第八話 月明かりの下の猫たち
突然だが、スカートについてどう思う?
男子諸君なら分かると思うが、あの布きれ一枚の裏に広がるのはドリームだ。
まあ、それは女の子が履くからなのだがな。
当然ながら、アレは女子が履くもので、男子が履くものではない。
ここで、一つ質問なのだが……なぜ? 俺はスカートを履いている?
さっきから、俺のこの姿を見て、騒いでいるそこの珍獣共に聞けば分かるだろうか。
「あの……何で俺、こんな格好してるんですか?」
「何でって……あなたがここの従業員だからよ」
さも、当然のように言うママ。
「なんか、スカートの中がスースーするんだけど」
「最初は、みんなそんなもんよ。慣れなさい」
慣れなさいって、慣れたら男としてアウトでしょう。
「それに、と~~~っても似合ってるわよ。その浴衣」
そう。浴衣なのだ。それも、女物のスカートの丈が短いヤツだ。
ママとキャッツたちに、文字通り身ぐるみを剥がされた。
「はい。鏡。やっぱり、元がいいから最高にキュートだわ」
珍獣ブルーが鏡を渡してきた。
その鏡にうつる自分の姿を見て俺は驚愕した。
長い銀髪のカツラを被らされ、口紅などのメイクがしてある。
自分で言うのもなんだが、女の子にしか見えない。
いわゆる女装というやつだ。
……自分の中の男が多々、減った気がした。
「もう、お嫁にいけない……」
「大丈夫よ。こんだけ可愛かったら、嫁にしてくれる殿方もいるわよ」
そう言って、親指を立てる珍獣パープル。
「いや。本気で答えられても……。そこは、普通にツッコんで欲しかったよ」
お嫁じゃなくてお婿でしょう? 的な。
「女の子にしか見えないわ。これで、飯食っていけるわよ」
珍獣オレンジがウインク。
勘弁してくれ。
さすがに男を捨ててまで、飯を食っていこうとは思えない。
「……はい。みんな注目」
仕切りなおすかのようにママが手を叩き呼びかける。
「これから、作戦を説明するわ。よく聞きなさい」
作戦?
「これから、デウ子を女の子として扱うわ」
「ちょっと待てええええっ!」
すかさず俺が割り込む。
「どういうことだよ! 俺は男だぞ!」
「まあまあ、話は最後まで聞きなさい。……見て分かる通り、デウ子は女の子にしか見えないわ。これ で、男ってことが知られてみなさい。うちの店のだけではなく、デウ子のことまで町中の笑われ者よ」
いや、キャッツがいる時点ですでに、笑われ者だろ。
「だから、あなたは今から女よ。お客さんにばれないように頑張りなさい」
「頑張るったって、声とかでばれるでしょう」
「そこのところは、抜かりなしよ」
そう言って、カウンターの裏から取り出したのは、電子メモタブレットとタッチペンだった。
「これを、使えばしゃべらなくて済むでしょう?」
「まあ、しゃべらなくては済むけど、そんなことして大丈夫なのか? 一応、接客業なんだろ?」
「大丈夫よ。ここに来るのは常連さんばかりで、細かいことは気にしないから」
そんなものだろうか?
ていうか、ここにお客さんなんか来るのか? どんなもの好きだよ。
「あっ、後。字は、丸く書きなさいよ。女の子なんだから」
【こんな感じ?】
早速、使ってみた。
「あら、案外器用なのね」
【器用貧乏ですから】
「それは、自分で言うことじゃないわよ。まあ、そんな感じでよろしく。後、もう一つだけ。とりあえず、笑ってなさい。そしたら、大概のことは、流せるから」
【御意】
何か楽しくなってきた。
二十時になり、開店。
開店してから、十分後。扉が開く。
店に入ってきたのは、スーツを着た中年のオヤジだった。
「ママ、また来たよ」
「あら、いらっしゃい」
オヤジを招き入れると、カウンターに座らせた。
「じゃあ、ビールで」
「は~い」
冷蔵庫からビール瓶を取り出すと、ふたを開けジョッキに注ぐ。
オヤジが一気に飲み干すと、ジョッキを起き俺の方を向く。
「おお! とうとうここにも、女の子を置くことにしたのか?」
「何言ってるの、女の子ならアタシたちもそうじゃない」
「はあ? モンスターの間違いだろう?」
「なんですって?」
ママがビール瓶を逆さに持ち、不敵に笑う。
「な、な~んちゃって」
オヤジの顔が少し青ざめる。
ママが俺にアイコンタクトで何か伝えている。俺は、そのサインを察して電子メモに書き込む。
【今日一日、働くことになりました。デウ子です】
「おお~。新しいサービスかい? その電子メモ」
「いいえ。この子、人見知りだから」
「へえ~。人見知りなのにこんな仕事してんの?」
「ええ。この子。バイト代で母親に誕生日プレゼントを買いたいからって、無理して頑張ってるの」
よくもまあ、そうポンポン嘘が出てくるものだ。この詐欺師め。
「……感動した! なんていい子なんだ! おじさんも応援してるからね!」
涙声で手を握ってくる。
すみません。それ、全部嘘です。
【ありがとうございます!】
そんなことを思いながらも、一応お礼をした。
「よ~し、飲むぞ~!」
オヤジが張り切りだし、飲み始める。
数分後。
「あの、ハゲ課長がよ~。また俺をこき使いやがってよ~」
オヤジが赤い顔でママに愚痴をこぼし始める。
「最近の新入社員はよ~、お茶一つ満足に入れれないうえに、気も利かね~からイライラしてしょうがね~んだよ」
ママがうなずきながら、愚痴を聞いている。
【大丈夫ですか?】
堪らず、話しかけてしまった。
「心配してくれるの? 優しいな~デウ子ちゃんは。うちの嫁に来ない?」
「あなた奥さんいるでしょう?」
「うちの奥さんは、優しくしないどころか‘帰って来るな’だぜ? 酷いと思わない?」
【それは酷いですね。もう少し優しくしてくれてもいいと思いますよ?】
「デウ子ちゃ~ん!」
オヤジが抱き着いてきた。
離れろ! 気持ち悪い!
「ん?デウ子ちゃん、胸ないんだね」
このエロオヤジが。
抱き着くついでに、セクハラとは。成敗してやろうか。
「……それに、結構、筋肉質な気が」
ギクッ! しまった、ばれたか!?
「……まっ、それだけ頑張ってるってことか」
アホで助かった。
【セクハラですよ】
オヤジを体から放すと同時にひじ打ちを喰らわせておいた。
* * *
そうこうしていると、一人、また一人と客が増えていく。
気がつけば、俺は客たちに囲まれ、写メを取りまくられ、質問攻めにあっていた。写メは勘弁してください!
ホストやキャバ嬢と思しき人たちまでいる。
そんな人たちの質問をできるだけ作り笑顔で、テレビやマンガなどから得た知識をフル活用させて受け流す。
「どこから来たの?」
【コリン星です】
「何しに来たの?」
【ひとつなぎの大秘法を探しに来ました】
「何者なの?」
【戦闘民族です】
「可愛いね」
【べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ!】
「歳はいくつ?」
【禁則事項です】
「俺をいじめてくれー!」
【星になれっ★】
最後のに関しては、本気でそう思った。
ていうか、俺、何になりたいんだろう?
いろいろ混ぜすぎてキャラが定まっていない。なんか悲しくなってきた。
その後も、客の相手をする。
酒を注いだり、話を聞いたり。……忙しすぎる。
キャッツたちはステージでダンスを踊ったり、コントをしたりして客を楽しませていた。
……みんなが笑っている。
それも、心から笑っている。
少なくとも、俺にはそう見えた。なぜなら、近くにいてこんなにも心に暖かいものを感じるからだ。暖かい笑い声が店中に響いているからだ。
世界中のどこを探しても、この笑い声が奏でるシンフォニーが聞こえるコンサートは、ここだけなんじゃないだろうか。そんな気がした。
『ありがとうございました~』
零時を過ぎ、最後の客を帰すと、店の扉に「close」をいう掛札が掛けられる。
ママがキャッツオレンジとともにカウンターで洗い物をし始めると、俺とキャッツブルー、パープルとで店の片づけを始める。
「今日は、デウ子のおかげで久しぶりにたくさんの人が集まって楽しかったわ。ありがとうね」
ブルーの予想外の発言に返答に困ってしまう。
「い、いや。俺、何もしてないよ?」
「なに言ってんの。あなたがいたから、こんなに人が集まったんじゃないの。……あなたもママに拾われたんでしょう?」
「えっ?」
息を呑む。あなたもってことは……
「アタイも、職がなくて途方に暮れてるのをママに拾われてね。ママにはいつも感謝してる。ママがいなかったらアタイはここにはいなかったし、キャッツの二人にも出会えなかった。ママはね、この夜の街を照らす月なのよ」
ママが月か。どういう神経をしてるんだろう。
でも、ママに助けてもらったのは本当のことだ。あの人がハウスを作ってくれなかったら、今頃どこで野垂れ死んでいたか分からない。
「ここに来ている人たちはみんな、ママに助けてもらったり、相談に乗ってもらった人たちばかりよ。口では憎まれ口ばかり叩いているけど、みんなママを慕ってるのよ」
だから、あんなにも暖かかったのか。
「あなたもまたここに来てね。待ってるから」
「……ああ」
最初は、二度と来るものかと思っていた。今となっては、別にもう一回くらいなら来てもいいような気がしている。
「今度は、メイド服を用意しとくから」
前言撤回。二度と来てやるものか。
* * *
片づけを終え、店を閉める。
店の前でキャッツたちと別れ、俺とママは公園に帰ることにした。
もう、零時を過ぎたというのに繁華街の光はまだ消えない。
眠らない街なのだ。
公園に向かう途中に気になったことを聞いてみることにした。
「あの店って、毎日あんなにお客さん来るのか?」
「いいえ。普段、あんなに来たらスタッフをもっと増やすわよ。今日はあなたがいたからあんなに来たのよ」
俺がいたから? それにしては、俺がいるという情報が回るのが早すぎる気がする。
「まあ、ちょっとした宣伝をしたんだけどね」
「え? 宣伝?」
ママは、くすっと笑うと携帯電話の画面を見せてくる。
画面にはこう書かれていた。
【CI にミニ浴衣銀髪美少女発見なうぅぅぅぅぅぅ! 早く来られたしぃぃぃぃ!】
「……なにこれ?」
「知らないの? 今流行りのシャイッターじゃない。今、思ったことや感じたことなんかを叫んで、つまり『シャウト』して同じ趣味を持った人と仲良くになれるソーシャル・ネットワーキング・サービスじゃない」
「知ってるよ! そうじゃなくて、このシャウトは何なんだって言ってんだ!」
「これ? これは私のシャウトよ。良い宣伝になったわ~」
ちくせう! だから、あんなホストやキャバ嬢みたいな奴らがいたのか。
この野郎、店の売り上げのために俺を利用しやがったな。
「まあまあ。そんなに目くじら立てないの。はい、コレ」
ママが渡してきたのは、一つの封筒だった。
「これは?」
「今日のあなたのお給料よ。あなたが頑張ったから、少しおまけをしておいたわ」
封筒の中を確認した。……マジか。
「こ、こんなにもらっていいの? 俺が働いたの四時間くらいだぜ?」
「良いの良いの。でも、無駄遣いしちゃだめだからね? まずは、服を何とかしなさい。古着屋行けば大体は揃うから」
封筒の中には、諭吉が四人いた。
たった四時間でこんだけ貰えるって、すごすぎる。時給、諭吉一人ってことか?
「その……ありがとう」
「気にしないで。困ったときはお互い様。あっ、よかったら、また働きに来てね。ていうか、人が足りない時は強制的に来てもらうから」
「……拒否権は……」
「却下」
はあ~。まあ、いいか。
楽しくないこともなかったし、ホントたまに働くくらいなら。
「今度は、くノ一のコスなんてどう?」
前言撤回。お前らが着てろ。
夜の街は、冷たく暗い。
でも、そんな夜もこの人に掛かればこんなにも暖かい。
眠らない街の月……か。案外、間違ってはいないのかもしれない。
その後、シャイッタ―にデウ子の写真が貼ってあるのを発見し、俺が死にたくなったのは言うまでもない。
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