょーっと暑苦しくない?」
「あ〜、それは確かにあるかな。でも、アタシも結構イイと思うなー」
ちょ、ちょっとちょっと、なんか話がヘンな方向行ってない……っ?
てか、コンちゃんとか、なに、お兄狙ってるわけ……?
――あ、うん、いや、それは別にいいんだけどさ、うん、別に……。
そもそもお兄には千紗さんがいるわけだし……。
「あ、ほらほら、そんなコト言ってるから、亜里奈ちゃんがすっごい顔でニラんでる」
「……ニラんでませんっ!
だいたい、さっきミキちゃんが言ったみたいに、お兄にはもう彼女さんがいるからっ!」
あたしがキッパリそう言うと、また、見晴ちゃんとアガシーを除くみんなは顔を見合わせて……。
なんか、ニヤッと笑った。
ちなみに、アガシーはこの雰囲気そのものを楽しむように、話題に火を注いでおきながら、今は傍観者まっしぐらに――歯を磨いたばっかりなのに――〈コアラどもの進軍〉をボリボリとむさぼり食っていて……。
そして、見晴ちゃんは見晴ちゃんで、まるではしゃぐ娘たちを見守る母のように……いつものふんわりした笑顔のまま、ただただこの場に寄り添っている。
どっちにしても、あたしの助けにはなりそうにない。
「亜里奈ったら、これだもんね〜。
そりゃ、同い年の男子なんか、がんちゅーにないかあ〜」
「あ、でも、朝岡とは結構仲良いんじゃない?」
「えー? でも、亜里奈のこと〈レッドアリーナー〉とか呼び出したのアイツでしょ?
それに、しょっちゅう亜里奈にしばかれてるし」
「好きなコにちょっかいかけるのって、男子のバカなお約束じゃない!
亜里奈ちゃんも、なんだかんだで付き合ってあげてるわけだし、いつの間にか――とか!」
「――――っ!?
ちょ、ちょちょ、ちょっと……!」
……今度はなに、あたしが!? 朝岡を!?
ないない、ないって! ないないない!
朝岡なんて、バカでガサツでイタズラばっかで――!
まあ……うん、悪いヤツじゃないんだけど。
その上もう、なにかとガキっぽくて――!
でも……うん、ムダに男気だけはあって……って!
――擁護してどうするあたし! ここはバッサリ切り捨てるトコだってば!
「な、ないよ、ない! そんなわけ、ない!」
でも……。
あたしの口を突いて出たのは――思った以上に歯切れの悪い否定だった。
「ホントに〜……? アヤしいなあ……」
「あ、でもさー……朝岡っていえば……むしろ、アガシーちゃんじゃない?」
「……おおぅ?」
アガシーは、まさか自分に話題が向いてくるなんて思ってなかったみたいで……〈コアラどもの行軍〉を頬張ったまま、目を白黒させていた。
「あー……そう言えば、最近特に仲良いよね〜」
「そうそう! さっきも、カレー作るとき、包丁の使い方教えるのにアガシーちゃんがくっついてたら……朝岡のヤツ、顔真っ赤だったもんね〜」
「あ、アタシも見た! あれねー、確かに、ただ女子にくっつかれて恥ずかしがってるだけ、って感じじゃなさそうだったなー」
「しかもそのとき、アガシーちゃんも、すっごい楽しそうだったし!」
「それ思った! 楽しそうなのはいつもだけど、なんかちょっと違うっていうか……」
みんなの話を聞きながら……あたしも、思わずアガシーを見つめていた。
え、アガシー……そうなの?
ホントに、朝岡のこと……?
みんなの問いかけに、どう答えるんだろうって思ってたら……アガシーは。
いきなり、お腹を抱えて大笑いし始めた。
「ぶわっはっは! このJS界のピースメーカー、赤宮シオンが、あんな歯が生え揃ってさえいないジャリ坊のことを!? はっはっは!
そりゃ、指導教官の鬼軍曹が訓練中の新兵に、『お前たちは希望の星だ! 頑張ろうな!』……とか、良い笑顔で言うぐらいありえませんよ!
まあ、アーサーがわたしに――ってのは分からないでもないですけどね?
なんせホレ、どこをどう切り取っても魅力しかないわたしですからね! はっはっは!」
いかにもな、いつも通りに見えるアガシーの態度に、みんなは、「なーんだ」みたいな顔をするけど……。
あたしは、なんだか……アガシーが、ムリヤリ笑ったような気がした。
それが引っかかって、気になって、改めて聞こうとしたそのとき――。
「こらー! もう消灯時間だよ! いつまで騒いでるのっ!」
テントに首を突っ込んできた喜多嶋先生のその一言で、会談(?)は強制お開きになってしまった。
あわててテント中央に置いていたランプの明かりを消して、それぞれの寝袋に引っ込むあたしたち。
でも、そのとき――あたしは、確かに見た。
明かりが消えて、テントが真っ暗になるその一瞬。
あたしに背を向けて寝袋に潜り込むアガシーの、そのキレイな金髪からのぞく形の良い耳が――。
ほんのりと……赤くなっていたのを。




