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『ホームレスヒーロー。』  作者: あああ
第一章 CHANGE OF HERO ~冬に咲く、ひまわり~
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第十六話 決意の朝

 ただいま午前六時。

 非常に寒い。

 冷気がノドを通って、臓器が凍りそうだ。

 腹も減った。

 昨日の夜から何も食っていない。

 人間って何もしなくても腹が減るんだな。

 俺は毛布にくるまりながら、ぼやけた脳を少しずつ動かす。

 まだ口の中がヒリヒリする。

 結局、寝たり起きたりの繰り返しだった。

 ママたちは帰ってきたんだろうか。 

 ふとそう思った俺は、毛布にくるまったままハウスの外に出た。

 ママとハカセのハウスを覗き込んだが、帰ってきていなかった。

 仕方なく、アヒルの遊具の背中で目を覚ますことにする。

 十二月の朝方の寒気は、人を本気で殺せるほど寒い。

 毛布がなかったら外になんていられないな。

 そういえば、萌香を初めて見た時もこの位置から空を睨んでたんだっけ。

 ホント強がりで、そのくせすぐ泣きそうになってた。

 ……クソっ。

 やっと萌香が探したかった場所が分かったのに、やっと萌香が聞いてた問いに答えられるのに。

 伝えなきゃならないことがあるのに。

 萌香は、多分暗い所に一人で何もかもを背負い込んでいるに違いない。

 母親が自分のせいで死んだと思い込んでいる。

 自分はいらない人間なんだって思い込んでる。

 でもそうじゃないんだって。

 お前は生きていていいんだって。

 どうしても伝えなきゃならないことがあるんだ。

 その時、やっと俺がどうしたいのかが分かった。

 俺はアイツを……萌香を助けたいんだ。

 でも、助けるも何も萌香のいる場所が分からなければどうしようもない。

 そこでようやく思考がストップした。

 ダメだ。腹が減って何も考えられん。

 炊き出しもこの時間じゃ終わってるだろうからな。

 俺は白いため息をついた。


「ん? デウス。外に出て何しとるんじゃ?」


 小汚い白衣にゴーグル、カエル顔のハカセがこちらを見上げる。

 俺はアヒルの背中から降りる。


「ハカセも朝帰りとは大層な身分だな。どこ行ってたんだ?」

「ワシはちょっと知り合いの大学の研究施設で作っておったんじゃよ」

「作るって、何を?」


 ハカセはそれ聞くと、白衣のポケットから何かを取り出した。


「これじゃよこれ」


 そう言って手にしているのは、アニメや映画なんかで見る、ビームでできた剣がコンパクトになったようなものだった。


「何、このおもちゃ?」

「おもちゃじゃない。ちゃんとした武器じゃ」

「武器?」

「そうじゃ。その柄のつばの部分を回して強く振ってみろ」


 俺は疑問に思いながらも、言われるままに円筒形状の柄の上にある鍔の部分を回して強く振った。

 すると、剣の部分が一メートルくらい勢いよく伸びた。


「うおっ!」


 俺は思いもよらなかったことに驚いてしまった。


「もう一回、鍔を回せば固定される」


 もう一度だけ鍔を回すと何かが固定されたような音がした。

 少し振ってみる。


「おもちゃにしては、結構丈夫だな」

「おもちゃじゃないと言うておろう。柄は鉄、刀身は合成樹脂でできておるからの。ちょっとやそっとじゃ折れんぞ。警官が持っておる警棒みたいなもんじゃ。コンパクトで持ち歩きできるじゃろう?」

「ふ~ん。で、何でこんなの作ったの?」

「お前さんのためじゃよ。もしかしたら、今度はお前さんが狙われるかもしれんじゃろ? それに剣道していたって聞いておったからの」


 剣道か。

 久しぶりにその単語を聞いた気がする。

 護ることのできなかった母さんとの約束の一つ。


「……悪いな、ハカセ。俺がコイツを持っていても多分使えない」

「どうしてじゃ?」


 隠していても仕方ないのは分かってるが、言う勇気が出ない。


「どうしてもだ」


 ハカセは不思議そうに首を傾げる。


「まあ、とりあえず持っておいてくれ。ちなみにそいつの名前は『暴君 壱号』じゃ」

「おいおい、ちゃっかり名前まで付けてんのかよ」

「当たり前じゃ。名前のない作品に愛なんて生まれんわ」

「何だその名言。……分かったよ。とりあえず有難く貰っとくよ」


 俺がそう言ってポケットに入れると、ハカセは「それとこれも」と言ってまた自分のポケットを漁り始める。

 そして、取り出したものを見て俺はまた驚いた。


「ば、爆弾!?」


 ハカセが手にしているのは、円筒形のピンの刺さった手榴弾だった。


「違う違う。スタン・グレネードじゃよ」

「スタン・グレネード?」

「そうじゃ、このピンを抜いて二、三秒したら爆発して、爆音と閃光が飛び出る。殺傷能力はないから安心せい」


 いや、安心できないんだけど。


「これも作ったのか?」

「もちろんじゃ」


 ハカセは当たり前のように言うとグレネードを俺に押し付ける。

 こんなものも作れるのか。

 てか、こんなもん作っていいのか?

 犯罪じゃないのか?


「ハカセって何者?」

「ん? 只のしがない、Mr.ハカセじゃよ」


 ゴーグルをかけてハカセは笑った。

 ハカセが少しだけカッコよく見えた。

 グレネードをポケットに突っ込むと、ハカセと共に俺のハウスに戻った。


「あのおもちゃもグレネードも、昨日の今日で作ったのか?」

「おもちゃじゃない『暴君 壱号』じゃ。試作品だったものを昨日完成させたんじゃよ。グレネードは元々作っておいたものじゃ。こんなこともあろうかとな」


 こんなこともあろうかと、か。

 この人がハカセと言われている理由が分かった気がする。

 ハカセを少し見直していると、俺の腹の虫が轟いた。


「何じゃ、腹減ったのか?」

「悪いな。昨日の夜から何も食ってねえんだよ」

「もう少ししたらウミサルたちが―――」


 ハカセの言葉を遮って、ハウスの扉が開く。


「待たせたな。腹減ってるだろ?」


 白いニット帽に赤鼻のウミサルが顔を出す。

 後ろにはどうやら、サヤエンドウもいるようだ。


「よし! デウスにハカセ、外に出ろ!」


 ウミサルの声が鼓膜に響く。

 朝っぱらからそんな大きな声を出さないでもらいたい。


「こんなに寒いのに、外出て何するの?」

「BBQだ」

「は?」

「だから、バーベキューするんだよ! 海鮮バーベキューだ!」

「何言ってるんですか。野菜パーティーですよ」


 サヤエンドウとウミサルがいがみ合う。

 どちらも使うのがバーベキューじゃないのか?

 ていうか、何でバーベキュー?


「ん? その顔は何でバーベキューなのかって疑問に思っている顔だな?」


 げっ。俺そんなに分かりやすい顔してたんだ。


「それはな―――」

「特に理由はありませんよ? いつも中なので、たまには気分を変えようってなだけです」


 ウミサルの文句を軽く受け流しながら、サヤエンドウが踵を返す。

 俺とハカセは目を合わせると、苦笑いをしてハウスの外に出る。

 すでにアヒルの横には、ドラム缶を半分に切ってその上に金網が張ってある、手作り感満載の焼き網が 設置されてある。


「今日は大漁だぞ」


 そう言ったウミサルが持つ網の中には、イカや海老などの魚介類がわんさか入っていた。

 海にでも行ってきたんじゃないだろうな。

 体は大事にしろよ。


「こちらも負けてないですよ」


 サヤエンドウの持っているざるには、ピーマンや玉ねぎといった野菜が大量に乗っている。

 こんなに大量な野菜をどうしろってんだ。

 そんなことを口に出せるわけもなく、二人は公園入り口前の水道のところへ食材を持って行ってしまった。

 食材が多いこともこれはこれで、二人が俺に気を使ってくれているのだろう。

 昨日の盃以前の俺なら、きっと気づかなかった些細な優しさだ。

 この優しさに何度救われたことか。

 本当に今は感謝しかできない。

 だから俺も食材洗いや食材切りの手伝いをした。

 全ての準備を終えて、食材を持って行く途中に呼び止められた。


「あら、バーベキュー? 良いわね~」

「一晩中歩いてたから、お腹ペコペコだよ」


 振り向くとママとイーグルさんがいた。

 ママは赤いドレスに身を包んでおり、イーグルさんは純白のスーツをビシッと着込んでいる。

 ママがこのドレスをしているってことは、『chatch I』に行ったということか。


「何してたんですか?」

「ん? ちょっと情報収集をね」

「情報収集?」

「まあ、今はとりあえず何か食べようよ」


 イーグルさんが俺の背中を押す。

 このイーグルさんの子供のような態度が女心をくすぐるのだろうか。

 俺は浅いため息をつくと、押されるままに歩き始める。


 俺たちはバーベキューを楽しんだ。

 色とりどりの野菜と焦げ目の付いた魚介類を食欲の赴くままに食べつくした。

 片づけを終えて、俺のハウスに集まっていた。


「ふぅ~、食った食った」


 ウミサルが爪楊枝で歯をいじりながら言う。

 今日は酒は飲まないんだな。

 珍しいこともあるものだ。


     * * *


「……さて、お腹もいっぱいになったことだし、本題に入りましょうか」


 ママの言葉で空気が少し引き締まる。


「本題?」

「ええ。蜂谷はちや 萌香もか蝶野ちょうの会のことについてよ」


 ……蜂谷……萌香?

 それに蝶野会って何だ。

 蜂谷って、どこかで聞いたことがあるような……

 ―――ハゲで傷だらけな、にたりと笑った顔が頭によぎる。


「もしかして、蜂谷って蜂谷組のこと?」

「そうよ。よく分かったわね。でもまあ、蜂谷組っていったらこのあたりじゃ結構有名よね」


 まあ、俺をホームレスにした張本人と言っても過言ではないからな。

 忘れもしないあのにたり顔。

 って、ちょっと待てよ。

 蜂谷萌香? 蜂谷……萌香!?


「待って待って。ということは萌香は―――」

「そう。蜂谷組組長、蜂谷 巌夫いわおの一人娘ね」


 びっくりだ。

 そうか。だから、萌香は苗字を言わなかったのか。

 あんな鬼からあんな天使が生み出されたのか?

 生命の神秘だな。


「アタシなりの情報網で調べたんだけど、あの黒スーツ共は蝶野会っていう暴力団らしいわよ。蜂谷組とは犬猿の仲ね。昔何かがあって冷戦状態だったらしいんだけど、最近になってまた蝶野会が蜂谷組にちょっかい出していたみたい」


 蝶野会に蜂谷組か。

 この二つの組織のいざこざに萌香も巻き込まれたってわけか。


「その蝶野会って暴力団。いろいろ危ないことしてたみたいだね」


 イーグルさんがメモ帳を取り出す。


「賭博や闇金、詐欺なんかもしてたらしいよ。その中でもヤバいのが麻薬売買。知り合いの友達が半ば強制的に買わされたらしいんだ。警察もいろいろマークしているみたいだけどちゃんとした証拠が掴めなくて手を焼いているんだってさ」


 なるほど。

 結構ヤバい相手らしい。

 どうしたものか。


「それにしても、よくそんなこと調べられましたね?」

「まあね。蝶野会の構成員の元カノとか関わった女の子とかに根掘り葉掘り」


 根掘り葉掘りって。

 一体何をしたんだろか。

 この人の方がよっぽどヤバいんじゃないだろうか。


「蝶野会っていやぁ、確かホームレスたちにもたかるクソ野郎だったか?」

「そうですね。私の仲間にも闇金の被害で止むを得ずホームレスになって身を隠している人も少なくないですからね」

「ワシの仲間もじゃよ。そういったホームレスは、定職につきたくても、新しい職場にイヤガラセなどを奴らが行うから、まともに仕事につくことができないんじゃ」


 いろいろと好き勝手やってるようだな。

 蝶野会と蜂谷組の関係が、萌香を攫った動機になっているに違いない。

 俺のハウスの隅に転がっているひまわりを見つけて、手に取る。

 ……ママは、最近になって蝶野会が蜂谷組にまたちょっかいを出してきていたと言っていた。

 そんな危ない中、蜂谷の組長は自分の大事な一人娘を外に出すのだろうか。

 いや、出したくなかったはずだ。

 駅前にいたヤクザが、萌香を探していた蜂谷の連中だとすると、萌香は黙って出てきたということになる。

 それはつまり、あの組長は萌香が何をするために外に出たのか知らないということだ。

 そいつを伝えなくちゃ、この先どんなことが起こっても、あの家族は別れたままだ。


 『あなたが今、貫かなきゃいけない正義は何?』


 記憶の中の母さんの言葉が俺に問いかける。

 俺の貫かなければいけない正義。

 その正義を貫くためには、どうしても勇気が必要なんだ。

 だから、ヒーローになるための第一条件は―――


「―――正義を貫くための勇気」


 俺がそう呟くとみんなの視線が集まる。


「みんな、ありがとう。こんな俺なんかに協力してくれて。……だから、だからこそみんなに言っておかなきゃならないことがあるんだ」


 俺はもう二度とこの場所に帰ってこれないかもしれない。

 だから、どうしても俺の隠していた過去をさらけ出さなきゃいけない。

 否、知っていてもらいたいんだ。


「……俺は……紅狼ブラット・ウルフなんだ」


 それを口にした瞬間、空気が凍った気がした。

 ハカセとサヤエンドウとウミサルが首を傾げている。当たり前か。

 たかが高校生の、高校という狭い社会内で付けられた二つ名を、日々の生活で懸命なホームレスが知っているとは思えない。

 それでも、俺の口は止まらない。


「知ってるかどうか分かんないけど、俺は少し前に暴走族を一つ潰したことがある。もちろん、人を護るためだ。目の前で困っている人がいたから俺は剣を取った。何人もの奴らを剣で叩きのめした。そして、剣道を失った。それから剣を握れなくなった。俺が剣を握ればまた大切なものを失ってしまうんじゃないかって。ただ、それだけが怖くなったんだ」


 そこまで話して少しだけ後悔した。

 もしかしたら、俺のことを嫌いになるかもしれない。

 いくら人を護るためだとか言っても、俺のやったことは暴力なのだ。

 でも、嫌いになってくれた方が少し楽な気がする。

 しばらくの沈黙。

 その沈黙を破るかのようにみんなの口から素っ頓狂な答えが返ってくる。


『それがどうした?』


 思わず俺は目を丸くした。


「それでも、お前さんは護ったんじゃろ? 自分のためじゃなくて人のために剣を握ったんじゃろ? だったら、それは正義なんじゃないのかい? どんな形であれ、誰かや何かを護るために振るった力は、正義だとワシは思うぞ」


 ハカセの言葉で少しだけ何か重いものが外れた気がした。


「んなこと、どうでもいいじゃねえか。お前はお前だろ?」

「そうですよ。他の誰でもないデウス君じゃないですか」

「そうだよ弟。過去はどうあれ過去でしょう?」 

「そうよ。他の誰が何と言おうとアタシたちは、デウス。他の誰でもない。あなたの味方」


 みんなの言葉がゆっくり胸の奥深くに溶けていく。

 この暖かさのおかげで俺は立ち上がれる。

 この勇気が俺の力になる。

 いつの間にか、ひまわりを強く握っていた。


「……アンタたちは俺の……最高の―――家族だ」


 全員が歯を見せあいながら、親指を突き出して笑う。

 俺は、ポケットの中の『暴君 壱号』を握り、深く深呼吸をする。


「ハカセ、アンタに出会えてホントに良かった。ママ、愛してる。ウミサル、体には気を付けろよ。サヤエンドウ、みんなのこと頼んだ。イーグルさん、女遊びもほどほどにな、兄貴。……そして、みんな―――ありがとう」


 俺はそう言うと、扉を勢いよく開けた。


「ど、どこ行くんじゃ?」

「奪い返しに行ってくる」

「一人でか?」

「ああ。……もう、家族を誰一人失うわけにはいかないんだ」


 そう言い残すと俺は走り出した。


 アイツらなら、俺がいなくても楽しくやっていける。

 俺はそう信じてる。

 だから、後ろは振り向かない。

 もう怖くなんてない。

 握ってみようと思う。

 大切なものを、大切な約束を護るために。


 ヒーローになるときは、今なんだ。





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