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後編




 ヒロインとの邂逅からひと月。

 あれから何度も、ヒロインを見かけては逃げての繰り返しをつづけ、今日まで何とか捕まらずに済んでいた私は、このままいけばゲーム終了まで大丈夫、と高を括っていたのです。


 だからこそ、注意を怠ってしまった。


 ヒロインが現れてから避けていたお気に入りの森。

 お兄様たちに訊いたら、ヒロインはあれから一度も森には来ていないという事なので、もう大丈夫と思い久しぶりに行こうとしたのです。

 

 中庭の端を、人目を避けるように歩いて森へ―――そう、人目を避けて端を歩けば見つからなかったかもしれないのに、ついつい読書に夢中になり、中庭の…それも庭園の真ん中を歩いてしまったのです。


 そして、聞こえてきた愛らしい叫び声。


「見つけた!」


 驚いて振り向いた私の目に入ってきたのは、わき目も振らず喜々として走ってくるヒロインの姿。


 え?


 鬼気迫るその勢いに、私は思わず立ちすくみ逃げるのを忘れていました。

 そして追いついたヒロインは呆然とする私の耳元で、周りに聞こえないような小さな声で告げたのです。


「この日を待っていたわ、ティルキナ。さあ、あたしを虐めなさい」と――――




 とうとう捕まってしまいました。

 にこやかに自分を虐めなさい、という彼女は本当に楽しそうです。

 反対に私はめちゃくちゃ憂鬱です。

 ヒロインがここで虐めなさいと言っているという事は、口撃を始めなさい、という事で、それには相手が必要で……。


 そう、相手です。

 ここでいうそれは、もちろんゲームの攻略対象の事。ヒロインのこの喜び方からして、すぐそばに攻略対象がいるのは間違いないのでしょう。


 そしてその相手は――――


 先日の物言いからして、まさか、とは思いますが………。


 ちらりと向ける視界の隅に、見てはいけない御三方の姿を確認し、私は思わず天を仰いでしまいました。


 ああ、これは終わった……わね。


 ガクッと肩を落とす私に、ヒロインから突き刺さるような視線を感じます。

 その胸をうちは、早く口撃を開始しなさいよ、という事なのでしょうけれど……。


 本当に?

 本当に私がやるの?

 彼らを相手に?


 ちらちらと伺いみる視線の先には、ヒロインより僅かに離れた場所で微かに見守るような笑みを見せているロスタリク様と、その殿下の背後で面白そうに私とヒロインを眺めているケイラス様。

 そしてお兄様は、ヒロインの側にゆっくりと歩を進めそっと寄り添うように立ちました。まるでヒロインを守るかのように―――

 そのお兄様の行動に気を良くしたヒロインは、はじらうように俯いて、そっとお兄様の腕に手を添えたのです。


 その一連の流れをどこか他人事のように眺めていた私を、御三方の視線が現実に引き戻しました。


 ―――突き刺さるような冷めた眼差し。


 殿下とケイラス様が放つその視線は、私……ではなく、お兄様の腕に手を添えるヒロインに向けられ、そしてお兄様は―――――満面の笑みで、笑っていたのです。


 それで気づいてしまいました、私。

 ここにいる御三方は、報復のためにここにいるのだと………。


 おそらく、ずっと根に持っていたのでしょう。

 あの日の私に対するヒロインの非礼を……。


 なぜ分かるのかって?

 それは、彼らを良く知る私だから、としか言いようがありませんが、確実に一つ言えるとしたならお兄様が満面の笑みで笑っているから、とでも言っておきましょう。


 お兄様は他人にはとても寡黙です。

 ほとんど笑う事もありません。

 稀に見せるとても柔らかいその笑みは、お兄様が心を許したとても親しい間柄に在るものにしか見せない微笑みです。


 そのお兄様が今満面の笑みを見せている。

 ヒロインに向け、とても輝かしい笑みを浮かべている。

 それは一見すると、ヒロインに好意を抱いている様にすら見えますが、その心の内は真逆です。


 お兄様の満面の笑みは、真に笑んでいるわけではなく、何かを企んでいるときなのです。


 そして、その企みは必ず遂行される。


 こうなってしまったお兄様は、もう私では抑えることが出来ません。

 唯一止めることの出来る殿下とケイラス様も分かっていて黙認しているという事は、お二人とも内心ではかなり憤っているという事なのでしょう。


 おそらく、私の懇願により一度は抑えた怒りが、ヒロインが接触してきたことで火が付いたという事でしょう。


 はあ……これはいったいどうしたら良いのでしょう?

 このままここで突っ立っているというのも変ですし……。


 やっぱりやるの?

 やらなきゃいけないの?

 口撃を?

 ここで?


 ちらりとヒロインを窺うと『早く始めなさいよ』と声には出していませんが、口がそう動いておりました。


 はいはい、もうどうなっても知りませんよ、私は―――


 ええ…と、最初のセリフはなんでしたっけ?

 『下賤な身で私の○○様に近づかないでくださいな』でしたっけ?

 それとも、『○○様は私の大切な人なの。貴女なんかに渡さないわ』だったかしら?


 まあ、どちらでもいいですわ。

 お兄様たちには何かお考えがありそうですし、ここはヒロインのリクエストにお答えしましょう。


 もうどうとでもなれ、ですわ!


 半ば自棄になりながらも私はキッと顔をあげ、喜びを隠そうともしないヒロインに向かって口を開きました。






「お…お兄様に」

「ここにいたんだね、ティルキナ。会いたかったよ、可愛い私の妹!」


 




 ――――はい?






 一瞬何が起こったのか反応できませんでした。

 口撃を仕掛けようと思って口を開きかけた矢先に私はお兄様の腕の中に抱きしめられていたのです。


「私たちは君を探していたんだよ、愛しいティルキナ。たまには森に一緒に行こうと思ってね。そうしたら、ちょうどこの御令嬢が君の居場所を知っているっていうから、ここまで案内してもらったんだ」


 次いで聞こえてきたのはどこか楽しそうな口調の殿下の声。

 私に向けられる眼差しは、どこまでも優しい。


「だけど一向に要領を得なくてな。仕方なしにここに来る途中で、お前のクラスの奴に聞いたら、中庭に向かって歩いていたって教えてもらったのさ」


 ―――――はぁ?

 

 ケイラス様の思いもよらない言葉に、またまた呆けてしまいました。


 あれ? 

 これって口撃なんだよね? 

 口撃ってこうでしたっけ? 

 これで良いの?


「こんなの良いわけないでしょう」


 私の心の声が聞こえたのか、背後から、小声なのだけれどとてつもなく低い怒りの声が聞こえてきました。

 その直後、お兄様と私の間に割り込むようにして入ってきたヒロインは、横目で私を睨みつけると、目の前に立つ御三方に視線を向けました。上目遣いで、わざとらしく傷ついた態を見せながら……。


「ま……待ってください、殿下、ケイラス様、ナキレイド様! 皆さん、先ほどは、私と一緒に居たいって言ってましたよね? どうして悪役……ティルキナ様を誘っているのですか!?」


 一瞬言いかけた悪役、という言葉に、お兄様のこめかみがぴくぴくと動きました。


「誰が君と居たい、と言ったのかな? 私たちは誰一人としてそのような言葉は発してはいないよ。君の思い違いではないのかい?」


「そんなことはありません、殿下! 確かに言いましたわ! 私と一緒に行きたいって!」


「いや、一緒に行きたいとは言ってないだろう? 確か…『探し人がいるのだが、知っているなら案内していただけないかな』だったよな、殿下」


「ああ、そうだ。しかし彼女はすごいね。私たちの探し人がティルキナだと言わずとも分かるだなんて」


「それは分かるでしょう。むしろ、知らないほうがおかしい。私たちがティルキナを愛しんでいることなど周知の事実。可愛い妹に何かあれば、私たちは黙っている事など出来ないですからね」


「相変わらずの妹至上主義だな、ナキ。否定はしないけど」


「ティルキナ様を愛しむ? はあ…嘘でしょう? 皆さん騙されているわ! 言っては何ですがティルキナ様はあまり周りには好かれてはいないのよ!」


 何を思ったのか、ヒロインが突然私の悪口を言い始めました。


「ああ、それは君の思い違いだ。妹は読書が好きでいつも一人でいるから、それを邪魔しちゃいけないと思ってみんな遠慮しているだけだ。けっして嫌われているわけではない」


「違うわ! ティルキナ様は怖がられているの! 恐れられているの! だって身分を笠に着て下級貴族のご令嬢を虐めていたもの!」


 え?

 そんな事はしておりませんが――――


 困惑気味にお兄様に視線を向けましたら、分かっているよとでも言いたげに、私の頭を撫でてきます。


「…君はその現場を見たのか?」


 ヒロインに向ける口調は、かなり冷ややかですが……。


「わ…私は見ていないけど、噂……そう、そんな噂が広まっているの!」


「へえ…そんな噂が広まっているのか? 誰が私の可愛い妹の事を噂しているんだろうね~」


 お兄様がちらりと向ける視線の先には、野次馬と化した学生たち。

 ええ、私たちは今、多数の学生の衆人の中で話し込んでいるのです。

 どうしてこんなに学生が集まっていたのかというと、ヒロインがこの御三方を連れて私を探していたのが原因。

 そして、私を見つけるやいなや声高々――主にヒロイン――に会話していれば嫌でも目につきます。


 そんな彼らはお兄様の言葉に首をぶんぶんと横に振っていました。

 自分は言っていない…と、そう強調するように―――


「皆さん言ってます!」


 ヒロインのその一言に再び首を横に振る野次馬な皆さん。

 綺麗にそろって横に振るものだから、思わず笑いそうになりました。


「その噂がどんなものか聞いてみたい気もするけれど、ティルキナに対する悪しきものなら許せるものじゃないよ。彼女の人となりは誰よりも私たちが知っている。私たちは幼少から共に過ごしていたからね」


「殿下! それもこれも、ティルキナ様の策なのです! 騙されてはいけません!」


「騙すも騙さないも、君にティルキナの事を言われたくないなぁ。ましてや、男爵令嬢如きで侯爵令嬢たるティルキナを謂れのない噂で中傷するなど以ての外だ」


「そんな…。みなさん、私を信じてください!」


 殿下とケイラス様の言葉に傷ついた態を見せるヒロインは、両手を組み、瞳には大粒の涙さえ浮かべて、まるで懇願するように上目遣いで御三方を見つめておりました。

 その愛らしい姿に周りに見とれる人――殿方――と蔑む視線を向ける人――御令嬢――多数。


 けれど数多の殿方を虜にするそんな愛らしいヒロインの仕種も、お兄様たちには通じるはずもなく。


「その瞳で、その仕種で、どれだけの男を籠絡したのかは知らないけど、私たちには醜悪にすら見えるよ」


 お兄様のその言葉で、ヒロインは羞恥と怒りで顔を赤く染めました。

 身体もわなわなと震えています。

 この世界はヒロインたる自分を中心に回っていると思っていたのです。そのヒロインを醜悪だなんて言うお兄様の言葉を信じたくないのでしょう。


 それにしても、これってどう見ても口撃ですわよね?

 どうしてヒロインと攻略対象が口撃し合っているのかは分かりませんが、私ってまるっきり蚊帳の外?


 それともゲームのヒロインよろしく、お兄様たちをミニゲームで応援すればいいのかしら? でも、ミニゲームなんてコマンド何処にも無いし……ん~、どうしましょう。


「…醜悪だなんて、ひどい…。私はヒロインなのに、絶対に可愛いのに! もう、こんなこと言われるのは全部貴女の所為よ、ティルキナ!」


 え?

 私?


 ミニゲームをどうしようか考えていた私に、ヒロインの怒りの矛先が向けられました。


「なに自分は関係ないみたいな顔をしているのよ! 貴女があたしを虐めないからあたしがこんな目に遭っているんじゃない! 貴女はあたしの為に存在するのよ、ちゃんと役目を果たしなさいよ!」


 目も当てられないというのはこのような事を言うのでしょうか?

 脇目も振らず私に憤りをぶつけるヒロインに、ほとほと呆れます。

 怒る気力さえ起こりません。

 こんなことになっているのは、何も私の所為ではなくて、自分の行いの結果だと理解できないのでしょうか? 出来ないのでしょうね~。


 とことんまで、この世界は自分の為に回っている、と思っているようですから……。


「聞いてるの! ティルキナ!」


 怒りに任せて振り上げられる手。


 え? 

 叩かれる?


 そう思った瞬間、私は目を閉じていました。

 けれど、叩かれると覚悟していたにも関わらず、一向に私の頬に痛みはありませんでした。

 不思議に思い、そろそろと目を開けた私の目に映ったのは、殿下によって手首を掴まれ、ケイラス様によって羽交い絞めにされているヒロインの姿。

 

 何かもごもご言っているようですが、ケイラス様が口を押えているので、何を言っているのかまでは分かりません。


「自分の思い通りにいかないからといって手を上げるのは感心しないな」


「俺らが止めてあげたことに感謝してほしいね。ティルキナを叩いていたら、君、無事では済まないよ」


 殿下とケイラス様の向ける視線の先には、無言で微笑んでいるお兄様。その輝かしい微笑みとは裏腹にその身からはかなりの殺気が漲っています。

 

 もし私がヒロインに叩かれていたら………。




 うん、考えないようにしましょう。

 そうしましょう!




 その後ヒロインは、念のためと待機させていた学園守備兵に連行されて行きました。


 逃げられないように両腕を掴まれ、引き摺られるようにして連れていかれるその間も「離しなさいよ! あたしを誰だと思っているの! この世界のヒロインなのよ!」と叫びながら―――






 その後ヒロインがどうなったかと言いますと――――学園を辞めました。というか、辞めさせられました。


 あの後すぐ、ヒロインの父親である男爵が我が侯爵家を訪れ――私は会わせていただけませんでした――私に対するヒロインの非道を心から謝罪していかれたそうです。そして愛娘であるはずのヒロインは、学園を辞めさせ自宅に軟禁する、と。


 それを聞いて私は心からホッとしました。

 だって、屋敷に軟禁ならもうヒロインに会う事は無いですもの。


 でもあのヒロインの事、忘れた頃に登場! なんて、嫌ですわよ、私は――――




 ☆

 

  


 そして、何事もなく平穏に時は過ぎて、あれから数か月後。


 今日はゲームのエンディングでもある卒業パーティーです。

 私はくじ――殿下とケイラス様とお兄様の御三方――でエスコート役を勝ち取った、という殿下と共にパーティーに参加しました。

 

 ダンスの最中にヒロインの現状を知りたいと殿下に訊ねたら「彼女は未だに屋敷に軟禁させられているよ。時折彼女と親しかった連中が見舞いに行っているらしいが、相変わらずらしい」と殿下が苦笑しながら教えてくれました。


 やはり、性格などそう簡単に変わるわけはないですよね。


 ヒロインはきっと、自らの世界に閉じこもったままで生きていくんでしょう。


 この世界は自分の為にある。

 あたしがこの世界のヒロインなの! ―――そう言い続けて。


 そういうヒロインを愛しいと思う奇特な殿方――噂ではかなりの変わり者、というか自分大好きなお方で、ヒロインの愛らしさこそが自分に相応しいと思い込んでいる、ゲームでは攻略対象の一人だったとある伯爵家の次男坊――が良く男爵家に出入りしてヒロインを口説いているらしいので、ヒロインは幸せになれるのでしょう。




 ………………。




 うん、幸せになれると思う事にしましょう!




 何はともあれ、これでゲームは終了。

 ゲームに関わりたくなくてずっと逃げ隠れしていたけれど、これからは逃げることもない。


 私こと悪役令嬢ティルキナは、この先、この乙女ゲームの世界で思いっきり好きな事を楽しみますわ!



 




 




「ねえ、ティルキナ? 君はいつ色よい返事を返してくれるのかな? 私の我慢にも限界があるよ。君に他の令嬢を薦められるたびに傷ついている私の胸の内を君は分かっているのかな? いつまでも逃げるつもりなら、これからは本気で追いかけるよ。覚悟してね、愛しいティルキナ」






 ―――――え?


 









 ――おわり――









完結です。


設定が穴だらけで、突っ込みどころ満載な拙い物語にも関わらす、ブクマをしてくださった方、評価をくださった方、そして読んでくださったすべての皆さんに感謝します。


本当にありがとうございました!



暁月さくら

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