第102話 踏んだり蹴ったりな聖霊は責任を求む
「……ん~……? なんっか、妙な感じなんだよなあ……」
――朝岡武尊は、夜の闇にたたずむ、もとは学校だった公民館を見上げて唇を歪める。
この建物自体に、なにか妙な気配を感じるような――そんな気がする彼は同時に、『肝試し』がちゃんと進んでいないことも気になっていた。
予定では、少しずつ時間を空けて、ペアがどんどん校舎内に入っていくはずなのに。
一番乗りの2人が足を踏み入れて以来、次のペアどころか、誰も後に続こうとせず――。
しかも、そのことを誰も疑問に思っていないようなのだ。
雑談などしながら……明らかに進行が遅れているのに、先生も含めてみんな、当然のことのように順番を待っている感じで……。
「凛太郎、お前は? ヘンだって思わねーか?」
「…………?」
コイツなら、と親友の真殿凛太郎を見るも――。
彼もまた、なにが言いたいのか分からない、とばかりに首を傾げている。
(これって、もしかして……『結界』ってやつじゃ……)
ふと、体育祭のときの出来事を思い出した武尊は――。
(まさか軍曹、またなんかと戦ってるのか?
アリーナーもいるってのに、一人で守りながら……?)
そのとき『正義の味方』を自称したクラスメイトからは、誰にも話すなと言われたし、もちろんその約束はちゃんと守っているが……。
(……首を突っ込むな――とは、言われてねーからな)
「せんせー、ちょっとトイレ行ってきまーす!」
手を挙げて宣言した武尊は、答えを聞く前に立ち上がり――。
誰にも見られないよう、大回りに……校舎の裏手目指して走り出していた。
* * *
「……妙ですね」
「……妙だな」
――校舎1階の亡霊をあらかた祓ったところで、ふと漏れ出たわたしのつぶやきは……。
あろうことかまた、ハイリアのそれと被ってしまいました。
「ハモらないで下さい」
「キサマこそな」
ちなみに、華麗な銃さばきで舞うように美々しく華麗に戦っているわたしに比べ、この魔王ときたら――。
その戦いぶりは、通常攻撃連打みたいな、チカラをまとった腕を振るったり、小さな光弾をばらまくだけ、という地味極まりないエコ戦法で……。
……ええまあ、そりゃね、亡霊は亡霊でも、こんな残留思念に毛が生えただけのような存在、その程度で充分ではあるんですけどもね――。
せっかく、アリナの姿なのに……!
それが映える――もっとこう、キラーンと愛らしく輝くような戦い方をしろってンですよ!!
もったいないですねえ!!
そろそろガマンの限界、「やる気あンのかテメー!」……とキレてやろうと思っていたところでしたが……。
残念ながら、そんな場合ではなくなったようで。
「ただの亡霊が、〈霊脈〉が澱んでいるわけでもないこの場に、これほど集まってくるわけがない。
――なにかが『ある』な、ここには」
「……ですね。ついつい亡霊が集まってしまうような『何か』が」
わたしたちは、揃って天井――さらにそのずっと先を見上げます。
……恐らくは、屋上。
ここに入ったときから感じていた、亡霊とはまた違った気配はそこにある――。
「……やはり、元を断たねばならんな」
「放っておいたら……キレイに掃除したところで、また良くないモノが集まるでしょうからねえ」
そうして、1階の『掃除』をすませたわたしたちは――。
中央の階段から2階に上がると、どちらからともなく左右に分かれる。
そうして、一部屋ずつぐるりと巡って掃除をしつつ、チェックポイントに置かれたカードも回収して(一応肝試しですからねコレ)――階段まで戻ってきたら、さらに続けて上へ。
「……遅いぞ聖霊。キサマはムダが多すぎる、もっとテキパキやれ」
「なーに言ってやがるんですか、わたしの方が半歩は早かったですね!
そっちこそ、地味ぃ〜な戦いでトロトロしやがるんじゃねーってんですよ!」
「ほう。亜里奈の身体に負担をかけても良いのか?」
「ぬぐぐぅ……!
いちいちアリナを人質に取りやがって……! ヒキョーな!」
「魔王だからな」
踊り場に溜まっていた、もやっぽいヤツらを、揃って駆け抜けながらブチ抜き、散らして……3階に到達すると、再び左右に分かれて掃除を開始。
もはやタイムアタックかって勢いで、駆けつつ、跳ねつつ、転がりつつ、撃って撃って撃ちまくります。
途中、元は視聴覚室だったらしい場所に重ねて置いてあったカードを、走り抜けざまポニーテールで跳ね上げてジャージの胸ポケットに収め、階段へ戻ると――。
ほぼ同時に逆方向から、見た目だけは愛しのアリナという、サギ魔王もやって来ました。
「……カード、ちゃんと回収してきてるんですか?」
わたしの問いに、手品めいた動きで、指で挟んだカードを見せた――かと思うと、握り込むようにしてどこかにしまいこみます。
これが、胸の谷間に――とかだったらロマン溢れるんですけど、アリナじゃムリかー。
あ、いや、むしろだからこそイイとも言えるんですけどねムフー……!
「……あ、でもハイリア、あなたがそれを実行しようとすると万死に値します」
「なにを妄想したか知らんが、いいがかりで銃口を向けるな……ドの付くド阿呆、略して『どどあほ』が」
わたしたちはさらに屋上への階段を上がり、『立ち入り禁止』のロープを乗り越え、ちゃちな施錠がされたドアを魔法でちゃっちゃと開けると……。
入れ替わるように吹き込んできた生ぬるい風の中、外へ出ます。
一応整備はされていても、使われている感じはしない、がらんと広い屋上……。
――その中央上空に、『それ』はいました。
なにもない空中で、けれど枝に止まって休んでいるかのごとく……自らをかき抱くように両の翼にくるまっていた『それ』は――。
わたしたちの存在に気付くと、大きくその翼を広げました。
――合わせて、風が舞います。
こちらの世界で言えば、〈鳳凰〉とか、そんな感じの伝説上の存在っぽい……けれど、〈呪疫〉のそれに近い、禍々しい瘴気をまとった――巨大な碧い鳥です。
……いや、というか、あらためて間近で感じてみると、この気配って――。
「おい聖霊。此奴、もしかすると……」
「……ですね。元が純粋な存在であるだけに、〈呪疫〉のような、こちらの世界の澱みやら毒気にあてられたんでしょうが――間違いありません」
以前、〈救国魔導団〉のサカン将軍が言っていたことが頭を過ぎります。
――異世界からの迷い子――
「聖剣を司る聖霊のわたしには分かります。
コイツ――っていうかこの子は、〈霊獣〉ですね。
わたしたちの世界……アルタメアの」
「……やはりか」
〈霊獣〉――それは、聖剣ガヴァナードが認める勇者に従い、各々が司る力を貸す、聖なる獣たち……って、鳥類魚類などなども含みますけど。
ともあれ、その存在理由からして、わたしとは本質的に近しいものたちですが……。
「……けれど、この子には見覚えがありません。
勇者様はアルタメアに現存するすべての〈霊獣〉を従えたはずですし、〈霊獣〉そのものが、わたしが生まれる以前より存在していたことを考えると、恐らくは――」
「古い〈霊獣〉が……キサマが生まれるよりも前にこちらの世界に迷い込んでいた、と言ったところか」
わたしの言わんとしていることを察し、〈霊獣〉を見上げるハイリア。
それに反応したように、いきなり急降下して体当たりを仕掛けてくるのを、わたしたちはその場から飛び退いてかわします。
「では……当然、此奴がどんな力を司っているかは分からんわけだな?」
「……亡霊が集まってきていたことを考えると、『生命』や『浄化』といったものである可能性は高いでしょうが。
それよりも、問題は――」
……この子の処遇をどうするか、ということでしょう。
わたしとは近しい存在で、瘴気に毒されているだけで……なおかつ、アルタメアの同胞。
出来れば命を奪うようなことはしたくありませんが――。
……瘴気だけを祓い、正気に戻すのはそれほど難しくないはず。
ですが、処置がそれだけだと、結局、いずれまた同じような状態になってしまうでしょう。
つまり殺さずにすませるには、最終的に保護する必要があるわけで……。
そして保護には、アイテム袋の中にある、〈霊獣〉のための特製の〈巣〉に入れてあげればいいだけ――なんですけど。
そのために絶対必要なものが、わたしとハイリアではどうしようもなくて――。
「むむむ……どうしたものですかねー……。
おみやげ――に持って帰るには、デカすぎますし……」
さらに何度も、空中で反転しては襲いかかってくる〈霊獣〉をかわしながら、どうするかを考えていると――。
……バン、と――いきなり、屋上のドアが開いて。
そして、この場に駆け出してくる人影が――!
「軍曹、大丈夫かっ!」
って、現れたのは――アーサーじゃないですか!
「――ッ!? このバカ!!」
急降下する〈霊獣〉が、反射的に目標をそちらに変えたのを悟って――。
わたしはアーサーに思い切り飛びつき、一緒に倒れ込みます……!
……さすがにかわしきれない……!
来たるべき衝撃を予想して、身を固くするも――。
わたしたちを襲ったのは……。
刃のような翼が間際を通り過ぎる際に生じた、強烈な風圧だけ――でした。
「……貸し一つ、だ。あとで働いて返せ」
顔を上げれば、倒れ込むわたしたちをかばうように、いつの間にかハイリアが割り込んでいて……。
どうやら、障壁を張って、体当たりの軌道を逸らしてくれたようです。
「……え? あ、アリーナー……? ええっ?」
「――え? じゃねえ、このクソジャリがっ!
戦場に無防備に飛び込んでくるとか、死にてーのか、このド阿呆ッ!!」
まだ呆然としているアーサーの顔を、銃を握ったままの両手で挟み、真っ正面から思い切り説教してやります。
「え、あ、えっと、ご、ゴメン軍曹、オレ――」
「上官の言葉にはイエシュだと教えたろうが、クソ新兵!
返事はっ!?」
「――い、イエシュ、マムッ!!」
……ふむ、やっぱり、こういうのって案外効果あるもんですね。
アーサーの表情が――ちょっとは引き締まりましたよ。
「で――キサマ、なんでこんな所に来た!?」
体育祭のときの体験もありますし、結界の効果がコイツにだけ出にくかった、というのはありえる話ですが……。
逆に言えばコイツ、何かおかしいと分かっていて、どうしてノコノコと来やがったのか……!
「ぐ、軍曹が、アリーナーを守って、一人で戦ってンだとしたら……なにか手伝えたら、って、オレ……! で、でも……」
アーサーは、障壁を張って〈霊獣〉の様子をうかがっているハイリアをチラリと見ます。
そう……バッチリ、アリナの姿まんまのハイリアを。
……あああ……ま〜た話がややこしいことに……!
思わず天を仰ぐわたし。
「……聖霊。どうやらキサマ……そこの小僧に、いくらか秘密を知られていたようだな?」
「……うぐっ」
「しかもそれを……黙っていたな?」
「うぐぐ……!」
「これは、貸し――どころではないな。破産だ。
帰ったら余の身体作り、手伝いどころかガッツリ強制無償労働してもらうぞ。
ドス黒いまでの、どブラック労働――略して『どどくろ』労働確定だ」
「お、おにー! あくまー!!」
「魔王だからな」
「……でしたねー……」
……がっくし。
ああ……これ、帰ったら勇者様にも怒られるパターンですねー……。
「え、えっと、軍曹、オレ――」
「……まあ、これもなにかの縁ってやつですか……」
思いっきりタメ息をついたわたしは、混乱した様子のアーサーの手を取って立たせると――。
その両肩をつかみ、その目を、真っ正面から強く見据えた。
……〈霊獣〉を保護するために必要なもの。
すなわちそれは、聖剣ガヴァナードと――聖剣に認められた使い手。
「――キサマが必要だ。
こうなったら責任を取れ、わたしにチカラを貸せ……アーサー!!!」