第100話 肝を試すどころじゃない肝試しのキモ
「ホントに誰なの、『肝試し』なんてムダすぎるイベント考案したヤツ……!」
――アリナの指示のもと、みんなで作ったカレーを、お腹いっぱいたっぷり堪能したあと……。
青い蕾たちの、そりゃもう瑞々しいお肌を存分に目の保養に使わせてもらっちゃったぜグヘヘ――な、しかし時間が短いというのがどうしようもなく遺憾だったお風呂タイムを経て……。
次なるイベント『肝試し』に挑むべく、キャンプ場から少し離れた会場へ隊列を組んで夜道を進む中――。
隣を歩くアリナが、亡者のような恨みがましい声で、そんな文句をぼやき始めました。
「……平安時代にはもうあったらしいけど……!
『大鏡』に、藤原道長だけが、ビビる他の兄弟を差し置いて成し遂げたって説話があるらしいけど!
よけーなことするなよ道長!
お前も失敗してれば廃れたかも知れないのに!
……ていうか、そもそも『大鏡』って書物自体、内容は150歳を過ぎた老人2人の語りがメイン――って、それもう妖怪だよ!
よけーなことするなよ妖怪おじーちゃんズ!
いや、それを筆記したのは別の人って話だったような気もするけど、どっちにしろ放っときゃ廃れたかも知れないのに!」
「いやー、さすがにそれ、濡れ衣もいいところだと思いますよアリナー」
「……なに!? あたしの心読んだの!?」
「いえ、めっちゃ声に出てました。ダダ漏れです。
そしてアリナ自身がすでに、呪詛をつぶやく怪異状態です。
――てか、その笑みがめっちゃ怖いです。般若ってます。
わたしがただのJSなら、腰抜かしてチビってます」
「あああたしは冷静だよ!? いつも通りだよ!?
まあ、肝試しなんてムダすぎるイベントに時間費やすのがもったいなくて、ほんのちょっとムカついてるけどね!? ほんのちょっとね!?」
必死に平静を装おうとしているのが丸わかりのアリナが、引きつりまくった笑顔を向けてきます。
……元がキレイで可愛い顔立ちなだけに、いっそう凄惨に見えるのがまた何とも。
「……はあ……。
じゃあまあ、これでも食べて落ち着いたらどうです?」
わたしがポケットからチョコレートめいたものを取り出すと、アリナはためらいなく、引ったくるようにしてそれを口に放り込みました。
バリバリ、ゴリゴリ、ムシャムシャ……ごっくん。
――って、なんか効果音まで禍々しいですよアリナ……。
「……どうですか?」
「どうって、なにが!? まあまあじゃないかな!?」
……いや、それ、あの〈レーション〉なんですけど……まあまあって。
わたしが言うのもナンですけど。
しっかし……こりゃダメだ。
出がけに勇者様に念押しされてたんですが、アリナがオバケとかが本格的に苦手ってのはマジってことですね。
しかもそのくせ、妙に意地っ張りなので、決してそうとは認めない……。
――周りを見れば、やっぱりというか、肝試しを「怖い」って泣いちゃう子はチラホラいて……。
そこは学校行事、そういう子はムリしてやらなくていいよ、ってコトになるんですけどねえ……。
それが分かってても、怖いと認めはしないんですから……まったく。
まあ、そんなところもまた、アリナの魅力ではあるんですが。
しかし、どうしたものですかねえ……。
ナチュラルにビビりまくるアリナという、普段は決してお目にかかれない、レア過ぎる姿をしっかとこの目に焼き付けたくはあるんですが……。
んー……でも、さすがにずっとだと、ちょっとかわいそうな気もしますし?
そう、適当に楽しんだところで、魔法で眠らせる、ってのがいいですかねえ……。
それで後はハイリアのヤツに歩かせれば、アリナに途中で気絶したとか、不名誉な記録が付かずにすみますし。
まあ、実際始まったらどれほどのレベルでビビるのか、様子を見ながら臨機応変に、ってところですか……。
ちなみに、肝試しは2人組で回るようで、うちの班も男子と女子に分かれる形です。
で、男子2人はどんな感じかと言えば……。
「もっとこう場所がさ、廃墟とか、ダンジョンとかだったらいいのにな!」
並んで歩くマリーンに向かって、こんなアホなことを抜かしてるのはもちろんアーサー。
……まったく、マジのダンジョン探索ナメてんじゃねーぞこのジャリ坊め……。
それはともかく、ヤツの心境としては、当然のようにちょっとした恐怖感は抱きつつ、高揚感がそれを上回ってるって感じですか。
まあでも、こう見えてコイツは、〈呪疫〉を相手に退かなかった、聖剣すら認める精神力の持ち主ですからねえ……ガチにビビるとかはないでしょう。
一方、アーサーのアホの子な発言に、無表情にうなずいてるマリーンは……。
……うん、よく分かりませんね! 正直なところ!
ま、肝試しごときでビビるようなタマじゃないとは思いますけど。
……って言うか、宝くじで1億円とか当てても、眉一つ動かさないんじゃないですかねえ……アレ。
「……なあ、軍曹」
わたしがなんとなく男子2人のやり取りを見てると……それに気付いたアーサーが、こちらに近寄って小声で耳打ちしてきました。
「アリーナー……あれ、大丈夫か?」
アーサーの視線の先にいるのは、強張った笑顔で、調子の外れた鼻歌を歌う……挙動不審さMAXのアリナ。
……ふむ。さすがにコイツも気付いてましたか。
まあ、バレバレっちゃバレバレですからねえ……。
「……っていうか、それをネタにからかわないんですね?」
「軍曹、オレをなんだと思ってンだよ……。
さすがに、マジでビビってるヤツをからかったりはしねえって」
「ふむ。ま、あなたはそーゆー人間でしたね」
「……どうするよ?
なんならオレ、先生に、アリーナーがムリそうって伝えてこようか?」
アーサーの申し出に、そういうテもあるか……と思いながらチラとアリナを見て。
それでもやっぱり、わたしは首を横に振ります。
「いえ、やめときましょう。アリナのことです、後ですげー気にしそうですし……。
ま、本人の意地もあるでしょうしね。
――大丈夫ですよ、なにせこの『わたし』が付いてるんですから。
アーサー、あなたならこの意味……分かりますよね?」
わたしが、ジャージの内ポケットに忍ばせてあるワルサーPPKを見せてそう言うと……アーサーは、小さくうなずいてニッと笑った。
「……そーだよな! 軍曹が付いてるもんな!
おう、じゃ、アリーナーのことは任せるから!」
「キサマに言われるまでもない、ってんですよ」
そんなこんなで、しばらく歩いてたどり着いたのは……。
いかにも田舎の学校らしい(……といっても、わたしはテレビで見たりしたことがあるだけですが)、小さくて古い、パッと見は木造建築っぽい3階建て校舎でした。
先生の説明によると、生徒数が減って廃校になったのを、もとの学校の雰囲気は残しつつ、地区の公民館としてリニューアルしたものだそうで……。
つまり、昔のままの木造ってわけじゃなく、ちゃんと補強されてるってことですね。
まあ、さすがに学校行事の肝試しで、ガチの廃校使うわけにもいかないでしょうし。
でも、雰囲気的にはバッチリで……舞台としてはなかなかナイスな選択ってところでしょう。
ええ、そう……ある意味、『大当たり』ってやつですから。
ホントに――まったく。
「ふわああ~……。
トイレのハナコさんとかいそうな雰囲気だねえ、亜里奈ちゃん~!」
「ああうん、店子? トイレだけ借りてるとかなに? お金無いなら馬小屋に泊まればいいのにって感じだよねえ、はははははー……!」
相変わらずマイペースの、カケラもビビってる様子のないミハルの発言に……絶妙に噛み合ってない答えと、乾ききった笑いで応じるアリナ。
……うん、ステータス的には絶賛混乱中、って感じですね。
――その後、元校庭に並んで座らされたわたしたちは、肝試しのお約束だという、この校舎にまつわる……ってことになってる、ありふれた(多分)怪談を聞かされて……。
それからルール解説、でもって、いざ開始!――という運びになりました。
まあ、ルールといっても別に大したことじゃなくて……。
校舎の西口から入って、指定のルートを通り、各チェックポイントにあるカードを取りながら東口へ抜ける――というものです。
「もももう、まったくバカらしいよねえ!? こんなの、夜の散歩みたいなものじゃない!? でも夜の散歩だったら、もっと良い場所もあるじゃない!?
なななんでまた、こんな、いかにもなにか出そう――じゃなくて、でで、出っ張りとかで足引っ掛けて転んじゃったりしそうな、ああ危ない場所でやるんだかね!?
ほほホント、バカバカしいなあ! じじ時間のムダだよねまったく!」
舌を噛みそうな早口でまくし立てるアリナの言う通り、実際の内容としてはタダの散歩みたいなものです。
そして、肝試しってのはそれを楽しむものだし、実際楽しめる――と、思ってたんですけどねー……。
わたしは校舎を一瞥して、思わず小さくタメ息をついてしまいます。
――さて。
順番を決めるクジを引いて、いよいよスタートする肝試し。
わたしとアリナの組は、一番乗り……先陣となりました。
まあ、ちょっと魔力使って、ズルさせてもらったわけですけど。
……懐中電灯を手に、わたしたちは西口の玄関から校舎内に踏み入ります。
公民館として使うにあたり、玄関は新しく増設したようですが……そこから続く廊下は、なんていうか、いかにもな雰囲気がたっぷり。
もう、古めかしい夜の学校そのものというやつで――。
「ああアガシー、ここ怖かったら、ああああたしを頼ったら、いい、いいからね!?
おおオバケなんてほら、ああアレ、ぷぷ、ぷらずまとか、そーゆーのでせせ、説明出来ちゃうんだからね! ね!?」
そんなことを言いながら、わたしにピッタリくっついて歩くアリナ。
「――――ッ!」
おおう、イイ……ッ! なんていいシチュエーション……ッ!
いやもう、そこらの部屋に連れ込んで押し倒しちまいそうだぜグヘヘ……!
――なんですけどねー……。
残念ながら……ホンっトに残念ながら――。
加えて、すっごく気が引けますけども――。
わたしは、いきなり懐中電灯を消して、スッと――アリナから離れます。気配も殺します。
そして――。
「……え……?
ちょ――ちょちょ、ああアガシー!? なななに、どこに――!?」
突然のことにパニックになるアリナの目の前に、懐中電灯の光とともにいきなり現れてみせました。
「うぼあ〜っ」
「!! ぴぎゅあ――っ!?」
可愛らしくも意味不明な悲鳴を上げ――。
そのまま意識を失い、こてん、と倒れそうになるアリナをそっと抱き留めます。
そのまぶたが開いたのは……わずか、数秒後のことでした。
「……だからだな聖霊、いちいち強引なのだキサマは……!」
アリナの声で尊大な物言いをしながら、『ソイツ』はわたしの腕を払い、自分の足で立ちます。
そう――気絶したアリナの『表』に出て来たのは、アルタメアの魔王ハイリアです。
「……まったく、亜里奈が心臓マヒでも起こしたらどうするつもりだ、大バカ者が」
「それぐらいの加減は出来ますっての。
それに、あなたがいるから大丈夫でしょう?」
「ここまでせずとも、眠らせるなりすれば良かっただろうが」
「後のことを考えると、アリナにとっては、わたしが調子に乗って無茶な驚かせ方をしたから気を失った――って方がまだマシでしょう?
なんなら、それで頭打ったせい、とか付け加えてもいいですし。
それに、ヘタに眠らせるだけだと、半覚醒とかで、あなたのことを自覚してしまう恐れもあるじゃないですか」
「……ふむ。一理あるが……それだけではあるまい?」
「へへへ〜……最っ高にビックリするアリナの可愛らしすぎる姿、ごちそうさまでした〜……ってところですね」
スマホが手元にあれば、バッチリその姿を捉えていたんですけど……残念。
「まったく……。まあ、その『イタズラ』については、亜里奈自身があとでキツく灸を据えるであろうから捨て置くとして、こうまでして余を呼んだ理由は――と。
いや……問うまでもない、という感じだな」
ハイリアは、鬱陶しそうに手を払います。
一瞬光ったその動きに合わせて……闇の中に漂う『もや』のようなものが掻き消えました。
「……まあ、そういうことです。気は進みませんけどね。
お掃除はさっさとすませるに越したことはありませんし、手は多い方がいいでしょう?」
わたしも、ジャージの左右の内ポケットからワルサーPPKを取り出すと、すぐそば、棚の陰の暗闇を撃ち抜きます。
闇の中に確かにいた『何か』は、その一撃で霧散しました。
ホントに、まったく……。
ガチに『亡霊』とかが集まってる場所を肝試しの舞台にするとか、アタリすぎってモンですよ。
誰ですか場所選定したのは……もう。
「せっかく、邪魔が入らないようトップを引いたわけですし……。
手、貸してもらいますよ?」
「高くつくぞ――と、言いたいところだが。
亜里奈とその級友のためとあらば、仕方あるまいな……!」
ナマイキにそんなことを言って、手に蒼い炎をまとったハイリアと――。
二挺拳銃を構えたわたしは、互いに背を合わせます。
周囲には――いつの間にか、人のような姿をした影っぽいものが集まってきていました。
〈呪疫〉とは、またひと味違う……もっと『人』に近しい存在です。
まあ……もっとも。
どれだけ集まったところで――
「わたしの」「余の」
わたしたちは、胸クソ悪いことに――示し合わせたように、ピッタリ同時に床を蹴っていました。
「「 敵ではありませんけどね! 」」