第9話 新たな日常風景
エリアーナに出会って一ヶ月。それはつまり彼女が、俺(正確にはリカ姉)の家で一緒に生活するようになってから、経った日数でもある。
思えば色んな事があった。そう色んな事が。
――例をあげれば、洗濯を任せれば洗面所を泡だらけにしたり。
料理を任せれば、こんがり焦げた(本人はウェルダンと主張する)肉っぽい炭を出して来たり。
まあ、要するに家事全般がダメという、むしろリカ姉より酷いものであった。リカ姉だってやる気がないだけで、やればできるはずだ。多分、きっと。
だが、一月もすれば慣れてくるのか、それなりに料理は食えるし、洗濯だってちゃんと出来るようになっていた。
ちなみに芽依は家事に関しては完璧であったので、主にエリアーナに家事を指導していた。芽依曰く、諦めないで良かった。と感慨深く言っていた。余程苦労したのだろうと思う。
学校では俺の魔法の練習に付き合ったり、依頼である黒い箱の解析をしたりしている。だがどちらも成果無しだそうで。
そんなこんなで。今日も相変わらず彼女は、進歩の無い俺の魔法の練習に付きあっていた。
「なんで、分からないわけ!?」
「そう言われてもなぁ」
「ちゃんと教科書見てる?ここの魔法式を組むときは――」
最初は、優しかったんだ。本当に。
「いや、だからさ。これじゃダメなわけ?」
俺は指先にピンポン玉くらいの大きさの火の玉をだして彼女へ見せ付ける、が。
すぱーんっと、頭をはたかれてしまう。
「ちょっと!?また、そんな魔法式も構築してない魔法を使わないでよ!不安定になって暴発したらどうするの!?」
不安定とか心配するなら頭をはたかないでほしいんですけど。
今、教えてもらっているのは『火球』という魔法。またはファイヤーボールとも言う。字の通り火の玉を手の平から打ち出す魔法である。
「いや、魔法式はちゃんとしてるってば、ホラここの所」
指の先に出た火の玉を維持しつつ、自分の胸の辺りを空いている手で指してみる。でも彼女には意味がわからないといった様子である。
「ねえ、貴方それずっと言ってるけど、意味わからないわ。魔法式があるのはここ!ほら見えるでしょ」
彼女が指すのは自分の手の平への付近。確かにそこは魔方陣になっていて、魔法式が書かれている。
「見えるけどさ、こっちにだって……いや、良いです。何でもないです」
毎回やっている問答なんだが、理解はしてもらえないようだ。
「はあ、向こうが全然進まないからこっちだけでもと思ったんだけど」
「出来の悪い生徒ですみませんね」
「別に責めてないわよ。でも、当たり前にしてることを教えるのって難しいわね」
「まあ、気長にやろうぜ。まだ一ヶ月だからさ」
「確かにそうだけど、それは貴方が言って良い台詞じゃないと思うんだけど」
余計な事を言われる前に、話題を変えよう。そうだもう飯だ、飯。
「ほ、ほら。もう昼だし飯食おうぜ」
「はあ、仕方ないわね」
◇
場所は屋上。いつもの三人で昼飯である。授業に参加していた芽依と合流している。
「それで、またダメなんだ?」
「まあな」
「何故、自慢気に胸を張ってるの」
すぱーんと叩かれる。最近のエリアーナのツッコミは物理攻撃になりつつある。できたら最初の頃みたいに言葉だけでやってほしいものだ。いや、決して罵倒されたいワケじゃない。本当だ。
「あはは、なかなかいいコンビになって来たねえ」
「もう、芽依ったら。自分の事を棚に上げないの」
話をしつつ弁当を食べ終わる。ちなみに今日は芽依の担当だったので味は文句無しである。まだ時間はあるので気になっていた事を聞いてみる事にした。
「そういえば。箱の解析も進んで無いとか言ってたっけ」
「ええ。解析は私でなくても出来るようにしてあるから、基本はベルクに任せきりなのだけれど、あまり進捗はよくないわね」
「ベルクさんって執事で魔技師の人だっけか」
「そういえば紹介した記憶が無いわね。考えてみれば、日中は保管庫に籠りっぱなしで会う機会がなかったわね」
「執事…なんか憧れる響きだね。ねえレンくん私の執事をやってみる気は―」
「ない」
変な事を言わないでほしい。ていうか執事になったところで、今と変わらんような気がするのは気のせいだろうか。
「それじゃ、放課後会ってみる?」
「でも、保管庫へは一般生徒は立ち入り禁止だろ?」
「リカさんに許可をもらうわ。ダメだったら家に招待すればいいのだし」
「そうか。まあ仕事の邪魔しちゃ悪いから、出来ればでいいよ」
「じゃ、理事長室行ってくるわね」
そういって立ち上がった彼女は、自分の分の弁当箱を片付け屋上から去っていった。
「結構、行動力あるよねリーナって。思い立ったら即行動みたいな」
「あれで『特級魔技師』だし、それくらいじゃないとなれないんだろ」
残された俺たちは、のんびりしながら昼休みを過ごすのだった。