第九話 昼下がりの危ないホスト
翌日。
いつものようにハカセと炊き出しへ行った。
その後、空き缶拾いを三時間ほどしてから、俺はハカセと別れて行動を開始した。
* * *
俺には、今日やらなくてはならないことが二つある。
一つ目は、買い物だ。
たくさん買わなければならないものがある。
第一に服。これは、必要不可欠だ。
ママにも言われたが学ランでは、ポリ公……もとい、税金泥棒……もとい、警察官に会ったとき、ものすごく面倒なことになる。
警官は本当に面倒だ。俺が、暴走族の件で連行されたときの、あの警官たちの剣幕と罵声は忘れない。
よって、服を優先して買う。
次に、毛布。これも必要不可欠だ。
もうすぐ、冬がやってくる。冬に何も被らずに寝れば、まず間違いなく凍死する。
誰にも聞かなくても、これくらいなら分かった。
後は、時計と石鹸とシャンプーリンスと、歯ブラシセットくらい……かな?
必要なものを見つけたら、その都度買えばいいか。衝動買いしない程度に。
二つ目は、この体を清潔にすることだ。
ここ五日間くらい体を洗っていない。思春期の男子としては、とても耐えがたい。
買い物の後、銭湯にでも寄って帰ろう。
ホームレスの俺に、こんなたくさんのことができる金があるのは、先日、ママのスナックバーで働せてもらったからだ。
特に何十時間も働いたわけでもないのに、結構なお給料をくれた。
ママには、頭が上がらない。
でも……なぜ、他人の俺にそこまでできるのだろうか。
なぜ、他人の俺をファミリーだなんて言ってくれるのだろうか。
『困ったときはお互い様』彼らは、いつもこの言葉で俺を助けてくれる。
自由に生きる彼らを唯一束ねる掟だ。
この優しさに甘えてしまっている俺が、どうしようもなく情けなく感じる。
俺もこの人たちのように為れるだろうか……いや、多分、為れないだろう。
どんなに優しく繕っても、人は簡単に目の前から消えてしまう。……母や親父のように。
……やめよう。こんなこと考えてもしょうがない。
今日も、空は青い。人の気も知らずに。
そして、歩き始める。歩くこと以外に移動手段はない。
* * *
軽く一時間は歩いただろうか。繁華街は今日も賑わっていた。
巨大な百貨店や専門店、飲食店などが建ち並んでいる。超高層ビル群が俺を見下すように堂々と立っている。
色とりどりのファッションをした若者や忙しそうに歩くサラリーマン。やはり、俺の時間だけが止まっているように感じる。
まあ、今に始まったことじゃないか。
俺は、適当に古着屋を探すことにした。
繁華街には数えきれないほどの店が立ち並び、古着屋なんて腐るほどあった。
その中にある一つの古着屋に立ち寄る。
店員の元気のいい挨拶に驚きながらも店内に入っていく。
テンポの良いレゲエが店内に流れている。
衣服は無造作に並べられたり、天井からぶら下げられていた。
その中から、黒のレジャージャケットとスウェットを二枚と長袖のトレーナーを二枚、ジーンズを二枚買うことにした。
試着室に入り、サイズを確認するために学ランを脱ぎ、ジャケットを着た……その時だった。
試着室のカーテンを勢いよく開け、人影が入ってくる。
「なっ!」
あまりに突然の出来事で頭の整理が追い付かない。
目の前にいる人は、息を切らして膝に手をついている。呆気にとられていると、その人は顔を上げ、ニコリと笑う。
「ごめんごめん。驚かせちゃった? 今、追われててさ、すまないけど匿ってくれない?」
透き通るようなスイートボイスでその人が言ってくる。
すごいイケメンだ。茶髪で背の高い、すらっとした体形をしており、黒のYシャツの上に真っ白なスーツに身を包んでいる。どこの業界の人だろう。オーラが違う。ホストか何かだろうか。
ていうか、追われているって?
「あ、あのっ……」
『すみませ~ん。ここに白いスーツ着た人来ませんでした?』
女の人の声が試着室の外から聞こえてきた。
イケメンが手を合わせて、「頼む」と言うようなポーズをしている。
「い、いえ、誰も来てませんよ」
仕方なく嘘をついてしまった。
『そうですか。……どこ行ったんだろう』
足音が次第に遠ざかっていく。
イケメンがカーテンの隙間から外を確認すると、大きく息を吸って吐いた。
「ふう~。ようやく、撒いたか。ありがとう。助かったよ」
そう言って、白い歯を見せる。
「あの女の人に追われていたんですか?」
「そうだよ。元カノなんだけど、別れたのにしつこくてさ」
首を振りながら言う。
やっぱり、こんなイケメンなら女関係が複雑なんだろうな。
「おっ、もうお昼か……ねえ、君」
腕時計から目を離すと、俺に向き直る。
「助けてもらったお礼したいからさ。今からご飯食べに行かない?」
「いや、お礼されることは何もしてないと思いますけど」
「いいから、いいから。俺の気持ちだから」
「はあ」
まあ、いいか。別に急いでいるわけでもないし。
「じゃあ、外で、待っててくれますか? これ買ってくるんで」
イケメンは、OKのサインを指で作ると入口の方へと向かって行った。
俺は、会計を済ませると、試着室で着替えて急いで入り口に向かった。
「そのジャケットいいね」
歩きながら、イケメンが言う。
「はあ」
「あの付近の店にしては、いいセンスしてると思うよ」
「そうですか」
正直。服の話をされても、分からんだけだ。
「ていうか、ホントに良いんですか? 元カノさん」
「良いって良いって、この世界には綺麗な女の子が数えきれないほどいるんだよ? あの子もそのうちの一人でしかなかったってことだよ」
「意味分かりません」
「ははっ。 要するに綺麗なだけだったってこと」
ますます、意味分からん。
周囲の人たちの視線が俺たちに集まる。こんな人の隣を俺なんかが歩いていいのかな。
すぐ近くのファミレス立ち寄ることになった。
窓際の席に案内され、座る。
「好きなもの頼んでいいよ」
イケメンがソファにドッカリ座り、メニューを片手で見やる。
うわっ、このアングルから見たら益々カッコよく見える。
俺もメニューに目をやる。
やっぱり、なんか気が引けるな。何をしたわけでもないのにおごってもらうなんて。
だが、丁度小腹が空いていたので安い飲み物を頼むことにした。親切は、素直に受け取るべきだ。
女の店員がやってくる。
「メロンクリームソーダを一つ」
「じゃあ、俺はコーヒーとハニトーお願い」
注文を取りに来た店員がイケメンを見入っている。我に返り、慌ててメニューを繰り返すと速足で戻っていった。
「メロンクリームソーダなんかで良かったわけ?」
「はい。あんまりお腹すいてないし、結構好きなんで」
「ふ~ん」
またしても、周囲の人の視線が俺たちに集まる。
あっ、そういえば、名前聞いてなかったな。
「あの、名前聞いてもいいですか?」
「ん? あ~、名前ね」
そう言うと、スーツの胸ポケットに手を突っ込む。
「私、こういうものです」
黒い名刺を差し出してきた。
『 日雇いホスト
イーグル 』
日雇いホスト? なんだそれ。
「イーグルさん……ですか?」
「そうだよ。その名刺、面白いでしょう。結構、女の子にウケ良いんだ」
「はあ。……それで、この日雇いホストってのは?」
「そのままの意味だよ。日雇い派遣ホスト。つまり、いつも同じ店で働いてるわけじゃないってこと」
「それって、サービスですか?」
「ん? どういうこと?」
何で聞き返されるんだ?
「だから、ホストクラブのサービスなんですか?」
「あ~。そゆこと。いや、俺、ホストクラブに所属してないから」
と、言いますと?
「俺一人でやってるんだ」
「えっ!? 一人でですか? そんなんで雇ってくれるんですか?」
「うん、割と。結構人気あるんだ。俺」
それもそうだな。
そこらにいるホストなんかより、圧倒的にオーラが違うし、憎たらしいほど顔立ちも良い。
そんな会話をしていると、注文していたものが来た。
「待ってました! ハニトーいただきっ!」
何枚も重ねた薄切りの食パンにバターや蜂蜜、止めにアイスクリームやチョコレートソースなんかが乗っているものを次々と口に放り込む。
見ているだけで、胃がもたれそうだ。
「ハニトー、好きなんですか?」
「もぐもぐ、もぐもぐもぐぐぐぐ」
「飲み込んでから話しなさい」
子供か。
「……うん、大好きだよ。ていうか、俺、甘いもの大好きだから」
少年のような笑みで微笑むイーグルさん。
俺もメロンクリームソーダに口をつける。
……うん、甘い。
そう言えば、甘い飲み物を飲むのも久しぶりだな。
改めて、糖分の有難さを思い知った。
俺が糖分に感謝していると、イーグルさんが口を開いた。
「ねえ、知ってる? 昨日、あるスナックバーに無口で銀髪な美少女が現れたんだって。俺も、一目見ておきたかったな~」
ん? スナックバーに無口な銀髪な美少女? まさかな。
「しかも、噂じゃ、ミニ浴衣着てたんだって」
……アレ? 確信じゃねっ?
「これ、その子の写真」
スマートフォンの画面に写っているのは、俺の女装verだった。
「俺、思うんだけど、この子多分、男の子だと思うんだ」
鋭いな。
「ど、どうしてですか?」
「たくさんの女の子の相手してきたけど、女の子にしては筋肉が付き過ぎだと思うんだ。しかも、若干、蟹股気味だし」
ウソだろ。服着てるのに筋肉の付き具合なんて分かるのか?
「ていうか、この際ハッキリ言うけど、コレ。君だよね?」
「……な、何を言ってるんですか? この子が俺? そんなことあるわけないじゃないですか」
「いいや、これは君だね。俺の女の子を見る洞察力をなめない方がいいよ? 口元や鼻、目の鋭さなんかは隠せない。どんなにメイクをしていてもね」
この人、一体何者なんだ? そんな細かいところに気が付くなんて。
多分、どんな言い訳をしても無駄だろう。
「……そうですよ。よく分かりましたね」
「まあね。君を見た瞬間、頭に電気が走ったみたいだったよ」
「でも、お願いします。このことは、誰にも言わないでもらえませんか?」
「もち、そのつもりだよ。でも、この女装やばいね。メッチャ可愛いじゃん。俺も最初は騙されるところだったよ」
女装を褒められても、嬉しくなんかない。
「でも、なんでこんなことしてんの?」
イーグルさんは首を傾げる。
「いや~、その~、なんて言いますか~」
どうする? ホームレスであることを言うか? それとも家出と言うことに……。
「もしかして、家出かなんか?」
「え? あ~、はいはい。そんな感じです」
思わず嘘付いちゃった。
「家出か~。他に良いバイトなかったわけ?」
「えっと、知り合いのコネだったもので」
俺もあんな仕事だって分かってたら、引き受けねえよ。
「ふ~ん。あっ、そうだ。今度、一緒に派遣ホスト行かない? 君、顔立ち良いし」
「え? いやいや、無理ですよ。ホストなんて」
「大丈夫だって。女の子を落とすのなんて簡単だよ?」
うわ~。なんだその発言。
馬に蹴られて死ぬタイプの人だな。
それから、聞きたくもない女と男のグチャグチャな話を聞かされた。
その話の途中、イーグルさんが勢いよく立ち上がる。
「ねえっ! 今、窓の外にいた、女の子見た!?」
はあ? 俺は、窓の向こうを見る。
こちらに背を向け、テチテチと歩く、ランドセルの女の子がいる。
「あの子がどうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、メッチャキュートだったじゃん。アレは、美人になるよ。絶対!」
「はあ」
それで?
「やっぱり、あのくらいの歳の子が俺のストライクゾーンど真ん中なんだよな」
……ん? 今、犯罪めいた危ない発言が聞こえた気が。
「あの年頃は、単純に人を好きか嫌いかで分けることができて、単純に好きだから好きでいられる。それ以外の感情はいらない」
イーグルさんは、眩しそうに太陽を見る。
つまり、純粋と言うことか?
「と言うわけで、俺、今からあの子追うから」
イーグルさんが走り出そうとする。
「と、その前に。君、名前は?」
「お、大神 大神です」
「デウスね。じゃあ、またね」
「えっ! ちょっ待っ!」
店を勢いよく出て言ってしまった。
……犯罪ですよ?
ではなくっ! お会計……俺持ちですか?
解けた氷が、コップの中で冷たい音に変わった。
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