第101話 それは、黄金に輝く青天の霹靂
――〈呪疫〉の反応があったんは、赤宮くんの家からはわりと近場の、緑地公園の一画やった。
先に、空から霊力を込めた小柄型の楔を打ち込み、結界を張っておいて……。
そんで――結界内に着地。
……もうすでに、あたりにはちらほらと〈呪疫〉の影が浮かび上がってた。
「……悪の魔の手から人々を守るためェ~!
破邪の鐘で正義を打ち鳴らし、世に平和の天則を織りなす聖女ォ~っ!
〈聖天ノ織姫〉シルキーベル! 今、推・参――ッ!」
ウチに代わって、テノールの美声高らかに名乗りを上げるカネヒラ。
「やらなくていいって言ってるのに……」
今回は邪魔せんと、ちゃんと全部言わせてあげたからかな……カネヒラ、なんか満足そう。
「とにかく、今日はちょっと大変みたいだから……ちゃんと頑張ってね、カネヒラ」
「い、いえす御意~っ!
迫る戦の重圧に、思わず腹を切りそうになるところでありましたがァ……!
拙者、姫の御為とあらば、ミジンコより矮小で微々たる我が微力を尽くし――」
「――口上はいいから、ホント頑張って」
「いい、いえす御意ィ〜っ!」
カネヒラにハッパをかけながら……。
ウチはさっき、おばあちゃんから受けた連絡を思い出す。
――能丸は今回参戦出来ない。変身アイテムに不具合があるらしい――
「…………」
その連絡通り、能丸さんは姿を見せへん……。
一人でやるしかあれへん――。
いつも以上の緊張感をもって、ウチは聖具〈織舌〉を握り込む。
こういう状況になって、ふと心細さみたいなんを感じると……。
なんやかんやで、やっぱり仲間がおるって大きかったんやなあ……って、改めて思う。
けど……とにかく、今日は一人。
……数は多そうやけど、〈呪疫〉だけならなんとかなる――!
そう、気合いを入れ直したそのとき――。
「……よう、シルキーベル」
背後から――聞き慣れた声がかけられた。
今日みたいな状況やと、出来れば聞きたくなかった声――。
「……クローリヒト……」
わざわざそちらを振り返るまでもなく……クローリヒトは無防備な足取りで、ウチの隣に並んできた。
見たところ、周りに、この間の仲間――クローナハトの姿はなくて。
しかもその手には、いつものあの剣が握られてへん……。
「で……どうした、一人か? 能丸は?」
「……今日は――お休みです。
あなたこそ……仲間はどうしたんです?
それに、いつもの剣は――」
「まあ……どちらも、一種の休暇だな。そっちと同じく」
悪意も敵意も、まるで感じさせへんで……まして、ノンキに頭とか掻きながら答えるクローリヒト。
仮面っていうかマスクっていうか……ともかく、そんなん被ってたら意味なさそうやけど。
これまでさんざん敵対してきたのがウソみたいな、その気安い態度に、思わずこっちも気が抜けそうになる――って、あかんあかん……!
内心首を振って警戒心を持ち直し、〈織舌〉を構えようとしたら……。
「――ところでシルキーベル、一つ提案があるんだが」
クローリヒトは、唐突にそんなことを言い出した。
「……なんです、提案って」
「お互い、〈呪疫〉を消滅させようって目的は同じだろう?
しかも、今日は仲間がいないのも同じなわけで……。
――どうだ? ここは手を組まないか?」
「あなたと……ですか?」
「ああ。見たところ、今夜はまた〈呪疫〉どもの数が多いようだし……悪い話じゃないだろう?」
「………………」
ウチは、しばらく、クローリヒトの……マスクの奥に隠れた顔の、その瞳を見ようと――心底を見ようと、目を凝らした。
もちろん、そんなんで本当に見えるはずもない。
ウチはそんな達人でもなんでもない。
でも……。
……なんでやろう。
ウチは、クローリヒトが、その言葉が――信用出来るって、そう思えて……。
明確な理由を考えるより先に、首を縦に振ってもうてた。
「――そうこないとな」
クローリヒトが――笑みを浮かべた、そんな気がした。
そんで、それは――。
ウチのよく知る、大好きな、あのホッとする笑顔にどことなく似た雰囲気で――。
……って――あかんあかん!
また、なにアホなこと考えてるんよ、ウチは!
そんなん、気のせいに決まってるし……!
「…………?
どうした、いきなりブンブン首振りまくって……?」
「な、なんでもないです!
それより、だましたりしたら承知しませんから!」
「……そっちもな。不意打ちとかカンベンしてくれよ?」
冗談めかしたクローリヒトの言葉に、「しません!」って答えながら――それを合図に。
ウチらは揃って、芝生を蹴立てて〈呪疫〉の群れに突っ込んだ。
お互い、まず一撃をもって目の前の〈呪疫〉を消滅させて――。
どちらからともなく、背を合わせて死角を消し――。
こちらを敵と認識したんか、一気に群がってくる〈呪疫〉を迎え撃つ……!
「カネヒラ! 左側お願い!」
「いい、いえす御意〜っ!」
カネヒラだけやと、さすがに一撃で消滅させるのはムリみたいやけど……牽制の役目は充分に果たしてくれるから――。
その間に、ウチは霊力を込めた〈織舌〉を振るい、〈呪疫〉を祓っていく。
向こうの攻撃は食らえば強烈やけど、こっちも向こうを一撃で祓えるわけやから……。
不意を突かれへんようにだけ気を付けながら、1体ずつ、確実に祓うように立ち回ればいい。
「……そら! 武者ロボ、無茶はするな!」
ふと気付くと、トドメを刺そうと深追いして挟まれたカネヒラを、クローリヒトが割り込むようにして助けてくれていた。
「かか、かたじけのうござるぅ……!」
やけど、そのせいで今度は、クローリヒトが死角から襲われる形になってて――。
「クローリヒトっ!」
「――――!」
ウチの、名前を呼んだだけの一声に――。
すべてを悟ったみたいに、素早く姿勢を下げるクローリヒト。
そして、ウチも……そう動いてくれるのが確信出来てたみたいに。
その動きを確認するより早く、クローリヒト自身を貫く勢いで〈織舌〉を突き出し――。
彼が屈んだその向こう、肉薄していた〈呪疫〉を祓い散らした。
そこから、続けて――
「シルキーベルっ!」
クローリヒトの声に応えて、屈む彼の背中の上に、こちらも背中を合わせる形で乗っかり、向こうへ転がって……。
背後に迫っていた〈呪疫〉の攻撃をかわしつつ、瞬時に位置を入れ替え――。
その上で、着地ざまに〈織舌〉を大きく振るい、さらにクローリヒトを狙っていた2体を一気に打ち祓う。
一方のクローリヒトも、上体を跳ね起こしざま――夜闇を真円に斬り裂くような、キレイな宙返り蹴りで……ウチの背後を狙ってた〈呪疫〉を消滅させた。
「――いきます!」
「ああ!」
――なにを、とかは言うてへんのに……。
まるで分かってたみたいに、ウチが霊力を込め直して、いっぺんに広範囲を薙ぎ払おうと〈織舌〉を振りかぶるのにキッチリタイミングを合わせて、大きく跳び上がるクローリヒト。
障害が無くなったから、遠慮なく思い切り一回転。
巻き込んだ3体を一気に祓う。
でも、他にも狙ってた4体が、とっさに範囲外に飛び退いてギリギリで難を逃れて――さらに、こちらのスキを突こうとするように、飛びかかってくる。
「させるか!」
そのうち、最も近かった1体に、まだ空中にいたクローリヒトが跳び蹴りを食らわせる。
さらに、その蹴りの反動で宙返りして――。
「――頼む!」
「はいっ!」
――半ば反射的に、地面に〈織舌〉を突き立てるウチ。
クローリヒトは、そのてっぺんに手を置いて軸にすると――。
逆立ち状態での回転蹴りで、飛びかかってきてた〈呪疫〉を一掃してしまった。
「「 よし、次――! 」」
そうして――ウチらはまた、背中合わせになって構えを取り直す。
「さすがの動き、と言うか――戦いやすいな、お前とは」
「……そっちこそ。案外――察しがいいんですね」
……察しがいい……どころやなくて。
あえてそれ以上のことは言わへんかったけど……それに、認めたないけど。
以心伝心とか……そんなレベルで。
向こうのやろうとしてることが分かって――。
それに、こっちがやろうとしてることも伝わるって――。
――そんな、確信があった。
そして、それは多分……ウチとおんなじように、そこまでは明言せえへんかったけど。
クローリヒトも、思ってるって……なんとなく、そう感じた。
……でも、なんでやの……?
前に助けてもらったときもそうやったけど、なんで……?
まさか…………。
ウチ、赤宮くんと同じぐらい、クローリヒトを信用してるってことなん……?
――そんなはずない。そんなわけない……!
そう……そうやん。
ずっと戦ってきたから、お互い、相手の動きがよう分かるって……それだけのこと。
……うん、そうに決まってる。
信用とかやなくて、動きとか考え方に慣れてるってだけのことやん――。
そんなことを考えてる間も、戦いは続いてて……。
そのせいで、動きはほとんど無意識になってて――。
それでもウチとクローリヒトのコンビネーションは……乱れへんかった。
自然と動くその先に、クローリヒトの援護があって――。
クローリヒトの動いた先に、ウチも、必要と感じる援護を置いていた。
そうして――。
一人やったらきっと、相当に手こずったと思う数の〈呪疫〉も、あっという間に数を減らして……。
気付けば、他の個体より二回りほど大きい1体を残すのみになってた。
「さて――コイツで終わりか。
予想以上に手間が省けた、お前のおかげだな」
「……こちらこそ。今回の協力については、素直にお礼を言います」
ウチがそう言うと、ふと足を止めたクローリヒトは、こちらをジッと見てくる。
「……なんですか?」
「なあ、シルキーベル。やっぱり……お前なら理解出来るんじゃないか?
たとえ、〈闇のチカラ〉だからって、有無を言わせず滅ぼさなくても、他に道が――もっと良い道があるはずだってこと。
意志を持つ〈世壊呪〉を……滅ぼすばかりが道じゃないってことを」
「…………それは…………」
以前、当のクローリヒトに問われたこと。
ウチとしても、それから何度も、考えずにはいられへんかったこと――。
それを改めて明確に問われたウチは、もう一度自分の心を見つめようとして――。
――その瞬間。
「「 ――――ッ!? 」」
ウチとクローリヒトの意識が、揃って前方に向かう。
そうして、なにかが来る――と、そう感じた刹那。
いきなり、空を斬り裂く強烈な稲妻が、最後の〈呪疫〉を天から貫き――。
まばゆい光とともに、文字通り一瞬で消し飛ばしてしまって……!
「…………!」
しかも、驚くことはそれだけやなくて――。
その稲妻が、宙に散ったあとには……人がおった。
それも……なんて言うたらええのか……物語とか、ゲームで出てくるみたいな……。
この世のものとは思われへん、神々しく輝く黄金の鎧に、頭から足まで全身を包み込み……大きな盾と剣を携え、マントを翻す〈騎士〉が。
「……お前は、いったい――」
そう尋ねるクローリヒトの声に……ウチはいつもと違うと、違和感を覚える。
でも、その理由はすぐに分かった。
ウチもきっと、同じものを感じてたから。
――威圧感。
そう……思わずすくみ上がりそうになるぐらいのそれを、〈騎士〉が放ってたから。
あのクローリヒトが……声に緊張を混じらせるほどの。
「……わたしか。わたしは〈エクサリオ〉――」
中性的で――男性やろうけど、女性のようにも聞こえる声で。
表情も何もかも覆い尽くす兜の向こうから、〈騎士〉は応える。
「……万難を排し、世界を守ることを役目とする者――〈勇者〉だ」