第104話 轟け魔法、吼えろ銃弾、唸れ聖剣!
――わたしの呼びかけに対し、アーサーが応じるのは早いものでした。
「……わかったよ軍曹。いや、なんだかよくわかんねーんだけど……。
オレが手伝えるなら、なんだってやる!」
「うむ、イヤだと言ってもやらせるつもりだったがな!」
わたしは聖剣ガヴァナードを喚び出すと――アーサーの前に突き立てます。
「……といっても、キサマにやってもらうことはたった一つだ。
今まさに、わたしたちの周りを飛び回っている、あのトリ公がいるな?
わたしが合図したら、その剣を使ってとにかく全力でヤツを斬れ。
それだけでいい。
キサマのカラッポヘッドでも理解出来る、お優し過ぎるミッションだろう?」
「――わ、分かった!」
「返事は――」
「イエシュ、マムッ!!」
敬礼を返し、アーサーは聖剣を抜き取ります。
応じるように――その刃が、淡く輝きました。
「ほう……まさかとは思ったが、本当に認められていたとはな」
〈霊獣〉の攻撃を食い止めるために障壁を張ったまま、感心したようにつぶやくハイリア。
当然のように、混乱しきりな顔で、アーサーはそちらを見返します。
「え、えっと……アリーナー……なん、だよな?」
「この身体はな。だが、余は違う。
そこの聖霊――お前がいうところの軍曹を手伝うために、一時的に亜里奈の身体を借りているだけだ。
……安心しろ、用が済めば亜里奈はいつも通り――今は眠っているだけだ」
「そ、そっか……」
差し障りのない答えを返してから、ハイリアはわたしをチラリと見る――。
いやむしろ、ギロリとニラみます。
……え~え~、分かってます、分かってますってば……。
これだけ深く関わりを持ってしまった以上、あらためてアーサーの記憶をいじるのは、そのテの魔法が使えるハイリアでも不可能でしょうし――。
あとでわたしが責任持って、それっぽい説明しときますよ、もう……。
ええ、わたしの責任ですからね! こんちくしょう!
「さて、では……決め手の目処も立ったことだ、一気に行くぞ。
――聖霊、キサマはしばし時間を稼げ、いいな?」
「――って、なんであなたが仕切ってるんですか、まったくもう――!」
わたしは、不満をその場に残しつつ、ハイリアが張る障壁から横合いに飛び出すと……。
エアガンを連射して〈霊獣〉の気を引きます。
その間に――。
「……風の宮、訓え吾弾く王ならぬ王、哮る戯る、咲み詠う――」
ハイリアは魔法の構築に入りました。
「ほれほれ、こっちですよー。
あっちは見た目だけのエセ美少女ですからねー。だまされちゃいけませんよー。
見た目も中身もぱーふぇくつなカンペキ美少女はこっちですよー。
追いかけるならこっちですよー」
そんな風に、愛想を振りまきつつ……。
あえてチカラをロクに込めないBB弾をぺちぺちと撃ち込んで、〈霊獣〉を挑発するわたし。
しかし、わたしのその渾身の釣りセリフに――。
あろうことか〈霊獣〉は、ぷいっと、むしろハイリアの方に気を向けやがるじゃないですか!
「――ぅおい! なんだテメーその態度ッ!?
中身までホンモノの美少女はこっちだっつってンだろーが! むしるぞッ!!」
「……軍曹、そーゆートコが悪いんじゃねーかなぁ……」
「――あぁんッ!?」
ボソリ、と余計なことをぬかしやがったアーサーを、しっかりギロリとニラみ付けてやります。
しかしそんなやり取りがまた目障りだったんでしょうか、〈霊獣〉の注意は再びわたしの方へ向きました……なんか複雑なことに。
そして、わたしが「むしるぞ」なんて言ったからか――これまでの体当たりじゃなく、羽ばたきとともに、多量の羽根を矢のように飛ばしてくるじゃないですか。
「――軍曹!」
「喚くなジャリ坊! わたしがこんなモンに……!」
襲い来る羽根を、華麗な銃撃でガンガン撃ち落としてやるわたし。
――フフン、まったく、楽勝ですね……!
ゲーセンのガンシューの方がよっぽどムズかしいってんですよ……!
……とか、楽勝ぶっこいてたら……。
――カチンッ……!
「……あり?」
軽やかな金属音とともに、我がワルサーPPKは沈黙してウンともスンとも――って。
「がっでむ! 残弾数えるの忘れてた!」
なんとか再装填を――とか考える間もなく、羽根の第二陣が襲いかかってきて……!
「こんにゃろ……! 聖霊ナメんなよ!!」
とっさに、無詠唱の低級魔法で小さな光の刃をいくつか作り、それで斬り払いつつ……。
なおも迫ってくるものは、エアガンの銃身で叩き落としていきます。
「――軍曹! 左だッ!!」
「え――」
アーサーの声に、意識をそちらに向けると――。
小癪なことに、羽根の攻撃を囮にして――〈霊獣〉は左側から突進をしかけてきてるじゃないですか!
羽根の処理に気を取られていたわたしは、完全に反応が遅れて……!
「させっかあぁーーっ!!」
「…………へ?」
そこへ割り込んで来たのは――アーサーの雄叫び。
次いで、回避は間に合わないと、反射的に身を固くしたわたしの横を、光り輝くなにかがすっ飛んで行き――。
それに危険を感じたらしく、〈霊獣〉はとっさに突進を中断、慌てた様子で軌道を変えて上空へ舞い戻りました。
……えーっと、今飛んでったやつ……なんか見覚えあったような――。
――って、どっからどー見てもガヴァナードじゃないですか!
誰だブン投げたド阿呆は! いや一人しかいませんけども!
「ふう……なんとか間に合ったな、軍曹!」
「――だから、投げるなって言ってンだろーがこのクソガキ!!
しかも、なんか良い笑顔してんじゃない、泣かすぞ!!!」
わたしは、ひと仕事終えた感満載のアーサーを、キバを剥く勢いで怒鳴りつけながら……。
どっかに飛んでったガヴァナードを、アーサーの目の前に召喚し直します。
悪びれた様子もなく、「おー! 戻ってきた!」とかぬかしながら、再度聖剣を手に取るアーサー。
「――ハァ……。
ま、まあ、でもその……助かりましたけど――」
「? 軍曹、今なんか言った?」
「るせー! 次にブン投げやがったら、ゼッタイ泣かすからな!!!」
「……まったく、時間稼ぎぐらいもうちょっと手際良くこなせんのか、キサマは……」
心底呆れたように、そんなムカつくことをぬかしやがるハイリアは――。
もう一つムカつくことに、すでにしっかりと魔法を完成させていました。
「――行くぞ。
其の名、暴風! 王の聲、王の雅楽、吾なる道――!
〈風宮ノ常流〉!」
手の平を突き出すハイリア。
合わせて――〈霊獣〉の周囲の空気が、そよ風を生み、突風となり、疾風と化し――。
やがて一気にうねり、渦を巻き、圧倒的な『暴威』となって荒れ狂い始めます。
それはまるで意志を持ち、捕らえた〈霊獣〉を――あるいはひねり潰し、あるいは引き裂き、あるいは切り刻み、あるいは噛み砕こうとするように……。
徹底的に、ムチャクチャに蹂躙したあと――トドメとばかりに、屋上の床の上に叩き付けました。
「――よし、行け聖霊!」
「だから仕切るなって言ってンでしょーが!」
文句と同時に、わたしはポニーテールの中から振り飛ばした弾倉で二挺拳銃を再装填。
そして一気に、地に墜ちた〈霊獣〉に肉薄――。
引き金にかけた指で銃をスピンさせながら両腕を交差、銃口を押し付け――。
「強制毒抜きだ、歯ぁ食いしばれーーーッ!!!」
〈聖〉のチカラをありったけに込めた弾丸を、ゼロ距離から超連射で全弾ブチ込んでやります……!
それによって、こびりついた汚れがガリガリと削れていくように――〈霊獣〉を侵食していた瘴気が、千々に霧散していきました。
ですが……これで終わりにはなりません。
最後にして最奥、命そのものを汚染している瘴気までは、これでは届かないのです。
それを斬り祓い、そして同時に、こちらを主と認めさせるには――!
「アーサーーー!!!
今だ、やれぇーーーッ!!!」
叫ぶと同時に、わたしは横っ飛びに地面を転がって道を空けます。
「うぅりゃああああーーーーーッ!!!!」
――その瞬間を、しっかりと待ち構えていたんでしょう。
わたしの言葉に即座に反応していたアーサーは、突進の勢いそのままに、跳躍――。
思い切り振りかぶった聖剣で、その輝きで――大上段から、〈霊獣〉を叩き斬ります。
……一瞬、訪れる静寂。
その後、悲鳴――というよりむしろ、瘴気のくびきを断ち切ったことへの感謝にも聞こえる、雄叫びのようなものを上げて……。
〈霊獣〉は光の粒子と化し、一旦宙にほどけた後――。
あらためて、ガヴァナードの中へ吸い込まれるように集まり……消え去りました。
「ぐ、軍曹、オレ……ちゃんとやれたのか?」
当然、なにが起こっているのか理解出来てないアーサーが不安そうにこちらを振り返ってくるので……。
服の汚れをはたきながら近寄ったわたしは――
「……まあまあだ。へっぽこ新兵にしちゃ良くやった方だな!」
口もとだけでニッと笑いつつ、サムズアップを贈ってやりました。
「……あ、でも……。
聖剣ブン投げやがったから、懲罰房送りな。お仕置き」
「げ、マジかよっ!?」
「――それはキサマもだがな、聖霊」
アーサーを相手にいい気になっているわたしの後ろで――。
ハイリアがアリナの声で……思い出したくないことを言ってきやがりました。
「亜里奈を気絶させたこと、どう言い訳するのか……しっかり考えておけよ?」
「……がっでむ!」